養子研究と生存学

掲載日: 2011年12月01日English

私が現在取り組んでいる研究テーマは、子どもの養子縁組です。近代日本の生殖に関する歴史について、乳幼児の養子縁組という側面から検討しています。具体的には、1987年に成立した特別養子制度と明治以降の戸籍制度との関係や、1973年の菊田昇医師の実子斡旋事件における優生保護法改正問題の影響などを考えています。

日本の養子制度に関する現在の研究は、おもに民法学や児童福祉学でなされていますが、これらの分野では人工妊娠中絶、男女の不妊といった養子縁組に関わる生命倫理や生殖の問題をテーマに議論することは難しい状況でした。このような特定の学問分野におさまらない問題を考える場所として、立命館大学の先端総合学術研究科を選び、進学しました。

なぜ養子縁組について研究するのか、という質問をよく受けます。私はもともと法学部の出身で、卒論のテーマも養子縁組でした。政治学科で学んでおり、国際協力に関心があって、途上国の支援を行うNGOの活動に参加しました。活動内容は、タイにおける人身売買被害者やエイズ孤児の支援などです。私がそこで目の当たりにしたのは、人権や福祉というものから簡単に疎外されてしまう女性や子どもたちでした。なぜ人が死ななければならないのか。自由がないのか。育つ場所はないのか。そういった憤りが頭の中をめぐるうち、子どもの「養子縁組」をテーマに選び、研究をはじめました。妊娠した女性や行き場のない子どもの状況は、途上国も日本も根深い問題を抱えており、それらの問題の構造や背景を紐解いていく作業を進めています。

4年前に大学院に入学した当初は、「生存学」って何だろうと不思議に思っていました。最初に分かったことは、生存学はとにかくフィールドにとても近い研究なんだということです。生身の人間の日常、そのいろいろな問題が起きている現場から立ち上がってくる憤りや疑問、そういったものが原動力となり、大きな研究拠点になっていると感じました。このような場所だから、私の研究する動機や葛藤、挑戦もそのまま受け止めてもらえたのだと思います。

生存学研究センターの支援を受けて2008年に始められた院生プロジェクト「出生をめぐる倫理研究会」に入り、その後、同研究会を引き継いで現在代表を務めております。この研究会のメンバーには、人工妊娠中絶や出生前診断、代理懐胎、人工授精、新生児医療などをテーマにした院生が集ってきました。当事者の方や活動にかかわってこられた方もおられます。それぞれが学際的なテーマに関心を持ち、「出生」と「倫理」をキーワードにして、男女の性の問題から子どもの養育までの、広い意味での「生殖」についてともに考えています。研究会は、これまでつながりにくかったテーマをつなげ、また直線的にみえていたテーマの広がりを検討していく貴重な議論の場となっています。さらには、生殖の問題に取り組む生命領域の院生だけでなく、障害や難病といった「生存」をめぐる問題に取り組む他領域の院生、修了生もこのプロジェクトに参加しています。生存学というのは、人が生まれて生きいく、そのいろいろなことをつなげて考えることができる研究だと思います。

私の養子制度の研究が法学や福祉学だけでなく、倫理、医療といった視点を深めることができたのも、この研究会における出会いがあったからだと思います。こうした学際的で豊かな研究活動をこれからも続けていきたいと思います。

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写真1:スラムに住む子どものための学校にて(インド、2008年9月)

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写真2:The East Kolkata Wetlandsにて現地NGOのスタッフと(インド、2008年9月)


吉田一史美の論文「菊田医師事件と優生保護法改正問題—「産む自由」をめぐって—」は、2011年、日本医学哲学・倫理学会第9回奨励賞を受賞しました。

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