相談支援の「いま」と「これから」について――実践的価値と政策的課題

掲載日: 2020年02月01日English

拙書『詳論 相談支援――その基本構造と形成過程・精神障害を中心に』(生活書院、2019年)

私は精神保健福祉の実践現場での経験を基に、精神障害者に関連する政策と制度についての研究をしています。社会福祉系の大学を卒業後、漠然と精神科病院に入職しました。当初の仕事の内容のほとんどは生活保護や障害年金の申請手続きなど経済的な相談への対応でしたが、次第に買い物、調理、掃除、安否確認などホームヘルパーや訪問看護が行う生活場面での支援を頼まれる機会も増えていきました。気がつくとさまざまな相談に応じる役割が与えられていました。「さみしくなったので話を聞いてほしい」などの不安解消、体調に関する相談、人間関係のトラブル、恋愛問題、借金の返済、ゴミの出し方、引っ越しの手伝い、運転免許証の更新手続き、葬式の手配など、生活上の困りごとからほぼ雑談としか思えないものまで連日対応していました。その多くは面接室で時間を確保して行うものではなく、日々のかかわりから何気ない立ち話のようにおこなわれました。日常生活上の相談は、生活の営みが続く以上、際限なく広がります。しかし、精神障害者は生活場面の些細なことで混乱しやすく、容易に生活を破綻させてしまう場合があります。これらのやり取りを通じて、精神障害に伴う困難さは生活全般に及ぶことを実感しました。

精神障害者が身近に利用できる社会資源は、私が働き始めた1990年代でさえ精神科病院、保健所、作業所しかありませんでした。1990年代の後半になってこうした生活の隙間を埋める仕事が国の事業になり、相談支援という制度になります。しかし、度重なる見直しにより、相談支援の対象となる「相談」が「報酬が発生する相談」と「報酬が発生しない相談」に整理されました。相談支援は労力の可視化や数値化が難しく、不定型な生活上の相談には報酬が設定されていません。一方、ケアプランの作成やヘルパーを始めとするサービスの調整などは労力を量りやすく、安価ながらも報酬が設定されています。私自身はどのような困りごとでも気軽に応じることが本来の理念だと考えていますが、業務の標準化の流れとともに、支援者のスキル向上や研修制度の拡充といった人材育成と量的拡大が制度運営上の喫緊の課題となっています。

このように相談支援は制度運営上の課題とその見直しの歴史のなかで運営されています。では、そもそも相談支援はどのような意図で政策に位置づけられ、いかなる検討のもと制度化され、今日のように「変容」したのでしょうか。精神保健福祉の実践現場のなかで、相談支援にかかわる政策と制度への問いが生まれました。

こうした問題意識から博士論文を執筆し、このたび『詳論 相談支援――その基本構造と形成過程・精神障害を中心に』を出版しました。本書は2018年度に立命館大学大学院先端総合学術研究科へ提出した博士論文が基になっています。近年、障害福祉分野で注目されている相談支援を社会保障制度改革との関係から分析し、これまで言及されなかった相談支援が形成されるまでの過程を体系的・通史的に検証しました。とりわけ身体障害、知的障害と比べて独自の歴史的な経過をもち、不定型な支援を必要とされることが多い精神障害に焦点を当てました。

筆者の愛車とひみつ道具(ボールペン・メモ用紙・スマホ・タオル・お茶)が入ったリュック。これだけあれば大抵の相談には応じられます。

精神障害に限らず個々の特性に応じた支援をどのように担うのか。その課題は残されたままです。対象者・地域・業務範囲の拡大、人材確保、市町村間におけるサービス内容の格差などに対する量的確保もなされていません。私は対人援助技術の開発よりも政策に関心をもっています。良い支援を行うためには良い政策が必要だからです。対人援助サービスは支援者の「熱意」や「使命感」に頼られがちですが、良い支援を安定して提供するためには採算性についても考えなければなりません。では、どのような政策や「財」を活用すれば良い支援を行うことができるのか。さらに不定型な支援にどのような価値と意義があるのか、その合理性を具体的に示す必要があります。私は実践現場に携わりながら、これらを今後の研究課題として取り組んでいきたいと考えています。

萩原浩史(社会福祉法人加島友愛会/立命館大学生存学研究所客員研究員)

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