歴史とケアの融合:イギリスの民間慈善団体に学ぶ社会的養育のアーカイブズ

掲載日: 2026年07月01日


写真1(像):ロンドンにあるファンドリングホスピタルの設立者トーマス・コーラムの像

 社会的養育(養護)という言葉をご存じでしょうか。児童虐待や家庭の事情で家族と離れ、公的責任の下、養育する―。私はこの社会的養育を研究の軸に据えてきました。その問題意識は、第二次世界大戦後、駐留軍兵士と日本人女性との間に生まれ、親と暮らせない子どもたちを養育するために設立された児童養護施設の所蔵資料の整理に従事した経験に始まります。

 自分の親は誰であり、どのような経緯で生まれ、そして自分は何者であるのか。自身の過去を知らずに育った人にとって、記録は自身のアイデンティティの拠り所となります。しかし、乳児院や児童養護施設など社会的養護のもとで育った人が、自身の歴史を知りたいと望みながらも記録にアクセスできず、子どもの知る権利が保障されていない現実があります。

 記録へのアクセスを困難にしている大きな要因の一つが、日本における記録の「保存年限の短さ」です。公的機関が作成する社会的養護の記録は、25年や30年を保管年限とするものが多く見られます。特別養子縁組に関する記録については、児童相談所の運営指針によって「永年保存」と定められているものの、イギリスやオーストラリアなどの諸外国に比べると、日本全体の保存制度はまだ脆弱であり、結果として当事者の知る権利が失われる原因となっています。

 昨年末、調査を行ったイギリスでは、自治体の養子縁組に関する記録は、各自治体で記録の保存期間を設定していました。イングランドやウェールズでは、「保護対象者(looked-after people)」に分類される養子縁組された人や社会的養護の経験者の記録は、それぞれ100年間と75年間保存する場合が多く、法律では記録の永久的な保存については義務づけられてはいませんが、それでも長期保存を前提とした制度設計がなされています。例えば、ランカシャー州では、主に社会的養護の下で養育された子どもの記録は、誕生から75年間は保存することになっており、もし子どもが18歳以前に亡くなった場合は、死亡日から15年間、または18歳に達するまでの期間のうち、どちらか長い方の期間を保存期間として設定しています。

 イギリスにおいて、かつて児童養護施設などを運営していた民間団体の多くは、現在では施設の運営ではなく、里親や養子縁組の支援を行っています。その中の一つのコーラム(Coram)は、イギリスで最初に設立された子どもを対象とする民間の慈善団体です。コーラムの歴史は、1739年に慈善家のトーマス・コーラム(ThomasCoram,1668-1751)が、ロンドンにファウンドリングホスピタル(Foundling Hospital、孤児院)として、家庭で養育することが難しい子どもを預かり、養育したことに始まり、英国養子縁組・里親協会(以下、BAAF (British Association for Adoption andFostering))も、2015年8月からCoram BAAFとしてこのグループの傘下に入っています。コーラムは、設立から約300年間、多くの子どもを養育し、また里子や養子として家庭に送り出してきました。そして、近年では子どもたちや業務に関する記録を保管し、記録の開示やカウンセリングサービスを提供しています。

 またコーラムのファウンドリングホスピタルアーカイブズは、歴史的資料としても注目されています。このアーカイブズは、1739年の設立から、1954年にレジデンシャルスクールが閉鎖されるまでのファウンドリングホスピタルの全歴史を網羅しています。約50万件の記録は、ファウンドリングホスピタルのケアを受けた約27,000人の子どもたちの生活、母親の状況、そして病院の運営と指導原則を詳細に記しています。さらに、このアーカイブズは社会史、女性史、地域史、医学史などの観点からも重要な資料といえます。

 この重要な資料を広く利活用できるようにするために、コーラムは1739年から1899年までの資料をデジタル化し、翻刻(ほんこく:手書きの文字を現代の文字に起こすこと)する取り組みを行っています。現在では、アーカイブズ全体の23%がオンラインで閲覧可能になっています。これらのデジタル化や翻刻作業は、4年間にわたり、世界中で約6,500人のボランティアの協力で行われ、その結果、手書き資料の内容をオンラインで検索可能にしました。1

 現在のコーラムでは、現代の業務では必要としない古い年代のデジタル化された記録は、自治体が運営するロンドン公文書館(The London Archives)に預け、一方で、運営業務に関わる記録については、コーラム自身で管理しています。社会的養護を経験した当事者の子孫や親戚に対する記録の開示は法的な義務ではありません。しかしコーラムは、家族との分離や喪失の痛みが、当事者本人だけでなく、その子孫や親戚の人生にも影響を与え得ることを深く認識しています。この「ケア」の視点に基づいた柔軟な姿勢こそが、社会的養護の記録をたった一人のものに留めず、より豊かな歴史の共有へとつなげていると言えます。

写真2(建物):現在はミュージアムとして公開されているファウンドリングホスピタルの建物

1 ファウンドリングホスピタルアーカイブズに関する資料の検索システムから、1741年から1885年までの入所していた孤児の名前などの検索ができるほか、組織の歴史に関する資料なども調べることができます。〈https://archives.coram.org.uk/〉(最終アクセス日:2026年6月28日)

阿久津美紀(立命館大学 衣笠総合研究機構 准教授)

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