第8章 「私はなぜ先端総合学術研究科にいるのか?」

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第8章 「私はなぜ先端総合学術研究科にいるのか?」
うえの式質的分析法2014年度実践篇

立命館大学生存学研究センター客員研究員 萩原三義


1.はじめに(本稿の目的と要旨)

本稿は、2014年9月25日と26日の二日間にわたって立命館大学大学院先端研のうえのゼミにおいて「私はなぜ先端研にいるのか?」というテーマで実施された、うえの式質的分析法実習のレポートです。本レポートの内容は、実習参加者によって作成され、萩原が保管していた実習の分析シート(要因連関図)と、9月26日の録音音源並びに萩原のノートの記録をもとに、2016年10月22日から数日間に作成されたものであり、回顧的なレポートです。
当日の実習参加者は上記のうえの担当の「プロジェクト演習」受講者で、女性は合計7名(30代1名、40代1名、50代3名、60代2名)、男性は合計4名(20代1名、60代3名)それに指導教員のうえのの合計12名でした。
受講者を年齢・性別・イニシャルの一文字でサンプルコード化し、互いにインタビュイーとインタビュアーさらに記録者1の役割を互いに交替しながら11のサンプルをコレクションし、その分析をうえの式質的分析法によって行いました。
インタビューは、「年齢と性別」というフェースシート情報と「あなたはなぜ先端研にいるのですか?」という質問からなる、半構造化面接法を用いました。総インタビュー時間は288分、情報・ユニット数は427で、インタビューに要した時間は最短で15分(1人)、最長で30分(5人)、平均では約26分。1インタビュー当たりの情報ユニット作成数では、最小で16ユニット、最大では60ユニット、平均では約39ユニットでした。
インタビュー内容をその場で記録者が情報ユニットとしてカード化するという今回行った方法は、インタビュー内容をいったん録音して、後で情報ユニットのカードとして録音を起こすという方式に比べ、即時性と臨場性や時間効率の面で優位です。
その反面、情報ユニットの生成に、記録者つまり情報ユニット作成者の習熟度の影響が出る可能性が考えられます。
というのも、今回の最短のインタビュー時間である15分間で作成された情報ユニットは49で、その記録者は指導教員のうえのだったことや、最長インタビュー時間にしても、30分のインタビューで作成された情報・ユニットの最大60ユニットの記録者は、やはり指導教員うえのだったからでした。30分かけてインタビューを行なった記録者はうえののほかに4人いたのですが、4人の中には作成ユニット数が最小の16ユニットだった人もいました。
次に、この情報ユニットをうえの式質的分析法によって、1)語り手とインタビュアーさらに記録者とは別の分析者が、各語り手別に分析し、その後2)427の全情報・ユニットを使い、後に示す項目ごとに担当者を決めて、分析を行いました。
本レポートでは、上記2)で実施された、うえの式質的分析法実習参加者11名による、「私はなぜ先端研にいるのか?」という問いに対する質的分析結果を示すものです。
さてこの分析は、入学の動機から卒業後の見通し及び博士論文の完成で獲得される博士号という学位によって、発生する効果を問う分析です。そのプロセスはまず、時系列に項目を分け担当者を決めた上で、要因連関図(分析シート)の作成を並行して行います。次に、項目ごとに要因連関図に基づいて担当者が発表します(ストーリーテリング)。最終的に、「私はなぜ先端研にいるのか?」という本テーマの問いに対する質的研究結果を全員で共有し、全体の流れを通じて内容を確認します。
この実習の分析結果によれば、先端研及びうえの担当の「プロジェクト演習」に対する受講生の評価は、例えばこの後に見ていく要因連関図の「入学後(on campus)」の内容によると、ポジティブの数55/ニュートラル1/ネガティブ27で、数値的にはポジティブが多かったです。
ここからさらに、ケース分析とコード分析を経て、分析者としての発見とさらに結論を導き出す必要があります。本稿では紙数の関係もあり、情報ユニット全体の分析までは行いません。
ただし、上で述べた質的研究結果を全員で共有し、今回の物語のスタート地点となる「進学動機」から順を追って、グルーピングとマッピングを行なうことにより出てきたメタカードについて、少し詳しく見ていきます。それでは、要因連関図ができたところから、その内容を見ていくこととします。

