第三部 コミュニケーション技術支援 ──「障害があることで感じる不便さ」の解消における社会モデルの再検討

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本文

長谷川唯
(日本学術振興会特別研究員PD/立命館大学)
安孝淑
(立命館大学大学院先端総合学術研究科)


1 問題意識──障害によってできないことを補うこと

 病気や障害によってできないこと/できなくなることがある。例えば、歩けない、話せない、自分の力で呼吸ができない。そしてそのことによって、行動や生活が制限されてしまう。そういう人たちは、できないことや難しい部分を人やもの、あるいは違う身体の部位で補ったり、代用したりして生活している。
そうして障害や病気で生じる不便さを別の何かで補っても、なお不便さが残ってしまうことがある。障害や病があることで生活が制限されたり、たちゆかなくなる状態が生じてしまったりすることは、その本人の責任ではない。
 障害学では、障害があることで生じる問題をその個人の能力の責任とする障害の「医学モデル」を批判し、社会こそが障害がある人たちを抑圧していると主張する障害の「社会モデル」を探求してきた。「障害があることで感じる不便さ」を人や道具、機器で補ってもなおも残る不便さは、そうした環境を整備や用意していない社会の責任だということはできる。
 では、障害や病気があることで感じる不便さ、なおせない障害や病気そのものを「環境によって対応すること」に、社会モデルと医学モデルとを明確に線引きすることができるのだろうか。筆者らがおこなっているコミュニケーション支援活動を通して「障害があることで感じる不便さ」の解消における医学モデルと社会モデルの関係性を検討したい。

2 障害学の視点

 障害学は、「障害を分析の切り口として確立する学問、思想、知の運動である。それは従来の医療、社会福祉の視点から障害、障害者をとらえるものではない。個人のインペアメント(損傷)の治療を至上命題とする医療、「障害者すなわち障害者福祉の対象」という枠組みからの脱却を目指す試みである」(長瀬 1999: 11)と説明される。障害学で重要なのは、障害を軽減したり克服したりするものとして捉えるのではなく、障害を抱えた人たちが社会で生きていくためにはその社会がどうあるべきかという視点である。この障害学の視点にこそ社会モデルと医学モデルの本質的な違いがある。
 社会モデルが最初に提示されたのは、マイケル・オリバーの「Social Work with Disabled People(『障害者とともに歩むソーシャルワーク』)」だった(Oliver 1983)。ここでオリバーが主張したのは、ディスアビリティこそが障害者を抑圧しており、ソーシャルワーク実践の目標を障害者個人の適応から社会的障壁の除去に転換していくことだった。オリバーの障害理論は、「隔離に反対する身体障害者連盟」Union of the Physically Impaired Against Segregation(UPIAS)による二元的定義を基礎としている。UPIASは、障害をディスアビリティとインペアメントとに二元的に分解して定義した。インペアメントは身体の欠損などによる個人の機能的制限として、ディスアビリティを社会的障壁による活動の制約としてそれぞれ定義した。このように身体面と社会面とを明確に分離した上で、ディスアビリティをインペアメントを持つ人間に対する社会的抑圧の問題であると主張した。このUPIASの主張は、オリバーの「Politics of Disabled(『障害の政治学』)」で、さらに理論的に展開されていく(Oliver 1990)。オリバーはディスアビリティの原因となる「社会的抑圧」をイデオロギー的側面と制度的側面にわけて障害者を排除するメカニズムを説明し、ディスアビリティの問題は身体にあるのではなく、障害者を排除する社会にあることを示した。こうしてオリバーによって障害問題の社会的責任が理論的に根拠付けられ、社会モデルが成立した。
 このオリバーの社会モデルはジェニー・モリスやリズ・クロウなどの女性障害学者たちから提起された疑問によってその理論的射程が広げられた。彼女たちは、オリバーの社会モデルを前提とした上で、そこでは触れられなかった身体の問題も含めてディスアビリティの問題だと主張したのである。彼女たちは、社会的障壁がすべて除去されたとしてもインペアメントにまつわる個人的苦闘や、インペアメントとも異なる個時間の障壁があることを自らの経験から指摘し、インペアメントをも含む社会モデルを生み出した。ここでようやくイギリス障害学において、身体の問題(インペアメント)やそれに基づく個人的経験が社会モデルの理論の射程に含まれたのである。
 他方、アメリカにおける障害学では、こうしたインペアメントも含む社会モデルが早くから注目されていた。アメリカ障害学がディスアビリティも問題として着目したのは、社会的抑圧ではなく障害者に対する偏見だった。アメリカの社会モデルでは、ディスアビリティの問題を健常者社会の支配的な価値観による「観念的障壁」として捉えてきた。アメリカの社会モデルは、イギリス障害学でオリバーが主張した社会モデルには含まれなかった身体の問題(インペアメント)もそれに基づく個人的経験も、初めから理論の射程に含んでいた。こうしたイギリスとアメリカの社会モデルに倣えば、社会モデルの意義やその理論の射程には、インペアメントに伴う個人的でインフォーマルな苦悩も含まれると考えられる。
 日本の障害学は1990年代に入って輸入されるかたちで形成されてきた。しかしイギリスやアメリカの障害学で議論されてきた多くの問題は、日本でも1970年代の障害者運動の中で主張されてきた。とりわけ1975年の神奈川を中心とする「青い芝の会」による障害児殺しの母の減刑嘆願を批判する運動は、そのことを象徴している。この減刑嘆願運動に反対する運動で求めたのは、障害者をあってはならない存在として否定する社会、すなわち障害者に対する社会的抑圧と差別からの解放である。そして同時に障壁としての「家族」からの解放でもあった。

