第一部 出生前診断 日本における新型出生前検査(NIPT)のガバナンス ──臨床研究開始まで

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2 論文


2-1 日本における新型出生前検査(NIPT)のガバナンス
──臨床研究開始まで

松原洋子



 いわゆる「新型出生前検査」は、2012年8月末に日本のマスメディアで一斉に報道されたのをきっかけに、「その後の大混乱、大論争」1を経て、2013年4月1日から臨床研究という形で導入された。
 「新型出生前検査」は、胎児の特徴を調べる出生前スクリーニング検査(非確定的検査)のひとつである。「新型出生前検査」のどこが「新型」かといえば、技術的には母体血中のDNAを次世代シーケンサーを使って解析する点である。妊婦の血液には、壊れた細胞から放たれた妊婦自身のDNAと胎児の組織に由来するDNAが浮遊した状態で含まれている。妊婦と胎児のDNAを一緒に次世代シーケンサーにかけて、高速で解析し胎児のいくつかの特徴を確率的に割り出す手法がとられる。
 「新型出生前検査」は新聞やテレビの報道で使われた通称で、専門的にはnon-invasive prenatal genetic testing(無侵襲的出生前遺伝学的検査)、頭文字を取ってNIPTと呼ばれる。「新型出生前検査」の「新型」という表現には、「妊娠初期に妊婦の血液を調べるだけで、胎児がダウン症であるかどうかが99%の精度でわかる画期的な検査」といった含みがあった。しかし、後に述べるようにこのような報道自体が、NIPTの導入に際して大きな問題となった。本稿ではその問題も検討の対象とするため、以下ではNIPTと記すことにする。
 2012年8月末の報道では、NIPTを同年9月から共同臨床研究として国内で実施するとされていた。しかし、9月1日付けで日本産科婦人科学会(以下、日産婦)がNIPTのほかマイクロアレイ法による絨毛検査や羊水検査も含む「網羅的な遺伝学的解析手法による出生前診断、あるいは母体血を用いた検査」について、慎重な取り扱いを求める声明を発表した。同時に声明では、日産婦が出生前検査・診断に関する指針の改定案を準備中であることが伝えられた。これを受けて、共同臨床研究の推進母体であるNIPTコンソーシアムは、指針改定までNIPTの実施を見合わせることになった。2013年3月9日、日産婦はNIPTに特化した「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」を発表し、共同臨床研究は当初の予定より半年遅れて2013年4月1日に開始された。ただし、実施体制は当初の構想から大幅に変更された。NIPTの導入には、日本医師会、日本医学会、日産婦、日本産婦人科医会、日本人類遺伝学会が共同で臨むことになり、日本医学会が実施施設の認定・登録を行うことになった。つまり、上記団体の会員はすべて日産婦の指針のもとで、この認定・登録制度に則ることが求められたのである。その結果、NIPTコンソーシアムもこの体制のもとで臨床研究を実施することになった。NIPTコンソーシアムという一部の医療者による臨床研究計画が、半年の間に日本医師会をはじめとする日本の代表的な医療者団体や学会による共同規制の対象となったのである。これはNIPTという医療技術のガバナンスの変容とみることができる。NIPTの導入に際して「大混乱、大論争」があったというが、そこでは何が問題となり、臨床導入にむけたガバナンスがどのように形成されたのだろうか。
 本稿では、2012年8月から2013年4月までのNIPT導入をめぐってガバナンス上の大きな変化があった時期に限定して、その経緯を概観する。

