第二部 「あなたもGKB47宣言」論争における自殺をめぐる規範的秩序 ──争点としての自殺(者)カテゴリーの「述語」──

PDFダウンロード

本文

「あなたもGKB47宣言」論争における自殺をめぐる規範的秩序
 ──争点としての自殺(者)カテゴリーの「述語」──

藤原信行


1 はじめに

 「自殺総合対策大綱」(以後「大綱」)の全面改正をおよそ半年後にひかえた2012年1月23日,第15回自殺対策推進会議が開催され,内閣府自殺対策推進室(以後「推進室」)が提案した「あなたもGKB47宣言」1)が2011年度の「自殺対策強化月間」(2012年3月)のキャッチフレーズとして正式採択された.ただし,以下本稿4.2でも言及しているが,この採択は幾人かの委員の異論を押し切ってのものであった.
 「あなたもGKB47宣言」の採択にたいして自殺対策の最前線で活動する民間団体2)の関係者たちは,当時の与党である民主党参議院議員の協力も得て,撤回を求める異議(クレイム)申し立てを行なった.そして参議院予算委員会におけるただ1度の論争ののち,当時の首相の判断でこのキャッチフレーズは撤回されることになった.2012年2月6日のことである.この段階においてようやく,新聞も「あなたもGKB47宣言」をめぐる論争を報ずるようになった3).ほとんどの記事は「あなたもGKB47宣言」を擁護・肯定せず,非難するか,もしくは批判を受けて撤回したことを報じたのみであった4).それからおよそ半年後の2012年8月28日に実施された「大綱」の全面改正では,民間団体関係者によるのクレイムの多くが反映されることになった(藤原 2013: 134-5).
 上記の論争は,社会問題の構築過程としては短期間であり,なおかつ政府が民間団体側のクレイムをほぼ丸呑みする「一人勝ち」のかたちで終息した5).そのこともあってか,現在にいたるまで学術的な関心を引くこともなかった.しかしこの論争では,〈自殺〉という〈ことば〉のもとで人びとがなにを想起すべき/すべきではないか,いかに活動すべき/すべきではないか,すなわち自殺をめぐる人びとの実践にかかわる道徳的/規範的6)秩序はいかにあるべき/あってはならないかが問われてもいた.
 本稿の目的は,この論争をエスノメソドロジーにおける「成員性カテゴリー化装置」,わけても「カテゴリー付帯活動/述語」に着目するかたちで検討することである.そのことは,公的な自殺対策の推進というローカルな状況のもとで争われ,最終的に達成されることとなった,人びとにとっての〈適切な〉自殺をめぐる活動(言動),権利,義務,能力,知識などとしてのローカルな規範的秩序とその産出過程を再記述,ないし再産出(reproduce)していくことでもある.したがって本研究は,当然のことであるが,研究者の側から人びとの活動の是非や価値を論究するものではない.検討する資料は,「自殺対策推進会議」「参議院議事録」の議事録,この論争に関わった個人・団体による文書,新聞記事である.

2 成員カテゴリー化装置,述語,道徳的/規範的秩序の記述・産出と自殺

 2.1 成員カテゴリー化装置とは
 成員カテゴリー化装置(membership categorization device)とは,人びと(研究者含)により用いられる,誰か/何かがいかなる者/物(こと)かを同定していく方法(装置)である.それは,一つ以上の「成員カテゴリー(membership categories)」からなる「カテゴリー集合(collection of membership categories)」を形成し,そのなかの成員カテゴリーを自/他に執行し,かつ「『標準化』された関係対(“standardized” relational pair)」に位置づけ,人びとのさまざまな活動を,各成員間の権利義務関係である「カテゴリー付帯活動」(の履行/からの逸脱)として記述することを可能とする(Sacks 1972a: 332-8, 1972b: 31-40=1995: 96-112).なお,この装置には「経済規則(the economy rule)」——最小限(たいていは1つ)7)の成員カテゴリーを執行せよ!——および「一貫性規則(the consistency rule)」——ペアを構成する他の人(物)のそれと矛盾しないカテゴリーを執行せよ!8)9)——というカテゴリー執行上のルールが付随している(Sacks 1972a: 333-5).
 成員カテゴリーとは「人びとを記述するのに使用できるタイプないしは分類」であり,「『母親』であるとか『政治家』であるとかいったカテゴリーはすべてこれに入る」(山田2001: 197).「標準化」された関係対とは,「カテゴリー対偶(pairs of categories)」のなかでも,ペアとされる相手にたいする特定の〈標準化された〉活動をアプリオリにともなっているものを指す(Sacks 1972b: 35=1995: 106-7).このような,ある成員カテゴリーにアプリオリに期待される(できる)〈標準化された〉活動が「カテゴリー付帯活動(category-bound activities)」(Sacks 1972a: 335-8)である.ヘスター(Hester, S.)とイグリン(Eglin, P.)は,カテゴリー付帯活動を「述語(predicates)」として発展させ,「ある成員カテゴリーが付与されれば,それにもとづいて慣習的に想起される活動,権利,義務,知識,能力等々」と定義した(Hester & Eglin 1997a: 5; 山田2001: 199)10).
 さらに,あるカテゴリーを執行することは,執行された者/こと/物の活動等を述語に沿ったこととして——さらに言えば,それらの述語を具えた者/こと/物として——記述することを可能にする(ないしは要請する)11).たとえば「ある人物が『ウエイトレス』とカテゴリー化されたならば,『ぶらついている』『部屋を通りぬける』といった記述子よりも,『顧客に料理を出す』といった共選択された記述子が用いられる」(Psathas 1999: 144=2000: 45)というわけである.それだけではなく,カテゴリーが執行され,ある者/こと/物にアプリオリに期待しうる述語が参照可能となることは,それらの述語に反する活動等を〈逸脱(deviation)〉として記述することも可能とする.たとえば遺族たちが〈これから自殺しようとする者が身辺整理もせず,逆に翌日の外出のための用意をさせたり今後必要な介護用品の買い出しを依頼したりするのはおかしい〉(藤原 2012: 133-6)と主張できる,といった具合である12).付言すれば,参照可能な述語に従っているとも,それから逸脱しているとも記述しようがない「異例な(anomalous)」「適合的ではない(doesn’t fit)」活動等もありうる(Smith 1978: 38=1987: 127-8).たとえば〈皆でたんに涼みに来ただけのプールで30往復も全力で泳ぐと言い張る〉(Smith 1978: 28-9, 39, 43-4=1987: 101, 130, 140-2)といったことがそれにあたる13).
 よって,自/他にカテゴリーを執行することとは,ある特定の人/こと/物を標準化された関係対に位置づけ,それぞれの間の権利義務関係や自明なものとして期待される活動とその遂行能力(知識の保有も含まれる)等を定義し,確定させ,人/こと/物の活動等を,それらに沿った/から逸脱した/当該述語では合理的に記述しようがない事柄として記述できる(ないしは記述することを義務づける)ようにすることである.それと同時に,そのような記述および記述された活動等の適切さ——そのカテゴリーにとって自明な活動等に沿っている/から逸脱している,として報告可能であること——の呈示でもある.両者は同時に互いを支え合う相互反映的な(reflexive)関係にある.
 以上をふまえたならば,装置を参照して遂行される成員カテゴリーの執行は,抗事実的に人びとを特定の関係対(ペア)に位置づけ,述語にもとづいて抗事実的に特定の活動等を期待し,かつ述語に添った/から逸脱した/当該述語では合理的に記述しようがない事柄として人びとの活動を(選別と評価をともないつつ)記述し,かつそのことを適切たらしめるという意味において,きわだって道徳的/規範的な実践だということになる.それどころか,道徳的/規範的秩序そのものを産出する実践ですらある14).だからこそ,あえてベタな言い方をすれば,〈まだ“子ども”なんだから“公共の場で泣いたり喚いたりしても仕方ないよね”〉とか,〈“親”だったらその子を“叱るなりあやすなりしてほしいよね”〉とか,〈“修士(社会学)”なんだから,もちろん“「動機の語彙」ぐらいは知ってるよね”〉といった期待と,〈“子ども”なのに大人しくしている〉〈“親”として泣き喚くその子をあやした〉〈“修士(社会学)”なのに「動機の語彙」も知らない〉といった(選別と評価をともなった)記述を可能たらしめるのだ.
 このような成員カテゴリー執行の実践の核となるのが,述語にほかならない.述語を参照することこそが,上記のような道徳的/規範的な諸活動を可能たらしめ,かつ諸活動を道徳的/規範的秩序に埋め込んでいるのだから.ジェイユシ(Jayyusi, L.)はサックスの研究が成し遂げたことを評価するなかで,以下のようにそのことをまとめている.

