質疑応答

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台湾(座長:宋颂)

質疑応答


(宋) 滕様の時間もしっかり取っていただきありがとうございました。台湾の4名の発表からも分かるように、非常に特徴があったと思いますが、まず言えるのは、台湾からのスピーカーの方々は、化学工学の教授、政治学の専門家、神学の博士、障害者連盟といった方々でした。もちろん障害者の権利について語ったときには、われわれ法律を専門とする人たちよりも、もっとたくさんの見解をお持ちかと思っております。私の横の方も神学の分野の専門家ですので、私は実は非常に緊張しております。
なぜかというと、多くの問題においてやはり非常に本質を突く核心的な問題をお持ちだと思うからです。台湾の皆さんの性別も均衡が取れています。男性も女性も2人ずつということです。以上のこの4名の総括をしてみますと、1人目の教授の陳誠亮氏には、台湾の知的障害者の元の制度と今の制度との比較をしていただきました。また新たな、2009年を境に変化があった、その特徴を見せていただきました。2番目の林教授は投票権にフォーカスして、国連の委員会の意見、回答、また個人の見解も述べていただきました。3番目の陳文珊博士には、法律というか神学という角度から法的能力を語っていただきました。最後の滕事務総長からは、法の前に何が法律的な能力なのか、どういうふうに評価すべきなのかということでした。この4方に、いろいろな啓発をしていただけたと思います。あと残り19分ございますか、Q&Aに充てたいと思っております。挙手をお願いいたします。どうぞ。順番によって、まず、黄弁護士、お願いします。
(黄雪涛) 皆さまにも、できれば1人ずつお聞きしたいのですが、まず、陳誠亮氏にお聞きします。お考えでは、補助的な宣告というのは、これは支援付きなのか、代替的意思決定でしょうか。2番目ですが、2014年に新しい後見制度が制定されたときに、12条を考えたのでしょうか。考慮に入れたのでしょうか。その第12条で2014年の台湾の新しい後見制度の改革についてどう思われていますか。これは1人目の陳先生に対してのご質問です。
2番目は、政治学がご専門の林先生に対してお聞きしたいと思います。選挙権の権利ですね。つまり仮定として、人に対して啓蒙運動では理性を持つ人、理性を持たない人を判定する、東アジアにおいて、やはり不足しているということですね。人類の脳の特定の活動をどういうふうに正確に評価できるかということなのですが、今もジレンマをもたらしています。ですので、なぜ民衆がそういった自主権を行使するにも理性が前提とならなければいけないのでしょうか。
また、陳文珊先生のお話を聞いた中でも私は反省させられました。われわれ自身もこの議題に関して、ポイントとしては啓蒙運動の理性、非理性、この二分法について本当は再認識すべきだと考えております。そういった理性主義的なものについて考え直す必要があります。政治学が理性を持つ人に基づいて成り立っているという問題について、これは本当に正しいのでしょうか。投票権、政治参加権、これが理性を基礎にすることは本当に正しいのでしょうか。これが私が聞きたい問題です。
もう一つ、滕西華先生にお聞きしたいのが、私の理解では、人権という話題、また民事角度から私が見てきたわけですが、民事という角度から介入する、パートナーを実は探してまいりました。刑事という分野で介入する。特に法律、特にその中の特権を組み入れるべき、追加すべきだということです。特に特権を強調する。または、緊張感があるのではないかと、存在していると思っておりますが、特権を強調している場合、ご提案したいのが、コミュニティの声に耳を傾けるべきだということです。
また、先ほど、逃げた人がいたということがありました。法律、また刑事責任となると誰が逃げているのでしょうか。弁護士が逃げたのでしょうか。グループ団体の人が引いたのでしょうか。以上、取りあえずこの三つでお願いしていいですか。
(陳誠亮) ご質問、ありがとうございます。支援的な意思決定の宣告で、先ほどはさっといきましたので数字は入れなかったと思いますが、70%の通過率があります。補助的な宣告は合格率は50%未満です。なぜかといいますと、代替決定を避けたいのです。やはり自主決定能力を尊重したいわけです。ですから通過した50%は、軽度の知的障害者がメインです。その判断能力を見る場合、今まではいかなる規制も受けない場合、自分で決定した場合、自分を含めて家族に何か損害を与えるかどうかということを見るわけです。また支援付きなのか、それとも代替なのか両方あると思います。これは一つのルールでもありますし、また支援付き意思決定もあります。
2008年に改正して、それを2012年に施行したのですが、そのときは権利条約のことを考えていませんでした。多くの設計は実際のニーズを考えています。現在、実際に条約の第12条に確かに抵触している部分があります。これは議論すべきです。ただ、一つの問題を見るときに、どの角度から見るのかが大事だと思います。例えば、野球をするとします。ある子がボールを打ってしまって封じられたと。親が、「子どもが打った。良かった」と思うのか、「封じ込められて悪かった」と思うのか、それは人によって受け止め方が違うと思います。
