植民地主義研究会

昨年度から引き続き2年目になる本プロジェクトは、ポスト冷戦体制と呼ばれて久しい今日において、いまだ予断を許さない東アジアの軍事的な緊張関係、また情勢と呼応するかのように現われる日・中・韓におけるナショナリズム・民族主義に対して、これまでの学問蓄積をすくいつつ日本帝国の植民地主義を再考することから、情勢の先を見据えた批判的な視点をたてることを目的としている。この目的を達成するために本研究会が批判的に受け継ぐべき研究はおもに二つ存在する。一つは、帝国史・植民地史研究であり、これらの研究領域は経済史や日本帝国主義論を中心に発展し、日本の植民地研究の学術動向を支えている(日本植民地研究会[2008])。歴史学の実証研究が主流であるこの領域は、文化史や植民地近代論、植民地と宗主国の相互関係などの論点について蓄積を重ねるも(駒込[2001])、冷戦体制に織り込まれた東アジアの「継続する植民地主義」や現在の日本に現われているポスト植民地主義的な状況に対しては消極的に見える。もう一つの研究領域である、ポストコロニアル研究は90年代にカルチュラルスタディーズやナショナリズム研究などとともに日本へ持ちこまれ、比較文化論・文学研究・エスニシティ論などの領域を横断する形で研究蓄積がなされる一方、慰安婦問題や日の丸・君が代問題などの情勢に大きく流されながら日本で受容された。とりわけ後者においては「植民者/被植民者」関係の批判が、「被植民者」の側からの呼びかけに「植民者」の側が答えるような形で行われ、植民地における「責任」は非常に単純化された「戦後責任論」として展開され、その傾向はジェノサイド研究の影響を受け国際法の枠組みで植民地の「責任」を論じる「植民地責任論」も同様である。
以上のような問題意識から、本プロジェクトが行う作業は2点である。1つは、ポストコロニアル理論のおそらくは初発の問題意識でもあり、そして達成点でもある思考をすくい出すことである。領土的、法的、民族的、ジェンダー的な境界が幾重にもはしる植民地空間における重層的な支配の様相を、そのまま掴み取り、一つ一つ緻密に解きほぐしていくような作業を行いながら、植民者/被植民者という二項対立の権力関係の場自体を転覆させるような試みが、ポストコロニアル理論の最良の部分であり、それはサイード『文化と帝国主義』やスピヴァク『ポストコロニアル理性批判』の到達点でもある。こうしたポストコロニアリズムの問題意識をすくった上で、それぞれの分野・領域において、これまで積み上げられてきた帝国史・植民地研究の実証的な研究蓄積を消化しながら避難的な検討を加えていくのが次の作業である。満州研究や、近年とりわけ研究が進んでいる南洋群島や樺太研究などと内地の研究領域の両方を結ぶ往還作業が必須であり、こうした研究を積み上げていかないかぎり「内地から植民地への移植」、「植民地から内地へのインパクト」、さらには「植民地の支配構造と国内植民地の比較」など、帝国の植民地体制と国民国家の双方に関わる論点を真に問うことはできない。

植民地空間における重層的な境界線を生きる人々の生を考察することにより、日本近現代における「障老病異」の特に「異」に関わる基本的な視座を提供することができる。とりわけ植民地空間における、①生存の現代史、②生存のエスノグラフィー、③生存をめぐる制度・政策、を議論し描くことは、日本の近現代を生きた人々の「生存の技法」を大きく揺さぶり、とらえ返す契機となる。こうした視座は、現在のグローバリゼーションやネオリベラリズムと呼ばれるような現象のもとで生きざるを得ない私たちの「生存」を問い直すことにもつながり、生存学の「異」にか関わる大きな論点を提示することになる。
また、生存学センターの「異」に関わって、本プロジェクトメンバーによる植民地における「異なり」に関する文献リストや先行研究のアーカイブを構築することで、生存学センターを介した研究交流を促進する。特に植民地に関わるリストはまだ十分に整理されていないので、本プロジェクトに関わって知の集積が行われることは生存学センターへの大きな貢献になる。

プロジェクト名 植民地主義研究会
プロジェクト代表者 小泉義之
年度 2013