第一部 出生前診断 ディスカッション

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1-3 ディスカッション



〈司会〉今回のお二人の講演について、あるいは、それに関連するさまざまな出生前診断・検査をめぐって、いろいろと意見交換していきたいと思います。ここがわからなかったとか、これはどうなんだろうというような素朴な疑問も含めていかがでしょうか。

〈来場者〉学生です。利光先生のご意見をお聞きしたいんですけれども、受精卵診断などの技術の進歩についてお伺いしたいんですけれども。そういった進歩についてはどう思われますか。進歩しないほうがよいというか。私は、必要だからこそES細胞が生まれたのではないかと思っているんですけれども、そこからまたさまざまな議論が生まれてしまっているので、先生は技術についてどう思われるかお聞きしたいです。

〈利光〉ありがとうございます。報告の中で、受精卵診断という技術について、女性団体や障害者団体は「差別の技術」だというふうに主張したというふうに言いましたけれども、私自身もやはりそうじゃないかなと思っています。受精卵診断は、端的に言って、遺伝学的な変化を持つものを生まれさせないという技術です。そういう意味で、受精卵診断という技術は、本当に必要なのだろうかという点について、非常に大きな疑問を持っています。

〈来場者〉学生です。張先生にお伺いしたいんですけど、私自身お話を聞いていて、事例のところなんですけど、事例1の場合は周りからの意見に流されて、その検査を受けるという部分で私もそれはどうなのかなと思ったんですけど。さっきは言えなかったんですけど、事例2をちょっと読ませていただいて、全部に共感するわけではないんですけど、私自身こういう立場に立ったら、実際、結構共感できるというか、こういうふうに思っちゃうかなという部分がありまして。ここまで望まないという部分が全面に見えて、そういった部分を考慮すると、私自身検査をしてもいいのかなって思った部分があるんですけど、もし先生がお話をして、ここは違うんじゃないかなというのを全て説明した上で本人が検査を望むという場合には、どういうふうにするのかなって少し聞いてみたいなって思いました。

〈張〉はい。最初に言っておきますけど、別に私は検査するなというのを勧めるわけではないし、かといって検査をしろというわけではないし。私の立場としてはどんな選択をしてもそれはやっぱり結局その方の選択にしかならないものですね。ただやっぱり大事なのは、誰のための検査なのかというのは、一番初めに松原先生のスライドにあってこうだなというふうに思ったんですけど。家族のためなのか、自分のためなのか。だんなのためなのか、姑のためなのか、社会のためなのかというあたりですね。そのあたりは問いかけるということにとどめます。ただそういうことを考えて、全く考えてなかったのに、後になってやっぱり不妊治療10年間もやってきてやっと授かった赤ちゃんなのに、もし何かあって、ダウン症だったから例えば中絶手術したとなったときに、後でその人が42歳、その次があるのかもう難しいわけですよね。生物学的にも難しいし、凍結した受精卵がなければ、あるいはあったとしてもまた流産しちゃったとなったらもう妊娠は難しくなって…。ただそういう、結局子供得られなかったねという人たちがある日町を歩いているダウン症の子供を見たときに、もしかしたら育てられたかもしれないな、みたいなことや、後であのときどういうふうに決定したんだっけっていうことは後悔してほしくないということしか私の中では言えないです。受けるなとか、受けろとかそういうことじゃないです。現状をきちんと理解して、自分でそれをどうするんだというふうに自分でコントロールして決めていくという、そこをサポートするという、もうそこだけです。私たちはそういう役割だと思いますが。そんなことでよろしいですか。

〈来場者〉利光さんにお聞きしたいんですが、先ほどの受精卵診断とかいったん抜きにして。妊娠しても生まれることができないという、どうしても流産になってしまうということがあると思うんですけれども、私も2年ほど前友達が、自分が病気でどうしても産むことができないという友達がいました。そういう人たちに対しても中絶、途中でやめてしまうことはよくないと思われますか。

