成年後見制度/意思決定支援の論点 第9回「成年後見制度/意思決定支援の論点」 障害者権利条約と成年後見制度

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成年後見制度/意思決定支援の論点

第9回「成年後見制度/意思決定支援の論点」
障害者権利条約と成年後見制度

桐原尚之


1 成年後見制度に対する期待と実際

障害者権利条約第12条第2項では、法的能力の平等について定められている。とりわけ日本において同条約第12条違反が指摘されている制度は、「成年後見制度」である。この制度は、介護保険法成立と同時期に民法の禁治産制度の改正によって成立したもので、一般的には「権利擁護のための制度」という位置付けを与えられている。今日まで成年後見制度は、判断能力の低下した人の身上監護と財産管理のための制度として福祉、介護、医療、司法、不動産、金融、相続、消費契約、犯罪被害防止、家族関係などの様々な観点から大きな期待を寄せられてきた。それゆえに同条約第12条に違反するという指摘には、「信じられない」「驚きを隠せない」といった反応も少なくないようである。
しかしながら、この制度の運用実態は、成年後見制度を権利擁護の制度と支持し推進する人たちの間でも思いのほか知られていない。いわばほとんどの法律行為を制限されてしまうため、なにか困ったことがあった場合でも成年被後見人の主張(法律行為)は法律上の効力を有さないことになる。そして、成年後見人が成年被後見人の一切を決定することができ、法的にも有効と見なされるため、成年被後見人の訴えはほとんど知られることはない。例えば、私の親が成年被後見人となり、弁護士が成年後見人に就いたとしよう。その日から私は、弁護士が許可しない場合は、親の持家に入ることができなくなり、親の預金通帳を見ることさえできないなんてことになり得る。これは介護が必要な親の主たる介護者が私であっても同様なのである。

2 法的人間像からの疎外―効果意思/取引の安全/分離

成年後見制度の立法事実には、「意思能力のない者の法律行為は無効」とする判例(大審院判決・明治38年5月11日)がある。意思能力とは有効に意思表示する能力のこととされる。意思表示とは、法律上の効果を発動するための行為のことであり、民法では動機、効果意思、表示意思、表示行為の過程として説明されるものである。

動機……表意者が法律効果を欲するきっかけとなる部分のこと
効果意思……法律効果の発生を意図している内心的な意思のこと
表示意思……表示行為を行う意思のこと
表示行為……意思を表出し、外在化させるための行為のこと

伝統的な意思表示理解においては、効果意思が法的効果を生じさせるものと考えられてきた。そのため、泥酔状態で誤ってした契約などは効果意思が不在であるため意思無能力として無効にできるのである。しかし、高度に産業化された社会では、顧客の内心的効果意思という見ることもできない、予期することもできないものによって契約を無効にされることを“取引の安全が損なわれた”と考えるようになる。そこで民法では、意思能力の有無が個別の法律行為ごとに判断されることを回避するため、有効に法律行為をなし得る能力(行為能力)の制限を採用し、画一的に法律行為の効果を判断できるようにした。このようにして成年後見制度は成立したのである。
ところで、この過程には障害と社会をめぐる2つの疑問がある。1つは、効果意思なるものによって人間の生活の基礎となる取引を成立させようとした点である。人間の意思に関するスキルは、情報量や社会資源、思考の程度などの複数の要因によって決定付けられ、かつ、人それぞれで格差がある。にもかかわらず、人間に備わっている能力のようにとらえて、かつ、意思スキルが著しく低い人がいるのにもかかわらず、効果意思が発動できる人間像をデフォルトにしてしまっている(意思の支配からの疎外)。もう1つは、人間の行為よりも取引の安全が優先されている点である。取引は、人間の豊かさを追求するための方法であったはずが、取引社会を守るために人間の保護が後回しにされてしまっている(取引社会からの疎外)。
こうした問題は、この社会の成員たる人間像の中に障害者が含みこまれていないことに端を発するもので、社会モデルの観点から考え直されなければならない。

