第三部 協働と経済 生存と協働を支える所得保障試論

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第三部 協働と経済



生存と協働を支える所得保障試論
 
村上慎司


1 はじめに

 人々の生存と「協働(cooperation)」を実現するためには,多くの複雑な要因とその連関を分析することが不可欠である.かかる作業の土台として,本稿は所得保障に専念した検討を行う.現在の日本社会はこれまでに想定されていた雇用と社会保障からなる生活保障制度が機能不全に陥っている.そんな中で,雇用を通じて稼得される所得と社会保障による所得保障との関連性が,重要な論点として問われている(宮本 2009 等).また,社会疫学の分野では,所得格差が拡大すると不健康が増えるという相対的所得仮説についての実証研究が蓄積され(Kawachi and Kennedy and Wilkinson eds 1999 等),所得保障は健康の社会的決定要因として注目を集めている.生存と協働を支える所得保障の可能性と限界を論考することは,日本が直面する生活保障機能不全への解決に向けた貢献をなしうるものであり,社会的意義があると考えられる.
 多くの所得保障の中でも,本稿はベーシック・インカム(Basic Income,以下BI)とその変種としてみなすことができる給付付き税額控除に注目する.BI世界ネットワーク(Basic Income Earth Network)によるBIの定義とは,すべての人に対して個人単位に基づき資力調査や就労要件なしに無条件に給付される所得である1).この定義では,BIは無条件を謳っているが、シティズンシップや社会の成員などの条件を課すこともありうる(Van Parijs 1995=2009)。
 BIは様々な意図から論じられている.例えば,市場を重視する論者は,市場の活性化や社会保障制度の効率的運用を目指すためにBIを主張する.反対に,分厚い再分配を要求する論者は,BIの導入によって,既存の社会保障制度の機能不全を解決し,生存権が保障されると主張する.
 本稿はBIの特徴として,無条件性ではなく,より普遍主義的な志向性を有する点と簡潔な所得保障という点に着目し,市場で稼得した所得や生活保護といった選別主義的な社会保障とは異なるオルタナティブな所得保障の可能性を探究する.具体的に本稿が想定するBIの考え方とは,国籍等のシティズンシップを条件として,徴税機構を備えた政府による,当該社会の各個人への一律のBIならびにニーズによって調整された所得保障・現物給付からなる分配を通じて,人々は受け取る金額等によって測定されるある種のベースライン(ディーセントな生活水準)を超えた水準の実質的な自由と福祉を享受するべきである,というものである.
 こうしたBIを実現させていく際に直面する多くのハードルの中で,財源問題はひと際高いものとしてある.後に詳しく述べるように本稿が給付付き税額控除を検討する理由の一つにはBIよりも安価に実現できる点がある.このBIの財源調達については様々な考え方が存在する.例えば,所得税,消費税,法人税,相続税,環境税,公共通貨,そして,これらの任意の組み合わせなどが考えられる.
 BIの財源調達について,日本の学術領域では所得税によるBIの財源論が多い2).以下では,その嚆矢である小沢(2002)のBI財源試算の考え方を確認しよう.それは,第一に,生活保護の生活扶助額を参考にして,支給される一人あたりのBIの月額を80,000円とラフに設定し,第二に,日本国民全員に一律月額80,000円のBIを支給した場合の年間BI総額を算出する.第三に,ここが小沢(2002)の特色であるが,年間BI総額の財源は,所得控除を廃止した単一比例所得税によって調達する.その比例税率は,年間BI総額と財務省の統計を参照した給与総額から計算して当時の統計データで約50%となる.後に,給与総額ではなく給与所得総額への課税に修正した小沢(2008)は,一人当たり月額80,000円で45%の単一比例所得税によって,財源調達ができる試算を論じている.
 この小沢(2002)のBI財源試算の考え方は,後続の研究に対して大きな影響を与えた.例えば,山本(2006)は,小沢(2002)のBI財源試算のモデルに基づき「所得再分配調査平成14年版」の個票を用いて,ジニ係数の観点からBI導入後の再分配効果を明らかにした.そこでは,18歳以下の子ども層,19歳以上65歳未満の青年・中年層,65歳以上の高齢層という三つの年齢グループからなる年齢別BI,さらに,世帯単位BIの可能性も検討されている.