2.要因連関図から見えたうえのゼミ院生集団の物語

うえの担当の「プロジェクト演習」受講者の女性7名、男性4名の合計11名による、受講者の「私はなぜ先端研いるのか?」の問いを解くための要因連関図が完成しました。この要因連関図は、受講者の入学の動機とその前史にあたる入学前から入学後(on campus)の体験を経て、卒業後の見通し及び博士論文の完成によって獲得される博士号によって発生する効果をゴールとして、時系列での項目を分けて作成されています。
さていよいよ、項目ごとの担当者が要因連関図の内容を発表して、「私はなぜ先端研にいるのか?」という問いに対する質的分析結果を全員で共有し、全体の流れを通じての内容を確認するというプロセスに入ります。
その時間軸にそって男女11名の物語をみていきましょう。物語の中には、性別や年齢また経験や社会的な立場によって、異なったり矛盾したりする部分も含まれています。

(1)進学動機は「成り行き型」「自分志向型」「社会志向型」
進学動機としては大きく「成り行き型」「自分志向型」「社会志向型」の3つの類型があるように見えることがわかりました。
「進学動機」に含まれる情報ユニット数は32ユニットで、その性別を見ると女性が18で男性が14でした。年齢別では、60歳代16、50歳代6、40歳代1、30歳代7、20歳代1、不明1でした。これをグルーピングとマッピングして出てきたメタカード数は16になりました。その中で一番多かったのは、「ずっと進学(大学院)したかった」で、次に多かったのは、「当事者性を伝えたい」「人生でやり残したこと(をしたい)」「研究方法を学びたい」「差別に疑問(を感じている)」でした。さらに、「社会とのつながりを求めて」「仕事にいかしたい」「テーマに興味」「うえのゼミ志望」で、1つしかないのはそれぞれ、「たまたま京都に」「成り行きで」「動機は無欲」「自分を解放したい」「自分の思いを発信したい」「世の役に立ちたい」「自己投資」となっています。
また、「当事者性を伝えたい」が男性のみ、「差別に疑問(を感じている)」が女性のみの回答で、「社会とのつながりを求めて」「仕事にいかしたい」は女性のみで、「テーマに興味」は男性のみの回答でした。
それでは、要因連関図から読み解いた上記の内容で、ストーリーテリングを行ないましょう。なお文中の「 」の内は、情報ユニットのグループからメタカード(又はメタ・メタカード)に読みだされた内容です。<>は、1次情報に記載された内容です。

「先端研(立命館大学大学院先端総合学術研究科)への道のり」
私は、「たまたま京都に」「成り行きで」帰ってきた。しかも「動機は無欲」と思ってもいたのだが、「自分を解放したい」「自分の思いを発信したい」「当事者性を伝えたい」という自分志向や「世の役に立ちたい」という気持ちや「社会とのつながりを求めて」という社会志向も孕みながら、先端研に進学しようと思った。
思えば「研究方法を学びたい」ので「ずっと進学(大学院)したかった」こともある。先端研の“21世紀における公共性と公共圏のあり方を探求”するという「テーマに興味」もあり、「人生でやり残したことを」「自己投資」すれば、「仕事にいかしたい」という思いも充足される。うえの先生の<連載をよんでいた>、<うえの先生が先端研に来られることがわかって>、<ジェンダーに興味があった>こともあり、プロジェクト演習で「うえのゼミ(を)志望」すれば、これまでの<男女平等と違う世界がある気付き>と「差別に(対する)疑問」に<専門知のお作法の中>でアプローチすることができるのではないかと思い、立命館大学大学院先端総合学術研究科への進学を考えた。
実習参加者11名の集団としての物語の共通のスタート地点は、その皆が所属している立命館大学大学院先端総合学術研究科への進学を考えた時とはいえ、たとえば50歳代2の「私」にとって、現役学生のように志望動機だけが「先端研への道のり」の物語のスタート地点というわけにもいかない。大学院への進学を思い立った私を語るには、進学前の社会人としての私にふれる必要がある。

(2)進学前の経歴は「私のあり方と『入学へのゆれ』」
「進学前の経歴」に含まれる情報ユニット数は36で、これをグルーピングとマッピングして出てきたメタカード数は13になりました。以下、ストーリーテリングの内容です。

