第1部 生命倫理と現代史研究 3 母体血を用いた出生前検査(NIPT)と「臨床研究」システムが示すもの

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生命倫理と現代史研究

母体血を用いた出生前検査(NIPT)と
「臨床研究」システムが示すもの

山本由美子


はじめに

本稿は、1990年代から2010年代をまたぐ、母体血を用いた出生前検査の医療システムを検討するものである。いわゆる「新型出生前検査」は、専門的名称を「無侵襲的出生前遺伝学的検査(Non-Invasive Prenatal genetic Testing)」とし、略してNIPTと呼ばれている。本稿では、「新型」のはずのNIPTに伴う倫理的問題の検討が、従来の母体血清マーカー検査と同じであることを論じるにあたり、「臨床研究」システムと女性の任意性に注目する。そのうえで、「臨床研究」システムから見えてくる出生前検査の問題の素描を試みる。
日本は、2013年4月より、NIPTを国内導入した。NIPTとは、端的には静脈血採血によって得た検体を分析する血液検査である。検査の具体的な方法は、母体血中に浮遊する妊婦と胎児のそれぞれに由来するDNA断片を高速次世代シーケンサーにかけて解析し、胎児の染色体における特徴をかなりの高精度で把握するものである。妊娠初期に検査可能であること、解析技術に次世代シーケンサーを用いることから、日本の遺伝や医療にかかわる専門家は、NIPTを国内における「新型」の出生前検査へと位置づけようとした。こうした、NIPTの国内導入に至るまでの経過は、松原(2014)や利光(2014)に詳しい。NIPTの導入に先立っては、遺伝医療専門家集団の水面下での準備、メディアや専門家集団みずからの誤解に端をなす科学情報の混乱、障害者団体や女性団体による日本産科婦人科学会(以下日産婦)への導入反対表明のほか、後手に回った、日産婦による検討委員会の設置や公開シンポジウムの開催および国内指針の策定等、慌ただしい動きが展開されたのは周知のとおりである。
「NIPTコンソーシアム」は、NIPTの国内推進の主体をめざす、遺伝医療の専門家集団による共同研究組織とされている。同組織は、海外とりわけ米国でNIPTが開始されていることからその国内導入は不可避であるとし1、まず「臨床研究」として国内でNIPTを実施する計画を進めた。「NIPTコンソーシアム」は、その背景についてHPで次のように述べている2。第一に、日本では周産期の「遺伝カウンセリング」体制の整備が遅れている、第二に、現状で検査が行われると社会的な混乱の原因になる可能性がある、というものである。そのうえで、「臨床研究」として始める背景の具体例と検査実施の仕方について以下の五つを挙げている。

○検査について十分な認識を持たずに安易に検査を受ける可能性がある。
○検査結果に対し妊婦が誤解する可能性がある。
○検査を受けて予想外の結果に悩む妊婦が増加する。
○急速な検査の広がりによって、自律的な判断がしにくくなる。
○‌日本における現状を踏まえ、適切な遺伝カウンセリングや妊婦の周産期管理・ケアが可能な施設において臨床研究として検査を実施し、検査の実態を明らかにする。

「NIPTコンソーシアム」によるこれらの表記内容は、後に述べる、日産婦による2013年3月の「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」3(以下2013年ガイドライン)が指摘した問題点をそのまま踏襲したものといえる。なお、2013年指針が日産婦理事会で承認されたさい、五つの団体による「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」についての共同声明が出されている4。それによれば、「NIPTコンソーシアム」を含む複数の認定登録機関で実施されるすべてのNIPT「臨床研究」を、日本医師会、日本医学会、日産婦、日本産婦人科医会および日本人類遺伝学会が共同で管理することに大きく舵がきられた。その具体的な方針として第一項に挙げられているのが、以下のような「臨床研究」の位置づけの説明である。
本検査には倫理的に考慮されるべき点のあること、試料を分析する検査会社が未だ国内にはないこと、わが国独自の解析経験とデータの蓄積が存在しないことなどから、その実施は、まず臨床研究として、認定・登録された施設において慎重に開始されるべきである。
(2013年「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」についての共同声明)