カテゴリーに付帯する諸行為,諸権利,および諸義務にかんするサックスの概念は,われわれにとってのカテゴリー概念の道徳的15)ないくつかの特徴を指摘するのみならず,一定の諸行為ないし不作為の道徳的な説明可能性を大いに提供するものである.標準化された関係対という一定の諸カテゴリーにかんするサックスの発見は,社会的世界におけるメンバーたちによる会話における知識の組織化の特徴を解明しただけではなく,彼自身の詳細な経験的分析によって,いかにしてそれらの知識が道徳的に構成され,かつ道徳的実践による構成物——それは慣習的に推論する人びとにおいて多様な帰属,発見,非難,結論づけ,判断等々を準備する——であるのか,ということも明瞭に例示して見せたのである(Jayyusi 1991: 240).

 本稿は分析視角として以上のような「成員カテゴリー分析」に依拠し,そのなかでも「述語」に着目する.これは疑いなく本稿の目的に適った分析視角である.なぜならば,まずもって成員カテゴリー分析は,「個人の内面の奥底にある他人には窺い知れない心の問題と思われてきた問題」を「じつは人々すべてが知っている成員カテゴリーに関する知識の問題として,人々にとって誰にでもわかる仕方で公的に存在していること」(山崎 2004: 22)として記述することを可能とするからである.このことで「本当」の心16),ないし行為の駆動因(動機)をめぐる決着をつけがたい水掛け論——ないしは神々の闘争——を回避でき,したがって経験的に人びとの活動を/として記述することが可能となる.さらに,人びとの言語による現実の社会的構成活動に着目する他のさまざまなアプローチと比較して,人びとの活動それ自体の道徳性/規範性をもその射程にとらえうる.

 2.2 成員カテゴリー分析と自殺研究
 エスノメソドロジー研究者以外にはほとんど知られていないが,この成員カテゴリー分析の成立には,自殺研究が深くかかわっている.成員カテゴリー分析を〈発明〉し確立したサックス(Sacks, H.)は,研究キャリアの最初期において以下のように述べ,自殺研究において社会学が着目すべきは,(なぜ彼/彼女は自ら生命を断ったのかなどということではなく)生者による成員カテゴリーの執行とその方法であると正しく指摘した.

〔その死が〕自殺であったという決定が組み立てられるのはいかにしてかをめぐる探索,「自殺」とその死を語るために対象はいかにして把握されるべきかをめぐる探索,これらが社会学にとってのまずもっての課題である.自殺の分類をいかにして組み立てるかにかんする手続きを記述してみたならば,興味深い社会学的問題を構成するのはカテゴリーとその執行の方法であるということがわかるはずだ(Sacks 1963: 8 n8=2013: 89 n14; 訳文一部改変).

 その後サックスはガーフィンケル(Garfinkel, H.)やシェグロフ(Schegloff, E.)らとともに,シュナイドマン(Shneidman, E.)によって設立された「ロサンゼルス郡自殺防止センター(The Los Angeles Suicide Prevention Center)」17)において研究に従事し,自殺企図者や彼/彼女の近親者による相談電話の会話記録を検討するなかで成員カテゴリー分析を発明し確立する(Sacks 1967, 1972a=1995)18).もっとも,サックス自身がロサンゼルス郡自殺防止センターにおける研究を「必ずしも現在の私の仕事を代表するものではない」(Sacks 1972a: 32=1995: 95)と述べているように,彼が自殺(周辺領域含)というテーマに強い関心を有していたわけではなかった.その後,アトキンソン(Atkinson, J. M.)がサックスの知見を援用して検死官(coroners)やマスメディアによる自殺者への動機付与と成員カテゴリー執行活動を検討する(Atkinson 1978).しかし彼もその後自殺研究から離れてしまう.こうして自殺やそれにかかわる生者の活動とその方法に焦点を当てた研究成果の蓄積は,ほとんどなされないまま今日に至っている19).そのため現在では,社会学領域における自殺研究といえば,デュルケム(Durkheim, É.)以来の量的統計的研究か,さもなくば自殺者の意志(実存)を問う試みのいずれかであると理解されがちである(元森 2012: 168, 178 n8).
 とはいえ,自殺者にたいする成員カテゴリーの執行過程とその方法が興味深い研究課題であることは,その後もエスノメソドロジー研究者を中心に指摘/言及され続けてきた(Hester & Eglin 1997b: 35-46; 小宮 2007: 109-14; 中河 1986: 134-8; 西阪 1992: 23-30, 1997: 28-31, 2000: 2-8; 山崎 2004: 15-22).ただしほとんどの場合,エスノメソドロジー研究として,ではあるが.本稿はまさにそのような興味深い研究課題にかんする記述と検討を再建しようとする(ごくささやかな)試みでもある. 

3 自殺カテゴリーの述語をめぐる推進室の課題

 3.1 「ゲートキーパー活動」の周知徹底
 「あなたもGKB47宣言!」をめぐる論争において,推進室側の自殺カテゴリーの述語にかんする課題は明確である.それは,自殺対策における最重要課題の一つである「ゲートキーパー活動」の啓発と普及である.(自殺対策における)ゲートキーパー活動とは,周囲の人たちが発する自殺のサイン──背景要因たるうつ病等の精神疾患や生活上の悩みなど──に「気づき」,気づいたならば傾聴しつつ専門家──精神医療や法務,労働,福祉などの──に彼/彼女を「つなぎ」,かつ彼/彼女の回復をサポートし自殺企図を抑止する「見守り」を遂行する活動であり,あらゆる人びと,とくに家族員がこの責務を履行する主体として想定されていた(内閣府[2007]2008: 5; 2012a: 3)20).すなわち,自殺(自死でもかまわない)ということばを聞いた/思い浮かべたならば,誰もがこのような活動を自明なこととして想起し,周囲の人びとに異変がないか確認し,あれば相談に乗り(傾聴し)つつ彼/彼女を専門家のもとに赴かせ(必要ならば同伴し),なおかつ彼/彼女の回復を支え,さらには自/他の活動をそのようなものとして,ないしはそれから逸脱したこととして記述し秩序立てていく一連の活動とそれを可能とするの知識の習得を,自殺というカテゴリーの述語にしようということである21).
 推進室側の担当者は以下のように述べ,上記の活動を述語として呈示すると同時に,このような啓発普及活動が,今挙げた一連の活動=述語からみて適切であることも呈示する.

(引用1:2009年2月12日の第6回自殺対策推進会議における「自殺対策加速化プラン及び平成21年度自殺対策関係予算(案)について」の説明のなかで)
資料6でございます.自殺予防のための広報啓発活動キャンペーン〔中略〕どういうときに自殺予防のサインに気づけばいいですかということにつきましては,自殺予防の10ヶ条ということで,高橋祥友先生のお書きになったもの等を参考にさせていただきながら〔中略〕周囲の方々はどうしたらいいかということは,なかなか整理したものがないということで,これにつきまして私どもとしてキャンペーンを行なっていこうと思っているわけでございます〔中略〕.
2.の基本的事項でございますけれども,「気づき」,「つなぎ」,「見守り」の3要素,これを具体的にわかりやすく紹介したいと思っております.
今後の取組といたしましては〔中略〕できれば政府広報等のラジオ番組の枠取りをお願いして,時期はわかりませんが,可能な限り早く紹介したい.あるいは,全国自殺対策主管課長等会議を3月に予定しておりますので,その場でも御紹介して,国・地方を通じた取組にできればということでございます.(2)といたしまして,今,インターネットテレビに6分ほどの自殺予防の番組がありますけれども,なかなかインターネットテレビにたどり着いていただけないということで,DVD22)に収録しまして,市町村に配布〔中略〕今準備を進めておるところでございます.
2枚目をおめくりいただきまして,案でございますけれども,「自殺予防の行動〜3つのポイント〜」ということで,「気づき」として,周りの人の悩みに気づき,耳を傾ける.「つなぎ」として,早めに専門家に相談するように促す.「見守り」として,温かく寄り添いながらじっくりと見守るということで,それぞれ書いて〔中略〕.
それから,3枚目でございますけれども,ラジオ番組の原稿ということで,今の3つを要約した形で原稿(案)等を書かせていただいております(内閣府 2009a: 12).

