暴力、音楽、感情:中央アフリカの元狩猟採集民とのマルチモーダル人類学

掲載日: 2022年07月01日

喧嘩ともなれば丁々発止と罵詈雑言が飛んで、ナタは空を斬り、血が土を染める。音楽するとなれば、火山に木霊する歌声に、手が空をはじき、足は地をどよもす。私はカメラや録音機でサイボーグ化された身体でトゥワ人の喧嘩と歌舞に参加する。「ぺろ、こっちにおいで!」「ぺろ、調子乗ってんなよ。お前も斬ってやろうか!」「帰れ!」「もっと撮影しよ!」声、声、声に弾かれながら、最もすぐれた姿勢をさぐりつづける。
私の専門はマルチモーダル人類学で、論文だけでなく映像も作成する。博士論文・映像制作のテーマは暴力、音楽、感情だ。2020年の1年間、妻子を連れてルワンダに滞在した。トゥワ人のコミュニティで生活した。トゥワはピグミーと総称されることもある中央アフリカに住む元狩猟採集民で、現在は政府の定住化政策に従って他民族とともに村落に定住し、狩猟は禁止され、賃仕事などで糊口をしのいでいる。朝、働きに出て、日銭を稼いで、夕方になると飲んで、歌って踊って、喧嘩して、寝る。「トゥワは幸せなときに歌って踊り、怒ると喧嘩する。悲しいとき?家で寝るだけだ。そんなときに歌ったり喧嘩してどうなる」喧嘩と歌舞が盛んだから、暴力と音楽。両者を結びつけるものとして感情が語られているから、感情。フィールドの要請に従うのはマルチモーダル人類学者として当然で、博論のテーマは自然と決まった。


動画:手洗いとラジオ

トゥワの「社会」的な感情の生成と表現として暴力と音楽を同列に語れないかというのが現在の構想である。実証的に緻密に語るには歴史的条件の記述も重要になってくるので、20世紀初期の民族学者やカソリック教会の神父、スタンレーのような探検家の残した資料も当たる必要がでてくる。
マルチモーダル人類学についても説明した方がいいだろう。マルチモーダル人類学とは論文だけでなく映画、写真、録音、展示、ハイパーテクスト、XR、漫画、詩、小説など多様なモードを調査の手法や成果発表に用いる、文化社会人類学の領域になる。テクスト知に限定せずに異なったモードの知と往還することで、より全身的かつ本来的、多面的な知の確立を目指す分野である。私自身、学知の多様なモードの可能性を追求すべく、小説インスタレーション映像といった手法=思考法に挑戦してきたが、トゥワのプロジェクトでは映像、長編映画の制作を目論んでいる。喧嘩も歌舞も身体や情動、感情という、映像と親和性の高いメディアの営みなので、抽象概念を駆使する言語知による分析だけでなく、具象的かつ多声的な映像知による分析が絡み合う形での博士論文・制作を計画している。


動画:飲んで、歌って、踊る

まだ朧気な青写真が見えているだけではっきりとしたことは言えないのだが、暴力については、狩猟採集民は概して平和的とされる人類学の主流への反例とし、狩猟採集民概念をほぐし、トゥワの平等主義的ともいえる暴力を梃子に、近代的な暴力概念を再考したいと考えている。暴力も現在では近代的な警察権力の管轄下にあるが、音楽はより近代的な資本の誘惑に絡め取られているので、狩猟採集的、近代商業的、その中間の三つに音楽的振る舞いを類型化し、音楽と暴力という場を通じて複層化されるトゥワの感情生成の現場に、映像知を駆使しながらアプローチしたいと考えている。暴力と音楽という、ディオニソス的な儀礼か解決すべき社会問題かという極端において語られることの多かった現象の見方をずらすことで人類学知に貢献したい。これは学者としての思いだが、フィールドでトゥワの人たちと交わった身としては、ストレートに音楽と喧嘩に彩られたトゥワの生の経験に迫る論文と映像を制作したいと考えている。私という限界に可能な限り。

注:本研究は、立命館大学における人を対象とする研究倫理指針、日本文化人類学会倫理綱領に準拠して実施されており、動画についても当事者の合意の元に公開している。

ふくだぺろ(立命館大学先端総合学術研究科院生)

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