1 海外におけるNIPTの開発と普及

 NIPTは海外で開発され、日本に導入された出生前検査技術である。ここではまず、日本への導入計画に至る海外でのNIPTの状況について確認しておきたい。
 1990年代後半、胎盤の細胞が壊れて放出された結果出現する、細胞フリー胎児DNA(cell free fetal DNA: cffDNA)が妊婦の母体血の浮遊DNAの5−10%程度存在することが明らかになった。cffDNAは標準的なPCRで増やせば7週間ほどで、容易に検出することができる。最初にcffDNAが臨床応用されたのはRhマイナスの女性の胎児がRhプラスであるかどうかを確かめるためであった。続いて胎児の父の親子鑑定、胎児の性別確認に利用されるようになった。
 さらに、次世代シーケンサーが導入され、大量並列シーケンシング(massively parallel sequencing: MPS)という方法で、胎児の異数性、すなわち胎児の染色体の数が標準よりも多かったり少なかったりするケースを確率的に判定する技術が開発されるようになった。この技術を使って胎児が21トリソミー(ダウン症)、13トリソミー、18トリソミー、性染色体の異数性をもつかを調べる出生前検査を、最初に商品化したのが今回日本で採用されたバイオベンチャー企業のシーケノム社である。商品名はマターニ21プラスで、2011年10月に米国で発売された2。これを受けて国際出生前診断学会(International Society for Prenatal Diagnosis: ISPD)は、2011年10月24日付けで緊急声明を出した。この声明ではNIPTの妊婦のハイリスク群に対するMPSを使った最近の研究によって、ダウン症が低い偽陽性率でかなりの割合で検出できるようになった、と評価した。ただし、ハイリスク群を対象としたMPSによるダウン症のNIPTは確定診断ではなく、検査で陽性となった場合は、羊水検査や絨毛検査といった侵襲的検査が必要であると注意を促している。同時に、低リスク群への有効性、双子や提供胚による妊娠といった広範な下位集団への適合性、費用対効果などの課題を明らかにするため、一般診療として導入するには、追加的な試験(トライアル)が必要であると述べた3。
 これに先立って2011年1月にISPDが出した「異数性スクリーニング」に関する声明4では、NIPTの診療への導入は臨床研究での有効性が未確認であるため時期尚早との判断が示されていた。これに対して、同年10月の緊急声明ではスクリーニング検査としての有効性を、条件付きながらも認めた。ただし、ここで注意したいのは、精度は高まったもののNIPTはあくまでもスクリーニング検査であり、検査結果が陽性の場合、羊水検査等の侵襲的検査による確定診断がなお必要であると念を押していることである。後述するように、日本では当初、NIPTは確定診断が不要であるかのような報道がなされ、それが問題となっていくが、日産婦が報道直後の2012年9月1日に出した声明ではこの点に触れなかった。
 シーケノム社につづき、その他の米国数社、また中国、ドイツ、オランダ、キプロスなどのベンチャーが、胎児の異数性やその他の遺伝的性質を解析するNIPTの提供、あるいは開発を開始している。米国では先行したシーケノム社が高リスク妊娠の検査市場の12%を占めているが、今後は他社が低価格競争によりシェアを伸ばす可能性がある5。
 2012年8月28日付けで、シーケノム社は自社サイトでマターニ21プラスの国際的な販売契約の締結を告知した。「合計27,000検査を達成、ランレートを増大」という見出しのもと、日本、香港、チェコ共和国、スロバキア共和国、オランダ、イスラエルでの販売契約締結を伝えている6。
 そしてこの告知とほぼ同じタイミングで、2012年8月29日、日本のマスメディアでNIPT導入の第一報が大々的に報じられた。