(引用2:2009年2月12日の第6回自殺対策推進会議における,加藤内閣府自殺対策推進室参事官による渡辺洋一委員の発言に対する回答)
まさにキャンペーンなり国民の意識を変えるということが大事だと思います.ポイントの中にも書いていますけれども,1人で行けない場合に,家族ですとか友人がそういうことに気づいてあげられるような意識になるように,地道ですが国民運動をやっていくというのが1つかなと思っております(内閣府 2009a: 17).

 さらに推進室側は,会議の委員の一人で,自殺防止と遺族支援のためのNPO法人「ライフリンク」代表である清水康之23)内閣府参与(当時)との協働に言及する.そのことで,「あなたもGKB47宣言!」をめぐって後に対立することになる民間団体側にとっても,ゲートキーパー活動とひとくくりにされる活動が自殺カテゴリーの述語として適切であること,かつこれらの述語を参照したならば,民間団体やその構成員たちの(支援室側と協働関係にある)活動も先述した一連の活動=述語と整合的であることも呈示していく.

(引用3:2011年6月2日の第11回自殺対策推進会議における配付資料の一つである,2010年度自殺対策強化月間ポスターにかんする説明のなかで)
1つは〔中略〕気づきキャンペーンというようなものでございますけれども,これまた細川貂々さんに全面的に御協力いただきましてこのようなものを作成しております.「大切な人の悩みに,気づいてください」,「あなたも“ゲートキーパー”になりませんか.」ということで,国民に対して自殺対策に対して主体的,積極的に取り組んでいただきたい.そういう形の呼びかけを行ったわけでございます.
裏面を見ていただきますと,つなぎは大事だとしてもどこにつないでいいのかわからないということでは困るので,「ひとりで悩むより,まず相談を.」ということで,全国のもろもろの相談機関の案内を書いたものを新聞広告に載せましたけれども,こういうものをポスターとしても配布しております.ロダンの絵が透けて見えるということでございまして,斬新なデザインでございますが,これはここの委員でもあります内閣府の清水参与に考えていただいたデザインでございます(内閣府 2011a: 5).

 こうしたゲートキーパー活動──自殺カテゴリーの述語としての──の普及啓発活動は,民間団体関係者も含めた自殺対策推進会議の委員たちも当該活動の必要性・重要性を語りこそすれ(内閣府 2008a: 8, 10, 13, 18-20; 2008b: 15, 19, 33; 2008c: 14; 2008d: 16-7, 19, 21, 28; 2009c: 19; 2011a: 21; 2011d: 17, 25),不適切であると述べる者は誰もいなかった.よって,着実に推進されていくことになる(内閣府 2009b: 21; 2010a: 6, 11; 2010b: 12; 2011b: 8-9; 2011c: 19).
 以上のように,ゲートキーパー活動を自殺カテゴリーの述語としていく課題を推進する活動は,21世紀に入り国家的施策として自殺対策が遂行されるようになっているなかでの具体策の推進という文脈/場面のもとで,適切なこととされていく.

 3.2 さらなる周知徹底のための「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズ
 しかしながら推進室は,まだまだ自殺対策やゲートキーパー活動に無関心な人びとは多く,したがってさらなる周知徹底が必要である,と理解していた.このため「自殺対策強化月間」のキャッチフレーズとして,わかりやすく,かつ訴求力のあるものを望んでいたため「あなたもGKB47宣言!」を案出し提案した,と述べている.このキャッチフレーズは,ゲートキーパー活動の周知徹底に資するがゆえに自殺という成員カテゴリーの述語として適切であり,したがってそれを用いた我々の活動も自殺予防キャンペーンの実施というローカルな文脈のもとでは適切である,というわけだ.

(引用4:2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議における,五十嵐千代委員・杉本脩子委員からの「あなたもGKB47宣言!」への疑念〔本稿3.2で後述〕にたいする齋藤内閣府参事官の回答)
GKB47 の経緯といいますか,書いたとおりでございまして,ゲートキーパーは非常に重要な役割を担っていただくというようなことで,とにかくこれを広めたいというところがもともとの着想でございます.ここから先どういう風に普及をしていくかのところで,今おっしゃっていただいたように,若干わかりやすくしようというところは強く出過ぎしているという御批判もいただいております.
清水委員とは別途意見交換をさせていただいたところでございますので,今回はこういったことで進めるということはもう既に決定していますが,いただいたような御懸念も踏まえてうまくそういったことが伝わるように実施の方法も工夫していきたいと思ってございます(内閣府 2012b: 6-7).

今回,〔自殺対策への日本国民の〕全員参加をよりわかりやすく伝えるためのキーフレーズとして考えていますGKB47 にしても,それだけですべてをやりたいということではなくて,伝える相手もいろんな立場,いろんな役割を期待しているものがありますので,広く国民向けにということでこれまでも自殺というところではなかなか入りづらいということで〔中略〕GKB は先ほど来,留意点を随分おっしゃっていただいていますけれども,そういったことも踏まえて,ただ,どうしても自分たちは関係ないと思っている方々にはこういったわかりやすいフレーズは使えるかなと(内閣府 2012b: 10).
(引用5:2012年2月6日の参議院予算委員会における松浦大悟議員の異議申し立てにたいする,村木厚子政府参考人の答弁)
我々は,ゲートキーパー,すなわち,悩んでいる人に気付き,声を掛け,話を聞いて相談窓口など必要な支援につなげ,見守る人になっていただくこと,このことを主な訴求ポイントとしてキャッチフレーズを作りました.
ゲートキーパーという言葉は,この自殺対策の分野では大変大事に,大切にされてきた言葉でございます.平成十九年の自殺対策大綱,閣議決定でも,このゲートキーパーを養成をするということが既に決まっているものでございます.平成十九年の閣議決定にゲートキーパーを養成をするということが決められております.この間,ゲートキーパーを養成をするための教材,研修,そういったことを一生懸命やってまいりました.
その中で,先生方からも御指摘があるように,ゲートキーパーという言葉そのものがなかなか皆さんに認知をしていただけないということもあり,今回の広報啓発の中でゲートキーパーという言葉を〔中略〕きちんとキャッチフレーズの中に入れてお伝えをしてはどうかということを私どもは議論をしまして,今回のキャッチフレーズを決めたところでございます(参議院 2012: 37).

 しかも「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズは,第15回自殺対策推進会議において提案される以前の2011年11月には担当大臣の了承も得,同月の都道府県主管課長会議や12月の協賛予定団体への説明においても異論はなかった24)という.もしこれを自殺という成員カテゴリーの述語に含めることが不適切であったならば,必ずや異議が出たはずであろうに(出なかった),ということを呈示しているのだ.

(引用6:2012年6月12日に開催された第16回自殺対策推進会議における齊藤内閣府参事官による経緯説明)
具体的には,標語を決定したのは昨年11 月.当室において検討し,担当大臣まで御説明をして了解いただいたものです.当時の担当大臣は蓮舫大臣でございました.
その後,11 月に都道府県の主管課長会議,12 月に月間の協賛,当時は予定の団体の説明会を開催いたしまして,3月の月間のテーマ,キャッチコピー,いわゆる標語等に関して説明をいたし,ポスターの掲示等の協力を要請したところでございます(内閣府 2012c: 2-3).

(引用7:第180回参議院予算委員会3号での松浦大悟議員の質問に対する村木厚子政府参考人の答弁)
昨年の九月に事務的な検討をし,昨年十一月に当時の政務三役で御相談をして決定をさせていただきました.その後,関係団体,この運動を一緒にやっていただく医師会ですとか薬剤師会ですとか,いろんな団体ともこのキャッチフレーズとお伝えをしたい中身についていろいろ議論をし,是非協力をするということで,たくさんのポスターを作ったり,宣言を既にしてくださった団体もあるところでございます.(発言する者あり)はい.そういうことで,関係団体の中にも,たくさん協力をして,既に実際にアクションを起こしてくださっているところもたくさんあるということでございます(参議院 2012: 37).

 ゲートキーパー活動──自殺をめぐる〈あるべき〉述語──のさらなる周知徹底に資するという大義名分があり,なおかつ担当大臣・都道府県(の主管課長たち)・協賛予定団体からも承諾を得られた以上,推進室側にとって「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズが自殺をめぐる述語の列に加えられ,かつそれを用いたキャンペーン活動が適切であることは,疑問の余地のないことであっただろう.
 