(宋) 陳先生、ありがとうございます。では、林先生から。
(林) 理性という問題を提示したと思いますが、本当は古典的な民主主義、早くからギリシャのアリストテレスの規範的な高い基準の時代がありました。民主政治は理性的なものではありません。現在のアメリカもそうですが、トランプがなぜ有利なのかということも見れば分かるかと思いますが。チャーチルも、「民主は最善の制度ではないが、今現在あり得る比較的良い制度である」とおっしゃったことがあります。ですので、次善の制度でしょうか。まだこれに勝るような道が今のところないということです。
それから、私が強調したかったのが、やはり私の一般的な個人としての見解としては、そんなに高い目標は求めないということです。基本的なもの、心理的な弁識の能力。第29条ですね。投票に関する規定がありますが、はっきりと、知的障害者は、精神的な障害を助けて、支援しながらであれば投票できると決めています。身体障害者は私も含めて、私は個人では投票できませんが、ただ家族がいれば、家族の助けを得ていれば、あるいは家族の人以外なら、他の方2人です。1人では何か不正を働くのではないかということで、あと2人付いてくれれば投票できるということです。
一つの前提としては、当事者は必ず自由に自分の意思を表明できなければなりません。ですから、重度の知的障害者や重度の精神障害者であればなかなかできません。協力してもらわなければいけないので、台湾では今法律では認められておりません。2年前には実際にこのような事件がありました。ですから、先ほど申し上げました理性という前提。個人的には私はこれは完全に国連の条約に違反していると。解釈と異なると。少なくとも基本的な弁識能力に対して、例えば、どこで待って投票するということ、少なくともそれぐらいの能力はあるということです。
(陳文珊) 尻ごみをするといった問題ですが、皆さん尻ごみをしているのではないでしょうか。香港での経験をお話ししましょう。皆さんも香港に行きましたよね。そのときに、リーズ大学の人たちがこの問題に対して発表されました。そして、「法律能力があるのに法的責任を負わないのか」という質問が出たのです。「では、死刑に関してはどうなのか」と。そのときにリーズ大学の学生が、次のように答えました。尻ごみしました。つまり、犯行を行った人、そして重大な結果を招いてしまった人たちに対してどのような処分を下すのか。これに関してはみんなが尻ごみをするのです。
つまり自分が主導することは否定するのです。そして支援をするということに関してはさまざまな何らかの方法で支援する。そして意思を表現する、助けをするというのです。けれども、それと刑事責任能力はまた別の問題になるわけです。欧米と台湾の状況は全く異なります。韓国、日本、台湾という、この三つの地域においては今のところはまだ死刑は廃止されていません。ですから、こういった問題は往々にして発生します。
ヨーロッパのように、この民事的な権利の平等といったようなことを言う学者が多くいる。そうした学者でさえ、この問題に関しては尻ごみします。ですので、この問題を考えるときには、皆さん、この問題を提起しますと皆さん必ず尻ごみするのです。どう答えていいか分からない。台湾でどのような人たちが尻込みしてしまうのか。そうした質問だったと思いますが、こんなにたくさんの台湾の方がいるのに皆さん尻ごみしているのです。ですので、ちょっとお答えしにくいです。
死刑というのは非常に厳しい判決ですよね。こうしたことを受けるという、それは自分の責任を負うということになるのですが、それを政府の責任にするのか、この刑の執行におきまして、どのような決定を下すのか、どうすればいいのか。牢屋にぶち込んでおけばいいのか。つまり、こういった問題を提起したときには、反応はやはり非常に深刻なものとなります。ですから、みんなが尻込みすると。
これも非常に正常な一般的な反応だと思うのです。皆さんこの問題についてよく考えているわけです。ですので、まず法的に精神障害者というのを認定して法的能力はないとする。これは民法上の取り決めに沿って行われます。これもまた一つの方法です。そして実際に特定の状況の下において、特殊な状況においてはまた異なった形になるかと思います。
ただ、具体的にどのような判決を下すのかということに関しては、今あなたが何ができるのか、どのような能力があるのか。そうしたことに関しては合理的な調整をして理解していかねばならないのです。そのことに関しては多くの選択があります。罪を認めて、その後どうするのか。その訴訟の法廷において、多くの選択があると思います。
そして、その刑の執行を受ける能力があるのかどうか。その面に関しては調整する必要があります。そして、最終的に本当にはっきりとそうした能力がないと、支援が必要だと考えられた場合には、こうした訴訟が取りやめられるということになると思います。そして彼を死刑にすることは取りやめることになると思うのです。
(宋) 陳先生、ありがとうございました。
(滕) われわれ、台湾の精神障害者法に関しては、香港の法律を参考にしました。2006年に法の改正を行ったときに、この問題に関しては討論・議論がありました。精神科医も含めて議論がなされました。香港におきましても、弁護士がこのような問題に関与しています。意思の表現能力があるといったような人たちに対して、どのような能力があるのか、支援付きの、そうした何らかの代償を払わせる必要があるのか。私は、例えば外に愛人がいるというような場合に、どうした措置が取れるのかということと同じだと思うのです。
