どこなら平和に暮らせるのか――先住民と紛争下の多文化主義

掲載日: 2019年01月01日English

写真1:エンベラの避難する地方都市を流れる川。彼らはこの川の下流にある集落から避難移住をしてきた。

南米・コロンビアでは、2016年に当時在職中の大統領、フアン・マヌエル・サントスがノーベル平和賞を受賞しました。数十年続く内戦において最大の非合法的武装勢力となったFARC(註1)と和平合意を結び、内戦終結への道筋をひらいたからです。もっとも、合意事項の不完全な履行、それに由来する元FARC構成員らの社会復帰プログラムからの離脱、一部の再武装化、あるいは元FARC兵の殺害が起こっています。加えて、和平合意後の2016年12月からは、地域で活動する社会活動家/運動家たちの殺害――少なくとも290人――も続く一方で、和平合意を結んでいない武装勢力も依然として残っています。最大武装勢力であったFARCとの和平合意をきっかけにした平和への道のりは、いまだ途上にあります。

そのような状況でも人びとの暮らしはありますが、武装勢力支配地となった故郷を離れ、避難民として暮らすことを強いられる人が多数います。彼らは「強制的避難移住 desplazamiento forzado」というかたちでの内戦被害を受けています。これは、武装勢力間の戦闘行為の激化のみならず、武装勢力支配下で生じる監視と移動制限、生活圏域の地雷源化、個別の脅迫、恐怖支配を目的にする選択的殺人――地域社会のリーダーや反抗する者を見せしめに殺す――から引き起こされる人の移動です。国連難民高等弁務官事務所の年間報告によれば、2017年のコロンビアの国内避難民の数は約770万人以上で、約630万人のシリアを超えて、世界一位に達しています。

こうした状況は先住民の暮らしも大きく揺るがしています。2004年、コロンビアの憲法裁判所は複数の先住民族が「内戦によって物理的・文化的に絶滅への途上にある」ために、違憲状態にあるという判決を下しました(Auto 004/09)。

コロンビアの憲法は多文化主義なので、文化的差異が共存できなければなりません。ただしその共存は、空間的な棲み分けによって実現されています。強制的避難移住が、「文化的絶滅」の主な要因のひとつであると判断されるのも、先住民の文化的特性は生来の地で暮らすことで育まれ維持されると考えられているからでしょう。避難先の暮らしは文化を危険にさらす、というわけです。この考えに基づき、避難者の支援も構想されています。そのために、もとの生活空間への「帰還支援」が、強制的避難移住がもたらす違憲状態の解決策としてあげられているのです。

もっとも、武装勢力の撤退が前提条件であるとは限りません。そこで、ときにそうした場所への「帰還」は先住民による生来の地に居座る武装勢力への「抵抗」として、支援関係者や研究者をふくめたコロンビア市民によって、形容されることがあります。

一方、ある地方都市に暮らす先住民エンベラのなかには、「帰還」とは別のかたちでの抵抗を模索する人たちがいます。彼らは、避難先であるその都市に暮らし続けることも、安心して暮らせる条件のないもともとの集落への「帰還」も望んではいません。都市部でも、脅迫や性暴力などの被害にあってきた、と彼らは言います。そのため、都市から離れて別の場所に行くことを求めており、そのための組織化を進めています。

写真2:都市部に暮らすエンベラが売る民芸品

首都のボゴタにも先住民のエンベラは数多く暮らしています。彼らのなかには避難民として首都までやって来て、劣悪な宿泊施設に身をよせ、物乞いも含めた極めて不安定な経済活動で暮らしている人もいます。そこでボゴタ市は2017年に「帰還支援」を念頭に、都市部のエンベラの実態調査を行ないました。公的機構の関係者が集まった報告会では、参加者の一人から「ボゴタ市はこの問題〔物乞いをするエンベラがいること〕に苦しめられている」という発言がありました。それに反論する人もいましたが、賛同するようなコメントもありました。都市は先住民から防衛されなければならない、という考えが広がっているかのようで、「帰還支援」が実のところ誰を助けているのか、わからなくなる発言でした。

内戦状況は、治安や安全の問題を社会において前景化します。ただ、その状況下にある棲み分けによって文化的差異の共存を図るタイプの多文化主義から、どこか奇妙な安全をめぐる感性が立ち現れているのかもしれません。

先の地方都市に避難するエンベラが、都市への定着を望まないのも、その場所では差別や暴力を経験することもあり、暮らしてゆく見通しが立たないからです。帰還を求めないということは、内戦に揺るがされた暮らしの統治に対するひとつの抵抗のかたちではないでしょうか。そうした抵抗が模索されるのであれば、それはどのような社会なのでしょうか。これらの問いが浮かび上がるのが、わたしの研究の現場です。

近藤宏(立命館大学衣笠総合研究機構・専門研究員)

註1:Fuerzas armadas revolucionarias de colombiana, コロンビア革命軍、和平交渉を経て合法政党 Fuerzas alternativas revolucionarios de colombia、コロンビア革命的代替社会勢力となった。

arsvi.com 「生存学」創生拠点

書庫利用案内

「生存学」創生拠点パンフレットダウンロードページへ

「生存学奨励賞」

立命館大学大学院先端総合学術研究科

立命館大学人間科学研究所

立命館大学

ボーフム障害学センター(BODYS)

フェイスブック:立命館大学生存学研究所

生存学研究所のTwitterを読む