つまり、五団体の共同声明は、NIPTという国内で未確立の検査であるだけでなく、倫理的考慮の必要性をみずから認識する検査を、国内で実施することに向け、「臨床研究」としてデータ蓄積するというのだ。NIPTの不適切な使用を排除し、適切な遺伝カウンセリングが受けられる体制下で行うためには、「臨床研究」として開始するのが最善と考えられたのだという(左合ほか 2014)。なお、この共同声明の第三項では、NIPTには今後、「常染色体の数的異常に関する以外にも種々の遺伝学的検査が開発されることが予想される」と示されている。
NIPTの利点として遺伝医療の専門家たちが常に掲げるのは、ダウン症候群の検出率が高く擬陽性が少ないこと(佐村 2013)、または「非罹患児」に対する羊水検査等の侵襲的検査を減らすこと(澤井 2013)、あるいは高齢妊婦における侵襲的・確定的検査の割合を減らし、母児に安全な環境を提供すること(左合ほか 2014)、というものである。こうした点がどんな意味を持っているのかは、本稿を通して考察するところである。それに先立ち、以下では、日本の出生前検査に関わる二つのガイドラインの変遷を確認しながら、NIPT「臨床研究」システムが、日本の出生前検査の問題を図らずも浮き彫りにしたことを順に述べていく。

