人々の暮らしを舞台にした医療とは

掲載日: 2021年05月01日

写真①西沢いづみ著『住民とともに歩んだ医療―京都・堀川病院の実践から』(生活書院,2019)

私は、看護学校で生物学や倫理学の講師をしながら、地域医療の歴史について研究しています。医療従事者でもなく医療や福祉の実践経験もない私が、なぜ「医療」に関心を持ったのか。それは、「医療」や「福祉」はもともと私たちの暮らしと共にある「いのち」の分野だからだと考えたからです。技術や制度は時代とともに変化しますが、「いのち」の存在そのものについては、どの時代でも、人々の、また自分たちの生きざまとして重ねられます。そう考えると、そもそも「医療」と、私たちの暮らしの基盤である地域が結びつくのは当たり前ではないかと気がつきました。このことが「地域医療」の研究を始めるきっかけになりました。

「地域医療」という言葉は、1960年代に普及し始めました。今では、国も地方自治体も、大学病院もクリニックも、「地域医療」の大切さを説き、患者の立場に立った医療実践を謳っています。しかし、「地域医療」とは何か、「患者の立場に立つ」とは具体的にどういうことなのか、昨今の「地域包括ケアシステム」を見ていても掴みきれません。

「立場に立つ」とは広い意味での相互関係性が重要です。患者・家族・医療者を含め、地域での暮らしぶりや人となりを、互いに時間をかけて理解し信頼関係を築いていける、そういう環境に医療者も住民もあると位置づけられるのではないでしょうか。「地域医療」とは、この信頼関係のもと、地域の様々なニーズに対応した医療だといえるかもしれません。そう考えると、「地域医療」の問題は、医療の問題のみならず「地域」のあり方の問題であるともいえるのではないでしょうか。

そのような観点から京都・西陣の地域医療の歴史について執筆したのが、学位論文に加筆修正し出版した『住民とともに歩んだ医療―京都・堀川病院の実践から』です。京都・西陣地域にある医療法人堀川病院(以下堀川病院)は2021年現在、70年の歴史ある病院です。本書は、堀川病院の母体である白峯診療所が開設された1950年から2000年までの約50年間に焦点をあて、住民と医療者の医療活動の経緯を紐解いたものです。ここでは人々の暮らしを舞台にした医療者・住民たちの地域活動が、医療や福祉にいかなる影響を与えたのかを明らかにしました。

終戦直後、日本ではGHQ統治下において様々な「民主化」運動が起こりました。西陣地域でも、生活保護受給者や健康保険非加入者が主体となって、「自分たちの体は自分たちで守る」という運動を展開しました。その運動が、医療者たちの「住民とともに住民の中に」という運動と合流し、地域おこし・町おこし運動となり、白峯診療所が創られました。白峯診療所は医療法人ですが、その設立は住民を出資者としています。1958年に堀川病院に改組された際には住民組織が病院運営に関わりました。設立当初から、住民と医療者による医療情報の交換や生活環境改善や医療扶助の権利獲得など、まさに医療・保健・福祉がセットになった活動が行われました。これは、人々の暮らしを舞台にした生きるためのセットといえます。暮らしが中心となるため、往診も在宅看護も欠かせない活動でした。これらを基本として、1960年代、高度な医療技術を駆使した施設内医療との両立が図られ、1970年代の高齢者医療対策には、訪問看護や在宅医療が中心に置かれました。1980年代には居宅療養支援に地域住民が積極的に参加し地域を盛り上げました。しかし、1990年代半ば以降、訪問看護制度、介護保険制度が開始され、また、住民層の変容などで地域活動も活発ではなくなっていきました。現在は、病院運営に住民が直接関わることはなく、一般医療と在宅療養支援を主とした地域病院として存在しています。

写真②八尾北医療センター・地域医療交流会パンフ(2021年1月)

西陣では、「地域」の主体も「医療」の主体も「暮らし」や住んでいる「人々」にあったという事、その主体の活動がなくなると、地域に生きる個々のいのちは、公的な制度に巻き込まれていくことがわかりました。

現在の「地域包括」を、「暮らしを舞台にした医療・福祉・保健のセット」と解釈することができるならば、「主体」の所在や住民と医療の関係性が重要になってくるでしょう。

現在、私は八尾市西郡(にしごおり)地区に、部落解放運動とともに発展してきた八尾北医療センターの歴史について検討しています。その重要性を再発見しながら、今後の「地域医療」を研究していきたいと思っています。

西沢いづみ
(立命館大学地域健康社会学研究センター客員研究員)

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