2 NIPT臨床研究開始報道とその反響

 2012年8月29日、『読売新聞』が朝刊一面トップに「妊婦血液でダウン症診断 国内5施設 精度99%、来月から」という見出しで、記事を掲載した。記事は、「妊婦の血液で、胎児がダウン症かどうかがほぼ確実にわかる新型の出生前診断を、国立成育医療研究センター(東京)など5施設が、9月にも導入することがわかった」という文章で始まっている。
 この記事の直後に新聞やテレビ局各社、インターネットニュースが追随して報じ、「新型出生前診断」がにわかに注目を集めることになった。当初の報道に共通していたのは、新型出生前診断が妊娠初期(妊娠10週)に胎児がダウン症であるか否かが母体の血液を検査するだけで、「精度99%」で判明するという説明である。さらに従来との検査方法と比較して利点が強調された。たとえば前述の『読売新聞』の記事では、「方法と安全性」および「精度」に関して、「主な出生前診断の比較」が表にまとめられている。羊水検査は「母親の腹部から針で羊水を採取。0.5%に流産の危険」があり精度は「100%」、母体血清マーカーは「母親の血液を採取。流産の危険はなし」で精度は「わかるのは異常のある確率のみ」と説明している。それに対して、「今回の検査」である「新型出生前診断」は「方法と安全性」は母体血清マーカー検査と同じだが、精度は「99%以上」とされた。この説明によれば、「新型出生前検査」は羊水検査に近い確率で流産の危険なく実施できる、侵襲性の低い確定的検査であることになる。「精度」は「陽性的中率」とも読み替えることができるだろう。妊娠初期に検査可能であることから、中絶する場合も妊娠初期での対応が可能ではないかという予想が立つ。その予想は、「新型の出生前診断は血液検査でほぼ確実に異常がわかるため、検査を希望する人が増えることが予想され、安易に広がれば人工妊娠中絶の増加も懸念される」という文章によって、補強されることになる。
 妊娠初期に母体血だけで胎児のダウン症の確定診断が可能な出生前検査──これが、2012年8月末から9月にかけて流布した「新型出生前検査」のイメージであった。メディアはNIPTの羊水検査や母体血清マーカー検査とは異なる「新しさ」について、間違った情報を流し、技術のインパクトを過大評価した。これによって妊婦、医療機関、何よりダウン症児とその家族ら関係者が振り回されることになった。
 8月31日には「NIPT説明会」が臨床遺伝専門医、産婦人科医、検査企業、報道各社が出席して開催された。NHK制作局の坂井律子によると、そこでは検査対象は13番、18番、21番のトリソミーであり、世界20カ国以上で開始もしくは開始予定であること、研究者のグループである「NIPTコンソーシアム」を設立し、シーケノム社の検査を日本で臨床研究として導入することが説明された。コンソーシアムの医師は研究動機として「すでに米国で導入されており、不可避」と説明したという7。
 坂井は、特に「陽性的中率99%」という誤解を生む「精度99%」という表現でメディアが報道したことについてマスコミの学力不足だったとしながらも、NIPTコンソーシアムの医師が8月から9月にかけての取材に対して「陽性的中率が99%」であると説明し、説明資料にもそれが明記されていたと述べている8。つまり「精度99%」を「陽性的中率99%」という含意でマスメディアが報じたのは、NIPTの臨床研究を実施する主体であるNIPTコンソーシアムの医師の説明をそのまま反映した結果だったことになる。2012年発行の『日本遺伝カウンセリング学会誌』(33巻2号78頁)に掲載された、「無侵襲的出生前診断の現状とその臨床応用に対する意識調査」と題する学会報告要旨にも「NIPD」(NIPTと同義)について「陽性的中率99.5%と高精度」との説明がある。この報告は2012年9月からNIPTの臨床研究を実施すると報じられた医療機関等に所属する、NIPTコンソーシアムメンバーの遺伝カウンセラーや医師によるものである。内容は2011年夏に遺伝医療関係者と妊婦を対象に実施されたNIPD導入に対する意識調査で、「大多数がNIPDに賛成」という結果を導いている9。坂井の証言と併せて考えると、この調査も陽性的中率99%という誤解を前提に実施された可能性が否めない。NIPTについて学会報告をし、メディアに情報提供するような立場にあるNIPTコンソーシアムの関係者自身が、技術の性格について誤解していたとすれば、これは臨床研究の信頼性に関わる事態である。NIPT導入を推進する側にも牽制する側にも、このことがその後の対応に影響したと推測される。
 2012年8月31日、小宮山洋子厚生労働大臣は閣議後の記者会見で、新型出生前検査について「より安全で確実性の高い診断が9月にも臨床研究で始まりますが、これについての大臣の受け止めをお願いします」と記者からコメントを求められた。小宮山大臣はこれに対して、報道と合わせて日産婦がガイドラインを同時に発表すればよかった、なるべく早く日本産科婦人科学会に自主規制の方針を示していただきたい、と答えた10。
 これを受けて9月1日、日産婦は「新たな手法を用いた出生前遺伝学的検査について」という声明を発表した。内容は、「出生前に行われる検査および診断に関する見解」を補足し、「出生前に行われる遺伝学的検査および診断に関する見解(仮称)」として改定案を準備中であること、そしてすべての医療者、妊婦は「新たな手法を用いた出生前遺伝学的検査」すなわちNIPTを慎重に取り扱う必要があることをご理解いただきたい、というものであった。NIPTコンソーシアムの臨床研究に直接言及はしていないが、事実上、研究開始の延期をもとめたものとみなすことができる11。
 なお、同年8月末から12月にかけて、日本ダウン症協会(8月)、DPI女性障害者ネットワーク(9月)、SOSHIREN女(わたし)のからだから(10月)、「ハイリスク」な女の声をとどける会(12月)といった障害者団体、女性団体から、NIPTの導入に強い懸念を示す意見書が相次いで日産婦に届けられた12。NIPT導入に反対する団体の代表として報道された日本ダウン症協会には、クレームが数多く寄せられネット上での誹謗中傷も相次いだ。日本ダウン症協会は9月に「ダウン症のある人へのメッセージ」を出して、「なにも心配しないでくださいね」と呼びかけている13。