 原田(2010)は,年齢別BIの考え方を採用して,支給対象者を20歳から64歳の日本国民に限定し,支給BI月額を7万円,年間総額を63兆円と計上している.その財源は,内閣府「国民経済計算」の2008年雇用者所得262兆円への3割比例課税である79兆円によって,調達する.この79兆円と先ほどのBI年間総額63兆円の差額は16兆円である.このことは現行の所得税収とほぼ同じ規模の予算執行が可能であることを示している.
 飯田(2011)は,単身世帯では月額80,000円でそれ以外の世帯では等価となる調整された金額を支給するという世帯単位BIを検討している.この考え方は,生活水準の比較の際にしばしば利用される等価所得概念に着想を得たものである.等価所得とは,世帯所得を世帯人数の平方根で除し,世帯における規模の利益を調整しようとするものである.例えば,二人からなる世帯では,80,000円に √2の切り上げである1.5をかけた12万円が支給月額となる.この世帯BIに要される日本の年間総額は72兆6,652億円である.その財源は,以下のように考える.まず,平成21年度概算で9兆円の基礎年金支給費国家負担,2.2兆円の子ども手当予算,生活保護の一部予算2兆円は,BI導入によって不要になり,この合計である13.2兆円を先のBI総額から引いた約59兆円の調達が問題となる.そこで,次に,社会保障目的税として10%まで消費税を増税しつつ,インボイス方式の導入等により徴税効率化を図り,25兆円を確保する.さらに,年100兆円に達すると見込まれる相続財産に対して,配偶者以外の控除を撤廃し,一律20%課税することで約10兆円を得ることできるという.最後に,残る24兆円は所得控除廃止等による所得課税強化によって調達する.なお,飯田(2011)は,世帯単位BIだけでなく,世帯単位の負の所得税や給付付き税額控除の可能性にも言及している.
 他方で,経済学における最適所得課税論のモデルに立脚したBI財源論もある.Mirrlees(1971)のモデルを基本とする最適所得課税論とは,一定の税収を確保するという前提のもとで,政府は各個人の労働能力に関する情報を持たないこと,効率性と衡平性の価値判断を何らかの基準によって反映させた社会的厚生関数の形状,といった幾つかの仮定を設けて,税率と補助金の決定を論じる.日本の社会的文脈に即した研究として,浦川(2007) は,最適課税所得理論を援用したAtkinson(1995)のBI/定率所得税の理論モデルをベースとして20%,30%,40%,50%の税率と労働供給関数のパラメータを組み入れた精緻な議論を展開している.また,伊多波・塩津(2011)は,幾つかの仮定を設けて15歳から64歳の労働力人口を除く扶養人口のみに支給される部分BIを論じている.
 このような議論を展開する研究者たちは所得控除を廃止した比例所得税によって主に財源調達をするべきと主張している(小沢 2002 等).しかしながら,所得控除は人々の世帯構成や障害などの社会的カテゴリーに共通する負担(不利性)を考慮したものであり,これらを全廃することは果たして許容できるのかどうかが問われる.このことは,所得控除の代替として,現在の日本で廃止された子ども手当の復活のような何らかの手当ての実施を検討することと関わる.
 また,ここまでの概観でわかるように管見の限り日本の先行研究では,累進所得税やその税率強化によるBI財源論は十分に検討されていない.海外では,例えば,Murphy and Nagel(2002=2006)は,同書の書評である山森(2007)がBIに引きつけて詳細に解説されているように,BIと累進所得税の組み合わせを肯定的に論じていると解釈することができるだろう.また,Atkinson(1995)においても十分に分析されていないが,累進所得税を財源とするBI構想の可能性に言及している.日本政府は,2015年から所得税の最高税率を45%に引き上げることを予定している3).こうした中で.財源としての累進所得税を検討することは,ますます重要になっていると考えられる.
 累進所得税は担税力を反映する利点を有する.反対に,累進所得税の欠点として,労働インセンティブへの阻害要因と税率設定の複雑さが指摘できる.本稿の主題の一つは,こうしたBIの財源論について比例所得税よりも累進所得税を擁護する議論を展開することである.ここには,富裕層と貧困層の担税力に関する本稿の問題意識が反映させている.
 所得税に加えて,本稿は消費増税によってもBIの財源を調達する議論を展開する.本来であれば法人税や相続税などの他の財源を含んだ日本の税制全体に関する議論が望ましいが,本稿ではこのような全体的研究の予備的作業として日本の税制において中心的役割を果たす所得税と消費税の二つに集中する.消費税によるBIの財源論はWerner(2006)のように先行研究があり,本稿もそのような先行研究の知見に負う側面がある一方で.消費税をBIの財源とする本稿独自の理由もある.このことは消費税の逆進性緩和策をめぐる軽減税率と簡素な給付措置という政策の選択に関わるため,消費税を財源とする本稿の理由を説明する前に日本における消費税を巡る動向についてごく簡単に確認しよう.