「私のあり方と『入学へのゆれ』」
思えば「学歴・クラブ(活動)」も色々なことをしてきたものだ。また「入学前の学び」や「職場での気付き」もあり、「長くかかって(大学院に)入学」しようとしたのだが、「学部で研究(を)学ぶ」という経験もあり「卒論(が)面白い」とも思った。また職場の<外に出るきっかけ作り>に<あがいて放大(放送大学?)に行き、勉強が救いではないかと思った>こともあり「学ぶことを学ぶ」ということも考えている。
<手に職>の学校も行ったこともあり、<時間的に働きながら>学位を取得する(「看護職で修士」に出る」)のが大変だったが、<職場は協力的>であった。<入学前は>「正規」や「非常勤」や「転職」も経験した。

(3)進学の条件は「入学の情報源」「学費の調達」「家族の支持」が必要
進学の条件としては大きく「入学の情報源」「学費の調達」「家族の支持」が必要であることがわかりました。ここに含まれる情報ユニット数は45ユニットで、これをグルーピングとマッピングして出てきたメタカード数は9になりました。以下、ストーリーテリングです。
「入学の情報源」としては、「知人や先生に紹介された」ということもあるが、「自分の意思で入学を決めた」が<入学して継続できるか判断しようと思った>という面もある。
「学費の調達には苦労した」ことはしたが、<自分の貯金>を使ったり<パート・厚生年金>とあれこれ「自分の資金で学費を賄った」り、<実家の送り>によって当面の「学費は心配なかった」。
「入学前には大きなハードルが生じた」が、それは「家族の支持」を得られるか否かであった。「入学に反対された」りもした。正面切っての反対の相手は<実家の母>であったが、<兄からうらやましがられている>ということや、<制止されるので、(大学院に)入ることはだまして入った>という対処が必要な相手もいるにはいるが、そもそも<父と母は対等な家だった>が、<男女平等という父母の夫婦仲は良くない>という面もあり、<両親の家事分担はめずらしいことと知る>経験や、<夫婦という型への疑問はずうっとあった>ので、「両親の夫婦関係について批判」的に見ていた。
私の<子どもたちは外に出ることを支持していた>し、<自由にできる家族構成である>ということで、身近な関係の相手からは「入学を支持された」。

【省略】

(4)入学後(on campus)の「教員」「自分」「カリキュラム・システム」
「入学後(on campus)」の「教員」「自分」「カリキュラム・システム」に関する内容では、情報ユニットをポジティブ、ニュートラル、ネガティブに3分類するとそれぞれのユニット数は、ポジティブ55、ニュートラル1、ネガティブ27で、有意にポジティブなものとなっていました。

頼りになる教員
「教員」では、情報ユニット数は15ユニットで、これをグルーピングとマッピングして出てきたメタカード数は6になりました。このメタカードのポジティブは5、ニュートラルは1、ネガティブは1となりました。教員に対しては、肯定感を抱いていることが示唆されました。 
以下が、「教員」に関するストーリーテリングです。

「教員の指導は厳しく主張があるが、レベルが高く面倒見もよい」
先端研の教員は、<教員から連絡をくれる><やわらかく受けとめてくれる><指導教員以外のかかわりあい>があり「やさしく面倒見のよい教員」で、<メリットはこの学科の先生は本人の主張を出発点>とされているように、「教員に主張がある」。<カリキュラムは普通だが>「教員のレベルは高く」<充実して>おり、<論文指導助手かいる>といった「フォローもgood」というポジティブな表現が多い。
一方で<先生のユニークさは百科事典のように破れない>や<教員に対しては、あまりかかわりをもてていない>といった「教員への不満」も感じている。また指導の「すすめ方はまずまず」と感じている。

努力すれば報われるはずの「私」
「自分」では、情報ユニット数はポジティブ34ユニット、ネガティブ14ユニットで、これをグルーピングとマッピングして出てきたメタカード数は15になりました。このメタカードのポジティブは10、ニュートラルは0、ネガティブは5となり、自分に関しても、優位にポジティブに感じているように見えます。
以下が、「自分」に関するストーリーテリングです。