3 NIPTの導入延期と医療者団体の対応

 2012年10月2日、日産婦は「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」第1回を開催した。日産婦からだけでなく、日本小児科学会および日本人類遺伝学会の関係者、生命倫理・法学の専門家が委員として参加した。また理事長、倫理委員会委員長、出生前診断ワーキンググループ委員会委員長等の日産婦関係者のほか、厚労省母子保健課の課長と課長補佐が陪席した。同じく陪席者として、NIPTコンソーシアムから国立生育医療研究センターの左合治彦医師が、臨床研究の説明のために参加した。
 ここではさまざまな論点が議論されたが、ガバナンスの観点から注目されることは、NIPTが現状では薬事法の規制の対象とならないベンチャーによる遺伝子検査の一つであり、日産婦理事長が「これはよい機会であるので日本の現状にふさわしい検査の在り方を提案してもらいたい」と述べている点である。ここでは今後、遺伝子検査ビジネスの進展が予想されるなかで、NIPTがその先行例として位置づけられている。
 この委員会では11月2日に理事長コメントを常任理事会後に出すこと、11月13日に障害者団体なども含めた公開シンポジウムをNIPTコンソーシアムも参加して開催すること、11月中に第2回委員会を開催すること、12月15日の日産婦理事会を経て答申を出すことが確認された14。
 この第1回検討委員会の3日後、2012年10月5日に日産婦は記者会見を開催し、NIPTに関して「感度」「特異度」「陽性的中率」の原理を記者団に説明するとともに、NIPTに関する指針ができるまで、医療機関には導入を自粛するよう改めて要請した15。
 また、2012年10月27日の第10回全国遺伝子医療門連絡会議では、左合医師(国立成育医療研究センター)の講演「無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)」が急遽プログラムにとりいれられた。同連絡会議の報告書によれば、この講演のなかで左合医師は「99%問題ということで一人歩きして、その部分で、発信が非常に悪かったと思って非常に反省しております」(58頁)と述べている。また、高田史男医師が講演内容に疑義をとなえ、NIPTコンソーシアムで話し合って決めたとして、遺伝カウンセリングでは臨床遺伝専門医である小児科医が必ず立ち会うことを念押しする場面もあった16。
 2012年11月1日には、日産婦「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」の第2回が開催された。参加した委員、有識者のなかから「研究計画書が提出されていない」、「研究計画書の議論が行われると思っていた」、「患者さんへの説明文書をみせていただいていない」、「学会内の臨床研究審査委員会には専門家が少ないので、有識者が集まるこの委員会でプロトコールの検討をしていただいたほうがよい」といった意見が相次いだ。それに対して日産婦の検討委員会委員長は、この委員会ではコンソーシアムの研究計画を直接審査するという立場をとらないとの立場を表明した。すなわち、「コンソーシアム研究の指針策定ではなく、それとは関わりを持つが別個の立場でNIPTのあり方を議論する」、「この委員会はNIPTに関しての指針を策定するものであり、それは8月末にあのような報道がなされたことがこの委員会立ち上げのきっかけとなった」、「『見解』のワーキングは改定するべき時期が来ていたと言うことで既にこの春から始められていた」、「学会は指導する立場ではなく、助言をする立場であると考える」といったことである。また、日産婦倫理委員会委員長も、「いままでの会員の研究では、学会がプロトコールを検討して修正を求めたことはない。個々の研究の自主性を尊重してきたからである。学会として各施設で行う研究に修正を求めることまでしてよいのか」、「一字一句の修正を求めた場合に、果たして我々がどこまで責任を負えるのかということも考えなければならない」、とした。このようにNIPTコンソーシアムの臨床研究の運営には関与しない、という立場を日産婦は明らかにした。
