世界の精神障害者のおかれている状況 ―法的能力に注目して

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世界の精神障害者のおかれている状況
―法的能力に注目して

伊東香純(立命館大学先端総合学術研究科院生)


1 はじめに

精神障害者の社会運動は、1970年代から米国やヨーロッパを中心に活発になった。それぞれの地域でおこなわれてきた運動の一部が連帯して、1991年に精神障害者の国際組織である世界精神医療ユーザーネットワーク(以下、WFPU)が発足し、1997年に世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(以下、WNUSP)と名称を変えた。WNUSPは、障害者権利条約(以下、CRPD)策定の作業部会に出席するなど、その採択に向けて大きく貢献した。2006年に第61回国際連合総会にてCRPDが採択された後も、2008年に『履行マニュアル』(WNUSP 2008)を発行するなど履行に向けて精力的に活動している。
これまでの精神障害者の運動の研究は、欧米の運動に焦点を当て、その運動を精神医療の在り方に異議を唱える運動として分析してきた(McLean 2000; Morrison 2005)。そしてその運動は、程度に差はあれ非自発的入院に反対してきたと述べてきた。CRPDでは、第12条「法律の前にひとしく認められる権利」や第14条「身体の自由及び安全」などで障害を理由とした非自発的入院を禁止している(Minkowitz 2010; 池原 2013)。この点で、この条約は運動にとって大きな成果だといえる。
しかし、精神障害を理由とした非自発的入院を許容する法律が制定されていない地域も多くある。そして、WNUSPでは、精神医療体制の確立した地域の精神障害者とそのような仕組みのない地域の精神障害者がともに活動している。本報告は、WNUSPの活動を通して、非自発的拘禁に関してさまざまな状況にある精神障害者がどのように連帯してきたのかを明らかにすることを目的とする。

2 条約におけるWNUSPの参加

WFPUは、1991年にメキシコシティで開催された世界精神保健連盟の世界大会の場で発足した。1994年、障害者の機会均等化に関する基準規則の専門家パネルが発足し、WFPUは精神障害者の国際組織としてその一員となった。その後、1999年に国際障害者団体長同盟が専門家パネルの障害者組織のメンバーを中心に結成され、2000年の第2回総会で国際障害同盟(以下、IDA)へと発展解消を遂げた。
2001年の第56回国連総会で条約に関する特別委員会を発足させるという提案が採択された。2002年に第1回特別委員会、2004年に条約の草案をつくる作業部会が開催された。米国のティナ・ミンコウィッツ(Tina Minkowitz)は、作業部会の40名の出席者のうちの12名の障害者組織の代表の一人としてWNUSPを代表して作業部会に参加した。2004年の第3回特別委員会以降、条約の中身についての議論が本格的に開始した。NGOは、IDAが主導して、70あまりの組織のゆるやかな連帯である国際障害コーカス(以下、IDC)をつくり、NGO間で意見を調整したうえで特別委員会で発言をおこなった。CRPDの採択のときミンコウィッツは、条約を歓迎するIDCの2人の講演者のうちの一人として演説した。
CRPD採択後の履行に向けた活動としてWNUSPは、2008年に『条約の履行マニュアル』を発行し、そのなかで第12条をCRPDのなかでも最大の成果であると述べている(WNUSP 2008: 3)。2009年にウガンダで開催された総会では、カンパラ宣言が採択された。カンパラ宣言では、CRPDについて

私たちは、地方の村から全国、そして国際的なコミュニティまですべてのレベルにおいて私たちの人権、特にCRPDで宣言されているものについて意識の向上を進め、それらの実現に向けて活動する。(WNUSP 2009)

と、その履行に向けて活動していくことが宣言されている。次の総会の開催の時期に当たる2013年にWNUSPは、グローバルな連帯を強化するためのプロジェクトをおこなった。

3 グローバルな連帯に向けて

WNUSPは国際組織であるが、WNUSPの主張において一部のメンバーの声が支配的になっているのではないかということが問題となった。そこでWNUSPは、連帯を強化し今後の方向を検討することを目的とした「私たちの声を高めよう(Strengthen Our Voices)」というプロジェクトを実施した。このプロジェクトでは、主にウェブ上での調査とセミナーの2つの企画がおこなわれた。
「自分たちの声をきこう(Hear Our Voices)」と題されたウェブサイト上での調査は、草の根の連帯を強化するために、2013年4月におこなわれた。自分たちが直面している問題は何か、WNUSPがどのような活動すべきだと思うか、WNUSPの長所および短所と思われることは何か、という4つの質問についてウェブ上で回答する形式であった。結果として、南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアそれぞれの地域から38の回答を得ることができた。この結果については、回答数は少ないけれどもこの調査は「スナップショット」としては使えると評価され、今後の課題として英語が使えない人やウェブが利用できる環境にない人たちの声をすくい上げられるような調査をおこなうことがあがった。
また、2013年5月13-17日にケープタウンでセミナーをおこなった。このセミナーでは、南半球と北半球の連帯を強化することが重要視され、出席者の3分の2が南半球の出身者であることがめざされた。実際の出席者は17名で、アフリカから4名、南アメリカから3名、アジアから3名、ヨーロッパから4名、北アメリカから3名が出席した。セミナーでは、まず初日にそれぞれの地域の状況を共有したあと、その後3日間かけて今後のWNUSPの方針が話し合われた(WNUSP 2013)。