4 自殺カテゴリーの述語をめぐる民間団体の課題

 4.1 自殺カテゴリーの適切な述語たるゲートキーパー活動の〈逃げ道〉を断つ
 実際のところ,「あなたもGKB47宣言!」をめぐる論争において,民間団体側の自殺カテゴリーの述語にかんする課題は,推進室側と重なる部分が大きい.というのも,自殺対策における最重要課題の一つであるゲートキーパー活動の啓発と普及それ自体については積極的に推し進めるべきとの立場だからである.しかも,本稿2.1ですでに言及されているように,当該活動の啓発と普及について支援室(行政)側と協働するという活動によって,彼/彼女らもそれらが自殺カテゴリーの適切な述部であることをすでに呈示しているわけだから.
 ただし民間団体側は,推進室より一歩踏み込んだ主張も行っている.それは,ゲートキーパー活動において,自殺のサインに気づいたはいいが「つなぐ」先がわからない,いやそもそも存在しないというのでは「気づこうにも気づけない/あえて気づかない」といった事態を招く恐れがあるから,つなぐ先の充実とその情報提供をよりいっそう推し進めるべきである,というものである.すなわち,〈どこにつなげばいいのかわかりません〉とか〈そもそもつなぐ先がないじゃん〉といった,ゲートキーパー活動を行わない/行えないことの〈言い訳〉〈逃げ道〉をしくみの側面から断ち切る必要がある,ということだ.

(引用8:「あなたもGKB47宣言!」に反対する民間団体の声明文から)
「生きるのがつらい」「もう死にたい」と思い悩んでいる人たちが必要としているのは,「相談しよう」などという抽象的なメッセージではありません.「どこに相談すればいいか」という極めて具体的な情報です.そうした情報がないために,「相談したくても相談できない」人が大勢いるのです.
自殺念慮を抱えた人を支援する者にとっても,必要なのは「つなぎ先」に関する具体的な情報です.「周囲の人の変化(自殺のサイン)に気づいて」と言われても,実際に気づいたときにどうすればいいのかが分からなければ,支援者は自殺念慮者を支え切れずに疲弊し,共倒れしかねません.そうしたリスクを背負うのが怖いから,多くの人は「気づきたくても気づけない」のです.「みんなもゲートキーパー!」と呼びかける前に(せめて同時に),「現代版命の駆け込み寺」のようなシェルターを全国に整備すべきです(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 1).

 とはいえこのことも,推進室側との対立点とはなりえない.なぜならば,以下の引用からも明らかなように,(さすがに「現代版命の駆け込み寺」の整備とまではいかないにせよ)「『どこに相談すればいいか』という極めて具体的な情報」の周知徹底とつなぐ先の充実については,支援室側も他省庁と連携しながらその実施につとめていることを報告するかたちで,見解を同じくしていることを呈示していたのだから.

(引用9:2011年6月2日の第11回自殺対策推進会議での安部内閣府参事官による「平成23 年度自殺対策関係予算等について」の説明のなかで)
第1回のタスクフォース,去年の9月7日でございますが,そこで政府といたしまして「年内に集中的に実施する自殺者対策の取組について」というものを取りまとめております.左の方から「相談体制の充実」といたしますと,ハローワークにおきまして心の相談への協力を行うとか,あとは中小企業経営者向け相談体制の充実とか,多重債務者向けの相談窓口の整備,強化等を掲げたところでございます.
また,中の欄の「全国的な啓発活動の展開,一層の情報提供の強化」といたしましては,内閣府であるもろもろの普及啓発活動のほか,例えば(6)の法務省といたしましては法テラスによる情報提供の拡充,(7),(8)では文部科学省が教師に対する子どもの自殺予防に関する知識の普及啓発とか,大学における自殺予防に関する啓発活動,(9)以下としますと自殺対策に大きな役割を担っています厚生労働省さんのもろもろの施策が書いてあるところでございます(内閣府2011a: 3).

 誰もが我が事として自殺予防のためにゲートキーパー活動を遂行するようになること.遂行可能な条件(つなぐ先と,その情報)を整備すること.この課題は,推進室側だけではなく,民間団体側にも共通する課題である.よって,上記のことが対立点になるとは考えにくい.



 4.2 「あなたもGKB47宣言!」を自殺カテゴリーの述語から追放する:自殺者と遺族とわれわれをバカにするな!
 推進室側と民間団体側との対立点は,ゲートキーパー活動の啓発と普及そのものにあったわけではない.対立点はそのための具体的な方法,すなわち「あなたもGKB47宣言!」の使用の是非に限定されていた.換言すれば,このキャッチフレーズが自殺という成員カテゴリーの述語として/述語からみて適切であるかどうかが問われていたことになる.
 2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議の段階で,民間団体代表者を中心とする3名の委員からこのキャッチフレーズに異論が出ていた.

(引用10:2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議に提出された清水康之委員の意見書より)
芸能界のブームにあやかろうという意図は分からないわけではないが,広く共感を集めるのは極めて難しいだろう(清水 2012; 傍点引用者).

 どうして共感を集められないのだろうか.「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズは,「重い」「厳しい」「難しい」問題である自殺にそぐわない,ということが理由として挙げられている.自殺カテゴリーの述語にはそれらのようなイメージも含まれていることを呈示し,それを基準として「あなたもGKB47宣言!」は不適切なキャッチフレーズであると〈適切に〉推論しているわけだ.

(引用11:2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議における五十嵐千代委員の発言)
もう一つは,GKB47宣言についてです.今日はお休みの清水委員の方からこの宣言については撤回すべきという御意見が文書資料にて出ておりますけれども,私も違和感を感じております.確かにこの重い問題を身近に若い人もわかりやすくという点では意図はわかるのですけれども,何でもかんでも最近こういうロゴが増えております中に同じレベルで出てくることに違和感を覚えております(内閣府 2012b: 7; 傍点引用者加筆).

(引用12:2012年1月23日の第15回自殺対策推進会議における杉本脩子委員の発言)
〔自殺対策への国民の〕全員参加というのは本当にそのとおりだと思うのですけれども,私もGKB47の標語には違和感を覚えている1人です.ついこの間,直面したことなのですけれども〔中略〕小学校,中学校,高等学校に呼びかけをしたところ,自殺対策というほんの一言「自殺」という文字が入っている,それだけでかなりの拒絶反応があって,チラシを置くことはできないということなのです.この種のことというのは結構まだまだ現場ではいっぱいあるので,全員参加というのは本当に目指さなければいけないことだとは思います,けれども一方で,自殺の問題の重さ,厳しさ,難しさを日々感じておりますので,この標語には違和感があることをお伝えしたいと思います(内閣府 2012b: 10; 傍点および〔 〕内引用者加筆).

 さらに民間団体側は,このキャッチフレーズは自殺と自殺者はもちろんのこと,自死遺族,そして自殺対策の最前線で活動する〈われわれ〉といった,自殺(者)カテゴリーと慣習的に対を形成するであろう諸カテゴリーを執行可能な人びとへの侮辱であるばかりか,「自殺対策基本法」の条文に抵触するものですらあると申し立てていた.彼/彼女らは,そういった(別様な,ありうる)自殺カテゴリーの述語を呈示し,かつそれからの逸脱──侮辱や基本法への抵触にいたるほどの──として「あなたもGKB47宣言!」を非難していることになる.

(引用13:民間団体による抗議文より)
「GKB47」は女性アイドルグループ「AKB48」のもじりとしての印象が強く,「冗談にもほどがある.人の死をバカにするな」「本当に苦しい状況に追い込まれている人がこれを見てどう感じるか想像できないのか」などの批判が沸騰しているのです.また「GKB」は若者の間でゴキブリを意味する25)ことから,「政府がやりたいのは自殺対策の推進でなく自殺の推進.ゴキブリは47(死ね)ということだ」といった中傷も拡散しています.
キャッチフレーズとは本来,関係者はもちろんのこと,国民が心をひとつにするためのものであるはずです.人の生死と向き合う取り組み(自殺対策)のキャッチフレーズとして「GKB47」は,あまりに不適切であり,実際にその役割を果たしていないのです(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 1; 傍点引用者).

自殺対策基本法の第2条には「官民連携の理念」が掲げられています.それなのに政府が,自殺対策の現場で活動する全国の民間団体の反対を押し切って「GKB47」を推し進めるのであれば,この理念を踏みにじることになります.今後こうした事態を避けるためにも,現場の声が政策に反映される仕組みが必要です.
また第7条には「自殺者及び自殺未遂者並びにそれらの者の親族等の名誉及び生活の平穏に十分配慮し,いやしくもこれらを不当に侵害することのないようにしなければならない」と謳われています.「GKB47」というキャッチフレーズを聞いて,多くの遺族や自殺念慮に苦しむ人たちが,「政府は自殺問題をバカにしている」と,憤りを超えて深い失望に陥っている現実を,政府は重く受け止めなければなりません(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 1; 傍点引用者加筆)26).