 一方、有識者として参加した日本ダウン症協会(JDS)理事長は、「私が理事長になってから15年ほど経つが、今回ほど多くの問い合わせをいただいたことはない。その多くはJDSを批判するものである。これは報道の問題も多分にあり、大半がダウン症検査と報道されていることに起因している」、「協会が把握しているだけでも、禁止されている筈にも拘わらず、既存の出生前検査の結果が電話で知らされるという様な例が起きているので、よほどの規制なりガイドラインをかけないと、極めて危険な状況が生まれるのではないかということを危惧している」、「我々がカウンセリングで伝えていただきたいのは、ダウン症に関する正確な知識以上に、彼らと生きていく知恵である。それを与えてもらえるようなカウンセリングが前提で今回の研究が進むことを切に希望する。その中で提供されるダウン症の情報がどのようなものであるかを公開して欲しい、そして可能であるならば、プロトコールに意見を付け加えたい」との意見を表明した。
 また別の有識者は、企業が現場に攻勢をかけて普通の検査のように売り込んでくるようなものになってはいけない、遺伝カウンセリング制度を確立するための研究とされているが、その評価は実際には難しい、とした。そして研究なので学会は介入しにくいと思うが、妊婦さんたちにどういうサポートができるのかということが曖昧なままであるのは、問題であるという認識を示した。
 やはり有識者として出席した日本医師会常任理事は、新しい医療技術で相応の意義があるものについては、導入を阻止できないと考える、その意味でNIPTは導入が前提になるものであると思う、と述べた。その上で、学会や民間団体の認定だけでは不十分であり、母体保護法指定医と指定機関に限定し、指定医に生命倫理や学問的意味合いについて研修等を行い、ある程度全国的に配置して認定することを提案した。
 また、日産婦の委員からは、NIPTの対応について理想的には厚生科学審議会で行うべきことであり、産婦人科医の内部でコンセンサスを作っても不十分であるとして、関連学会や日本医学会にも関わってもらうべきであるとの意見が出された17。
 これらの意見は、指針の改定に限定するという立場の日産婦の委員長らに対して、それでは不十分であるとして、何らかの具体的な規制に向けた動きを促すものといえる。
 2012年11月13日には日産婦主催で公開シンポジウム「出生前診断−母体血を用いた出生前遺伝学的検査を考える」が、予定通り開催された。ここでは日産婦「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」に参加した委員、有識者らが登壇した。NIPTコンソーシアムの左合医師の説明にたいして、慎重論が相次ぎ「新型出生前診断 議論は平行線」と報道された(読売新聞 2012年11月21日)。12月17日には、日産婦が「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針(案)」を発表18。同時に2013年1月21日までパブリックコメントを募集し、約200通の意見が寄せられた。
 そのうち母体保護法指定医を中心とする産婦人科医等の団体である日本産婦人科医会は、「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針(案)」への検討要望事項」を提出している。全国の妊婦から「本検査を受けたいとの強い希望」、「報道以降、円滑に開始に至らないことへの不満」があるとして、妊婦の要望に応えるために、「遺伝カウンセリング体制の整備などの、厳しすぎる条件ではない、適切な方法で開始されることを強く望みます」と述べた19。しかし次節でもみるように、最終的には日本産婦人科医会も参加する形で、個人病院では対応困難な基準で、臨床研究が開始されることになった。