1.出生前検査に関わる公式ガイドラインと
NIPT「臨床研究」システム

1990年代と2010年代には、出生前検査に関わる公的なガイドラインがそれぞれ示されている。まず、1999年、厚生省科学審議会先端医療技術評価部会は「母体血清マーカーに関する見解」5(以下1999年ガイドライン)を発表し、母体血清マーカーについて大きく三つの問題点を指摘した。すなわち、①妊婦が検査の内容や結果について十分な認識をもたずに検査が行われる傾向、②確率で示された検査結果に対する妊婦の誤解や不安、③胎児疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査への懸念、とするものである。そのうえで、母体血清マーカー検査についての基本的な考え方を示した。その要点は、第一に、専門的なカウンセリングの体制が十分でないことから、医師が妊婦に対し本検査の情報(存在)を積極的に知らせる必要はないこと、第二に、しかしながら、妊婦から本検査の説明の要請があれば、十分な情報提供をする必要があること、とするものである。
次に、日産婦による2013年ガイドラインも、NIPTの問題点として三つの指摘をしている。すなわち、①妊婦が十分な認識をもたずに検査が行われる可能性、②検査結果の意義について妊婦が誤解する可能性、③胎児疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査の可能性、とするものである。これらを踏まえて、2013年ガイドラインが示したNIPTの基本的な考えの要点は次のとおりである。第一に、十分な遺伝カウンセリングの提供が可能な限られた施設において、限定的な対象に行われるに留めるべきである。第二に、本検査の情報(存在)を医師が妊婦に積極的に知らせる必要はないが、妊婦の要請があれば情報提供を要する、とするものである。
二つのガイドラインの見解は、ほぼ同じであることが明らかである。つまり、マススクリーニングでさえなければ、母体血清マーカー検査もNIPTも容認する、というものである。そのうえで、いずれの検査も妊婦からの要請があるのなら、十分な情報提供と十分なカウンセリングのもとに実施することはできる、としている。ただし、検査の導入を求めたのは妊婦ではないことを付け加えておく。これらを踏まえ、本稿では、二つの出生前検査で異なる点として、検査の運用の仕方に注目する6。すなわち、NIPTについては、検査の対象となる妊婦と検査実施機関を限定したうえで、「臨床研究」という枠組み内だけで行うとする点である。2013年ガイドラインでは、とりわけ、NIPTの検査対象者を「客観的な理由」を有する妊婦に限るべきとし、その対象として五項目を挙げている。そのうちのいずれかに該当する場合に検査可能とし、いずれの項目も、すなわち胎児が「染色体数的異常」を有する可能性がある者と明示している。また、こうした妊婦は「ハイリスク妊婦」(左合ほか 2014)と名指しされている。なお、いずれのガイドラインについても、障害者団体や女性団体による出生前母体血検査への反対表明があってから、ようやく議論や起草が始められたのは繰り返し確認されるべきである。
さて、2015年12月30日現在、コンソーシアムがHP上で掲げているNIPT「臨床研究」の課題名は、「母体血中cell-free DNAを用いた無侵襲的出生前遺伝学的検査の臨床研究」というものである。研究目的は、NIPT後の妊娠帰結や児の状態を継続的に把握して解析することとしている7。また、研究の具体的内容は、第一に、検査の前後に遺伝カウンセリングを行う、第二に、受検数、陽性数、罹患数、妊娠帰結、絨毛検査・羊水検査等を集計し、検査の実態を明らかにする8、というものである。ただし、この研究課題名と研究目的は、コンソーシアムのHP上では2015年1月25日付で修正されたものである。
コンソーシアムによるNIPT「臨床研究」の最初の課題名と目的は、UMIN-CTR 9(臨床試験登録システム)上で確認できる10。それによれば、2012年11月15日付(プロトコル確定日)で登録されたコンソーシアムの当初の研究課題名(試験名)は、「無侵襲的出生前遺伝学的検査である母体血中cell-free DNA胎児染色体検査の遺伝カウンセリングに関する研究」というものであった。そして当初の研究目的は、「(…)妊婦を対象に、遺伝カウンセリングの妥当性を評価することなどで、本検査の臨床応用に際しての遺伝カウンセリング体制の問題点を検討」し、遺伝カウンセリングの基礎資料を作成することとしている。この変化を要約してみると、研究課題名は「NIPTの遺伝カウンセリングの研究」から「NIPTの臨床研究」へ、研究目的については、「遺伝カウンセリング体制の検討と基礎資料作成」から「検査後の妊娠帰結と児の状態の把握」へと移行している。これは、見方によっては、NIPTについての「遺伝カウンセリング体制の整備」から「臨床応用の準備」へと転換したようにも解釈できる。実際、検査のフローチャートについても、2015年1月25日付で変更――アンケート調査の削除――が加えられている(図1・2参照)。しかし、これらの経緯や内実は明らかとなっていない。留意すべきは、研究課題名や研究目的が変われば研究プロトコル自体が変わるはずだということである。あるいは、プロトコルを同じにしたまま研究課題名と目的を変えることは不可能なはずだということである。なお、UMIN-CTR上の「試験進捗状況」欄では、コンソーシアムのプランとして、2013年3月31日をトライアル開始予定とし、約2年後の2015年2月28日に「フォロー終了」、同年3月31日に「入力・解析終了」の予定となっている。つまり、現時点ではすでに「臨床研究」(試験)は終わっていることになっている。UMIN-CTR上では他方、2014年8月10日付のデータ更新を最後に、対象者を「一般募集中」のままにしてある。

図1:「NIPTコンソーシアム」による「検査実施機関での診療の流れ」Ⅰ
(2015年12月30日現在/コンソーシアム修正後)【省略】
出典:NIPTコンソーシアム「臨床研究:検査を検討している妊婦さんへ」(2015年12月30日取得,http://www.nipt.jp/rinsyo_04.html)

図2:「NIPTコンソーシアム」による「検査実施機関での診療の流れ」Ⅱ
(2014年10月17日現在/コンソーシアム修正前)【省略】
出典:NIPTコンソーシアム「臨床研究:検査を検討している妊婦さんへ」(2014年10月17日取得,http://www.nipt.jp/rinsyo_04.html)