「研究は厳しいが、本人次第で努力は報われるはずの私」
まず私が入学後(on campus)で感じているのは、「方法・姿勢を学べる」ことだ。それは「やりたいことの実現につながる」と思え、また「視野が拡がる学際性に魅力」を感じている。
また、<当事者であると、(先端研には)学問と研究が双方あり自信につながる>と思え、「当事者性が研究につながる」し、当事者研究は「相手のためになる研究」につながり、「達成感を味わえる」と思っている。「研究は厳しい」とも感じるが、自らの「問いがわかる」と「本人次第」で「努力は報われる」のだろうと感じている。
ただ<アウトプットを最終的にどうしたいかは、もやっとしているので>「明確な目標がもてていない」という感じもする。また<入学前、論文を書くのがこんなにしんどいと思わなかった>ので、「論文が大変でストレス」を感じたり、「研究方法の迷い」が生じたりもしている。「意見を尊重されない」<扱いをされている>という感じもする。「挫折しかかっている」と感じることもある。しかし、私が「先端研<の独自のものを>活用できていない」のではないかとも思ってもいる。

個別指導に満足でカリキュラムに不満足
「カリキュラム・システム」では、情報ユニット数はポジティブが9ユニット、ネガティブは11ユニットで、これをグルーピングとマッピングして出てきたメタカード数は11になりました。このメタカードのポジティブは6、ニュートラルは0、ネガティブは5となり、ポジティブとネガティブが「教員」や「自分」に比較すると、拮抗しているように見えます。
以下が、「カリキュラム・システム」に関するストーリーテリングです。

「『マンツーマンの個別指導』は満足しているが、『カリキュラム(の内容や時間)に不満』」
<働いていても>「マンツーマンの個別指導」なので、<指導が分かりやすい>。<先端研では(私がそれまでは)知らないことを発表している>のと、「授業は充実している」ので「授業は期待どおり」だ。「ゼミ選択の自由」もあり、「単位が<1年に6単位>とれた」ので<よかった>。<出版前の本の情報>など「情報が迅速」だとも思う。
一方で、「カリキュラム(の内容や時間)に不満」も感じている。というのは<自分の役割(を果たすのに適切な指導を行う)人がいない>。また<働いていると学びにくいカリキュラムもある>し、<色々なカリキュラムがあるのに取れない>ということもある。昔の感じでは、今の大学院でやっていることの「イメージが違う」ところや、<少人数を予想していたが>大人数でのクラスもあり「ゼミの人数に不満」なところもある。
また、「情報がわかりにくい」という不満も見える。その内容としては、<予めゼミが何曜日にあるか前年に分かっていればもっと来られる>や、その一方では<情報が多すぎて疲れた>とも感じている。

【省略】

(5)学友には満足
「学友・研究会・人間関係」では、情報ユニット数26で、これをグルーピングとマッピングして出てきたメタカード数は6になりました。この情報ユニット数は、入学後(on campus)の「自分」での情報ユニット数の48、「進学前の経歴」に含まれる情報ユニット数の36に次ぐ数です。院生生活に密着したテーマであることが示唆されます。
以下が、「学友・研究会・人間関係」に関するストーリーテリングです。

「<いろんな人がいて面白い>ので『学友には満足している』」
<ゼミで(一緒に学ぶ人)は異なる分野、年齢も異なり、学友の幅が広がった>とも感じ、<学業以外のベネフィットとして、ゼミ生から生き方を学べる>ので「学友には満足している」し「学友から利益を得ている」とも思う。<先輩の姿を見習うのは財産>でもあり、「ユニークな学生がいる」し<それぞれがユニークだが、私のユニークとはちがう>。<何かやっている人が多い>し<自分との差がある>と感じることもあるが、何しろ<いろんな人がいて面白い>し、<他人にどう理解・評価されるかはどうでもよい>と思えるほど、「先輩同輩から学べる」。<同じチャネル、感覚を持つ人以上に>(自分の専門分野の人)<以外の勉強が研究会の効果>としてあり、<PD(postdoctoral fellow)のかかわり方>を知る上でも「研究会には効果があった」。ただ<自分からもっとコネクトしたらいいのかも>という「人間関係(学内)のまよい」もある。

また、情報ユニット数は1で、メタカード数も1というはなれザルとしては、「先端研のよさ」は、<色んな人と知り合いになる>というのがありました。

(6)入学後に人生について悟った!
情報ユニット数5で、メタカード数は1になりました。
以下は、「人生について悟ったこと」に関する簡単なストーリーテリングです。

「学友・研究会・人間関係」と関連して、「人生について悟ったこと」もある。それは<知らないことを知るという喜びがここで得られる><弱い人がどう生きているのかということを学ぶのが社会学><人が生きていること(の)経験が積めた>、<ものを一言でなく、表すことは人生の糧><自分でやりたいことをやっているストレスだからOK>である。