3 障害者権利条約第12条第2項

障害者権利条約第12条第2項の要請は、障害を理由とした法理的能力の不平等は第12条違反である、というものである。

法的能力の不平等の構成要件
12条2項違反=障害+法的能力※+不平等
※法的能力とは法的地位に関する能力と法的行使主体に関する能力のことであり、Mental capacityを含まないもののこととされる。

この場合に論点となるのは法的能力の範囲についてである。障害者権利委員会は、「一般的意見第1号」において“法律に定められた権利を有しているという地位を持たない場合”(法的地位の不平等)と、“法律に定められた権利を行使できないように制限されている場合”(法的行使主体の不平等)の2つのパターンを列挙している。すなわち、障害に基づく法的能力の不平等とは、“障害を理由として法律に定められた権利を有さないとみなされること”と“障害を理由として法律に定められた権利の行使を制約すること”を想定していることになる。成年後見制度は、行為能力の制限により法律行為に不平等を生じさせるものであるため、法的行使主体の不平等を形成する。よって、障害を理由とした行為能力の制限である成年後見制度は、障害者権利条約に違反することになる。

4 障害者権利条約第12条第3項の要請

成年被後見人等の法律行為は、制限されているため法的効果を有しないことになる。すると、本人が自分自身のことを決定すべき場面において成年被後見人はどうするべきなのかという問題が残される。そこで成年後見制度では、本人のことを決定する人をあらかじめ決定しておくという代理決定の枠組みが採用された(代理人適格性・支援者適格性の議論)。しかし、障害者権利条約では、決定する人を決定する枠組みを否定し、本人の意思決定を法的に有効とみなしたうえでどのような支援が結果としての法的能力の行使を平等にできるのか、という支援された意思決定の枠組みを採用している。
障害者権利委員会は、「一般的意見第1号」においてMental capacityという概念を使っている。以下は、Mental capacityの要点である。
・Mental capacityとは、判断それ自体にかかわるスキルのことを指しており、人によってそのスキルは全く異なるものである。
・機能障害という診断に基づく場合のこと(状況に基づくアプローチ)、本人の意思決定スキルが不足していると見なされる場合のこと(機能に基づくアプローチ)、否定的な結果をもたらすと考えられる決定を本人が行っている場合のこと(結果に基づくアプローチ)の3つが示されている。
・Mental capacityは法的能力の制限・剥奪の根拠とされている。
・仮に障害に基づく法的能力の制限・剥奪を廃止してもMental capacityに基づく法的能力の行使における不平等が残される。そのため、12条3項では法的能力の行使に当たって必要な支援が規定されており、人によって異なるスキルの程度を結果の面で是正することを求めている。
従来の枠組みは“障害者が能力ゆえに有効に判断できない”ことが直接的に“害者の法律上の意思決定・法律行為を有効と見なすべきではない”ことを正当化してきた。これに対して障害者団体は、仮に“障害者が能力ゆえに有効に判断できない”としても支援をしながら意思決定していく支援された意思決定パラダイム(Supported Decision Making)への転換を主張した。しかし、ここ最近「意思決定支援」と呼ばれているものは、代理決定パラダイムの廃止を伴わないものであり、意思決定支援と成年後見制度が共存可能かのごとく謳ったものが散見される。また、意思決定支援として紹介されたものの多くは、誰が代わりに決定する人にふさわしいか、という理人適格性の議論や、誰が意思決定支援者としてふさわしいか、という援者適格性の議論によるものである。決定する人を決める必要はなく、決定する内容を決めるという方途や制限をせずに共同で決定していくという方途など、支援の可能性はその他の方途に開かれているはずである。

5 意思無能力に関する問題意識

成年後見制度の立法事実には、「意思能力のない者の法律行為は無効」とする判例(大審院判決・明治38年5月11日)がある(意思無能力法理)。この意思無能力は、基本的にmental capacityと等しいものと考える。さて、障害者権利条約第12条第2項は、法的能力の平等を規定しており、障害を理由とした行為能力の制限である成年後見制度は条約に違反するものと考えられている。この場合は、行為能力の制限を辞めればよいという極めて単純な解決方策を示し得る。だが、これと同じように意思無能力法理を捉えるのは誤りである。なぜなら、民法の意思理論は、法的効力を意思表示―動機、効果意思、表示意思、表示行為―のどの部分に求めるべきかを関心としており、意思無能力のみを取り出して否定しても、法的効力を効果意思以外に求めればいいという話しに収斂してしまうためである。
法的効力(法律効果)は、人間と人間を拘束するものであり、理不尽な拘束からは解放されなければならないと考えるのが自然である。ならば、法的効力を生じさせることによる利益だけではなく、法的効力から解放されることによる利益も同時並行で考えなければならない。民法では、意思のない表示行為を無効とする法理がある。この考え方の起源は、ローマ法と言われており、その後、ドイツ民法として体系化されたものとされている。