4 法的能力に関する問題

先進地域の多くの国には、精神障害を理由とした非自発的拘禁を許容する法律があり、精神障害者の社会運動はこれに異議を唱えてきた。では、そのような法制度や精神医療体制のない低開発地域の精神障害者は状況をどのようにみているのか。
アフリカ地域の代表としてセミナーで報告したケニアのミカエル・ジェンガ(Michael Njenga)は、アフリカの多くの虐待は施設ではなく地域で家族や友人によってなされており、多くの人は施設でのケアにアクセスすることができていないと述べている。また、アフリカのいくつかの地域では、「精神異常(unsound mind)」の人に投票権を認めていないが、現在「精神異常」はとても曖昧な概念に留まっており、このため精神障害者は極めて曖昧な概念によって排除されているという。さらに、このような状況に対して、医学モデルの考え方をもった専門家や医療者が入ってくることにより、精神障害者の隔離を正当化しさらなる排除を進んでいると述べた。
アジア地域のインドのバーガビ・ダーバ(Bhargavi Davar)は、精神障害を理由として非自発的拘禁を許容する法律がまだない多くの国に、それをつくろうとする動きがあると述べた。また、中国やインドには英国による影響が大きかった時代の巨大な施設がいまだにあり、1つの施設に2000人ほどが収容されているという。さらに、インドには私立の精神病院がどんどんできつつある。このような西洋の医療の広まりに対して、ソテリアハウスなど欧米で生まれたオルタナティブも導入されつつあるものの非常に高額であるという。自らもインドの伝統的な実践を精神医療のオルタナティブとしておこなっているダーバは、アジアにはもともと豊かなオルタナティブの実践があり、それを活かすべきだと主張した。
セミナーでのヨーロッパの報告は、4人の代表者がおこなった。未だに精神障害を理由とした非自発的拘禁という法的能力の侵害はおこっているが、それだけではない状況が共有された。英国などでは、施設に拘禁されないためには定期的に服薬していることを報告しなくてはならないコミュニティ治療命令の制度ができている。さらに、この命令を受ける人は貧しい人や黒人などのエスニックマイノリティである場合が多いことが報告された。
精神医療によって拘禁された精神障害者による社会運動は、これまでそれに抵抗する活動をおこなってきた。しかし、ダーバは、強制入院や強制治療の問題に関して主張しているだけでは、アジア地域では僅かな人たちの問題にしか対応できないと述べる。そして、これまでの運動は精神医療のユーザー・サバイバーというアイデンティティをもって活動していることが多かったが、運動のアイデンティティは精神医療との関係だけに規定されるべきではなく、より広い範囲のアイデンティティの選択肢をもつべきだと述べた。実際に、精神医療体制の確立していない地域では、それへの抵抗というかたちで運動がうまれないため、精神障害者の社会運動が活発ではない場合が多い。また、ジェンカは、アフリカ地域では、精神障害者のピアサポートはおこなわれているのだが、極度の貧困状態にある人たちにとっては、生活を持続させる方法を考えることの方が優先的な問題としてあると述べた(WNUSP 2013: 10-41)。

6 WNUSPの方針

WNUSPは国際組織だが、大陸単位の組織も発足しつつある。ヨーロッパの組織は1991年、アフリカの組織は2005年に発足した。アジアの組織はセミナーの時点ではまたできていなかったが、その翌2014年に発足した。ラテンアメリカの運動については、コロンビアのサラーム・ゴメス(Salam Gomez)が報告をおこなった。2007-2008年にファンダメンタル・コロンビアが発足し、徐々にラテンアメリカの他の国に広まっているという。この組織は、精神障害者、その家族、支援者から成っている。また、前回のWNUSP総会があった2009年以降ラテンアメリカでWNUSPの存在感が強まり、それによって精神障害者の組織が増えつつあることが報告された。ラテンアメリカでは、ユーザー・サバイバーが診断毎にグループを形成していることがあるという。しかし、主張はグループごとに分断されているのではなくファンダメンタルとしておこなうのだという(WNUSP 2013: 37-41)。
WNUSPは、自由の剥奪や暴力に関係した法的能力の侵害が世界の至るところでおこっていることを状況の共有によって確認した。また、根本的なところは似ているけれども自分たちの連帯のなかには地域ごとにさまざまな状況の違いがあることも認識した。この上で、WNUSPの構造が草の根でなされる仕事を支援するようなものではなくてはならないという合意が形成された。国連などでの国際的なアドボカシーについては、南半球の主張を届けることの重要性が確認された(WNUSP 2013)。