〈利光〉自分の、母体のほうが危険なので、ということですよね。

〈来場者〉母体が、多分、両方だと思うんですけども。自分の病気によって子供も、覚えてはいないんですけれども、それによって産むことができないと。どうしても流産になってしまうという場合の手術に対してどう思われますか。

〈利光〉私は、女性がどうしても産めないとき、子どもを持つことを望まないときに中絶をするというのは、それは女性の自己決定の範囲だと考えています。そのような場合に、女性が安全に中絶を受けられるような医療体制も整えてほしいとも思っています。今、おっしゃったような、妊娠を続けることで母体が非常に危険な状態に陥るという場合には、もちろん中絶をしなきゃいけない。一方、いわゆる選別的中絶というのは、子どもを産もうとする過程で、その子の資質や状態に対する評価に基づいて中絶を選ぶということですので、それは、できる限り避けるべきだ、避けたいと考えています。今の例で、自分が遺伝性疾患を持っていて、それが子どもに遺伝するかもしれないという不安がある場合には、それこそ、今日張さんがお話になった遺伝カウンセリングを受ける等を通して、自分が何をしようとしているのかを十分考える必要がある。それでもやっぱり中絶をせざるを得ないというふうにその方がお考えになるのであれば、私はそれに対してどうこう言う立場ではないなというふうには思います。

〈来場者〉大学教員です。張先生にお伺いしたいんですが、もしご存知であればということなんですけれども。臨床試験として行われているNIPTにおける遺伝カウンセリングの実施状況というものをご承知であれば教えていただきたいです。時間であるとか体制であるとかなんですが。当初、今回のNIPTの臨床試験ですか、この研究は遺伝カウンセリングの体制強化とか、どういったそれがきちんと行わせていくための、ということを研究目的として、掲げて研究が始まったと思うんです。その後の情報等々を見ると結果陽性だったから中絶したとかなんとかというのは、こういう情報が流れてくるんですが、実際問題として臨床試験が行われているNIPTにおける遺伝カウンセリングの状況、実施状況についてもし承知であれば教えていただきたい。

〈張〉はい。先に言っておくと、私もわかりません。私もその施設に働いているわけではないので、いくつかの施設にともう決まっていますよね。その中にもちろん遺伝カウンセラーがいて私と同じような専門職の遺伝カウンセラーがいて、ある程度の施設できちんとこういうことを話す、これくらいの時間をかけてこういうことを話す。これくらいの時間をかけてこういうことを話すというのは、NIPTコンソーシアムというのがありますので、そこの情報をネットで検索していただければ出てきますが、具体的な話はまだ私たちにもまだ降りてきていません。そのうち必ず報告があると思いますが、まだ始まったばかりなので何ともまだそのメディアを通じてという部分しか漏れてこないという状況です。すみませんが、もうちょっとですが、先生のほうがお詳しいかもしれないです。

〈来場者〉NIPTの実施状況は、NIPTコンソーシアムの先生が、日本産科婦人科学会と、この間の遺伝カウンセリング学会でもちょっと話をされていますけれども、かなりばらつきありました。5分でカウンセリングを終わらせてしまったという話も。ただそれは前の、例えば張先生のいうクリニックとかでNIPTの話を散々聞いてきて、さらにホームページで情報を読んでカウンセリングをしに行ったら、5分ぐらいで、自分の気持ちの中では、5分でカウンセリングが終わっていたという人もいるし、1時間以上かかった。これは受けた人からのアンケートで取っていますので、その人の実感した時間ということなので。実際もっと時間を取っていても5分しか私はカウンセリングを受けていなかったという人もいたというのが現実で、僕もその話を聞いたとき5分って思いましたけど、確かにまさにそのとおりだと思います。

〈張〉フォローありがとうございます。

〈来場者〉張先生にお伺いしたいことがあるんですけれども、事例の1番のところで、安心というキーワードが出てきたんだと思うんです。この事例だと羊水検査を受けて安心できるしという文脈だった気がするんですが、遺伝カウンセリングを受けるということで、その患者さんというか母体になるお母さんたちが安心というそのことを、受けて選択をされるということは可能なのかどうか。