課題名や目的という「臨床研究」の基幹ともいうべき事項の変化からまもなく、国立成育医療研究センターが、厚生労働大臣の指示のもと、2015年4月1日付で中期長期計画(平成27年度から平成32年度まで)を定めている11。いうまでもなく、同センターとコンソーシアムの関係は深い。国立成育医療研究センターの周産期・母性診療センター長は、「NIPTコンソーシアム」の責任研究者のひとりである。この中期長期計画では、「高度かつ専門的な医療、標準化に資する医療の提供」として多項目を挙げており、そのひとつに、「臨床研究」で行っているNIPTを計画期間内に3,000件以上実施するということが明示されている。また、小児希少難病に対する遺伝子診断の網羅的・個別的遺伝子診断体制の確立も掲げている。このことはすなわち、「ハイリスク」妊婦を3,000人確保するということ、および小児の遺伝子診断と胎児の遺伝子診断をクロスオーバーさせていくことを示唆しているようにみえる。

2.NIPT「臨床研究」システムの問題と研究倫理

従来の母体血清マーカー検査は、厚生省の1999年ガイドラインにそって、各医療施設の医師の裁量に一定程度任されている。これ対し、NIPTでは、母体血採取から妊娠の帰結にいたるまでのすべてのステップが研究全体として管理される。そこでは、NIPTの前後にカウンセリングがあるほか、NIPT陽性時には侵襲的検査すなわち羊水検査等の確定検査を行うことが、研究システムの一環に組み込まれている。そして、前項でみたように、そのフローチャートは「診療の流れ」と題されている。
NIPTの現行の運用は、「診療・実践(practice)」ではなく「研究(research)」の位置づけのはずである。臨床医学研究における両者の区別12は、「弱い立場にある被験者」の研究利用を制限しかれらを保護するという、1979年のベルモント・レポート以来の基本的事項である。周知のとおり、ベルモント・レポートは、診療と研究を以下のように定義している。

多くの場合、「診療」という用語は、個々の患者または診療を受ける人の福利を高めるためにのみ考案された、成功の見込みが相当あるような介入を意味する。医学や行動科学における診療の目的は、特定の個人に対し診断と予防的処置や治療を提供することである。これに対し、「研究」という用語は、仮説を検証し結論を導き、そこから一般化できる知見(たとえば、理論、原則、関係性についての言明として表現される)を見出す、またはその契機となるような活動を称する。研究は、目的を設定し、目的を達成するための一連の手順を定めた、公式の実験計画書において記述される。(The National Commission for the Protection of Human Subjects of Biomedical and Behavioral Research [1979] 1998: 23=2001: 561)