7 結論

これまでの精神障害者の社会運動の研究は、精神医療体制との関係に焦点を当てていた。精神障害を理由とした非自発的拘禁への反対は、精神障害者の運動の中心的な主張とされており、これだけでもWNUSPがCRPDの第12条を最大の成果とする理由は理解できる。しかし、精神医療施設への拘禁だけを精神障害者の直面している自由の剥奪と捉えていては、欧米のなかの限られた状況しか理解できていない。WNUSPのセミナーで共有されたように法的能力の侵害として説明できるさまざまな権利侵害が起きている。
このような状況に対するWNUSPの国際組織としての役割は大きく2つ挙げられる。一つは、すべての状況に対応可能な抽象的な主張をおこなうことである。CRPDは、世界のさまざまな状況にかかわらず普遍的な障害者の権利を定めている。この交渉においてWNUSPは、世界の精神障害者の権利侵害に適応可能な権利擁護の条約をつくることめざし、さらに精神障害だけに特化した条項をつくらないことを重視した。
もう一つは、それぞれの国や地域の運動の支援となるような活動をおこなうことである。それぞれの地域でそこの文脈に合わせた運動がおこなわれているが、さまざまな状況にある人たちの連帯である国際組織だからこそできる地域の運動の支援の仕方もあると考える。それは、まったく異なるそれぞれの状況についての情報を交換し、それをもち帰ってそれぞれにいかすということである。運動のアイデンティティに関しては、これまで運動の主流として研究されてきた欧米の運動の精神医療のユーザー・サバイバーというアイデンティティに対して、精神医療との関係のみに運動の基盤が規定されるべきではないとの批判がアジア地域からなされた。また、運動の進め方に関しては、ラテンアメリカの組織のつくり方がユニークであることが共有された。
本稿では、これまで検討の対象とされてこなかった精神医療体制の確立していない地域を含めた精神障害者の社会運動を検討した。これにより、精神医療体制に抵抗してきた先進地域の精神障害者の主張は根本的な部分では低開発地域の状況の改善のためにも有効であること、また、国際組織は抽象的な主張をするだけでなく、それぞれの地域の運動を進めるための場としても機能していることを明らかにすることができた。

[文献]
池原毅和,2013,「精神科における強制医療介入」『精神神経学雑誌』115(7): 759-766.
McLean, Athena Helen, 2000, “From Ex-Patient Alternatives to Consumer Options: Consequence of Consumerism for Psychiatric Consumers and the Ex-Patient Movement,” International Journal of Health Services, 30(4): 821-847.
Minkowitz, Tina, 2010, “Abolishing Mental Health Laws to Comply with the Convention on the Rights of Persons with Disabilities,” Bernadette McSherry and Penelope Weller ed. Rethinking Rights-Based Mental Health Laws, 151-177.
Morrison, Linda J., 2005, Talking Back to Psychiatry: The Psychiatric Consumer/ Survivor/ Ex-Patient Movement, New York and Oxon: Routledge.
World Network of Users and Survivors of Psychiatry, 2008, Implementation Manual for the United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities, World Network of Users and Survivors of Psychiatry, (2016年12月3日取得,http://wnusp.rafus.dk/documents/WNUSP_CRPD_Manual.pdf).
―, 2009, “WNUSP Kampala Declaration 2009(Short version),” World Network of Users and Survivors of Psychiatry, (2016年12月4日取得,http://wnusp.rafus.dk/documents/WNUSP_KampalaDeclaration2009_short.pdf).
―, 2013, “Strengthen Our Voices: A Report,” World Network of Users and Survivors of Psychiatry, (2016年12月4日取得,
 https://wgwnusp2013.files.wordpress.com/2013/04/cape-town-seminar-report-2013-ud.pdf).
 
 UNCRPD and Taiwan's education policy
 Heng-hao Chang
 (Department of Sociology, National Taipei University)
 【省略】
 
 Supported Decision and Dignity
 A self-Advocate Journey・Hong Kong Chosen Story
 
 Chosen Power (People First Hong Kong)
 The Concern Group of Guardianship System and Financial Affairs
 
 September 2016 Osaka Japan
 【省略】
 

生存学研究センター報告

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