“トランスジェンダー”をめぐる親子の葛藤と共生の軌跡

掲載日: 2023年05月01日

私は現在、立命館大学大学院先端総合学術研究科の博士課程に所属し、「トランスジェンダーの子どもを持つ親」を対象に研究を行っています。研究のきっかけは、トランスジェンダー当事者が直面する障壁だけでなく、その家族が背負わされている問題についても、目を向けていく必要があると感じたからです。このような思いを抱いたのは、何より、私自身がトランスジェンダー当事者として生きる中で、10年近く親と対峙し続けた経験があったからです。

写真1:左が七五三の時の筆者、右が現在の筆者

現在、トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性別と自身が持つジェンダーの認識に違和感を持っている方を指す言葉として使用されています。また、トランスジェンダーの中でも、身体的な治療まで望む者は、2名の精神科から「性同一性障害」※1という診断がなされた場合には、治療を進めることができるようになっています。

本書は、トランスジェンダー当事者である私と母親のそれぞれの生い立ち――特に「子どものカミングアウトから先の10年」――を辿り、お互いの思いや葛藤を、それぞれの視点から描いた書籍です。

“トランスジェンダー男性である子(=私)”の視点からは、幼少期より「男女二元論・ジェンダー規範・異性愛規範」が“前提”の社会で暮らす際の、息苦しさや辛さについて記しました。日常に散りばめられた、言葉や仕草、服装、役割、パートナー関係、伝統行事、制度などの“性別”を基準に区切られた数々のハードルに加え、声や性器の発達など、身体変化に対する抵抗感や対応策を、なるべく理解していただきやすいよう、具体的場面を多数挙げながら説明しています。中でも、これまで語られることの少なかった身体治療(今回は、ホルモン療法・乳房切除手術)後の当事者の生活からは、“トランスジェンダー”が抱える問題の時間的な長さ・深さを感じていただけるのではないかと思います。

一方で、“トランスジェンダーの子を持つ母親”の視点からは、「男女二元論・ジェンダー規範・異性愛規範」が“普通”であり、その“前提”を基準とした幸せ感(「女は男と結婚し子どもを育てることが幸せだ」)や、教育観(「男なら強く」「女性はおしとやかに」)を基に子どもに接する親の立場や心情が細かく描かれています。母親は子のカミングアウトに直面した際に子に対して拒絶的な態度を取りますが、その態度の裏側には、いくつもの社会的な背景・理由が混在していることが、母親の生い立ちから明らかになっていきます。

子には子の、親には親の、その立場にしか分かり得ない視点を交互に追体験していただくことで、「本当に解決すべき問題とは何か」を、様々な立場から考えていただけるようにと願い、執筆しました。

さらに、「親子の語り」に加えて、なぜそのような状況に至ったのかという「心理・社会的な背景」を、3名の専門家の方々の知見(フェミニズムやセクシュアルマイノリティの歴史的な変遷など)から掘り下げていただき、問題の構造を立体的に見られる内容になっています。

写真2:『親子は生きづらい――“トランスジェンダー”をめぐる家族の物語』(著者:勝又栄政、解説:佐々木掌子氏、鼎談:清水晶子氏・東畑開人氏)

家族や親子という限られた特殊な関係の中では、「性の多様性」という概念・理解方法が、必ずしも瞬時に物事を解決する手段として機能しないケースもあります。そのような時には、一体何が手立てとなり“理解”を促すのか、そもそも“理解”することが正解なのか。家族が生活で直面する問題と共生のための知恵について、今後は「当事者」ではなく「研究者」という立場から書き記せるように、努力していきたいと考えています。

勝又栄政(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程/日本学術振興会特別研究員DC1)

※1「性同一性障害」という呼称は、2013年に公表されたDSM-5(米国精神医学会『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版』)では「性別違和」、2019年に公表されたICD-11(世界保健機構(WHO)『国際疾病分類第11版』)では「性別不合」に変更されています。

関連リンク

arsvi.com 「生存学」創生拠点

書庫利用案内

「生存学」創生拠点パンフレットダウンロードページへ

「生存学奨励賞」

立命館大学大学院先端総合学術研究科

立命館大学人間科学研究所

立命館大学

ボーフム障害学センター(BODYS)

フェイスブック:立命館大学生存学研究所

生存学研究所のTwitterを読む