 現在,日本政府は消費税を社会保障財源として大きな期待を寄せている.消費税は景気に対して安定的な収入をもたらし,かつ所得税とは異なり勤労世代に限定されない幅広い世代から徴収できる利点がある.後者について,高資産を保有し高い購買力を持つ高齢者に対して課税できることは世代間の衡平性を考える場合に重要な点である.しかしながら,仮に高税率の消費税が導入されたならば,低所得層への何らかの配慮が求められる.なぜなら,消費税は富裕層よりも貧困層にある時点で相対的により重い税負担を課す逆進的であることが懸念されるからである4).実際に,日本政府は現行の税率5%から2014年4月からの8%への消費税増税に伴って,一時的に引き上げ負担の緩和のために,低所得層へ10,000円から15,000円を「簡素な給付措置」として実施することを決めた5).これは,社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律第7条第1号ハの規定に基づくものであり,その主な内容は,次の三つである.○1給付対象者は市町村民税(均等割)が課税されていない者(ただし,当該税が課税されている者の扶養親族は除き,生活保護制度内で対応される被保護者も対象としない)である.○2給付額は給付対象者一人につき,10,000円(1年半分6)を1回の手続で支給)である.○3加算として,○1の給付対象者のうち,(a)老齢基礎年金(65歳以上),障害基礎年金,遺族基礎年金の受給者等,または,(b)児童扶養手当法による児童扶養手当の額等の改定の特例に関する法律の対象となる手当の受給者に該当する者には,一人につき5,000円が上乗せされる.簡素な給付措置の総額は約3,000億円を見込んでいるが,その内訳として市町村民税非課税者の約2,400万人のなかで1,200万人強は加算の対象としているという7). 
 このような消費税増税の緩和策として,簡素の給付措置以外に諸外国で実施されている食料品などの生活必需品の税率を低く抑える軽減税率という手法もあり,日本政府の与党税制協議会は生活必需品の税率を低く抑える軽減税率に関する調査委員会で検討を行い,中間報告を刊行した8).だが,軽減税率に対して,○1どのような品目が軽減の対象になるかどうかを巡っての恣意的裁量,○2複数税率を導入することに伴って生じる行政や企業のコスト増大,○3デンマークのように消費段階で低所得層対応するのではなく社会保障給付の段階で対応するほうが望ましいこと,○4絶対額の観点から高所得層のほうがより多くの便益を享受すること,などの観点から否定的な見解もある(森信 2007; 八塩・長谷川 2009; 権丈 2011; 出口 2013等).
 軽減税率と対比される案が簡素な給付措置と似た側面をもつ給付付き税額控除と呼ばれる低所得層に対して税額控除による減税と直接的な現金給付を組み合わせた案が積極的に検討されている.給付付き税額控除とは,ある条件をみたした上で,課税最低限以下の低所得者に対して,税額控除できない部分を現金給付ものである.
 ある意味では,消費税の逆進性対策として簡素な給付措置や給付付き税額控除といった個人単位の直接的現金給付の導入は、BI導入への素地となりうる可能性がある。この可能性を追求するものとして、例えば、中谷(2008)は、還付金付き消費税によるBIを構想している。本稿が消費税に着目する理由は,所得税では徴税できない高い担税力のある高齢層からの負担が可能になるのと同時に,逆進性対策においてBIやその変種を組み合わせた議論が可能となるからである.
 給付付き税額控除は社会保険料負担緩和や児童税額控除等の幾つかの目的を想定して設計することができるが,本稿では二つのタイプに注目する.第一のものは前述したように消費税逆進性緩和型給付付き税額控除である.第二のものは勤労税額控除である. 
 本稿で提唱される給付付き税額控除をより具体的に言えば,消費税率引き上げの緩和策として所得税納税者に相当する勤労世代に限定した給付も伴う勤労税額控除である.給付付き税額控除の利点は,給付対象を限定することによって,BIよりも財政的実行可能性を高めることができること,そして,本稿のように勤労税額控除型の場合は就労インセンティブを組み込むことのできることにある.だが,給付付き税額控除は,無条件かつ普遍主義的な分配を志向するBIの魅力を損なった部分BIであるという批判もありうる.
 以上を背景とする本稿の第一の目的は,BIと給付付き税額控除について,累進所得税と消費税の税率変更を反映した大まかな財源試算を行うことである9).この試算における消費税率引上げの考え方は飯田(2011)を参考にしている.そして,本稿の第二の目的は,その財源試算を用いて,累進所得税を擁護し,所得控除廃止の是非を考察することである.