しかしながらNIPT「臨床研究」システムにおいて、妊婦とは、研究参加者と呼ばれても被験者として正しく認識されているとはいいがたい。そしておそらく、そのことは妊婦にも正しく伝えられていないと思われる。日産婦の2013年ガイドラインでは、NIPTとは「診療行為に含まれる」とさえしており、そこでいう診療行為とは「診断に至るための診察行為、検査、診断を受けての治療行為」と記されている。
NIPT「臨床研究」システムにおける第一の問題は、明らかに、診療と研究が混同している点である。診療と研究の違いは、端的には、医療者もしくは研究者によって対象が被る侵襲に「医学的正当性」があるかどうかである。診療では、侵襲が許されるのは、「患者」の生命・健康の維持・回復という医学の目的に正当に適っている場合に限られる。これに対し研究では、「医学的正当性」が未確立であることから、その侵襲は一般には認められない。それが認められるには、正当化へのあるプロセスが必要となる。これについては後に述べる。研究であるはずのNIPT「臨床研究」システムでは、実際には、その検査結果を確定検査によって精確にすることや、それに伴う侵襲を受けることに、「医学的正当性」が見出されている。それだけでなく、それらは妊婦に課されている。
NIPT「臨床研究」システムの第二の問題は、いうまでもなく、患者と被験者が混同している点である。Levine(1978)は、被験者とは「研究者によって、観察または実験される一個人」と明確に定義している。別の言い方をすれば、研究による知見は「被験者の利益」ではなく「未来の患者のための利益」であるから、被験者は、「合理的なボランティア」(丸 2013)を担い続ける義務はない。被験者が研究参加のさいに判断するのは、他人の利益のためにみずから犠牲を引き受けるかどうかであり、その判断に必要な情報と一定以上ないしは相当の安全性を、研究者は被験者に保障しなければならない。被験者への侵襲を正当化できるのは、このプロセスが研究者と被験者間で継続して行われている場合に限る。こうしてみると、NIPT「臨床研究」システムでは、陽性時には羊水検査等によって決定的な医学情報を得ることが、あたかも「患者の利益」あるいは「妊婦の義務」であるかのように位置づけられていることが分かる。たとえば、NIPT陽性時に羊水検査を受けずに中絶した妊婦たちは、「臨床研究離脱症例」(左合ほか 2014)と呼ばれている。また、彼女たちに対しては、「時間をかけた遺伝カウンセリングにもかかわらず確定診断が行われず、妊娠中絶が選択された」(関沢ほか 2015)という記述がされている。なお、出生前検査全般にいえることであるが、NIPTでいう他人とは、妊婦に対置させる形をとった胎児を意味するものではないことは明らかである。そして妊婦とは、被験者としては弱者のカテゴリーにある13。もちろん、そのことは、妊婦が患者であることを正当化しない。つまり、妊婦とは保護こそ受けても、不当な侵襲を受けてはならない者である。
被験者である妊婦において、NIPT陽性時の羊水検査を回避するということは、端的には中期中絶を回避するということである。それは同時に、被験者が精確なデータを「知らないでいる権利(right not to know)」の行使であり、研究者にデータを「知られない権利(right to be unknown)」の行使でもある。このことが指摘されることは皆無といっていい。先述したように、研究における被験者とは、他の患者の利益のために搾取を甘んじて受け入れる立場であり、そうであるがゆえに、過剰な搾取から保護されるべき対象として扱われる必要がある。研究における同意の撤回が、無条件に認められる必要があることは明らかである。しかし、これまでみたように、この同意の撤回は、NIPTと羊水検査の関係において否定的な位置づけにある。丸(2015)は、研究対象者がみずからすすんで行ってもよいことについて、「研究に参加するかどうかを決めること、参加した後は撤回するかしないかを決めること」としている。被験者は、研究への過剰なコミットからは極めて自由なところにいる必要がある。
NIPT「臨床研究」システムで問題となるのは、妊婦が被験者の枠組みから外れやすくなっていることである。このため、あくまでも「他人のための利益」であるはずが「自分のための利益」に置き換えられ、さらにそれが「胎児のための利益」へとすり替えられてしまうおそれがある。被験者である妊婦は、NIPTの研究参加においてコスト(約21万円)までも負担している。この正当性については、日産婦による2013年の第一回「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」で、「遺伝カウンセリングを受けることが主目的で、無料にすると対象外の患者が殺到することが危惧される」ためと説明されている。これは「NIPTコンソーシアム」の研究責任者による発言でもある。臨床研究倫理に鑑みれば、「患者」を対象に「診療」を行い、コストの徴収をするという現状は、すでに臨床応用を行っているようにみえる。NIPT「臨床研究」システムは、まずそれ自体にさまざまな問題をはらんでいることが分かる。

