高次脳機能障害と自己開示――生活のなかの情報管理/操作

掲載日: 2023年08月01日

写真1 左側の書籍は、自己開示(self-disclosure)という言葉を早い段階で学術的に論じたジュラードの『透明なる自己』Jourard, S. M., 1971, {i}The Transparent Self{/i}, Van Nostrand Reinhold. (岡堂哲雄訳, 1974, 『透明なる自己』誠信書房.){br}右側の書籍は、榎本博明の『自己開示の心理学的研究』で、自分の性格や身体的特徴、考えていることなど「自分がどのような人物であるかを他者に言語的に伝える行為」と定義している(榎本博明,1997,『自己開示の心理学的研究』北大路書房.)。

私は、高次脳機能障害のある人が、受傷後からどのように自己開示を選択して社会を渡っていったのか研究しています。高次脳機能障害とは、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害を主な症状にもつ、事故による頭部外傷や病気の後に生じる後天的な障害です。高次脳機能障害のある人の自己開示とは、高次脳機能障害という診断名を他者に伝えるだけでなく、その障害による困難を伝えることも含んでいます。

高次脳機能障害の行政的な定義ができたのは 2001 年で、比較的最近のことです。このことが、高次脳機能障害について社会の認知が十分ではない背景としてあると思います。さらにその症状も「忘れやすい」・「疲れやすい」など障害のない人にもある程度は共通するものです。高次脳機能障害は認知機能の障害であるため身体的特徴がなく、日常生活動作も自立している場合が多いことから、「見えない障害」だとされています。そういった特徴による本人の生活のしづらさがこれまでの調査や研究などで明らかにされてきました。

自己開示と似たような行為で、性的少数者の「カミングアウト」に関する研究や、他の見えない属性を持つ人に焦点を当てた多くの社会学的研究がなされています。こうした従来の研究対象とは異なって、高次脳機能障害は事故や病気などを契機とした後天的な障害であり、また障害者雇用ともかかわる問題があります。というのは、高次脳機能障害が「精神障害」に類別されるため、障害者雇用率制度を通して職を得ることがあります。その際、精神障害者保健福祉手帳を雇用者側に提示し、障害があることを示さなくてはなりません。高次脳機能障害がさらに特徴的なのは、環境との相互作用で症状が生じるという点です。このように、高次脳機能障害は、事故や病気など契機のある後天的な障害であり、また就労の制度や周囲の関係性が大きく関わっているという点でそれまでの研究対象とされてきた人々と異なりがあります。加えて、高次脳機能障害がある人の多くは元々障害がなかったとされる人たち、つまり中途障害であるため、私の研究ではより詳細な情報を含むことのできる「自己開示」という用語を採用しました。

写真2 研究助成を受けたユニベール財団の報告書。計20ページ。就労の支援者・就労する高次脳機能障害のある人・事業主に聞き取り調査を行った。

他者には見えにくく、その症状が一般的に共通するもので、障害によるものかどうか区別できにくいなどといった高次脳機能障害の特徴は、本人にとって生活のしづらさだけでなく就労の際にも困難に遭遇することがあります。障害者総合支援法による就労移行支援事業など就労系障害福祉サービスや、2016年の改正障害者雇用促進法で事業主による合理的配慮の提供義務が規定されるなど障害者福祉は更新されていますが、それで高次脳機能障害がある人の生活や就労はうまく進められるのでしょうか。高次脳機能障害の開示/非開示は、就労に限らず、あらゆる場面でメリットとデメリットがあるのだと予想されます。

私はこれまで、高次脳機能障害などをはじめとする後天的に生じた障害に着目して聞き取り調査をしてきました。修士課程で身体的特徴のある後天的な障害について調べ、博士後期課程では身体的特徴のない後天的な障害に焦点を当てています。2021年度からは、高次脳機能障害のある人だけでなく、高次脳機能障害がある人の就労にかかわる支援者や事業主に聞き取り調査を広げています。多くの調査地でたくさんの方々にご協力いただきました。これからも、調査と研究を続けて、高次脳機能障害のある本人と自己開示を周囲が理解できるように、社会がどう対するといいのか・合理的配慮はどのようにあるべきなのか、考えていきます。

澤岡友輝(立命館大学大学院先端総合学術研究科院生/健康と病いの語りディペックス・ジャパン運営委員)

arsvi.com 「生存学」創生拠点

書庫利用案内

「生存学」創生拠点パンフレットダウンロードページへ

「生存学奨励賞」

立命館大学大学院先端総合学術研究科

立命館大学人間科学研究所

立命館大学

ボーフム障害学センター(BODYS)

フェイスブック:立命館大学生存学研究所

生存学研究所のTwitterを読む