2 BIと給付付き税額控除の財源試算

  2.1 BIの財源試算──基本モデルとその結果
 本稿では所得税の累進を強化し消費税率を高めて,BIと次節で扱う給付付き税額控除の財源とする.このとき,どのように税率構造における所得階級を区分し,それぞれの所得階級ごとの累進税率を高めるのかに関する困難な問いを論じなければならない.
 この問いに対して,本稿は過去の日本の税制において採用されていた累進税率構造に着目する.表1は,戦後日本で実施された主な累進所得税率の変遷を示している.
 ただし,過去と現在では物価水準が異なるために同じ貨幣尺度でもその実質的な価値は異なると考えられる.そこで,表2は,総務省統計データから2010年を基準年とする消費者物価指数(CPI)を用いて,表1で適用される課税所得の各年の階級区分の数字を調整する数値を算出したものである.表2での調整値の算出は,2010年の実質的な貨幣価値となるために,100で各年のCPIを割った値に四捨五入して整数とした.表2の調整値を用いた表3は,実質的な貨幣価値を調整された累進所得税率の変遷を示している.
 表3が示すように,1969年と1974年は過去の日本において所得税の累進性が強かった時期である.本稿は,これら二つの年の累進税率構造に戻した財源試算を行う.
 BIの財源試算の基本モデルは,所得控除がない場合の村上(2009)の所得税の試算モデルの変種であり,源泉所得税と申告所得税という二つの所得税のみに焦点を当てる.統計データに関して,申告所得税については国税庁の2009年の「申告所得税標本調査」,源泉所得税については国税庁の2009年の「民間給与実態統計調査」を利用する.本稿は,村上(2009)の試算モデルと同様に以下のような諸条件を課す.
 第一に,源泉所得税の税率変更試算では民間給与実態統計調査から「給与」をベースに階級区分を設定しているが,申告所得税の税率変更試算では申告所得税標本調査から「所得」をベースに階級区分を設定している.前者では給与,つまり,給料・手当及び賞与の合計額であり,必要経費を反映した給与所得控除前の稼得金額であるのに対して,後者では収入から必要経費が引かれた所得である.本来であれば申告所得税の収入の統計データを利用することが望ましいが,そのような統計データは公開されておらず,ここでは近似的に申告所得税の税率変更試算では所得を採用する.
 第二に,税率の変更によって人々の行動が変化しないという条件である.本来であれば,課税によって変化する人々の就労行動などを組み込んだ方がより望ましいモデルを構築できるが,そのような影響は捨象する.
 第三に,所得税における納税者の構成に関する前提である.源泉所得税に関する試算は「民間給与実態統計調査」を利用するため,公務員が除外される.申告所得税の試算は「申告所得税標本調査」をベースにするため,源泉所得税の納税者も対象となっている.それゆえに,源泉所得税の二重計算を回避するため,当該納税者の50%が申告納税者であるという仮定を設ける.この50%という数値の根拠は利用する年の「申告所得税標本調査」における税額の内訳から採用した極めて作為的な要請である.本稿と同様に税務統計を利用して所得税における租税支出の推計を行っている上村(2009: 195) によれば,重複を排除することはデータ処理上,不可能であるという見解を提示しているため,本稿の仮定は非常に強引なものかもしれない.とはいえ,残りの50%が源泉所得分であり,この額は無視するには大きいと思われ,本稿は強引でも分離することを仮定した.また,これらの統計を利用することで申告所得税を納める一部の年金世帯も含むことになるがその影響は捨象する.
 第四に,利用する統計データでの各階級区分にまったく同質の納税者だけが存在していると仮定する.「民間給与実態統計調査」を用いる源泉所得税と「申告所得税標本調査」を用いる申告所得税はそれぞれに異なる刻み方の給与所得区分を採用している.本稿は源泉所得税と申告所得税のいずれの試算においても各給与所得区分の平均値を利用するため,このように仮定する.
 第五に,申告所得税では事業所得以外にも配当所得や利子所得の占める割合が大きい納税者もおり,それぞれに別の課税制度があるのだが,本稿はすべて捨象して課税所得の一本化を図っている.
 ここで,本稿の想定する年間BI総額を説明しよう.一人当たり月額50,000円から100,000円(10,000円刻み)と設定し,日本の人口数を2009年10月1日現在の確定値である1億2751万人とする10).通常,これらの値をかけたものが年間BI 総額になるが,本稿はここに独自の修正を施す.基本路線は,BI導入によって不要になる現金給付部分に支出されていた分を差し引く.これは,小沢(2002; 2008)によってヒントを得た.まず表4の2009年度社会保障給付費に注目しよう.この内から,VI「家族」の現金給付費(1兆8,519億円),VII「失業」の現金給付費(2兆5,243億円),VIII「住宅」の現金給付費(4,427億円),IX「生活保護その他」の現金給付費(1兆530億円)は,BIよって不要になると考える.以上から10兆2,521億円をBI総額から引いてもよいと想定する.そして,2009年の公的年金の国庫・公経済負担の額11)である10兆8,293億円を差し引くことにする.このように合計額で16兆7,011億円を引いた修正された月額別のBI総額は表5で与えられている.
 所得税の財源試算の結果を述べよう.まず,表6にある1969年の所得税計算式を用いて,表7では1969年の累進税率構造下での所得控除なし源泉所得税の試算を行い,その結果は35兆532億円,表8で同じく1969年当時の申告所得税の試算を行い,その結果は5兆222億円である.合計すると,40兆754億円となる.次に,表9にある1974年の所得税計算式を用いて,表10では1974年の1969年の累進税率構造下での所得控除なし源泉所得税の試算を行い,その結果は26兆5,572億円,表11で同じく1974年当時の申告所得税の試算を行い,その結果は3兆8,625億円である.合計すると,30兆4,197億円となる.以下では,より多くの金額を徴税できた1969年の試算だけを扱っていく.
 消費税に関して,本稿は飯田(2011)を参考にして税率を10%に引き上げる.先述したように,インボイス方式の導入等により徴税効率化を図り,消費税10%分で25兆円を確保できると想定する.所得税と消費税の合計は65兆754億円となるため,月額50,000円のBIだけが実現可能であることが示された.そこで,次に,完全なBIではなく給付対象者を限定した部分BIとしての給付付き税額控除の試算を行う.

