多様な人々による連帯の歴史を描く――精神障害者のグローバルな草の根運動

掲載日: 2022年05月01日

私は、精神障害者によるグローバルな草の根運動を調査してきました。世界の精神障害者は、非常に多様な状況におかれ、ときに対立する主張を持っています。それなのになぜ、どのようにして世界組織を結成して共に活動してきたのか、というのが私の研究の問いです。この問いに答えるために、口述史料、文書史料を集めて、組織の歴史を記述しました。その結果、自分の体験や意見がまともに受けとられてこなかった経験が、世界の精神障害者に共通するものとして見出されてきたのではないかと考えました。さらに、異なる主張を持つ人が所属することを明確にするための組織の名称変更や、国内で対立する人々が世界組織として連帯するための会員規約など、先行研究の対象とは異なる連帯の工夫も見出しました。このような成果をまとめて博士論文を執筆し、それを加筆修正して2021年8月に初めての単著の出版に至りました。

写真1:伊東香純,2021,『精神障害者のグローバルな草の根運動――連帯の中の多様性』生活書院.書影

拙著では、先行研究からの問いの導出や結論に向けた検証、考察と同じくらい、運動に関する出来事の細かな記述を大切にしました。記述の基になったのは、14人の活動家と1つの組織に対するインタビューと、ニュースレターや会議の記録といった文書記録です。国際通話サービスの選び方や会議を開催した街の様子などが、結論を大きく左右するとは思えません。それでも、一つ一つの記録の関係性を確認し、時系列に沿って整理して、書き残すことに力を注ぎました。

精神障害に関する歴史記述の多くは、精神障害をもつ本人ではなく、病気や障害を治療したり管理したりする精神医療の専門職による実践や理論の「進歩」の経緯に注目しています。その歴史において精神障害者は、受動的な対象とみなされてきました。近年では、当事者の視点が重要視されるようになりましたが、精神障害者による活動の研究は、治療や社会適応に役立つ手段としての自助的な活動を主たる対象にしています。このような研究の偏りの中で、精神障害者の世界組織の歴史を丁寧に描くことが、社会に対する重要な異議申し立てをしている人たちが確かに存在し連帯していることの証明になると考えています。

しかし、私のこれまでの調査地域は、西欧に偏ってしまっています。このため、世界組織が結成されてから、10年ほど経って活動に参加するようになったアジア、アフリカ、中南米地域の人々は、受動的に動員されたかのような記述になってしまっています。これは、事実と異なる可能性があると考え、これらの地域を対象とした研究を始めたところです。

写真2:精神障害者の世界組織に関するたくさんの記録を保存している、スウェーデンのマース・ジェスパーソンさんと筆者

拙著の基になった調査において、私は2018年と2019年のそれぞれ1か月ほどの間に10回近く国境を越えて、活動家に直接にお会いしました。インタビュー中に話を聞きながら、帰国後に集めた文書を読みながら、折り合い難い対立にはらはらしたり、動かない事態に苛立ったり、成果にいいぞと歓声を上げたくなったりしたのを鮮明に覚えています。拙著を出版した前後で、このような調査は急激に実施が困難になりました。新型コロナウイルス感染症の流行拡大により海外渡航は制限され、ロシアのウクライナ侵攻により国際関係は非常に緊迫した状態となりました。しかし、だからこそこのような研究を継続する必要性や意義は大きくなったと考えています。多様な人々の将来の連帯のあり方を考えるためにも、多くの障壁があるにもかかわらずわざわざグローバルな規模で活動してきた精神障害者の運動の歴史をこれからも記録し、地道な研究を続けていきます。

伊東香純(日本学術振興会特別研究員)

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