【省略】

ドイツ民法では、人間の意思表示が動機から表示行為まで論理的に接合することが大前提とされている。しかし、我々がしる障害者同胞には、意思表示の過程が極めて不安定な人や、4つの過程を当てはめただけでは論理的に接合していないと見なされてしまう思考体系をもった人が少なからず存在する。真に障害者を法的人間像に含みこむには日本型ドイツ民法理論の解体は必然である。
他方、日本自閉症協会の柴田洋弥は、「意思決定支援と法定代理制度の考察―障害者権利委員会一般意見書に適合する成年後見制度改革試論(2015年11月2日)」において個別障害者の判断能力(Mental capacity)の程度に応じた意思補充支援や意思疎通支援の必要性を提言している。こうした意思決定支援の考え方は、ドイツ民法の意思理論にそのまま対応した支援体系となっている。ローマ法解体によらない意思決定支援(意思表示の補助)に過ぎないのであれば、真に障害者を法的人間像に含みこむことはできないだろう。

6 障害者権利条約第12条第1項の役割

障害者権利条約第12条第1項は、「障害者が全ての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する」とあり、法的人間像の中に障害者を含みこむことを求めている。この条文は、他の者との平等などの書きぶりがなく、抽象度の高い規定となっている。また、障害者権利委員会は「これは人の法的能力の承認のための前提条件である」(para.11)と概説している。そのため意思無能力を含む民法の意思理論が障害者を法的人間像の中に含みこめていないことが問題なのだとしたら、意思能力が法的能力であるかどうかの議論を待つことなく、法的能力の前提条件に不平等を生じさせているため第12条第1項に違反することが主張できる。

7 課題―再び支援の現場へ

我々は、成年後見制度の廃止と同時に、法的能力の行使にあたって必要な支援を構想していく必要がある。支援者適格性や代理人適格性の議論によらないこと、法的能力を制限しないこと、などの諸原理をつらぬいたとして、その先には何をしていいかさえわからないような途方もない実践が待ち受けている。そのため、今後の課題は、現実レベルの事象を取り上げて検証していくことではないかと思われる。

《参考資料1》障害者権利条約第12条(第1項~第5項)
第12条 法の前の平等
1 締約国は、障害者が全ての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する。
2 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。
3 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。
4 締約国は、法的能力の行使に関連する全ての措置において、濫用を防止するための適当かつ効果的な保障を国際人権法に従って定めることを確保する。当該保障は、法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重すること、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼさないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合すること、可能な限り短い期間に適用されること並びに権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関による定期的な審査の対象となることを確保するものとする。当該保障は、当該措置が障害者の権利及び利益に及ぼす影響の程度に応じたものとする。
5 締約国は、この条の規定に従うことを条件として、障害者が財産を所有し、又は相続し、自己の会計を管理し、及び銀行貸付け、抵当その他の形態の金融上の信用を利用する均等な機会を有することについての平等の権利を確保するための全ての適当かつ効果的な措置をとるものとし、障害者がその財産を恣意的に奪われないことを確保する。

《参考資料2》成年後見制度
第七条  精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
第八条  後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。
第九条  成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。
・意思能力のない状態でした意思表示は無効である。
・意思無能力による法律行為の無効によって脅かされる取引の安全を保護する立法事実で成立したのが成年後見制度(制限行為能力)である。
・成年後見制度は、法律行為という単独で法律行為をおこなえる範囲を三つの類型(成年後見、保佐、補助)に定め、画一的に制限する制度である。これによって制限対象者があらかじめはっきりとわかり、個別の法律行為ごとの係争を回避することができる。

生存学研究センター報告

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