4 医師団体による共同規制へ

 2013年3月9日、日産婦理事会で「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」指針が承認された。同日、「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」についての共同声明が、日本医師会、日本医学会、日産婦、日本産婦人科医会、日本人類遺伝学会の5団体共同で出された。ここでは、2012年8月末のメディア報道の反響を契機に、日産婦に検討委員会を設置し、日産婦の指針を確定するまでの経緯を確認したうえで、5団体共同で「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」について臨むことを明らかにした。その理由は以下のとおりである。

1. 当該検査には我が国独自の解析経験とデータ蓄積がない。「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」と日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」に則り、臨床研究として認定・登録施設で慎重に開始する。
2. 施設の認定・登録は、日本医学会臨床部会運営委員会「遺伝子・健康・社会」検討委員会の下に設置する「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」施設認定・登録部会で行う。
3. 今後数的異常以外にも種々の遺伝学的検査の開発が予想される。このような検査を用いた出生前診断では、十分な遺伝カウンセリング体制のより一層の普及と充実のために努力する20。

 ここでは、遺伝カウンセリングに関するNIPTコンソーシアムの臨床研究への対応にとどまらず、すべてのNIPT導入を臨床研究として5団体共同で管理することが示されている。しかも、NIPTを確立した検査としてではなく、日本ではデータ蓄積のない未確立の検査として臨床研究の対象と位置づけ直している。登録施設の認定基準についても、施設内倫理委員会の承認を要件とし、臨床研究計画書、被検妊婦への説明文書および同意書の提出を求めるなど、臨床研究としての形式の整備を求める内容となった。
 2013年3月12日、田村厚生労働大臣が記者会見において、「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」に関して「昨年、厚生労働省からも検討をお願い」をしていたが、3月9日に日産婦指針と関係5団体の共同声明が発表されたことを報告。厚労省としては検査の正しい理解のために、必要な情報提供をすすめていくこと、実態把握および遺伝カウンセリング等の体制の充実等を厚労省としても対応していくと述べた。記者との質疑では、法制化や検査の保険適用は考えていないこと、また、出生前検査に対して国民の理解度をどう考えるかということも含め、「そろそろ一定の範囲の中で検討する時期にきているんだろう、その部分に関して調査をするとどういう結果が生まれるかある程度わかる」と答えた。1999年の母体血清マーカー検査の見解を改める考えはあるか、という質問については、非常に論議を呼ぶ話なので、調査の結果等を踏まえて国民に主旨が伝わる形にしないといけない、と答えた21。
 2013年3月13日には、厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長が、各都道府県・指定都市・中核市の母子保健主管部(局)長宛てに、「『母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査』の指針等について(周知依頼)」を通知した(雇児母発0313第1号)。通知の内容は次の通りである。

1. 新出生前遺伝学的検査等に関する厚生労働省の基本的考え方
○一般的に医学的検査は、必要な患者に対し、診察から検査、診断、治療に至るまでの医師が行う診療行為の一環としてなされるべきものである。
○特に、新型出生前遺伝学的検査については、その高度な専門性と結果から導き出される社会的影響を考慮すると、検査前後における専門家による十分な遺伝カウンセリングにより、検査を受ける妊婦やその家族等に検査の意義や限界などについて正確に理解していただくことが必要である。
○検査対象者については、新出生前遺伝学的検査の特性を踏まえ、超音波検査等で胎児が染色体数異常を有する可能性が示唆された者や染色体数的異常を有する児を妊娠した既往のある者、高齢妊娠の者等、一定の要件を定めることが必要である。
○そのためには、学会関係者に限らず、検査に関わる全ての学術団体、医学研究機関、医療機関、臨床検査会社、遺伝子解析施設、遺伝子解析の仲介会社、健康関連企業等の皆様にも、学会指針を尊重して御対応いただくことが必要と考えている。
  なお、同日2013年3月13日 厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長が、全国保健所長会、日本助産師会、日本看護婦会、全国保健師長会、日本衛生検査所協会、全国遺伝子医療部門連絡会議、NPO法人個人遺伝情報取扱協議会にも、「本通知、学会指針(別紙1)及び共同声明(別紙2)について、幅広く情報提供し、自ら検査、診断を行う施設においては学会指針及び共同声明を遵守するように依頼した(雇児発母0313第2号)22。
 
 さらに、2013年3月28日、日産婦小西理事長が会員に対して「『母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査』に関するお願い」を通知した。そこで、厚労省通知で、臨床検査会社、遺伝子解析施設や遺伝子解析の仲介会社等に対しても指針の尊重を求めたこと、現在、日本医学会で施設認定の申請を受け付けており、指針に則り、臨床研究としての母体血を用いた出生前遺伝学的検査を開始すべく粛々と準備をすすめていることを伝えた。
 こうして2013年4月1日から、施設認定を受けた医療機関でNIPTが臨床研究として開始された。日本医学会の認定施設は2013年11月29日現在で37機関、このうちNIPTコンソーシアム関連が31機関、それ以外が聖路加国際病院、慶應義塾大学病院など6機関となっている23。当初の予想をこえるペースで臨床研究参加を希望する妊婦が参加し、導入1ヵ月で441人の妊婦がNIPTを受けたことが報告された(朝日新聞2013年5月11日朝刊)。