 ただし,繰り返しになるが,民間団体側は推進室側の課題である「ゲートキーパー活動」の周知徹底まで全否定するつもりはない.むしろそのために今後ともこれまでどおり協働したいと考えていることは,抗議文を以下の文言で締めくっていることからも明白である.

(引用14:民間団体による抗議文より)
私たちは「GKB47」を自殺対策強化月間のキャッチフレーズにすることに強く反対し,その使用を決めた政府に対して厳しく抗議するとともに,その撤回を求めます.協働相手であるべき政府に対して,このような抗議声明を出さざるを得ないことは,本当に残念なのですが(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 1; 傍点引用者加筆).

 民間団体側は,「重い」「厳しい」「難しい」「自殺問題や自殺者,遺族,関係団体等々をバカにしてはならない(侮辱しない)」といった,自殺という成員カテゴリーが執行されたならばアプリオリに期待されるはずの(他の)さまざまな述語を呈示し,同時にそのことによって「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズは自殺カテゴリーとの整合性がない(=共在できない)と定義──それも,事実として結びつかないというのではなく,道徳的/規範的に〈結びつけるべきではない〉こととして──し,自殺カテゴリーの述語から追放すべきだと要求したのである.

 5 参議院予算委員会における議会と政府の対応:民間団体側のクレイムの追認
 2012年2月6日の第180回参議院予算委員会(第3号)において,民間団体側代表として政権与党である民主党の松浦大悟参議院議員27)(当時)が,「あなたもGKB47宣言!」について政府の見解を問いただした.まず松浦議員は,(本稿ですでに言及している)民間団体の抗議文に沿って政府側に撤回を求めたものの,当時の担当大臣(「あなたもGKB47宣言!」を了承したときの担当大臣とは異なる)は,昨年の段階で決まっていたことなので撤回するつもりはないと回答した(参議院 2012: 36).つぎに松浦議員は,抗議に名を連ねた団体の見解を読み上げるかたちで「自殺問題や自殺者,遺族,関係団体等々をバカにしてはならない(侮辱しない)」という自殺カテゴリーの〈適切な〉述語を呈示し,同時に,それと照らしあわせたならば,「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズは自殺という成員カテゴリーと規範的に結びつけるにはあまりにも不適切であるということを強調する.彼はこうして政府側を追及していく.

(引用15:2012年2月6日の第180回参議院予算委員会3号における松浦大悟議員の質問より)
大臣,様々な意見ではなくて,七十二団体の民間のこれまで自殺対策を引っ張ってきた団体の皆さんが反対の声を上げているんです〔中略〕.
分かちあいの会・ネモフィラの皆さん.アイドルを想像させる言葉で自殺問題をばかにしている,遺族の気持ちを逆なで,真剣に考えてほしい.
岩手自殺予防センター.被災地としてこれからが支えることの重要性が増している中,一生懸命支えるために活動している人たちを真剣に見詰めているのでしょうか,中央政府の考えが理解できません.
秋田こころのネットワーク.これは二十九団体が加盟しておりますけれども,自殺対策は国民の命を守る神聖な闘いです,このような関係団体を愚弄するキャッチコピーには断固として反対です.
グリーフケア・アンド・ピアサポート福島れんげの会の皆さん.人集めのイベント広報とは違います,その一言で心が温かくなるような言葉選びをしてほしいです.
自殺対策に取り組む僧侶の会の皆さん.三月にせっかく自殺対策強化月間を設けて,自殺,自死について啓発を進めようというのに,GKB47は,一,分かりづらく,二,ばかにした感じがし,三,一緒になって取り組もうとするやる気をそぐものだと思います.
〔中略〕
自死に向きあう関西僧侶の会の皆さん.私たちが接する自死遺族の方々からも,このキャッチフレーズで国の対策に不信感を募らせているのをひしひしと感じています.どうかこのおちゃらけのイメージを払拭していただけますことを切に願っています.
〔中略〕(参議院 2012: 36; 傍点引用者加筆).

 こうした松浦議員と政府側とのやりとりが続く過程で,出席していた議員のなかにはヤジを飛ばす者も現れた.それにたいして石井一予算委員会委員長(当時)は,そのようなヤジは自死遺族やその他自殺にかかわるあらゆる人びとにたいして礼を失しており,国会の品位を貶める行為であると叱責した.彼は自殺という成員カテゴリーには「厳粛(であるべき)」という述語──「重い」「厳しい」「難しい」「自殺問題や自殺者,遺族,関係団体等々をバカにしてはならない(侮辱しない)」という述語を綜合し,なおかつより規範的含意が強い──がアプリオリに付随していることを呈示し,かつその述語に則したならば,厳粛さを損なうようなあらゆる活動は,たとえ〈国会の華〉と呼ばれるヤジのようなものであっても品位を損なうものであるから許容されない,と申し渡したのだ.続けて石井委員長は,「あなたもGKB47宣言」の撤回を求める松浦議員の主張を受け入れるよう,政府側にうながした.

(引用16:2012年2月6日の第180回参議院予算委員会3号における石井一委員長の,ヤジを受けての発言)
この際,委員長として一言申し上げます.
まず,ここで議論をしておることは自殺という厳粛なる人間の死に関する問題であります.そのことで激しいやじを浴びせるということは,自殺者の家族その他の皆さんに対してもどれだけの影響を与えるか,国会の品位を問われる問題であるということを申し上げたい.
それと同時に,今いろいろ議論をされましたが,松浦大悟委員の主張,非常に胸に迫るものがあります.政府としては,過去の経過はいかであれ,再度この名前について検討することを僣越ながら委員長として要請しておきたいと思います(参議院 2012: 37; 傍点引用者加筆).

 上記のやりとりの後に松浦議員は,「あしなが育英会」28)の活動に参加した経験のある,政府側の藤村修官房長官(当時)に問いかけ,自説への同意を求めた.藤村官房長官も,「あなたもGKB47宣言」は,「重い」という述語をともなう「自殺」カテゴリーにはそぐわないので違和を感じていたと告白し,松浦議員の主張に同調した.

(引用17:2012年2月6日の第180回参議院予算委員会3号における松浦議員と藤村官房長官とのやりとり)
○松浦大悟君:委員長,ありがとうございます.
 〔中略〕
藤村官房長官,藤村官房長官はあのお亡くなりになった山本孝史議員と同期でいらっしゃって……(発言する者あり)〔中略〕あしなが育英会でも一緒に活動をされてこられたと聞いております.あしなが育英会は,いわゆる病気や事故で親御さんを亡くされたお子さん,その中には自殺で親を亡くされたお子さんも含まれています.そうした方々の支援を行うところです.藤村官房長官も多くの御遺族の皆さんからそのお気持ちを聞いてこられたことだというふうに思います.もし御遺族の皆さんがこの言葉を聞いたら,どんな思いになると思われますか.
藤村官房長官,実は山本孝史議員29)の奥様からメッセージをいただいております.山本孝史議員の奥様,山本ゆきさんから抗議の言葉が届いています.読ませていただきます.民主党参議院議員だった夫,山本孝史がその成立に命をささげた自殺対策基本法の理念を踏みにじるもの,政府に猛省,撤回をお願いします.
どうか官房長官,これを撤回していただきたいんです.官房長官のお考え,聞かせてください.

○国務大臣(藤村修君):〔中略〕私,先般,記者会見のときにこのことが出たときには,私自身は大変違和感を感じ,この自殺という大変重い事態について,ややキャッチフレーズ的なもの,非常に違和感を感じたところではございます〔中略〕今の言葉など,重く受け止めさせていただきたいと思います(参議院 2012: 38; 傍点引用者加筆).

 そして野田佳彦首相(当時)も松浦議員の主張に同調し,撤回を約束することとなった.

(引用18:2012年2月6日の第180回参議院予算委員会3号における野田佳彦首相の発言)
見た瞬間,私も率直に言うと違和感を感じました.ただ,いろいろともう手配をして準備しているところもあるということなんですが,御批判をいただいている部分は,これは率直に受け止めてきちっと御説明しながら,本来ならば過ちを改むるにはばかることなかれだと思います.どういう形で対応できるか,ちょっと研究をさせていただきたいというふうに思います(参議院 2012: 38; 傍点引用者加筆).

