まえがき

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まえがき

吉田幸恵
(立命館大学大学院先端総合学術研究科)

 本報告書は、2012年11月23日に韓国・ソウル特別市にて開催された「障害学国際セミナー2012」の記録である。「障害学国際セミナー」は、2010 年度より開始された立命館大学生存学研究センターと韓国DPI(Disabled Peoples' International)の組織である「韓国障害学研究会」との連携関係を基礎とし、2010 年度は韓国・ソウル特別市、2011 年度は京都・立命館大学、そして2012年度は再び韓国・ソウル特別市を会場として、両国の障害学に関心をもつ研究者・当事者の参加を中心として継続されてきた国際研究交流である。

 本報告書は、三部構成である。第一部は長瀬修氏(立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究センター特別招聘教授)およびイ・ソック氏(韓国障害者財団事務総長)の講演、第二部は後藤悠里氏(日本学術振興会特別研究員PD)渡辺克典氏(立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究センターPD)、大野真由子氏(日本学術振興会特別研究員PD)、ユン・サモ氏(韓国障害者人権フォーラム政策委員)、キム・ギョンミ氏(祟実大学校社会福祉学科副教授)による研究報告、第三部は当日のポスター報告者のうち、いくつかの研究論文を掲載している。

 立命館大学生存学研究センターは、2007年に採択された「グローバルCOEプログラム『生存学』創成拠点」を受け設立され、前述したように2010年より、韓国障害学研究会との研究交流を続けている。この企画の「仕掛人」は鄭喜慶(ジョン・ヒギョン)氏(立命館大学大学院先端総合学術研究科修了生・生存学研究センター客員研究員・京畿大学非常勤講師・韓国ALS協会理事)である。彼女は長い間韓国の障害当事者運動にかかわっており、立命館大学大学院先端総合学術研究科で博士学位を取得した。彼女は同研究科教授である立岩真也の『生の技法──家と施設を出て暮らす障害者の社会』(1995=2012)を韓国語訳し、韓国に「日本の障害学」を広めた張本人でもある。彼女の存在がなければまずこの国際研究交流は実現していなかった。

 今回交流3年目にして初めてセンター報告を刊行する運びとなった。言葉や文化の違うひとびとと研究交流の場を持つことは大きな喜びもあるが、企画開催に向けて膨大な時間とエネルギーを必要とする。それでも毎年企画を可能としているのは研究科の韓国人留学生の力によるものである。

 2010年11月からスタートしたこの国際研究交流企画のすべてに編者のひとりであるわたしは参加し、毎度申し訳ないほどの歓待を受けている。韓国障害学研究会のメンバーたちと初めて会ったときは、その行動力の高さ、そして呑みっぷりに驚いたものだ。

 韓国の障害当事者運動はとにかく「激しい」。国会議事堂や公官庁の前で当事者が座り込みをしているのは日常茶飯事だ。日本では1977年、障害者のバスの乗車拒否に対しておこなわれた「バス闘争」を展開した脳性麻痺当事者団体「青い芝の会」が激しい当事者運動として知られている。韓国の障害当事者運動は1980年代、軍事独裁政権に反対する社会運動と当時盛んだった学生運動と出会い、より理論化され組織化され活発になっていく。韓国DPI はこのような流れが起きていた1986年に設立されている。障害当事者たちは駅の「改善」や法の「改善」を求め長期間のハンストをおこなったりもしていた。多くの韓国の障害当事者たちは90年頃からそのような運動を展開してきた(1980年代からの韓国障害当事者運動については第二部のユン氏の報告に詳しい)。その当事者たちのほとんどがこう言う。「韓国の障害者運動は停滞気味だ。日本の当事者運動にはどのようなものがあるのか教えて欲しい。わたしたちは見習わなければならない」。

 現在、韓国では当事者運動もそうだが、「障害学」という分野の研究も活発化しており、運動家も研究者も「貪欲」である。「そもそも障害学とはなんだ」という問いに明快な答えを出すことはできない。ただ「障害/病を持ったひとが生きる条件」とはなにか。これは立岩真也が自著で言っているが「そんなものない」が答えであるとわたしも信じている。どんな人間だってこの世に生を受けた以上、自由に生きる権利がある。しかしながら手や足が動かなかったり、目が見えなかったり、耳が聞こえなかったりすると、この世界では「生きづらくなる」。できない誰かのかわりに、できる誰かがやるだけで、ぐんとこの世界は「生きやすくなる」のだと思う。

 声をあげることが可能である障害当事者たちはそうするために自分たちの声を最大限張り上げて訴えている。「わたしたちは、こういう理由で生きづらいのです。だから生きやすくするために、手を貸してくれませんか」と。要は本当に単純なことなのだ。そう言ったことを実際声を上げ訴えているひとやそれを支援している/しようとしているひとたちの生の言葉がこの冊子では紡がれている。

 今回のセミナーは「障害者権利条約履行のための国内法研究」がメインテーマであったが、障害学を専門とする研究者だけではなく、社会学、社会福祉学、歴史学などを専門としている様々な研究者が参加しているがゆえ、議論はこれだけにとどまっていない。本報告書に収録された各報告を「雑多である」と捉えるか「多様である」と捉えるかは読者の方々に判断していただきたい。

 この冊子により日本や韓国のみならず世界の障害学の動きに関心を持っていただきたいと節に願っている。日本にいながら、韓国に関する研究に携わっている身としては、2012年終わりに奇しくも日本と韓国の政局が大きく動いたことが気になって仕方がない。これからの日韓関係そして両国の福祉に関する法がどのようになるのか注目し、少なからず残る日韓問題が明るくなるよう願いながら、このまえがきを終わることにしたい。

 最後に、本企画に携わってくださったすべてのひとに深謝いたします。

過去の記録
 グローバルCOE プログラム「生存学」創成拠点 国際プログラム(2010年秋期)
 http://www.arsvi.com/a/20101123.htm
 グローバルCOE プログラム「生存学」創成拠点 国際プログラム(2011年秋期)
 http://www.arsvi.com/a/20111109.htm

生存学研究センター報告

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