3.ペンディングにされ続けている問題と女性の任意性

NIPT「臨床研究」では、妊婦は本来、被験者である。しかし、被験者は妊婦であっても、調べているのは胎児の染色体に関する情報である。実際は、妊婦は胎児の代理の被験者であるにすぎない。そのうえで妊婦は、出生前検査における胎児の意思決定の代理人にならざるをえない。出生前母体血検査の結果により羊水検査が妊婦に課されるのは、中絶決定の根拠を要求されるためである。つまり、医療者は、胎児の染色体に関する科学的・決定的なデータに基づく中絶を行うというものである。母体血による出生前検査で常に指摘されてきたことは、確定診断のない(胎児染色体疾患の明確でない)「安易な中絶」(左合ほか 2014; 金井 2014)には倫理的問題があるというものである。このことは、逆説的に、胎児染色体疾患が明確な場合の中絶では倫理的問題が低く見積もられてもよい、と示唆しているようにみえる。しかし、いうまでもなく、母体保護法に胎児条項は存在しない。
羊水検査結果に基づく中絶とは、すなわち中期あるいはそれ以降の中絶である。日本では、その主要な方法として誘発分娩(Induced labor)を採用しているが、その危険性は看過できるものではないことはすでに指摘されてきた(平原 2004; 鈴木ほか 2015; 出口 2014)。しかし、中期中絶の実態、中期中絶と出生前検査・診断の関係を直接的に明らかにしたデータは、日本では極めて少ない。なお、WHOは2003年のガイドライン「安全な中絶」において、誘発分娩による中期中絶は世界的にみて好ましいものではないと明示している。そして、中期中絶とはすなわち、人工死産である。羊水検査結果に基づく中絶は、必然的に妊娠20週前後あるいはそれ以降となる。場合によっては、中絶胎児は生きて産み出される(高木・小林 2010)。しかし、中絶であるために、生きた中絶胎児に対し「何もしない」ことによって死に至らしめるしかない(石川 2011; 渋谷 2012)。そして、中絶であるから、娩出児に生命の徴候があろうとも「出生」とすることはかなわず、最終的に死産児として扱うしかない。これらの問題を問うことは、日本ではタブーとなってきた(山本 2015)。
ところで、「NIPTコンソーシアム」は、NIPTの実施可能な時期を妊娠22週までとしている。妊娠22週とは、日本における合法中絶期限であり、それはすなわち流産と早産の境界を採用したものである。妊娠22週にNIPTを行い、陽性の場合に確定診断を実施すれば、合法期限を数週間超えるはずである。また、NIPT「臨床研究システム」において、NIPT陽性の妊婦に対して羊水検査を課すために妊娠中期まで待機させることは、合法期限内かつ妊娠初期のうちの中絶を検討している女性の意思に反するだけでなく健康と生殖を侵害しうる。一方で、羊水検査や中期中絶自体の存在が、妊婦に対し、母体血検査による出生前検査を受けることの抑制になるという議論もある。しかしながら、NIPTは、その検査実施件数も認定登録施設も増え続けているという現実がある。2013年4月から1年間で7,740人、2年間では17,800人の女性がNIPTを受けている(『朝日新聞』2015.6.29)。なお、日本の年間出生数はおよそ100万人である。また、NIPT設立当初は15施設であった認定施設は、日本医学会によれば、2015年11月20日付で全国58施設が登録されている。さらに、国立成育医療研究センター長らによる調査では、NIPTが開始された2013年は、羊水検査が25,600件、母体血清マーカー検査は26,400件でいずれも過去最多となっている(共同通信 2015.6.26)。NIPTの予約枠に入らなかった妊婦が母体血清マーカー検査に切り賛えたのだとしても、NIPTの導入によって「ハイリスク」妊婦への侵襲的・確定的検査の割合を減らす(澤井 2013; 左合ほか 2014)、というコンソーシアムの大義は果たせていないことになる。
NIPTと母体血清マーカー検査との最も大きな違いとして、NIPTはその特質から、妊婦に妊娠初期の中絶を検討する余地を与えうるという点である。これを管理する形態として、あるいは妊婦を確保する形態として、「臨床研究」が引き合いに出されているようにもみえる。しかし、遺伝医療の専門家たちがNIPTを「臨床研究」に留めておくつもりがないことは明らかである14。NIPTがいずれ広汎な出生前検査として「臨床の場で利用できるようになる」(関沢 2014)ことを前提にしているからこそ、それを後ろだてする「遺伝カウンセリング体制」の整備が進められてきたのだ。日本では、他国に比して出生前検査を受ける妊婦が少ないために「遺伝カウンセリング体制」が不十分であるとされ、NIPTを十分に提供できるために「遺伝カウンセリング体制」の充実を図る(左合ほか 2014)、というのだ。今後、NIPTを「臨床研究」の枠組みから外すとき、コンソーシアムはどんな動きを見せるのか注視する必要がある。母体血清マーカー検査の運用とNIPTの運用をどのようにして差異化しようとするのか。あるいはNIPTの結果に続く女性の意思による初期中絶をどのようにして規制しようとするのか。
羊水検査を経ない中絶が批判されていることについては、論点の整理が必要である。さまざまな批判が差し向けられる先は、妊婦ではないはずである。第一に、胎児の染色体疾患を科学的に決定的に明らかにした後の中絶を認め、そうでない中絶を認めないということは、選択的人工妊娠中絶は認めるがそうでない中絶は認めないということと同じになる。合法期限内の中絶において、女性の任意性をどんな論拠で否定しうるというのだろうか。第二に、日本において、胎児の「異常」がはっきりしない中絶に倫理的問題があるというのであれば、胎児の「異常」がはっきりした中絶の倫理的問題が問われないのはなぜであるのか。中絶の根拠に胎児疾患の科学的正しさを求めれば求めるほど、胎児選別の優生学的な様相は増していく。そしてその一連のシステムは、あたかも個人の問題であるかのように扱われていくのだ。出生前検査の問題は、個人の生殖を公認のシステムを通して査定の対象とし、その査定結果とそれに伴う心身の侵襲を、妊娠している女性の「道徳性」を試すような形で、最終的に女性個人に差し戻すことにあるように思われる。