 以上のように,わずか1日の論戦を経て「あなたもGKB47宣言!」は撤回されることとなった.そのようなキャッチフレーズは,厳粛であるべき自殺にはふさわしくないものであり,なおかつ自殺者・自死遺族・対策に携わる者たちを侮辱している──よって自殺という成員カテゴリーが執行されたならばアプリオリに期待されるさまざまな他の述語とは規範的に結びつけるべきではない──というクレイムを丸呑みするかたちで.そしてなにより,「ゲートキーパー活動」を自殺カテゴリーの述語として周知徹底することについては,一切疑問視されることもなかったというかたちで.
 その後2011年度の「自殺対策強化月間」は,キャッチフレーズ──さらにはそれが印刷されたポスターも──を前年度までと同様の「あなたもゲートキーパー宣言!」に差し替えたほかは予定どおり実施され,ゲートキーパー活動の普及啓発とつなぐ先の情報提供がなされた.2012年度および2013年度の「自殺予防週間」(9月),そして2012年度の「自殺対策強化月間」(3月)においても,よりいっそう徹底されたかたちでそれらは実施された.対立点が解消された支援室側と民間団体側は,なにごともなかったかのように再び手を携え,それらの活動を推進していった.支援室側は,「あなたもGKB47宣言!」をめぐる論争について以下のように総括した.

(引用19:2012年6月12日に開催された第16回自殺対策推進会議における,齊藤内閣府参事官による「あなたもGKB47宣言!」の採択と撤回をめぐるマスコミへの対応にかんする説明)
一連の騒動を通じて,図らずも自殺対策を進める上で重要なゲートキーパーという言葉が注目をされる結果となったので,こういった御批判をいただいたことについては反省すべきところは反省しつつ,単にこれが言葉だけで終わるのではなくて,実際にゲートキーパーの役割やその重要性についても多くの方々に御理解いただき,ゲートキーパーの輪に加わっていただけるように取り組んでまいりたいといったことを報道からの照会に対した回答をさせていただいているところでございます(内閣府 2012c: 3).

 「あなたもGKB47宣言!」を自殺カテゴリーの述語とすることはついにできなかったが,その課題をめざした活動の意図せざる結果として,支援室側と民間団体側双方の課題の達成が進捗した,ということになるのだろうか.確かなことは,2013年度もまた,筆者の手許にも自治体の広報というかたちで,自殺予防のためのゲートキーパー活動を〈適切なこととして〉推奨し,その〈正しい〉具体的方策を記したパンフレット──それぞれ数ページにもなる──が届いている,ということである.

6 おわりに

 公的な自殺対策の推進というローカルな状況のもとで,一連の(というにはあまりにも短い)論争によって達成され(再)記述された,自殺という成員カテゴリー30)をめぐる述語/規範的秩序──人びとが自殺と向き合う際に自明なこととして想定/期待される(べき)事柄──は以下のようになるだろう.
 ひとつには,本稿の4.2と5において確認されたように,自殺は人の死である以上厳粛な事柄であり,厳粛さを損なういかなる言動もともなっては/向けられてはならないということである.そのような言動は自殺,自殺者,それらないし彼/彼女らと標準的な関係対を構成するであろうあらゆる人,もの,ことを侮辱することになるからだ.だからこそ,厳粛さを損なう「あなたもGKB47宣言!」というキャッチフレーズは(ヤジを飛ばしたりすることと同様に)自殺の述語から排除されねばならなかったし,かつ排除可能となったというわけだ.
 他方でなにより,とくに本稿の3.1と4.1で確認されたように,以下のことがこの一連の論争において無批判に追認されることとなった.すなわち,自殺(自死でもかまわない)ということばを聞いた/思い浮かべたならば,誰もがゲートキーパー活動を自明なこととして想起し,周囲の人びとに異変がないか確認し,あれば相談に乗り(傾聴し)つつ彼/彼女を専門家のもとに赴かせ(必要ならば同伴し),なおかつ彼/彼女の回復を支えること.さらには自/他の活動をそのようなものとして,ないしはそれから逸脱したこととして記述し秩序立てていく一連の活動とそれを可能とする知識を習得すべきであること.以上のことが人びとにとって自明であるべきだということ.そうしたことが自殺という成員カテゴリーの述語であるからこそ,自殺予防のためには,いかほどの時間と労力を要するか目処も立たないうえに,履行義務も不確かでしかない上記のような活動が人びとによってなされなければならず,かつそうすべきであると主張することが適切とされたわけだ.
 このようなかたちで自殺をめぐる規範的秩序の(再)記述が達成されたわけではあるが,他方でその過程は,無数の問われてもよかった事柄を不問に付し,〈なかったこと〉にしていく実践でもあった.たとえば,いかにして〈死の自己決定〉としての自殺の予防が叫ばれる一方で,特定の性質──不可逆的に症状が進行する治療困難な難病など──を備えた人びとの〈死の自己決定=安楽死/尊厳死と言い換えられた自殺〉が適切なこととして実践され記述されていくのだろうか.たとえば,自殺対策のキャッチフレーズとしての「あなたもGKB47宣言!」がごうごうたる非難のなかで撤回に追い込まれたにもかかわらず,同じ「AKB48」をもじった過疎地振興対策事業である「KKB48」のメンバー募集(京都市右京区京北地区)が,特段非難にさらされることもなく粛々と推進できている(朝日新聞大阪本社版2013年10月10日朝刊京都版)のは,いかにしてなのだろうか.たとえば…….
 ともかくも,自殺やその周辺をめぐる規範的秩序についての,人びとによる全体像を把握しがたい膨大な実践とその方法の社会学的記述──必然的に局所的な例示としての記述,ないしはさしあたりの概観の提示にとどまらざるをえないにしても──こそが,今後の課題となる31).