おわりに

 専門家がNIPTの最大の利点として挙げるのが、陰性的中率の高さである。対象となるハイリスク妊婦の全ての年齢層で99.9%とされている。母体血清マーカー検査のようなダウン症に関する他の出生前スクリーニング検査では、結果が陰性であっても確定診断として羊水検査が必要である。しかしNIPTで陰性と出た場合は、陰性とほぼ確定するので羊水検査を受ける必要はない、とされる。つまり、ダウン症児を妊娠していない妊婦が羊水検査を受けるリスク、とりわけ羊水検査で流産するリスクを回避させることができる、というのである24。
 このような動機も含めて、NIPTコンソーシアムの関係者は、遅くとも前掲のNIPT導入意識調査を実施した2011年夏から準備していたことになる。マターニ21プラスが発売されたのは2011年10月であるから、海外の研究動向を踏まえ、あるいは企業からの情報提供を受けながら、早くから日本への導入を検討していたのかもしれない。NIPTコンソーシアムでは、個別の医療機関でNIPTを開始せずに、専門家が連携して遺伝カウンセリングに関する共同臨床研究として導入するというアプローチをとった。
 しかし、2012年8月末以降の報道によって、おそらくNIPTコンソーシアムにとっては想定外の事態が生じた。NIPTという技術に対する誤解の流布、その誤解が実はNIPTコンソーシアム関係者自身の誤解に由来していたこと、報道が誤解にもとづく社会的反応を生み出したこと、その結果厚労大臣が日産婦に対する方針の明示を求めたことなどによって、臨床研究の延期を余儀なくされたのである。
 ISPDが行ったように、日産婦が報道直後に緊急声明を出し、NIPTが非確定的検査であり陽性の場合は侵襲的な確定診断が必要であることを示していれば、事態は変わっていたかもしれない。しかし、10月5日の記者会見まで日産婦はなぜかNIPTに対する誤解を説明しなかった。また、指針作成のための検討委員会で日産婦理事長らは、NIPTコンソーシアムの研究に直接介入せず、指針改定にとどまるという姿勢をみせたが、委員や有識者からは臨床研究開始への危惧が示された。結果としてNIPTの実施に関して、日産婦を越えて5団体による共同規制ですべてのNIPTを臨床研究として管理することになった。これによって、臨床研究としての形式が厳格化され、遺伝子臨床研究のデータは日本医学会臨床部会運営委員会「遺伝子・健康・社会」検討委員会24「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」施設認定・登録部会に集約されることとなった。もはやNIPTコンソーシアムへの対応にとどまらず、今後予想される出生前遺伝子検査の拡張を意識したものとなった。日本医学会をはじめとする5団体による共同規制は、NIPTを医療機関で広範に実施される遺伝子検査規制のモデルケースとして位置づけなおしたといえる。
 本稿では誤解にもとづくセンセーショナルな報道とそれに伴う「大混乱、大論争」を契機に、医療技術のガバナンスが変容する過程をみた。「大混乱、大論争」の収拾策として、検討委員会、公開シンポジウム、パブリックコメントという様々な立場からの意見を集める一定の手順を踏んで、最終的に遺伝子検査ビジネスの規制も兼ねた臨床研究管理体制を構築したことは、順当な落としどころだったかもしれない。しかし、NIPTのガバナンスとして臨床研究としての規制が最適解であるとみなされているわけでもないだろう。この体制のもとでNIPTを導入する側も、審査・管理する側も大きな作業コストを払っているはずである。
 だが、専門家の不手際が炎上させたNIPT導入騒動で右往左往させられたのは、なんと言っても当事者である妊婦であり検査の対象と名指しされたダウン症の人々とその家族である。結果的にメディアによって両者はそれぞれ検査を望む側、検査に反対する側として対比され、日本ダウン症協会に対するクレーム、バッシングを招くことになった。この点を専門家集団は十分に認識すべきである。
 出生前診断と人工妊娠中絶については、容易に解けない難問と厳しい倫理的課題が存在する。しかし価値の対立の存在を前提とした上での、医療技術ガバナンスである。出生前診断に言及する専門家は、法整備の不備をしばしば挙げる。たしかにハードローとしての法律とソフトローとしてのガイドラインや関連諸制度の両輪によって、ガバナンスは成立する。しかしNIPT導入騒動は、法整備を求める前に、医療者が科学的な専門家集団としてすべきこと、できることがもっとあるのではないか、と考えさせられたケースであった。
 