(7)苦しくも楽しい研究と研究環境を活かしきれないジレンマ
研究のストレスや学問に対する疑問と先端研の研究環境については、情報ユニット数22で、メタカード数は7になりました。「学友・研究会・人間関係」の情報ユニット数26、メタカード数は6に匹敵する関心の深さが示唆されました。
以下が、その内容を表すストーリーテリングです。

「『苦しいが楽しい』『研究にともなう辛さ』と『先端(の)環境は充実している』が『研究環境を利用できていない』私」
<今の経験(は)苦しいが楽しい、生き生きして手放せない>ような「苦しいが楽しい」毎日ではあるが、それでも「研究にともなう辛さ」や「研究上のストレス」も「学問に対するギモン」もある。「進学へのかっとう」もあった。
とはいえ<研究科の環境は充実している>し<図書館、特に雑誌がそろっていて助かる>ので、「先端研の研究環境は充実している」と思う。しかし、<設備は心地よいがしばしば利用できていない><図書館も利用していない><学校行事>や<シンポジウムに出たくても出られない>し、<環境整備は考えていない>ということもあり、「研究環境を利用できていない」とも思っている。

(8)さまざまな家族の反応
家族との関係と反応については、情報ユニット数13で、メタカード数は5になりました。
以下、簡単なストーリーテリングテリングです。
「家族の反応」としては、<好きなことをやれ>という肯定的と、<賛成も反対もなかった>という中立的な反応があった。配偶者からは「賛成がある」し、「お金も出す」と言われている。また「子供から」は、「支持」もされているが、「母への不満」がある。また自分自身「子供が出来て変わったこと」もある。<両親はやりたければ学費を出してくれるが、父親は無関心で判らない>ということもある。<主婦、仕事、学生が全てこなせている>と思ってもいる。

(9)大学院生だということを言える相手と言えない相手
学外の人との関係については、情報ユニット数5で、メタカード数は2になりました。
以下、ストーリーテリングです。

「大学院に行っていると、いえる相手といえない相手」
<家族会には大学院(に行っていること)は言っている>が、<知人には大学院までとヘンに見られている>こともあり、<大学院に行っていると言っていない>。

(10)職場、時間、お金についてのさまざまな意見
職場との関係については、情報ユニット数5で、メタカード数1になりました。50歳代女性2名、60歳代女性1名、不明1名が「職場からパワハラ」を受けていたという結果がでました。
今やっていることについては、情報ユニット数7で、メタカード数1になりました。60歳代男性のみからの情報ユニットで1メタカードになっています。
ここにいるための強い動機としては、情報ユニット数4で、メタカード数1になりました。回答者は3名で(男性2名、女性1名)全員60歳代です。<強いと思っている人々に勝つため>と<弱い人々をどうする考え><悔しい人のためにやらないといけないと思い><考えたことを理論的に理屈づけたい>と考えているのが、「ここにいるための強い動機」です。
時間の問題については、「時間には余裕がない」の情報ユニット数は3、「時間には余裕がある」の情報ユニット数は4ですが、その差は<働きながら>か否か、<勤め人>か否か、また<通学時間>にどれほどを要するか、<遠くではないか>否かによって発生しています。
お金の問題については、「お金に関して不安がある」の情報ユニット数は4、「大学を通じてお金を得ている」の情報ユニット数は2ですが、<金は減っている>し<あまり入ってこない>さらに<浪費も多い>「不安」がありながら、<学食>を利用して食費を節約しています。また「大学を通じてお金を得ている」のは、文科省からの研究費である<学振をもらって家計に負担を掛けない>ようにしていたり、<バイトをいっぱい紹介してもらって>稼いでいるというように、それぞれが工夫しています。

(11)先端研メーリングリストのメリットとデメリット
先端研ではメーリングリストが活用されていますが、メーリングリストの重要性と不満については、「メーリングリストも重要」の情報ユニット数は2、「メーリングリストに不満がある」の情報ユニット数は4でした。「重要性」の理由として<情報がすべてメーリングリスト>でくるので<重要性を知ることが必要>や、院生が<多人数なのでメールで情報が来るが、それは良い面>というのがありました。
一方「不満」の内容は、メーリングリストの配信が<多すぎる>こともあり、<使いにくい>や<何本も分かれていて分かりにくい>や<パスワードに管理されているような気がした>という内容です。