[注]
1)GKBとは「ゲートキーパー・ベーシック」の略,47は日本の都道府県数である.アイドルグループ「AKB48」のメンバーが広報活動に参加しており,かつプロデューサーである秋本康もこのキャッチフレーズを了承していた(朝日新聞 2012年1月24日)ため,GKB47はAKB48をもじったものであるとみなされた.
2)後述する「ゲートキーパー活動」の普及啓発にたいして,自殺対策にかかわる民間団体のあいだで一致した見解が得られているわけではない.「ゲートキーパー活動」の普及啓発の推進を,〈犠牲者非難〉の助長であるとして批判する団体(関係者)も存在する(藤井 2009: 47-8; 内閣府 2009c: 24-7, 30).よって,本稿において民間団体という場合,「あなたもGKB47宣言」への異議申し立てに加わった諸団体(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 2)に限定する.
3)新聞とは対照的に,インターネット上では,採択決定直後から当初からこのキャッチフレーズはごうごうたる非難にさらされていた.ただ,本稿の分析視角に沿ったかたちでこれらの全容を把握して提示することは,一個人の能力では困難なため,別の機会に譲りたい.
4)2012年1月24日から8月7日までのあいだに「あなたもGKB47宣言!」への言及があった新聞(全国紙〔日経除〕・地方紙・スポーツ紙〔全国紙のみ〕)は38紙,記事数は138点で,うちクレイム申し立てがなされた2月6日までにこれに言及していたのは,16紙18件であった.検索には朝日新聞については「聞蔵IIビジュアル」,読売新聞については「ヨミダス歴史館」,毎日新聞については「毎日新聞記事データベース」を,その他については「G-Search」を用いた.全国紙については,各地域版で同一の記事が掲載されている場合,それらをあわせて1件と扱っている.
5)社会問題の「自然史モデル」では,ある特定のクレイムが一方的に受容された事例を「一人勝ち型の社会問題(valence issues)」,賛否が明確かつ特定のクレイムがなかなか受容されない事例を「論争型の社会問題(position issues)」と区別している(赤川 2012: 52-3).「社会問題の構築」過程としての本問題については,本稿の最後の注31でまた言及する.
6)本稿で「道徳的/規範的」という場合,以下の2点を含意している.(1)期待(予期)に反した事態に直面しても,その期待(予期)が誤りであるとして取り下げられたりはしない(抗事実性)という性質を帯びている(Luhmann 1972=1977: 49-50).(2)その抗事実的な期待(予期)に言及してさまざまな事柄を選別し評価できる──たとえば,少なくとも「どれだけ悪いことが頻発するにしても,悪いことが悪いとして認知され非難される」(西阪 1997: 23)ことが可能である.
7)サックスは,一人に複数の成員カテゴリーを執行すること自体は禁じられてもいないし不可能でもないが,一つで十分だとしている(Sacks 1972a: 333).他方で彼はつづけて,経済規則は「参照/言及の『十分さ』にかかわる規則」であるのにたいして一貫性規則は「参照/言及の『妥当性』にかかわる規則」だと述べている(Sacks 1972a: 33).十分さと妥当性であれば,後者が優先されると考えられる.ならば,ワトソン(Watson, R. D.)が指摘したように,(彼は犯罪等の動機が問題となっている場合や,なんらかの組織・共同体への忠誠が問われている場合などを例示しているが)たとえば「黒人のシスター/ブラザー」「白人の男性」といったような成員カテゴリーの複数執行がむしろ一貫性のある場合,一見経済規則に抵触しているように思われても実は適切である,ということになる(Watson 1983: 37-9=1996: 113-4).
8)一貫性規則には,さらに「聞く者の格率(hearer’s maxim)」(Sacks 1972a: 333, 334-5, 337)と「見る者の格率(viewer’s maxim)」(Sacks 1972a: 338-40)が付随する.これらは,ごく簡単に要約すると〈〇×というカテゴリーを執行された者/こと/物のことは〇×として聞け/見ろ〉〈〇×というカテゴリーを執行された者/こと/物の活動は当該カテゴリーの付帯活動として聞け/見ろ〉ということである.本稿注11と14も参照のこと.
9)一貫性の基準として,執行される諸カテゴリーが「同じカテゴリー集合に属している」ことを挙げる論者もいる(Jayyusi 1991: 238).しかしサックスは,一方で「子ども」なり「母親」のような単一のカテゴリーが「家族」「ライフステージ」等の複数のカテゴリー集合に属しており,かつ複数のカテゴリー集合が参照されることにより一貫性が保持される場合もある,としている(Sacks 1972a: 333-4).
10)彼らは別の論文で,モントリオール虐殺事件の犯人が「それから彼は女というカテゴリーの述語に,『技術者』という第二のカテゴリーを与えて」(Eglin & Hester 1999: 259-60=2000: 85)と述べている.これを勘案するに,「等々」のなかには,一貫性規則に抵触しなければ他の成員カテゴリーも含めたあらゆる者・こと・物が含まれうるということになる.
11)聞く者・見る者へのこのような規範的な要請こそが「聞く者の格卒」「見る者の格率」に他ならない.
12)ある成員カテゴリーの述語から逸脱しているとみなされる言動が記述されると,おおむね以下2つのうちいずれかの事態が生起するだろう.(1)その成員カテゴリーの執行が不適切なこととなり,別の整合的な成員カテゴリーが執行され,彼/彼女の活動等は別の述語と規範的に結びつけられる.(2)なすべきことをなさなかった(不作為含)とか,知っているべきことを知らなかった,期待に沿わなかった,などと非難される.
  ただし,以下の点は留意しておくべきだろう.(a)たとえば自殺者という成員カテゴリーが執行された(=自殺者である)場合,「身辺整理をしていなかった」「次の日の外出の準備をしていた」などといった述語から逸脱した言動が記述されたとして,その者が非難されることはないだろう.(b)他方で,たとえば自死遺族という成員カテゴリーが執行された場合,「傾聴しなかった」「激励した」などといった述語から逸脱した言動が記述されたとして,その者が自死遺族とは別の成員カテゴリーを執行されることは考えにくい(非難される〔自責含〕ことはありえても).(c)さらに,たとえば性犯罪被害者という成員カテゴリーが執行された場合,述語から逸脱した言動が記述されたとして,(1)(2)のいずれにも進みうるが,どちらにせよ非難というかたちでの二次被害を被りがちである.
 (b)や(c)のような,成員カテゴリー執行と密接不可分なかたちで非難(が達成)されてしまう──多くの場合受苦をともなう──過程の社会学的記述は,成員カテゴリー分析におけるひとつの課題となるだろう.もちろんそれなくして問題の〈解決/解消〉もありえないだろう.
13)スミス(Smith, D. E.)が指摘するように,ある成員カテゴリーの述部からみて「異例な」「適合的ではない」活動を繰り返し丹念に記述していくことは,当の人物を〈われわれ〉の範疇から排除することを帰結する「『切り離し』手続き(ユcutting out’ operation)」の中核をなす(Smith 1978:37-8=1987: 125-7).
14)このような成員カテゴリー執行の規範的な性格は,サックスが「聞く者の格卒」「見る者の格率」とのかかわりで指摘したことでもあり,かつその後もエスノメソドロジー研究者によって着目されつづけてきたことでもある(Smith 1978=1987; Watson 1978).
15)この論文のなかで,ジェイユシは多くの場合「規範(norm)/規範的(normative)」ではなく「道徳〔的〕(moral)」という語を用いている.しかし彼女は「規範〔的〕」と「道徳〔的〕」を特段区別しているいるとは思われない(Jayyusi 1991: 234-7を見よ).よって本稿でも彼女の言うところの「道徳〔的〕」を「規範〔的〕」と等価であることとして扱う.
16)心理学,少なくともアカデミックな心理学は,われわれが言うところの〈心(こころ)〉を扱う学問ではない(橋爪 2003: 16-20; 27).にもかかわらず,そのような誤解が蔓延している点には留意すべきである.
17)1958年設立.現在はThe Didi Hirsch Mental Health Servicesに吸収合併されている.関心のある方は以下のURLを参照のこと.
http://www.didihirsch.org/spc 20131031
18)現在エスノメソドロジー研究の主要な部分を占める「会話分析(conversation analysis)」も,サックスによって同時期に発明され確立された.だが,サックスにおいて両者は全く別個かつ無関連なものとして発明・確立されており,現在においても会話分析と成員カテゴリー分析との〈統合〉が課題となっているという(中村 2006).
19)日本国内においても,宝月誠がラベリング論から着想を得て,自殺未遂者に対する看護師たちの反作用──人びと(生者)の実践とその技法──を検討する研究を行っていた(宝月 [1976]1990).だがこの研究も今日に継承されることはなかった.
20)ただし,精神疾患以外の社会的な背景要因は,2008年の「自殺対策総合大綱(平成20年10月31日一部改正)」では全く言及がないわけではないが,2012年の「自殺総合対策大綱──誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して(平成24年8月28日閣議決定)」(内閣府 2012d)と比較した場合,強調されているとは言い難かった.多重債務・失業・資金繰りの行き詰まりなどといった社会的要因は,あくまで「深刻な心の悩みを引き起こしたり,心の健康に変調をもたらしたりして自殺の危険を高める要因となる」(内閣府 [2007]2008: 4-5)とされ,精神疾患と比較した場合,副次的な位置づけにすぎなかった.
21)自殺予防において現在ゲートキーパーとひとくくりにされている諸活動は,精神科医たちによって以前からその必要性が指摘されてはいた(稲村 1983; 高橋 [2001]2008).
22)これらのDVDはその後増補改訂を経て「ゲートキーパー養成研修用DVD」となる.現在でも改訂版を内閣府HPで閲覧することができる.
  http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/kyoukagekkan/gatekeeper_text2/index.html 20131031
23)彼はもともとNHKのディレクターで,あしなが育英会の自死遺児たちを取材したことを契機として自殺問題に関心をもち退社,NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」を設立した.この団体は「自殺対策基本法」の成立に大きな役割を果たしただけでなく,今日における日本の自殺対策全般に深くかかわり,さまざまな調査も行っている.「あなたもGKB47宣言!」へのクレイム申し立てにおいても中心的役割を果たした.ライフリンクについては以下のURL(公式ホームページ)を参照のこと.
  http://www.lifelink.or.jp/hp/top.html 20131031
24)「平成23年度『自殺対策強化月間』実施要項」(内閣府 2012e)にある協賛予定団体と「自殺対策強化月間に政府が企てる『GKB47』に対する抗議声明」(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012)にある賛同団体を照会してみたところ,前者の団体のなかで抗議声明に加わったところはなかった.
25)ゴキブリという意味のネット用語であるGKBは, gkbrの略語であり,またこの言葉は「ガクガクブルブル(略して「ガクブル」)とも読み,その場合は体の震えが止まらないほど「恐怖に慄く様子を意味する」(「ネット用語事典ネット王子」で「gkbr」と検索のこと).ネット住民や民間団体関係者は,並立する意味のうちあえてより印象の悪い方だけを選択的に呈示したことになる.「ネット用語事典ネット王子」のURLは以下.
  http://netyougo.com/ 20131031
26)この抗議文には,民間団体関係者によるコメントの抜粋も付されている(自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本 2012: 3).
27)松浦大悟議員はもと秋田放送のアナウンサーであり,ながらく統計上の自殺率第一位であった秋田県から参議院議員として選出され,また当時民主党の「自殺対策推進プロジェクトチーム」座長でもあった.
28)あしなが育英会は,がん遺児・震災遺児・自死遺児らの進学支援を行っているNPO法人で「自殺対策基本法」の成立に大きな役割を果たした民間団体の一つである.
  あしなが育英会については以下のURL(公式ホームページ)を参照のこと.
  http://www.ashinaga.org/ 20131031
29)山本孝史議員(衆参双方の議員を経験)は,「自殺対策基本法」「がん対策基本法」成立(いずれも2006年)に大きな役割を果たした.2007年12月22日にがんのため死去.
30)さらに言えば,自殺と標準化された関係対を構成するであろう他の成員カテゴリーをめぐる述語/規範的秩序についても.
31)このような社会学的記述のやり方は,決して本稿において行われたようなものに限定されるわけではない.たとえば,日本国内において当初推進されていた〈医療化された〉自殺対策が批判され,「自殺対策基本法」が成立し,そして「自殺対策総合大綱」が全面改正されるまでの過程を,社会問題の自然史モデルをナビゲーションとして記述していく試み——「あなたもGKB47宣言!」をめぐる論争をその重要なエピソードとして含むような——も,取り組むに値する課題だと考えられる.