おわりに

日本の産科医療では、技術を先に導入し、その運用は後から考えるという特徴がある(増崎 2010)。NIPTは、遺伝医療の専門家とりわけ医師によって、ともかく国内で開始するための体制が構築されなければならなかった。NIPTの解析結果は比較的高精度であり、採血のできる医療者とデータ解析をする企業の提携があれば、NIPTは誰でもどこでも扱いうるからである。診断という医行為を医師以外に許してはならない(平原 2014)というよりも、応用範囲が限りなく広い、メディカルイノベーションの窓口ともなるNIPTが医師以外の者の手中に収められてはならないのであった。「臨床研究」という名のNIPT管理運営システムは遺伝子検査ビジネスの規制という大義をも包摂する一方で、その管理主体となる「NIPTコンソーシアム」自体が、企業と密接に関わる拠点となっていることは事実である。少なくとも、シーケノム社とコンソーシアムの関係は不可分である。そのうえで、コンソーシアムの主要メンバーは、今後、NIPTの対象範囲が大きく広がることおよび対象者が増えることを認識している(関沢 2014; 関沢ほか 2015)。現行のNIPT「臨床研究」システムでは、染色体疾患をもって生まれてくる子どもの出生と養育に向けた準備や情報提供よりも、胎児の染色体疾患を決定的に明らかにしていない中絶を行わないことにサポートが偏重しているといえよう。精度が低いはずの母体血清マーカー検査に対してではなく、精度が高いはずのNIPTにおいてだけ、「カウンセリング」体制が整備されていることの意味は何であるのか。また、子の養育に向けた準備をするというのであれば、妊娠22週にNIPTの実施期限を置く意義は何であるのか問われる必要がある15。NIPT「臨床研究」において、そのプロトコルはもとより、本当の目的は何であるのかほとんど明確にされていない。コンソーシアムおよび遺伝医療の専門家において、実はすでに確立している検査を「臨床研究」とすることのメリットがあるはずである。おそらくそれは、NIPTの倫理的問題とは異なる次元の事柄として認識されているのではないか。