[注]
1 平原史樹(2013)「はじめに」『医学のあゆみ』(特集:最近の出生前診断をめぐって)246(2): 143。平原は日本産科婦人科学会産出生前診断WG委員会委員長をつとめ、NIPT導入に関する指針の作成に携わった。
2 Allison, Malorye (2013) "Genomic testing reaches into the womb." Nature Biotechnology 31:595-601.
3 http://www.ispdhome.org/public/news/2011/ISPD_RapidResponse_MPS_24Oct11.pdf
4 Benn, PA, Borrell A, Crossley, J et al. (2011) " Aneuploidy screening: a position statement on behalf of the Board of the International Society for Prenatal Diagnosis. " Prenatal Diagnosis 31:519-522.
5 Agarwal, Ashwin, Lauren C. Sayres, Mildred K. Cho, Robert Cook-Deegan, Subhashini Chandrasekharan (2013) "Commercial landscape of noninvasive prenatal testing in the United States." Prenatal Diagnosis 33: 521-531.
6 http://laboratories.sequenom.com/press/sequenom-completes-international-distribution-agreements-expand-access-maternit21-plus
7 坂井律子(2013)『いのちを選ぶ社会──出生前診断のいま』NHK出版、15頁。
8 坂井、前掲書、38-39頁。
9 四元淳子・関沢明彦・松岡隆・市塚清健・小出馨子・川目裕・岡井崇(2012)「無侵襲的出生前診断の現状とその臨床応用に対する意識調査」『日本遺伝カウンセリング学会誌』33(2): 78。これは、2012年6月開催の第37回遺伝カウンセリング学会学術大会の報告要旨である。第二報告者の関沢明彦医師(昭和大学)は、NIPTコンソーシアムの中心メンバーである。関沢医師は同じ学術大会で開催されたシンポジウム「本邦における出生前診断の現状と今後の方向性」での報告要旨においても、NIPTを「陽性的中率99.5%、陰性的中率99.9%」と紹介している(関沢明彦〔2012〕「母体血中胎児DNA診断の現状と今後の方向性」『日本遺伝カウンセリング学会誌』33(2): 33)。なお、翌年の関沢医師の同大会報告要旨にはNIPTについて「陽性的中率は80%程度にとどまるため、陽性の場合には羊水検査による診断確定が必要となる」とある(関沢明彦〔2013〕「母体血胎児染色体検査とNIPTコンソーシアムの取り組み」『遺伝カウンセリング学会誌』35(2): 29)。
10 http://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/2r9852000002itej.html
11 http://www.jsog.or.jp/statement/statement-shussyouzenshindan_120901.html
12 利光惠子(2013)「出生前診断について考える」『SYNODOS JOURNAL』(http://webronza.asahi.com/synodos/2013052800005.html)。ここで利光は、NIPTの導入が母体血による出生前検査のマススクリーニング化の可能性を高めたと危機感を示している。なお、NIPTについては粥川準二が出生前検査全般の解説とともに、内なる優生思想との関連を示唆している(粥川準二〔2012〕「“新型”出生前診断をめぐって」『SYNODOS JOURNAL』http://webronza.asahi.com/synodos/2012102200001.html)。また、柘植あづみは出生前診断を、妊娠・出産・中絶・育児をめぐる女性の実情から考える必要があるとし、NIPTが女性の「安易」な受診と中絶を招くとする論調を批判する(柘植あづみ〔2013〕「『新型出生前検査』が可視化する日本社会の問題」『世界』2013年1月号152-160頁)。
13 http://www.jdss.or.jp/project/05_03.html
14 http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/20121002kentouiminutes-1.pdf
15 坂井、前掲書、24-25頁。
16 http://www.idenshiiryoubumon.org/img/top/10thConference.pdf
17 http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/20121101kentouiminutes-2.pdf
18 http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_20121217.html
19 http://www.jaog.or.jp/news/2013/01/21/document/%E6%A4%9C%E8%A8%  8E%E8%A6%81%E6%9C%9B%E4%BA%8B%E9%A0%85.pdf
20 http://www.jsog.or.jp/statement/joint-communique_20130309.html参照。登録施設の認定基準については、http://jams.med.or.jp/rinshobukai_ghs/rule.pdf。
21 http://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/2r9852000002x717.html
22 http://wwwhourei.mhlw.go.jp/cgi-bin/t_document.cgi?MODE=tsuchi&DMODE=CONTENTS&SMODE=NORMAL&KEYWORD=&EFSNO=275&PAGE=1&FILE=&POS=0
23 日本医学会登録施設は、http://jams.med.or.jp/rinshobukai_ghs/facilities.html、NIPTコンソーシアムの実施施設(2014年1月28日現在)はhttp://www.nipt.jp/rinsyo_03.htmlを参照。
24 たとえば日本産婦人科医会の要望書(注19)では、「本検査が適切に行われれば、従来2万件弱行われていた侵襲的な羊水検査、絨毛検査は、著減させることが可能となります」としている。
25 同検討委員会は2011年4月に設置された。
(URL閲覧日は全て2014年2月14日)

生存学研究センター報告

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