 2.2 給付付き税額控除の財源試算モデルとその結果
 給付付き税額控除について財源試算では,まず消費税はBIのケースと同様に飯田(2011) に従って,消費税10%分で25兆円を確保する.そして,所得税の累進税率構造も1969年当時に戻すが,所得税のなかに本稿独自の性質をもつ給付付き税額控除を組み込むため財源試算が先のBIの場合と異なる.
 この給付付き税額控除は,消費税逆進性対策と合わせて最低所得保障機能をもつ.ただし,ここでいう最低所得機能は,シティズンシップに条件づけられた日本国民全員ではなく納税者だけを対象としている.つまり,本稿の給付付き税額控除は,先のBIと異なる既存の所得保障を代替するのではなく,それらの存続を前提としたうえで補完する役割を果たすものである.
 具体的な本稿の給付付き税額控除は以下の通りである.第一に,それは勤労税額控除の側面を備えている.つまり,所得階級区分が300万円から400万円と最も分厚い層に達するまでは給付付き税額控除の金額は増加する傾向にあり,それを超えたあとは減少していく.この狙いは,何時間働くかの選択についてのインセンティブではなく,無職から就労の入り口に至るまで働くか否かの選択についてのインセンティブ促進にある.第二に,最初の所得階級区分である100万円までの給付付き税額控除の金額は,100万円と設定する.この100万円という額は,生活保護制度における1給地─1の20〜40 歳の一人世帯の年間生活扶助基準,すなわち,{40,270(第1類費)+43,430(第2類費)}×12=100,440円から着想を得ている.
 この給付付き税額控除が控除できない部分は現金給付する.試算の結果は,表12と表13で表現されている.まず表12では,源泉所得税に関する試算を示している.その結果,給付付き税額控除実行後の源泉所得税の総額は5,771億円,給付付き税額控除の金額は18兆7,222億円である.
 次に申告所得税に関する試算を示す表13では,給付付き税額控除実行後の申告所得税の総額は2兆1,496億円,給付付き税額控除の金額は1兆9,226億円となる.源泉所得税と申告所得税の合計額は,2兆7,267億円となる.