[文献]
赤川学,2012,『社会問題の社会学』弘文堂.
Atkinson, J.M., 1979, Discovering Suicide: Studies in the Social Organization of Sudden Death, Pittsburgh: The University of Pittsburgh Press.
Eglin, P. & S. Hester, 1999, ““You’re All a Bunch of Feminists”: Categorization & the Politics,”Human Studies, 22: 253-72.(=2000,小松栄一訳「『おまえらはみんなフェミニストの一味だ』──カテゴリー化とテロの政治」『文化と社会』2: 74-98, viii-xi.)
藤原信行,2012,「非自殺者カテゴリー執行のための自殺動機付与──人びとの実践における動機と述部の位置」『ソシオロジ』174: 125-40.
────,2013,「自殺対策の推進における家族員の責務とその上昇をめぐって」『現代思想』青土社,41(7): 129-39.
橋爪大三郎,2003,『「心」はあるのか』筑摩書房.
Hester, S. & P. Eglin, 1997a, “Membership Categorization Analysis: An Introduction,”S. Hester & P. Eglin eds., Culture in Action: Studies in Membership Categorization Analysis, Lanham: University Press of America, 1-23.
────, 1997b, “The Reflexive Constitution of Category, Predicate & Context in Two Settings,” S Hester & P Eglin eds., Culture in Action: Studies in Membership Categorization Analysis, Lanham: University Press of America, 25-48.
宝月誠,[1976]1990,「青少年の自殺と他者の反応」『逸脱論の研究』恒星社厚生閣,46-53.
稲村博,1983,『自殺のサインをみのがすな』農山漁村文化協会.
Jayyusi, L., 1991, “Values & Moral Judgement: Communicative Praxis As a Moral Order,”G. Button ed., Ethnomethodology & the Human Sciences, Cambridge: Cambridge University Press, 227-51.
自殺対策に取り組む全国72の民間団体・山本ゆき,2012,「自殺対策強化月間に政府が企てる『GKB47』に対する抗議声明」.
http://www.lifelink.or.jp/hp/Library/kougi_120206.pdf 20130831
小宮友根,2007,「規範があるとは,どのようなことか」前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編『ワードマップエスノメソドロジー──人びとの実践から学ぶ』新曜社,99-120.
Luhmann, N., 1972, Rechtssoziologie, Reinbek bei Hamburg: Rowohlt. (=1977,村上淳一・六本佳平訳『法社会学』岩波書店.)
元森絵里子,2012,「『過労自殺』の社会学──法理論と制度運用に着目して」『年報社会学論集』25: 168-79.
内閣府,[2007]2008,「自殺総合対策大綱(平成20年10月31日一部改正)」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/taikou/pdf/20081031taikou.pdf 20130831
────,2008a,「第1回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_1/data/gijiroku.pdf 20130831
────,2008b,「第2回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_2/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2008c,「第3回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_3/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2008d,「第5回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_5/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2009a,「第6回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_6/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2009b,「第7回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_7/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2009c,「第8回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_8/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2010a,「第9回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_9/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2010b,「第10回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_10/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2011a,「第11回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_11/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2011b,「第12回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_12/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2011c,「第13回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_13/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2011d,「第14回自殺対策推進会議議事録」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_14/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2012a,「平成23年度『自殺対策強化月間』実施要綱」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/kyoukagekkan/h23/pdf/youkou1-1.pdf 20130831
────,2012b,「第15回自殺対策推進会議議事録(2012年1月23日)」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_15/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2012c,「第16回自殺対策推進会議議事録(2012年6月12日)」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_16/pdf/gijiroku.pdf 20130831
────,2012d,「自殺総合対策大綱──誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して(平成24年8月28日閣議決定)」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/taikou/pdf/20120828/honbun.pdf 20130831
────,2012e,「平成23年度『自殺対策強化月間』実施要項」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/kyoukagekkan/h23/pdf/youkou1-1.pdf 20130831
中河伸俊,1986,「自殺の社会的意味」仲村祥一編『社会病理学を学ぶ人のために』世界思想社,125-46.
中村和生,2006,「成員カテゴリー化装置とシークェンスの組織化」『年報社会学論集』19: 25-36.
西阪仰,1992,「エスノメソドロジストは,どういうわけで会話分析を行うようになったか」好井裕明編『エスノメソドロジーの現実』世界思想社,23-45.
────,1997,『相互行為分析という視点──文化と心の社会学的記述』金子書房.
────,2000,『心と行為──エスノメソドロジーの視点』岩波書店.
Psathas, G., 1999, “Studying the Organization in Action: Membership Categorization & Interaction Analysis,”Human Studies, 22: 139-62. (=2000,前田泰樹訳「行為における組織を研究すること──成員カテゴリー化と相互行為分析」『文化と社会』マルジュ社,2: 37-73, vii.)
参議院,2012,「第180回参議院予算委員会議事録(2012年2月6日; 3号)」.
http://kokkai.ndl.go.jp/ 20130831
(※「簡単検索」か「詳細検索」を選択し「検索語指定」欄に「GKB47」と入力)
Sacks, H., 1963, “Sociological Description,” Berkeley Journal of Sociology: A Critical Review, 8: 1-16.(=2013,南保輔・海老田大五朗訳「社会学的記述」『コミュニケーション紀要(成城大学)』24: 81-92.)
────, 1967,“The Search for Help: No One Turn to,”E. Shneidman ed., Essays in Self-Destruction, New York: Science House, 203-23.
────, 1972a, “On the Analyzability of Stories by Children,” J. J. Gumperz & D. Hymes eds., Directions in Sociolinguistics: The Ethnography of Communication, New York: Holt, Rinehart & Winston, 325-45.
────, 1972b, "An Initial Investigation of the Usability of Conversational Data for Doing Sociology," D. Sudnow ed., Studies in Social Interaction, New York: The Free Press, 31-73. (=1995,北澤裕・西阪仰訳「会話データの利用法──会話分析事始め」北澤裕・西阪仰訳『日常性の解剖学──知と会話』マルジュ社,93-173.)
清水康之,2012,「第15 回『自殺対策推進会議』清水委員意見」.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suisin/k_15/pdf/s9.pdf 20130831
Smith, D. E., 1978, “‘K Is Mentally Ill’: The Anatomy of a Factual Account,”Sociology: The Journal of the British Sociological Association, 12(1): 23-53.(=1987,山田富秋・好井裕明・山崎敬一訳『Kは精神病──事実報告のアナトミー』山田富秋・好井裕明・山崎敬一編『エスノメソドロジー──社会学的思考の解体』せりか書房,87-165.)
高橋祥友,[2001]2008,『自殺のサインを読みとる〔改訂版〕』講談社.
Watson, D. R., 1978, “Categorization, Authorization & Blame-Negotiation in Conversation,”Sociology: The Journal of the British Sociological Association, 12(1): 105-13.
────, 1983,“The Presentation of Victim & Motive in Discourse: The Case of Police Interrogations & Interviews,”Victimology: An International Journal, 8(1 & 2): 31-52. (=1996,岡田光弘訳「談話における被害者と動機についての提示──警察における尋問と事情聴取の事例」『Sociology Today』7: 106-25.)
山田富秋,2001,「成員カテゴリー化装置分析の新たな展開」船津衛編『アメリカ社会学の潮流』恒星社厚生閣,189-210.
山崎敬一,2004,「エスノメソドロジーの方法(1)」山崎敬一編『実践エスノメソドロジー入門』有斐閣,15-35.

生存学研究センター報告

サイトポリシー | 個人情報保護方針 | サイトマップ | お問い合わせ
アクセシビリティ方針