【省略】

(12)さまざまな卒業後のビジョン
情報ユニット数は39、メタカード数は18と多いですが、その中で大きいのは研究の成果の発信や社会への還元に関するグループで、数は11、メタカード数は4となっています。具体的な内容としては、「発信できたよろこび」「成果物として出版したい」「社会に対して発信したい」「家族会・患者に還元したい」です。
次に、「具体的な職業につなげたい」と考えているひともいて、<発達障害にかかわる>それも<親を対象にしたい>や<卒業後も今の活動を続けたい>、<介護を終えたら仕事をしたい女の人が多い(ので)運動する>、<卒業後は転職活動をする>、<子どもの教育には自信がある>ので「子どもの教育をしたい」と、様々に将来を考えています。
一方で、先立つものの心配もあり、「とにかく食べていけるように」なりたいと思いながらも、「卒業後もうかるのか」と不安を感じながら「どうやってお金を出してもらうか」を考えてもいます。
これとは別に大学院を卒業後することが「学費に見合う価値があったか疑問」に思うこともあるけれど、逆に「学費に見合う価値がなくてもかまわない」という思いもあります。
その他には「非日常としての大きな夢」として、<音楽で活動は現実の苦しさを越えられる>と考えていたり、逆に「卒業しても行政の態度は変わらない」ので、<行政とのやりとりではバシャッとやられるのは今からも同じだと思う>という悲観的な思いもあります。
また、「卒業後もゼミにはいたい」(50歳代女性)「ずっと学生のままで」いたい(60歳代男性)という思いもあります。さらに<先のことは空白にしている>(50歳代女性)ので、「見えない卒業後」の「将来は白紙」のままにしているということもあります。

(13)博士号という学位の意味や価値もそれぞれ
さていよいよ目前のゴールであり、苦しみの先にある獲得目標でもある博士号という「学位」ですが、「今後の職に影響する」という強いポジティブ効果を期待するものは5ありました。「関係者に対する敬意となる」は、60歳代女性のみで、数は3となっています。
「身分証明になる」という、経済的には直結性が薄そうな効果を考えているものは6ですが、その中には50歳代女性の<学位と職位が比例する>という思いもあります。また60歳代女性は、<自分の書いたものが家族の会、法務局に知ってもらえた><社会的な活動が学位でできるのではないか><運動にはステータスが必要、手段として>と社会的な活動や運動をしていると思っています。
<学位(は)目標、仕切りになる>ので「スタートラインに立つことができる」とニュートラルなのは1でした。
博士号の「必要性がかんじられない」という数は5あり、その年齢と性別を見ると、60歳代男性は2、50歳代女性が2、30歳代女性は1でした。
「効果がない」(60歳代男性)という比較的ネガティブな数は3つあり、先の「必要性がかんじられない」の中の<学位は考えていない>という60歳代男性と同じ人でした。

【省略】

3.要因連関図のグループに注目した調査対象集団に内在している
分析視点の発見

ここまでで、データをもとにしたドキュメントができたことになります。つまりここに示した内容は、「ドキュメンタリー 立命館大学大学院うえのゼミ院生の実態と希望」という感じの集団の物語が生成されたことになるのかと思います。そこには特定の誰とは言えないにもかかわらず、うえのゼミ院生の姿が、その人の過去や現在の環境・人間関係やむろん先端総合学術研究科のカリキュラムやシステムとの相関の中で見えてくるでしょう。
しかし、これではまだ研究とは言えません。なぜならば、分析がなされてはいないからです。
研究結果としてのアウトプットを出すためには、ここからさらにケース分析とコード分析を経て、分析者としての発見と結論を導き出す必要があります。
従って、まず分析者としての分析視点を示す必要があります。そこで基本的な分析要素となるのが、フェースシートの情報である性別や年齢となります。
さらにこの集団に内在している分析視点を発見するには、情報ユニットから構成された要因連関図のグループに注目するという方法があります。それらの視点を通して、逆に調査集団の物語に内在している詳細な共通点や異なりが発見される可能性があります。論文全体の構成や、うえの式質的分析法に従った論文生産のコツについては、本書の他の章に詳しく述べられていますのでご参考ください。
ここでは、紙数の関係もあり情報ユニット全体の分析までは行いませんが、上で述べた集団の物語のスタート地点となる「進学動機」に含まれる情報ユニットのグルーピングとマッピングから出てきたメタカードについて、分析視点という観点から少し詳しく見ていきます。

