インクルーシブ教育のかたち-都道府県ごとの特別支援教育の違いから-

掲載日: 2023年02月01日

写真1 柴垣登、2022、『インクルーシブ教育のかたち 都道府県ごとの特別支援教育の違いから』春風社、書影

わたしは、立命館大学文学部を卒業後30数年にわたって、教員として中学校や養護学校・特別支援学校、教育委員会などで勤務してきました。そのあいだに、障がいのある子どもの教育制度は、特殊教育から特別支援教育へ、さらにインクルーシブ教育へと推移し、その目的や内容なども大きく変わりました。2007年から始まった特別支援教育制度のもとで、支援の必要な児童生徒が在籍する全ての学校が、必要な校内体制の整備や個々の教育的ニーズに応じた指導や支援を行うことを求められました。日本では新しい教育施策を実施するにあたって、教育委員会や学校にしわ寄せが及ぶ構図があります。特別支援教育制度に移行した際にも、十分な条件整備がないまま理念先行で始まったために、学校現場ではさまざまな困難を抱え悪戦苦闘していました。

インクルーシブ教育では、障がいの有無にかかわらず全ての子どもが共に学ぶことが目指されています。特別支援教育そのものが過渡期にある中で、さらに歩を進め、全ての子どもが共に学ぶことは果たして実現できるのか、実現するためにはどのような課題があり、その課題解決のために体制整備をはじめどのような対応が必要なのか、というのがわたしの課題意識になります。そのような課題意識のもと、2015年から立命館大学大学院先端総合学術研究科で研究を進め、2020年9月に学位を授与された博士論文「インクルーシブ教育実現のための方策の提案 : 都道府県間の特別支援教育の差異に着目して」をまとめました。この論文では、特別支援教育の対象となる児童生徒数が増加している背景を、特別支援学級、特に自閉症・情緒障害特別支援学級の在籍児童生徒数が増加していることに着目し、各種のデータ、都道府県の特別支援教育に関する振興計画や方針などを分析することによって詳らかにしました。その結果、本人・保護者の思い、学校や地域の状況、それらをふまえた教育委員会の判断など、さまざまな要因があることがわかりました。

写真2 著者近影 勤務先である岩手大学教育学部の研究室にて

本書は、その博士論文をもとに加筆・修正したものです。出版にあたり、表題を『インクルーシブ教育のかたち 都道府県ごとの特別支援教育の違いから』と改めました。インクルーシブ教育についての論点が多岐にわたる中で、当事者である本人や保護者の就学先の決定権を保障するということに焦点を当て、そのための教育制度の整備について、一つの方法を提案したものです。

本書の出版と同時期の2022年9月9日に、国連障害者権利委員会が、障害者権利条約にもとづく日本の取組み状況に関して、日本政府に改善勧告を出しました。精神科への強制入院の廃止、障がいのある女性への複合差別の撤廃、支援付き意思決定メカニズムの確立など、その内要は多岐にわたります。教育については、すべての障害児の普通学校への通学の保障、特殊学級関連の大臣告示を撤回することなどが求められました。

このうち、特殊学級関連の大臣告示とは、2022年4月27日に、文部科学省初等中等教育局長名で出された「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)」を指します。この通知では、一部の特別支援学級において、適切ではない運用が行われている事例があることを理由に、原則として週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級で授業を行うことなどを求めており、教育における障がいのある子どもの分離をいっそう促進するものとして批判があります。

文部科学大臣は、改善勧告の内容に関して、その趣旨はふまえるが現在の特別支援教育の制度を変える考えがないこと、また、特別支援学級と通級による指導の適切な運用については、むしろインクルーシブを推進するものであるので、改善勧告で撤回を求められたのは遺憾であり、その趣旨の徹底を図ると述べています(2022年9月13日記者会見)。なぜ、文部科学省はかたくなに現行制度を維持しようとするのでしょうか。本書では、その理由についても考察を加えています。

本書で述べたように、特別支援学級、特に自閉症・情緒障害特別支援学級の在籍児童生徒数が増加している背景には、本人・保護者の思い、学校や地域の状況、それらをふまえた教育委員会の判断があります。どのような経緯でそうなったのかを調べたうえでの丁寧な対応が必要でしょう。そのような対応を進めていくために、本書が少しでも役に立ち、そのことがひいては、障がいの有無にかかわらず、すべての子どもにとって過ごしやすい学校づくりにつながってくれることを願っています。

柴垣 登(岩手大学教育学部教授/生存学研究所客員研究員)

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柴垣登、2022、『インクルーシブ教育のかたち 都道府県ごとの特別支援教育の違いから』春風社

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