まえがき

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吉田一史美

本報告書『生殖と医療をめぐる現代史研究と生命倫理』は、生存学研究センターの若手研究者研究力強化型プロジェクト「出生をめぐる倫理研究会」の2014年度から2015年度の活動に関する論文、講演録をまとめたものである。この2年間、本研究会代表である松原洋子本学先端総合学術研究科教授の指導のもと、生殖に関わる医療・技術・倫理について、おもに歴史研究の視点から取り組んできた。とくに、研究会メンバーの研究領域である生命倫理研究において、歴史研究という手法がいかに接続可能であり、どのように貢献しうるのかという問いを設定した。本報告書は、各々のメンバーが独自の問題関心をもって、ときに招聘講師の先生方の教えに導かれながら、生殖医療・技術に関わる具体的なイシューについての現代史研究に挑み、その問いにこたえようとした研究の成果である。
本書は三部構成である。第1部「生命倫理と現代史研究」は、本研究会メンバー、由井秀樹、利光惠子、山本由美子、吉田による学会報告をもとにした4つの論考である。4名は、2015年11月に開催された第27回日本生命倫理学会年次大会におけるワークショップ「生殖と医療をめぐる現代史研究と生命倫理」を行った。由井の論文「体外受精の臨床応用と日本産科婦人科学会の『見解』」は、体外受精の臨床応用をめぐる「リスク」への懸念と技術の定着の経緯について、1960-80年代前半までの産婦人科医学者たちの動向を検討する。利光は論文「1990年代以降の日本における着床前診断をめぐる論争の推移」において、着床前診断の解釈枠組みの変容や技術の受容の進行と、着床前スクリーニング導入(PGS)をめぐる論争について考察する。山本は論文「母体血を用いた出生前検査(NIPT)と『臨床研究』システムが示すもの」で、産婦人科医たちが新旧出生前検査と母体保護法との整合性をどのように議論してきたかを検討し、「新型出生前検査」の倫理的問題をめぐる議論について、「女性の任意性」という観点から考察する。吉田の論文「日本における妊娠相談と養子縁組をめぐる運動と立法」は、人工妊娠中絶をめぐる倫理的問題について、産婦人科医らが養子縁組という方法を提示してきたことを示し、現代の妊娠相談や養子縁組おける妊娠・出産期の女性の主体性・自律性のありようを考察する。
第2部は、常磐大学の花岡龍毅氏を講師に迎えた公開研究会「生殖補助医療技術の発達史と倫理的課題」(2015年12月5日開催)の記録である。花岡氏は発生分子遺伝学を専門にした科学史・科学論、生命倫理の研究者である。研究会では、「体外授精技術のリスクをめぐる認識の変遷過程」というテーマで講演いただいた。科学的事実と、科学者・生命倫理学者の言説とを対比させることで、リスクに対する科学的検証の発展とともに、科学的言説や倫理的言説がどのような変化をしてきたのか、そしてその変化は一体どのようなことを含意しているのかという課題について、貴重な考察が示された。講演録には、会場参加者との質疑応答、当日配布したスライド資料が含まれており、豊かな議論が記録されている。
第3部「生殖と家族」は、里親養育ないし生殖補助に関する2つの論文である。山本真知子氏(田園調布学園大学)は、2015年3月24日に開催された公開研究会「出生をめぐる倫理と里親養育」の招聘講師であり、論文「里親の実子が里親養育から受ける影響―きょうだい・家族とは何か」は、講演内容をもとに執筆したものである。山本氏は、里親家庭の実子に焦点を当て、実子の主観的なきょうだいの境界、その長期的な変化について、インタビュー調査を通して明らかにする。つづく由井の論文「家族の形成と解体―不妊クリニックへの通院を経て里子を迎えた養育里親の語りから」は、里親となった女性へのインタビュー調査である。不妊クリニックの通院を経て里子を委託された実子のいない養育里親家族の事例から、現代家族における親子の関係性の解消/再構築をめぐる問題について考察する。
第1部および第2部を通して、生殖と医療をめぐる現代史研究と生命倫理というテーマをめぐるいくつかの試みがなされており、また第3部ではそうした本研究会の研究活動が、児童福祉や家族社会学といった領域においても、今後十分に展開可能であることが示されている。ご高評いただければ幸いである。
本報告書の刊行に際して多くの方の支えがあった。ご助力くださったすべての方に感謝を申し上げます。
2016年1月

生存学研究センター報告

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