(1)「進学動機」に含まれる分析視点を事例として
本章2(1)で分類分析したことを、さらに深めてみましょう。
ここで、「進学動機」に含まれる情報ユニット数32を大きく2つに分けて、情報ユニット数が5と3(×4)のメタカードに含まれる合計17ユニットの性別を見てみると、女性が10で男性が7となっています。次に情報ユニット数が2(×4)と1(×7)のメタカードに含まれる合計15ユニットの性別を見てみると、女性が8で男性が7となっており、ここでは性別による差はみられません。
性別の共通性によって特徴的な進学動機があるのか、あるいは、年齢や性別に関係ない進学動機があるのかは、どのような対象にインタビューを行なったのかというサンプルバイアスを踏まえて考える必要がありそうです。というのも今回のメタカードで「人生でやり残したこと(をしたい)」の内容を語ったのは、30歳代女性、50歳代女性、60歳代男性だったからです。
またフェースシートでは聞けていないけれど、「当事者性を伝えたい」というメタカードでは「障害」という語が共通しており、さらに「主婦以外」「学生に指導するため」「看護の世界」といった、社会的な役割に関する語が情報ユニットには含まれており、追加してインタビュー等の調査で情報が入手できれば、分析の視点が増えると思われます。

(2)「進学動機」のグルーピングとマッピングから発見されるもの
ところで、情報ユニットをグルーピングとマッピングした結果、今回は「進学動機」として「成り行き型」、「自分志向型」、「社会志向型」の3類型が発見されました。
「成り行き型」とは、「病気になって京都に帰ってきたいと思い」たまたま京都におり、成り行きで「たまたまそうだった」のだが、「利益やbenefitがあるからという理由があるからではない」という、動機は無欲型です。
「自分志向型」とは、「自分を解放することが必要で、そのための研究」をするという自分を解放したいという思いがあり、また「これまでの障害学言っていることも浅い」し「精神障害は見えにくい、しんどい…ことを伝えたい」「精神障害の当事者(性?)を専門知の中で発信したい」といった、自分の思いを発信したい型です。
最後に「社会志向型」とは、「ここへ来たのは、もう少し世の役に立ちたい、かしこくなりたいと思った」り「社会とのつながりを求めて先端研へ」入学し「主婦以外の人とつながりをみつけたかった」という、社会とのつながりを求めて型です。
この3類型間で、例えば年齢や性別さらに社会的役割や資格とクロスさせて、また「ストーリーになにがあるのか/なにが欠けているのか」や「自分で予測していることと、どうズレていて、どう同じなのか」を見ていくと、「成り行き型」で無欲型といっても「これまでの障害学」に足りないところを付け加えたいという思いを秘めていることがわかります。
というのも、「成り行き型」の「病気になって京都に帰ってきたいと思い」、「利益やbenefitがあるからという理由があるからではない」という動機を語る人と、「自分志向型」で「これまでの障害学言っていることも浅い」し「精神障害は見えにくい、しんどい…ことを伝えたい」「精神障害の当事者(性?)を専門知の中で発信したい」という動機を語る人は同じ(サンプルコードの)人だからです。
さらには、立命館大学大学院先端研うえの担当の「プロジェクト演習」には、そこに至った動機としては、「成り行き型」「自分志向型」「社会志向型」という3つの類型に見える人々(今回の実習参加者としては11人)が相互に触発し合いながら「専門知のお作法の中に入り」、「研究方法を学びたい」ために「私はいる」というのが、「私はなぜ先端研にいるのか?」という問いに対する答えであろうと思われます。

4.おわりに

最後にこの実習参加を通じてうえの式質的分析法の使い勝手を習得できたと同時に、同じ「プロジェクト演習」で「一人一人が、共に」研究成果の獲得に向けて努力する仲間のあり方や将来のビジョンを垣間見る機会ともなりました。このことも含め、うえの先生、みなさまに感謝しております。


1 記録者には、経験の有無等の理由から単独と二名による組み合わせが行われた。又人数の不足を補うため、指導者であるうえのも記録者に加わったのは、本書第6章と7章のプロセスと同じである。
2 本実習ではインタビュイーの年齢は「○歳代」としか聞いていない。従って参加者の平均年齢は、おおよそを示すことしか出来ない。

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