「居合わせる」実践と生活空間をめぐる参与観察

掲載日: 2026年04月01日


写真1 高木俊介氏のインタビュー後の風景(2022年12月19日、たかぎクリニック、左:篠原史生、中央:高木俊介、右:立岩真也、撮影者:舘澤謙蔵)

 私はこれまで精神科病院で精神科ソーシャルワーカー(以下、PSW)として、入院患者さんの退院支援を含む様々な生活上の相談援助に従事してきました。

 精神科病院は制度化された空間であり、入院患者さんの行動や言動は観察され、記録され、治療・支援の対象となります。入院患者さんも病院スタッフも活動・言動・役割・関係性等が規定されています。たとえば、入院患者さんの側でいえば、入浴・食事・洗濯・買い物・服薬・面会・外出等の時間や方法、あるいは患者とスタッフの関係にまで制約が及び、病院スタッフの側でいえば、専門性、業務・責任の範囲、カルテの書き方・保存方法、スタッフ間の関係、賃金等について、あらかじめ定められた規定があります。

 PSWは精神科病院という制度の実務者(病院スタッフ)ですが、いつから精神科病院に、どのような意図で雇われはじめたのか。また、PSWが1997年に精神保健福祉士として制度化される以前は、どのように患者さんや社会と接点を持ち、仕事をしてきたのか。

 精神科医師・医療史家の岡田靖雄は、1928年(昭和3年)刊行の『呉教授莅職二十五年記念文集第2至4輯』(呉教授莅職二十五年祝賀会編)に、「遊動事務員」という構想がすでに現れていたことを、「精神医学ソーシャルワーカー」の団体に示しました1

 遊動事務員とは、「精神病院に入院する患者の遺伝、既往の生活状態、病的状態や家族の事情を知る為、在院中の患者の事情を家庭に知らせる為に、また在院中の患者に家庭の事情を知らしむる等、外部に出て事務を弁ずべきこと少なからず。吾人はこの実際上必要なる遊動事務員制をもうけ、もって患者の幸福を増進し、家族、及び社会との連絡を円滑にせんことを希望す」と書かれています。この遊動事務員は、松沢病院内の将来的な構想の一部であったものの、現在のPSWに連なる存在を予期していたかのようでもあります2

 他方、制度化された精神保健福祉士が、精神科病院という空間から入院患者さんと「外部に出て」活動し、「患者の幸福を増進」する実践は現在ますます難しくなっています。

 私は現在、岡田が精神科医療史から掘り起こした「遊動事務員」という概念等を手がかりに、精神科病院から在宅精神医療専門の診療所へと足場を移し、精神科病院を退院された患者さんや外出・移動が難しい利用者さんの自宅を自転車で訪問しています。そして、利用者さんの生活実践と福祉、アウトリーチ支援するスタッフとともに「居合わせる」実践や、訪問支援する組織のあり方についての参与観察を行っています。

 精神科病院という制度的空間と、自宅という私的・生活空間とでは、利用者もスタッフも、その実践様式、関係性、組織のあり方等がまったく異なっていることがわかってきました。利用者さんによっては「生きづらさ」という一言では到底言い表せないほどの経験を重ね、家族や社会からは理解よりも否定による積み上げによって形成された観念の内に生活している人がいます。そのような状況では、容易に「支援」すること自体がすでに困難となるなかで、訪問スタッフが唯一の社会的につながりを持てる相手として、何らかの実践を担っていることもあります。また、自宅が快適に過ごせる生活空間ではなく、むしろ外出先の方が自宅のように寛げ、しぶしぶ自宅に帰ってこざるをえないという生活をしている利用者さんもいます。利用者さんの社会性は多様であり、独自の他者との言語的やりとり、距離の取り方、物のやりとり等を介した、援助関係とは別の関係性が形づくられることもあります。このように、在宅精神科医療の現場には、利用者の生活への入り方をはじめとする利用者との同じ時間・空間における「居合わせる」実践があり、現場に即した論理があります。

 他にも、過去に強制入院や人権侵害を受けた経験から、精神科医療や支援に対する拭い去れない不信感、時には敵意を抱かざるをえなくなってしまった利用者さんに出会うこともあります。そのような利用者さんは、当然、医療者・支援者然とした身振りに対して敏感です。また病院に入れられるんじゃないかと警戒され、自分を守ります。そのような利用者さんに対して、訪問スタッフが口を聞いてもらえたり、自宅に入れてもらえたりするようになるまでには、相当の時間と訪問スタッフの覚悟を伴うかかわりが必要となります。

 たとえ、そのような利用者さんと少しずつ関係性が作られはじめたとしても、その利用者さんが自分の生活を誰にも邪魔されず、変えられず、自分が思うように生きていくことを希望するのであれば、訪問スタッフにできることはその利用者さんの「世界」や考えを尊重し、できる限りそのままの生活様式を継続させ、まっとうできるように協力することではないか。逆説的ですが、何かを変えようと「支援しない」ことが「支援する」ことになるのではないかと——訪問スタッフ同士の会話、訪問時のふるまい等の観察から——考えています。

 先端研に入ってしばらくしてから、立岩真也先生に言われたことを思い出します。「あなたには参与観察という方法があるんだから、とにかくなんでもいいから書くことをしてください。インタビューもしてください」と。

 その時は、「参与観察」も「書くこと」も「インタビュー」もまったくピンときてなかったのですが、遅ればせながら、いまようやく私の活動期がやってきたのだと感じています。

写真2 自転車で移動し訪問する舘澤の姿(2026年1月8日、利用者さんが描いたイラスト)

1 岡田靖雄(1965)「特別講演 精神医療におけるP・S・W」『精神医学ソーシャルワーク』1(1), 4-9.

2 日本精神保健福祉士協会50年史編集委員会・日本精神保健福祉士協会(2015)『日本精神保健福祉士協会50年史』中央法規出版.

舘澤謙蔵(立命館大学大学院先端総合学術研究科院生)

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