謝辞

本研究は、2015年11月28日の第27回日本生命倫理学会年次大会公募ワークショップでの発表に加筆修正したものである。また、日本学術研究会の学術研究助成基金助成金(課題番号 15K12794)を受けた研究成果の一部である。


1 日産婦による、2013年10月2日の第一回「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」議事録によれば、左合医師による「商業的に日本へ導入されることが不可避の状況となってきた」という説明がある。 
http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/20121002kentouiminutes-1.pdf
また、2013年12月7日の第三回同検討委員会議事録では、久具委員長から「(NIPTを)禁止しても導入されることが必至なので、ある程度規制をして導入するべきである」と述べられている。http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/
20121207kentouiminutes-3.pdf
2 www.nipt.jp/nipt_02.html 「NIPTを臨床研究として行う背景」より。
3 http://www.jsog.or.jp/news/pdf/guidelineForNIPT_20130309.pdf
4 http://jams.med.or.jp/rinshobukai_ghs/statement.pdf
5 http://www1.mhlw.go.jp/houdou/1107/h0721-1_18.html
6 二つの出生前母体血検査のもたらす差異について、中絶の帰結に注目して論じたものがあるので参照されたい(山本 2014)。
7 www.nipt.jp/rinsyo.html 「臨床研究について」における「研究の目的」より。
8 www.nipt.jp/rinsho_01.html 「臨床研究について」における「研究の具体的な内容」より。
9 UMIN-CTR: University hospital Medical Information Network-Clinical Trials Registry
10 https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&type=summary&recptno=R000010966&language=J
11 http://www.ncchd.go.jp/center/information/public/chuki-keikaku2.pdf
12 診療と研究の区別については、田代(2011)に詳しい。なお、日本では臨床試験を法的に規制する「医薬品の臨床試験の実施に関する省令」(GCP省令)が1997年に制定されている。これは薬事法に基づき厚生労働省が定めたものである。しかし、同省令は文字通り治験に関する規制であり、臨床研究の規制は対象外である。
13 光石ら(2007)によれば、妊婦は「特別な保護を要する対象者」に含まれている。また、米国の被験者保護局(Office for Human Research Protection: OHRP)が管理統括する全米各地の施設内審査委員会(Institutional Review Board: IRB)の共通ルールでは、「傷つきやすい人々(vulnerable people)」に妊婦が分類され配慮を要することが規定されているのは周知のとおりである。なお、妊婦の保護に関する言及は、厚生労働省による2003年の「臨床研究に関する倫理指針」にも、文部科学省および厚生労働省による2014年の「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」にもない。後者では「社会的に弱い立場にある者への特別な配慮」が基本方針に入れられているが、具体的に誰が該当するのかは明示していない。
14 たとえば、2013年11月に開催された第11回全国遺伝子医療部門連絡会議において、関沢医師が「NIPTを開始して」というテーマの講演を行っている(11月23日)。それによれば、「各都道府県に最低1施設NIPTを実施できるようにならないと、検査へのフリーアクセスを求める声というのがかなりの産婦人科の中にもありますので、そういったものに呼応できなくなる可能性があるのではないかと思っています。こういう全国遺伝子医療部門連絡会議の構成メンバーというのが、実質的には地域の遺伝カウンセリングの中核メンバーであることになると思いますので、そういった意味で、御支援いただけたらと考えております」と述べられている(2013年第11回全国遺伝子医療部門連絡会議報告書)。http://www.idenshiiryoubumon.org/img/top/11thConference.pdf
15 胎児のcell- free DNAは、妊娠末期だけでなく分娩直後でさえも母体血に存在している(Lo et al. 1999)。つまり、NIPT実施について、期限制限をする技術的な必要性はない。このことが取りあげられることはほとんどない。
(URL閲覧は図2を除きすべて2015年12月30日付)

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生存学研究センター報告

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