私の主観としては、そういうのは構わないと思っていても、周りが許さないというようなこともあるでしょう。つまり、無意識に人の権利を侵害するというようなことは往々にしてあるわけです。ですから、関連性につきましては、その反応はさまざまです。そして2006年、精神障害者法が制定されたときに、その保護についても、賠償についても制定されました。家族の中に障害者がいる。その誰かの財産を損なったということにおきましては、賠償する責任が生じます。ですので、この責任能力、そして知的能力、この面に関しては多くの議論がなされているという現状があります。ありがとうございます。
(宋) ありがとうございました。すみません。黄先生が三つもご質問をされたので、ちょっと時間が足りなくなってしまいました。次にご質問される方、まずご質問なさってください。それに関して一つずつお答えするという形にしたいと思います。では、1列目の女性から順番にどうぞ。
(フロア) うまく説明できるか分からないのですが、私自身が心神喪失の精神疾患というスティグマによって、医療モデルによってそれを診断されたことによって、障害女性には子どもを育てられないということで、生殖の問題で行政に子ども保護されている当事者になるのです。
その際に、私はDVを受けていて、DVの結果、PTSDになって、PTSDを理由に統合失調症であるという病名が付いたことによって、子どもを育てる能力が精神障害者にはないという形の措置を行政に取られているのです。その状態で、精神障害者のお母さん、精神障害者のお父さんが子どもを育てる能力があるのか否かということに対して、当事者である障害者に帰責しているのが日本の現状だと思うのです。その状態で管理したり、支援という名の侵害をしているのが日本の現状だと思っていて、私は当事者として人権を尊重されたとはあまり思っていない状況にあります。
その中で、アジアで障害者の法的能力についてどれぐらい考えていらっしゃって、どういうふうに私は上手に議論ができるか分からないのですが、どのように議論がされているのかということをお聞きできたらなと思いました。スティグマの問題や精神障害者の法的能力について話されていてすごく勉強になったので、ご質問させていただきたいと思いまして、マイクを借りさせていただきました。ありがとうございました。
(フロア) 滕西華さんの発表の中で、アジアの父権社会と儒教思想という議論があったと思うのですが、これはこの障害学国際セミナーでいつか話題になるだろうと思っていました。すなわち、日本、韓国、中国、台湾、香港、ここに共通して言えるのは、やはり儒教的な家父長主義という要素です。これと12条の関係は恐らくどこかで共通した課題だと思うので、特に12条を実現する際に、アジア的家父長制的な儒教的制度、こういったもの、ちょっと思いついたことですけれども、西華さん、何か付け加えることがあったらお願いします。
(フロア) 台湾の方が韓国よりも4年早く始められていらっしゃいますし、たくさんの利用者がいらっしゃると聞きました。その説明について拝聴しました。後見人の資格要件、または欠格事由の具体的な規定があるのでしょうか。また、後見機関が限定されているのかどうか。死ぬまで続けられるのかどうかについてお聞きしたいと思います。また、後見人の能力の測定について、また尊重についてなのですが。尊重のための意思決定の支援手段というものを提供されているのでしょうかということについてお聞きしたいと思います。
また、後見人の問題があるというお話がありましたが、横領の問題や着服などによって、後見人の問題が発生した際、問題発生の前の防止策、予防策はあるのでしょうか。また、これまで10年間こういった問題が発生したときの対応策があったのであればご紹介いただきたいと思います。
(宋) ありがとうございます。また他にご質問はありますか。
(フロア) ありがとうございます。林先生にお聞きしたいのですが、先ほどおっしゃった重度の知的障害者、精神的障害者です。理性を失ったから投票できないというふうにおっしゃっていたのですが、その権利条約に列挙された権利は、本当は制限されてはいけない。特に障害者ということを理由にしてはいけないと。それと引き離して考えるべきだというふうに条約では決めていますとおっしゃったように、例えば、同じように推論すれば、完全な意思能力はあるのですが、投票できない。それでも投票はできないのですか。完全な意思能力がある人でも投票はできないのですか。
また、ある問題に対して認識は持っていて理解しているのですが、投票となると慌ててしまう。そういった場合はどういうふうに処理すればいいのでしょうか。
(宋) ありがとうございます。すみません。私のせいで時間がこうなってしまいましたが、4名の素晴らしいご報告、また皆さんの素晴らしいご質問、ありがとうございました。また会議が終わってからでも、ぜひ進んで交流を図っていただければと思っております。ここまでが第3セッションです。ありがとうございました。

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