障害のある教師という視座から教育を問い直す

掲載日: 2020年11月01日

教育学における障害者の研究は膨大にありますが、ほぼすべてが児童、生徒など教育の対象者についてのものです。一方、教育の担い手である教師には自明のように健全性が求められ、教師の障害は不可視化されてきました。そのため、今まで障害のある教師についての研究はほとんどなされてこなかったのです。私は視覚障害をもちながら教師として20年近く勤務してきました。その間、多くの障害教師たちと交流し、障害者が教師として働くことの意義を考えてきました。また、一方で障害教師が能力を十分に発揮して教育実践を行う環境が整っていないことも痛感してきました。そのような障害教師としての経験を出発点に、私は大学院で障害教師の研究に取り組み、その成果を『障害教師論―インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程』(学文社、2020年)として刊行しました。

タイトルの「障害教師論」は私の造語で、障害のある教師をめぐる諸事象を調査して実態を解明するとともに、障害のある教師を視座として既存の教育を問い直す学問領域のことです。これまで長年にわたり、障害教師は学校現場から疎外されてきました。学校現場に障害教師を受け入れることができない事情があったからです。しかし、それは個々の学校現場における個別の事情というより、むしろ学校という組織や学校教育という制度がもつ構造に起因する事情だと考えられます。障害教師が学校から疎外される事情を解明することで、既存の学校組織や学校教育制度の見えなかった構造が新たに照らし出されるのです。また、教師―生徒関係には一般に教師優位の非対称性があります。一方、健常者―障害者関係には一般に健常者優位の非対称性があります。ところが、障害者の教師と健常者の生徒との関係ではこの非対称性が交錯して、従来の教師―生徒関係とは異なった関係が構築されます。それは教師―生徒関係の新たな可能性を提示しているはずです。このように障害教師は既存の教育、学校、教師などを問い直す有効な視座を与えてくれるのです。

本書のサブタイトルにある「インクルーシブ教育」と「教師支援」をキーワードとして、本書の内容を少し紹介します。まず、「インクルーシブ教育」です。インクルーシブ教育とは人間の多様性を尊重し、障害の有無にかかわらず子どもたちがともに学ぶ教育です。これまでインクルーシブ教育はもっぱら障害のある子どもを包摂する教育として捉えられてきました。しかし、インクルーシブ教育が多様性を尊重し、障害を包摂する教育ならば、子どもたちだけでなく、教育のもう一方の当事者である教師の障害も包摂するものでなければならないはずです。障害教師たちが包摂されてこそ、インクルーシブ教育が達成されたということができるのです。本書はこれまでインクルーシブ教育が射程に入れてこなかった障害教師を、インクルーシブ教育実現のための重要なファクターとして提示するものです。

次に、「教師支援」です。これまでの教師支援では、教師が独力でさまざまな困難に対処し、職務を遂行できるようになることを目的として、力量形成の支援が行われてきました。そこには、オールラウンドに職務をこなせる教師がめざすべき完成形であるという前提があります。ところが、障害教師の困難は障害によるもので、個人の力量形成で解消できる困難ではないのです。そのため、職務そのものを補助したり、代行したりする支援が必要となります。本書は教師支援を完成形をめざす前提から解き放ち、不完全性を承認しながら職務遂行を保障する教師支援の方向性を拓くものです。

障害教師の研究はまだ端緒についたばかりです。今後も障害教師の教育実践を支え、インクルーシブ教育を推進するために不可欠な研究として、さらには既存の教育を問い直すのに有効な研究として、障害教師論を発展させていきたいと考えています。

中村雅也
(日本学術振興会特別研究員)


写真1:中村雅也著『障害教師論――インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程』(学文社、2020年)の書影


写真2:障害学国際セミナー2019(中国・武漢)でのポスター報告

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