ソーシャルワーク専門職資格統一化のゆくえ ――精神保健福祉士の「越境」の様相と、子ども家庭福祉分野における新資格構想との撞着――

掲載日: 2022年12月01日

写真1 拙著『​ソーシャルワーク専門職資格統一化のゆくえ ―相模原事件と「日本精神保健福祉士協会」の動向』(生活書院、2022)書影

私はここ十数年来(具体的には2001年に発生した大阪教育大学付属池田小学校児童等殺傷事件以降)、日本における精神障害者の社会復帰「促進」を担うソーシャルワーク専門職(精神保健福祉士)の職能団体である「日本精神保健福祉士協会」(協会)による職域拡大の様相について精査を行っています。2017年には、上述の事件が成立を加速させる契機となった「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(2003年成立、医療観察法)に規定された職務要件を精神保健福祉士が事実上、独占的に獲得することになった経緯について論述した『保安処分構想と医療観察法体制 ――日本精神保健福祉士協会の関わりをめぐって』(生活書院)を出版しています。

2022年8月、前著の続編的な意味あいを持つ『ソーシャルワーク専門職資格統一化のゆくえ ――相模原事件と「日本精神保健福祉士協会」の動向』(生活書院)を出版いたしました。本書では、ソーシャルワーク専門職(社会福祉士と精神保健福祉士)の「分立」の維持を前提とした協会による精神保健福祉士の職域拡大志向の様相と撞着について、「二つの事象」の精査を通して精査検討しています。

「二つの事象」とは、一つは2016年7月26日未明、神奈川県相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」において当該施設の元職員により入所者19名が刺殺され、職員を含む27名が重軽傷を負わされた事件(相模原事件)を契機として、強制入院の一つである「措置入院」とその解除後の「アフターケア」の強化が盛り込まれた「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)の「改正」案が国会上程された際、協会が改正法案の趣旨に「肯定的評価」を示したうえで、法内における措置入院退院者に対する排他的な役割の獲得活動を積極的に展開したこと(改正法案は廃案)です。もう一つは協会が自らの活動領域がメンタルヘルス全般に拡大している現況を根拠として精神保健福祉士の略称を“Psychiatric Social Worker”(PSW)から“Mental Health Social worker”(MHSW)へと正式な手続きを経て変更し、更なる領域の「越境」の意思を示しているということです。

写真2 本書執筆に際して2021年4月、筆者が神奈川県に対して所定の手続きにしたがって実施した「津久井やまゆり園事件検証委員会」(2016年9月21日~同年11月22日)の議事録の情報公開請求の結果(の一部)。全面的に非公開となった。

上述の「二つの事象」を同列にならべて検証することついては、当該事象の重大性の濃淡をふまえれば明らかに違和感があると思います。しかし私は協会による領域の「越境」の意思のあらわれという点において、同じ俎上に載せるべき事象であるとつよく考え、本書を執筆しました。

なぜ表題を「統一化のゆくえ」としたのか。その理由として、特に2015年以降、子ども分野における新たなソーシャルワーク専門職(国家)資格構想があります。当該資格構想が浮上した際、ソーシャルワーク専門職能団体は「ソーシャルワーク専門職は一つである」として既存2資格の任用促進を主張しました。新資格構想推進派から、「一つ」とはいうものの、ソーシャルワーク専門職資格はそもそも2つに「分立」しているではないかということを指摘された際、ソーシャルワーク専門職能団体は既存2資格の「統一」を目指す「覚書」があることを名目として新資格に反対の姿勢を貫き、そのことが新資格構想を見送る契機の一つとなりました。しかしその直後に協会は、「議論が尽くされていない」として当初方針を翻して「覚書」への署名を拒み、結果的に未承認且つ非公開の状況となっています。

以上の顛末は協会に避けて通ることはできない撞着を生起させています。すなわち、社会福祉士とは別の、精神保健福祉士という「分立」した資格を創設した経緯をふまえれば、子ども分野の新資格という「分立」資格についても、ほんらいであれば容認せざるを得なくなるという撞着が生じます。加えて、協会が新資格構想を「見送らせる」ための「名目」にもしていた既存2資格の「統一化」を目指す「覚書」に反対の立場を示すのであれば、やはり同様に新資格構想も容認せざるを得なくなるという撞着です。

社会福祉士とは異なる限定的な目的をもつ資格が「早急」に必要であることを種々の「根拠」をもとにしたうえで主張し、それを精神保健福祉士という「分立」資格に結実させたという経緯があるにも関わらず、上述した「二つの事象」にあらわれているように法成立時に想定されていた限定的な領域の「越境」を志向している協会に妥当性と正統性は存するのか。

私の問題関心の基底には、その権能が脆弱で「レア」でマージナルな「新参」の資格である精神保健福祉士の専門職性の「由来」の探索があります。当該専門職が既に獲得し履行している排他的な役割が、ほんらいどのような事象を契機として、如何なる政治力学のもとでそれを獲得したのかということについての検証作業は、当該専門職がこの世に登場した必然との「ズレ」の確認が可能となると考えています。本書はその端緒の意をもつものと考えています。

樋澤吉彦(名古屋市立大学大学院人間文化研究科教授/生存学研究所客員研究員)

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