〈張〉受けて選択をする。

〈来場者〉安心をして選択ができるのかどうか。

〈張〉はい。この文脈は、要するに事例1ではお嫁さんなわけですよね、自分の姑が、しかも自分の娘が、要するにご主人の妹さんかお姉さんかわからないけど、その人がやっていて安心したらしいよと。又聞きなわけですよね。とりあえずはご主人の姉妹の方は安心できたと言ったんなら、知りませんし、恐らく安心して羊水検査を受けて、よしこれで大丈夫とこれで健康な子が生まれるだろうという意味で安心して生んだみたいだから、あなたもそういうふうにしたらというニュアンスですよね。だから何が安心なのかというあたりは、皆さん考え方違うので、そういうことでいいですか、この人の安心度とクライエントのここに来ている女性の安心度と、何をもって安心なのかというのは皆さんそれぞれ違うので、違うからいろんな情報を提供していく中で、安心感を得ていたり、安心感がなくなるということもあるかもしれませんけど。その上で選択をするということですかね、羊水検査を受けるなら受ける、受けないなら受けない。
〈来場者〉安心ということを、検査をすることで安心が得られると社会的に思っている傾向が強いのかなと思ってしまったので。その安心ということを得られる、多分知識がないということがもしかしたら前提にあるかもしれないし、情報が足りないということがあるかもしれないんですけれども、そういった中でこの検査を受けていくという、その状況に関してどうお考えなのかなという。アバウトでわかりづらい質問してすみません。

〈来場者(先ほどの質問者の引率教員)〉フォローします。恐らく彼女が聞きたいのは、普通安心するためにクリニックに行くんだけれどもかえって不安になって帰ってしまうとか、どこまでいっても安心が得られないとか、そういうような状況が実際にあるかどうかということと、遺伝カウンセラーとして安心を提供するというようなことが、実際に可能なのかどうなのかという質問だと思います。

〈張〉安心を提供できるとは言い切れませんよね。もちろん不安になって帰られる方もいると思います。大体わかりません。統計とっているわけじゃないし、本当のことを言っているかわからないのであれですけど、ほとんどの人が情報提供受けて「ああそういうことなんですね、安心しました」って嘘かどうかわかりませんけれど、そうやって言われる方がほとんどです。それはやっぱり妊婦さんってそれじゃなくても不安なわけですよ。ここに来る人だけじゃなくて、妊婦さんは体の変化もあるし、不安で当たり前、だけどその不安が全部なくなるということはどう考えたってないわけです。生んだら終わりじゃないわけだし、そこから、ということもあるわけなので、それをひっくるめた上で自分の中で不安だ不安だという人が結構多いんですよね。だからその不安の所在、何が不安なのかということをきちんとして、もしも検査をすることで不安が減るのであれば、それは減るということになるだろう。だけど検査をしたからといって全部がなくなるかというとそれはないですよという話は最終的にします。
 いろんな人がいますが、不安を解消させていくのが別に目的じゃありませんし、私たちがやっていることに答えはないです。何度も言っていますけども。答えはないんだけれども、できるだけ不安だといっていることの要素がある人にはここはこうだから、ここは不安なんだね、だけどそれ以上のことは不安に思ってももう仕方がない。だってわかんないことがいっぱいあるから。検査をしてわかることはこれだけ。それ以外のことはむしろわからないんだったら、わかんないですよという話をします。そうするとじゃあわかんないんじゃしょうがいないですね、もうそれ以上こっちのことは心配だけど、染色体以外のことは心配してもしょうがない。だからもう考えてもしょうがないのでここは考えません。そこは考えなくていいからちょっと安心しました。そういうニュアンスだと思うんです。いったい何から何が心配できて、何から何が心配できないんだということが科学的にちょっとわかってもらえればそれはそれでいいのかなという感じですが。

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