知的障害者にとって「わかりやすい選挙」を考える

掲載日: 2022年09月01日English

写真1 東京都狛江市の投票支援で作成された『わかりやすい選挙広報誌』

私は知的障害者にとってわかりやすく、参加しやすい選挙について研究しています。もともと私は通信社の記者として主に国際政治のニュース記事を書いていましたが、その当時、「一般の読者は自分の書いた記事で本当に理解してくれるだろうか」という不安を常々抱いていました。私が担当していた国連や欧州の政治・外交のニュースはコンパクトに伝えることがなかなか難しいものでした。(とはいえ、長ったらしいマニアックな国際記事は一般読者に敬遠されるというジレンマがあります…)
そんな仕事をするなかで、ふと思い至りました。「情報の難しさにもっと深刻な形で直面し、困っている人たちがいるのではないか」と。この問題意識が知的障害者の情報保障を考えるきっかけでした。そして、その次の問いとして、「ではどのような情報を優先的に知的障害のある人たちに届けるべきだろうか」ということを考えました。日常生活をスムーズに送るための参考情報ももちろん大事ですが、権利として与えられている選挙権の行使に必要な情報を充実させるべきだという主張に異論はないだろうと思い、「わかりやすい選挙」をテーマに据えることにしました。

知的障害者にわかりやすい情報を届けようという動きは近年、活発になりつつあります。日々のニュース、医療や災害の情報、役所での手続き関係など、日常生活を送るうえで必要性の高い情報から「わかりやすい版」が徐々に作られているようです。また、知的障害者向けに情報をわかりやすくしようとするときに守るべきルールもある程度定まってきた感があります。わかりやすく伝えるためのルールとは「1文は短く」、「難しい漢字は使わない」、「大事な情報は太字や色分けで強調する」などです。選挙関連の情報も少しずつ増えてきています。選挙や議会の仕組み、投票方法、また、投票する際に受けることのできる支援の内容などについての情報がわかりやすい言葉で提供されています。ただ、どの立候補者に投票するかを判断するための情報は依然として不足しています。選挙の際には多くの立候補者の公約や経歴、人柄をうかがわせる情報がテレビやインターネット、新聞に溢れますが、これらの情報を利用しやすい判断材料として知的障害者に提供しようとする場合、情報を取捨選択し、整理する作業が必要になります。善意のつもりでもその方法を誤ると、情報操作につながり、知的障害者の権利を侵害する結果にもなりかねません。知的障害者の情報保障のなかでも、選挙情報を扱うことの特殊性はこの辺りにあると思われます。私はこれまで、知的障害者向け投票支援の先進地である東京都狛江市で、各種選挙の際、わかりやすい情報の充実に向けた取り組みに関わらせてもらいました。こうした現場の試行錯誤を丹念に記録して実践モデルを描き出し、より良い社会実装につなげることができればと考えています。

写真2 一般社団法人スローコミュニケーションでのコラム執筆の際に提供した写真(参考 「わかりやすい選挙① {a href='https://slow-communication.jp/column/886/'}https://slow-communication.jp/column/886/{/a})

障害の有無にかかわらず、世の中には「政治のことは難しくて投票には行けないな」とか「せっかくならもっと納得して、自信をもって投票したい」と感じている人も多くいると思います。知的障害者の投票支援を考えることは、みんなにとってのわかりやすい選挙を実現することにほかなりません。また、知的障害のある人の政治参加を考えることは、「民主主義とは何か」というテーマを根本から問い直すことにもつながるのではないかと思います。今後取り組むことになるであろう課題は大きいものですが、歩みを止めることなくコツコツと研究を進めていきたいと思っています。

堀川諭(立命館大学大学院先端総合学術研究科院生/京都産業大学外国語学部准教授)

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