3 試算についての考察

 考察に際して,(1)BIと給付付き税額控除の財源として累進所得税の可能性,(2)所得控除を廃止することの是非,という二つの論点を論じたい.
 まず(1)についてである。本稿の試算結果が示すように,BIについては過去の最も高い累進税率を採用したとしても月額5万円のBI実現だけが示され,もっと月額を上げるためにはさらに高い累進税率の設定が必要となりその正当化が課題となる.これに対して,本稿の給付付き税額控除は対象者を限定しているものの,最低生活保障を実現できる金額は十分に実現可能である.ここからの含意は,ワーキングプアのように従来の所得保障ではカヴァーできないターゲットに対する本稿の給付付き税額控除の有効性である.しかしその反面で,既存の生活保護のような所得保障の維持を前提としている本稿の給付付き税額控除は,BIのようにこれらの機能不全に対する処方箋とはなりえない.この意味では,本稿の給付付き税額控除は別の政策パッケージと合わせない限り日本の所得保障全般の改善に寄与しない.
 (2)について,所得控除を廃止する代わりに,関連社会保障を新たに導入するという案がある.ここでは一例として昨今の改革で消失した所得制限のない子ども手当を復活させたケースを考える.総務省統計局による「日本の統計」によれば2009年の15歳以下の子どもの人口は1,806.3 万人である12).このような該当者に対して,月2.6万円,年間で31.2万円の子ども手当を支給するならば5兆6,357億円となる.本稿の試算において,BIのケースでは月額5万円の場合でもBIと子ども手当の財源を所得税と消費税だけで調達することはできない.さらに,医療や介護などの他の社会保障の充実を考えると,果たして所得保障だけに予算を集中化させてよいのかどうかが問われる.この点では,本稿の給付付き税税額控除は所得税だけで実現可能であり,増税された消費税の額は子ども手当に加えて,他の社会保障を手厚くすることも可能である.

4 おわりに

 以上のようにBIと給付付き税額控除はそれぞれ利点・欠点があるが,本稿のように具体的な数字をもとに検討することで争点はより明確になってくる.本稿の限界として,制度の移行問題や想定した前提・仮定・条件の妥当性がある.これらを考慮した上でより幅広い社会保障の政策パッケージにBIと給付付き税額控除を位置づけた考察を今後の課題としたい.

付記:本稿は日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B)研究課題名「わが国におけるベーシック・インカムの政策導入に向けた総合的検討とネットワーク形成」(代表:小沢修司教授),規範×秩序研究会のメンバーで申請したユニベール財団の平成25年度研究助成金,公益財団法人医療科学研究所の研究プロジェクト「健康の社会的決定要因に関する国内外の調査研究動向」による支援を受けた研究成果の一つである.

[注]
1)Basic Income Earth Network
  http://www.basicincome.org/bien/aboutbasicincome.html
2)日本における大学研究者に限定されない幅広い視野からのBI 財源論の詳細については立岩・齊藤(2010)を参照せよ.
3)財務省 所得税法等の一部を改正する法律案要綱(2013年3月1日)
  http://www.mof.go.jp/about_mof/bills/183diet/st250301y.htm
4)消費税は「ある時点」で逆進的であるが,ライフサイクル全体からみたれば,消費税は生涯所得に比例している税である解釈もありうる(大竹・小原 2005; 土居 2010等).だが,一時点の相対的に重い税負担も看過できず,何らかの対応が求められるだろう.
5)内閣府 消費税率及び地方消費税率の引上げとそれに伴う対応について(2013年10月1日閣議決定)
  http://www5.cao.go.jp/keizai1/2013/1001syouhizei.pdf
6)2014年4月の1年半後である2015年10月には消費税率を10%に引き上げる予定があるためである.
7)朝日新聞2013年9月19日夕刊
8)与党税制協議会軽減税率制度調査委員会 軽減税率についての議論の中間報告 2013年11月12日
  https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/pdf119_1.pdf
9)この給付付き税額控除の試算モデルは,Murakami(forthcoming) と同じものである.
10)総務省統計局 第1表 年齢(各歳),男女別人口及び人口性比−総人口,日本人人口(2009年10月1日現在)
  http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000007552525
11)公的年金各制度の財政収支状況(2009年度)
  http://www.mhlw.go.jp/topics/nenkin/zaisei/04/pdf/h21_koutekinenkin_zaiseisyushijyokyo.pdf
12)総務省統計局 第1表 年齢(各歳),男女別人口及び人口性比−総人口,日本人人口(2009年10月1日現在)
  http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000007552525


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生存学研究センター報告

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