精神障害者に「なる」――「制度としての障害」

掲載日: 2022年10月01日

写真1:拙著『精神障害を生きる――就労を通して見た当事者の「生の実践」』(生活書院、2022年)書影

精神の病を抱えた人たちがこれまでいかに生きてきたのか――その「生の実践」をつまびらかにするために、私は「リカバリー」と「就労」との関係からこぼれ落ちるものに着目して、就労支援の現場でフィールドワークをおこなってきました。その成果をまとめた博士論文をもとに、2022年9月に『精神障害を生きる――就労を通して見た当事者の「生の実践」』 (生活書院)(写真1)を出版しました。

まず、ここまでに至る経緯と研究動機についてお話しします。私は経営コンサルティング会社に勤務していたときに夫と死別し、希死念慮をともなう鬱を発症しました。退職してカウンセリングを学び始めたのですが、臨床心理士指定大学院の実習先では心療内科の先生が患者さんに障害者枠雇用や障害年金の提案をされていました。このとき私は、単に話を聴くだけではなく、彼らの生活の基盤を整えるために制度やサービスについても知っておく必要があるのだなと思い、精神保健福祉の養成校に通い始めます。しかし、精神科病院や障害者就労支援施設の実習を通して、これまでの制度とサービスは実際に当事者の役に立っているのか、もしかすると妨げになっているのではないかと疑念を抱くようになりました。と同時に、当事者本人はこれまで体験してきた就労の場をどのように捉えているのか、また統合失調症や双極性障害といったラベルを貼られて生きることをどのように感じとっているのか、ということに思いを馳せるようになりました。そこで、個人の語りを聴くだけでなく、本人を取り巻く就労支援の制度、就労の場の仕組み、人間関係に着目して、当事者本人のライフストーリーを丁寧に読み解いていく必要があるのではないかと考えるに至りました。

写真2:「生活困窮者の声に耳を傾け、対話し、意味を共有すること」,日本心理臨床学会第41回大会自主シンポジウム『生活困窮者への心の援助で大切なこと』(話題提供).ZOOM,2022年9月18日.

精神障害と就労との関係を支援者との相互作用に注目してライフストーリーを見ていった結果、まず、精神障害者「ではない」、そして、精神障害者に「なる」、今は「精神障害者として働いて生きる」という一連の流れがみてとれました(写真2)。要するに、「制度としての障害」を受け入れなければ生活していけないのです。精神障害者に「なる」。これは、「精神障害者」のラベルを自ら自分に貼って生き延びていくという話です。精神障害の「当事者になる」というのは、制度が彼らをそのような立場に留め置こうとしているわけです。そうしなければ本人が生きていけないということを意味しています。精神保健医療福祉の構造的な枠組みに囲い込まれながらも、自らそこに乗っていくこと、逆にいやなものは上手くいなして、そこからはみ出していくこともあるでしょう。ライフストーリーを聞かせていただくなかで、本人の個人的な体験の背後にある政治的・社会的・文化的な構造を意識しながら、これまで「当事者との対話」によって当事者本人の行為の意味を共に探求し、発見していきました。このようにして、14名のライフストーリーが1冊の本となりました。それが冒頭でご紹介した拙著『精神障害を生きる――就労を通して見た当事者の「生の実践」』です。

フィールドワークを通じて、精神障害者に「なる」という、本来はネガティブなラベルを自分に貼ることで幾分か楽に生きられるようになることもあるという気づきを得ました。その裏で、生活保護や障害年金を受けることに対して本人が自分自身に偏見の目を向けてしまい、「セルフスティグマ」を感じる精神障害当事者も一定数存在するのも確かです。本来は、誰もがそのようなラベルを貼らずとも生きていくことのできる社会への変革が望まれます。それには、セルフスティグマを伴うことのない新たな所得保障の仕組みや労働政策が必要となるでしょう。本書では、精神障害者の就労にまつわる法制度の歴史と実践上の課題を整理し、今後に向けた構想についても最後に提起しています。

本書を、当事者やその家族、支援者、研究者、学生、政策立案者など様々な立場の方々にぜひ読んでいただき、今後は当事者の意見を尊重し、立場を超えて議論が展開していくことを切に願っています。

駒澤真由美
立命館大学大学院先端総合学術研究科 プロジェクトマネージャー(研究指導助手)

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