歴史を知り、記憶する方法としての歴史シリアスゲーム

掲載日: 2022年08月01日

私が「シリアスゲーム(Serious Games)」(以下、SGs)と出会ったのは約10年前になります。SGsとは、エンターテイメント性のみならず、教育、医療などの特定の目的を持ち、多様な場面で活用されるゲームのことです。当時、韓国ではSGsは「機能性ゲーム」や「教育用ゲーム」と翻訳され、実際に教育現場で使われています。大半は言語教育や数学のような学校カリキュラムを中心に活用されていました。大学院に入り、SGsの研究をしていくと、SGsは教育分野に限らず、人々の考えや認識に影響したり、行動を呼び起こしたり、時には人と人を繋ぐプラットフォームにもなっていることがわかり、SGsが益々面白いと思うようになりました。現在も社会文化的文脈を踏まえて、特に日本や韓国のSGsがどのように展開し、受容されていくのかに注目しながら研究を続けております。

写真 1:1948年、韓国の済州島で起こった大虐殺事件である済州4.3をテーマとする歴史SGs『花を咲かせよう』(forfree)(上)と『Unfolded : Massacre』(COSDOTS)(下)

最近は、歴史的出来事を扱う歴史SGsについて研究を進めています。「歴史」はゲームでは人気のあるテーマであり、『三国志』シリーズなど歴史を扱うゲームは以前からありました。しかし、近年登場しつつある歴史SGsは必ずしも華麗で誇るべき歴史的出来事やテーマを扱わないという点で、従来の歴史ゲームと異なると言えます。そうした歴史SGsでは政治的・社会的・倫理的配慮を必要とするものや、その国と社会の歴史観や教育観によって異なる議論が起こり得る出来事を扱うものも多くあります。例えば、ナチスドイツの「生命の泉」をテーマとする『My Child Lebensborn』や、ロシアを舞台に日本植民地時代の朝鮮人若者の葛藤と挫折を描いた『Pechka』、1948年の済州4.3事件についての『花を咲かせよう』(写真1)といった歴史SGsがあります。私は『花を咲かせよう』に関するインタビューなどを制作者に行い、済州島にも調査で訪れました(写真2)。

図 2:済州4.3平和公園の済州4.3を象徴する椿の彫刻作品(上:済州4.3平和公園、2019年2月11日撮影)と『unfolded camellia tales』(COSDOTS)のゲーム内によく登場する椿のモチーフ(下)

従来のSGs研究は欧米を中心に展開されてきたので、東アジア諸国ではSGs研究は多くありません。また、人々に考えさせるメッセージとゲームとしてのおもしろさを実験した事例も数少ないと言えます。しかし近年、歴史SGsに対する関心は高まっています。

歴史を素材とする小説、映画やマンガなどでもその出来事をどれほど忠実に反映するのか、もしくはどこまでが事実であり、何が創作物なのかといった議論がよく生じます。歴史教育という目的がある歴史SGsにおいても、出来事の再現における確実性や明確さは重要とされてきました。しかし、歴史SGsを考える際に重要な点として、ゲームを通じて歴史的出来事をどのように体験するのか、ゲームプレイをどのように提供するのかという問題があります。歴史SGsのなかでプレイヤーは選択や判断を繰り返しながら、歴史を進めていく体験をすることになります。そのときの選択や行動の結果としてプレイヤーは可変的な経験をし、プレイヤー間で関わりながらゲームプレイすることがあるので、ゲームで与えられた内容をそのまま受容していくというわけではありません。歴史SGsを制作する側の歴史観や何を意図して制作されたのかによって内容やメッセージは変わります。それに対し、プレイヤーは自分の選択と判断によって、プレイヤーごとに異なる体験をします。同じ歴史を対象としても必ずしも全員が同じことを経験するわけではないということが、歴史SGsの面白い点でもあります。

新しいテクノロジーの進化とともにSGsは変化しつつあります。近年、歴史を学ぶという目的に加え、台湾の戒厳令下の60年代を舞台とする『Detention:返校』などの歴史SGsが、歴史保存のメディアとしての役割や歴史資料として高く評価されています。これまでは、ゲームは娯楽性があるため、歴史などのまじめな内容を扱うにはふさわしくないという批判もありましたが、この事例はそうした批判を乗り越え、歴史SGsの可能性が広がっていることを示しています。私はこれから時代とともに変化するSGsの研究を通じてそこにある人々、社会・文化について考えていきたいと思います。

シン・ジュヒョン(立命館大学衣笠総合研究機構 専門研究員)

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