「青い芝の会」は、これらの事件を当該親子間のプライベートな問題としてとらえるのではなく、障害者に対する社会的抑圧が親きょうだいを通じて障害者個人を抹殺しようとしているのだと主張した。(杉野 2007: 224)

 そしてこの主張は、障害者を「あってはならならい存在」として排除する社会があるというディスアビリティの問題を提起している。

このような認識は、「殺される側」である障害当事者ならではの視点であると同時に、「障害」の原因(責任)を徹底的に個人とその家族に帰属させようとする「障害の個人モデル」に対する画期的な批判となっている点で、すぐれて障害学的な認識だといえる。(杉野 2007: 224)

 こうしたことからも、障害者運動は日本の「障害学」の形成に直結はしなかったものの、重要な意義を持っている。
 日本の障害学では、社会モデルの理解について、ディスアビリティの解消責任の帰属先によって意義を確認しようとする議論がなされている。

社会モデルの主張が意味のある主張であるのは、それがその人は被っている不便や不利益の「原因」をその人にでなく社会に求めたから、ではない。(中略)核心的な問題、大きな分岐点は、どこかまで行けるという状態がどのように達成されるべきかにある。二つのモデルの有意味な違いは、誰が義務を負うのか、負担するのかという点にある。(中略)社会モデルはそれは個人が克服するべきことではないとする。問題は個人、個人の身体ではなく社会だという主張は、責任・負担がもっぱら本人にかかっていること、そのことが自明とされていることを批判する。(立岩 2002: 69-71)

 ここでは、ディスアビリティの解消のための負担を個人に帰属させることを自明とする規範を内在する医療モデルを、社会モデルが批判し責任を社会に帰責したことに意味があるのだと主張している。また石川は、「社会モデルは、社会が障害を補う責任を負うべきだと言い、社会が補うべき障害の側面や範囲をディスアビリティと呼び、補えない部分をインペアメントとした」(石川 2002: 33)と説明している。この両者の主張は、ディスアビリティの原因の特定が問題なのではなく、ディスアビリティの責任や負担を誰が負うのかを重要視する点で共通する。その上で、社会モデルではディスアビリティの解消責任は社会にあるとする。

3 コミュニケーション支援活動の背景と活動内容

 日本では重度の障害を持つ人たちに対する有効な意思疎通の方法や支援制度は整備されておらず、IT機器に詳しい少数のボランティアが手探りで対応しているのが現状である。筆者らは2008年に「スイッチ研」を立ち上げ、筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis 以下ALS)などの重度の身体障害を伴う病気や障害を持つ人たちのコミュニケーション支援をおこなってきた。スイッチ研の主な活動は、そうした人たちが家族や介助者など周囲の人たちに自分の意思を伝える手段として使用しているパソコンの入力装置を工作して提供することである。
 ALSのような進行性難病の場合は、その進行の程度に個人差があり、IT機器用のスイッチが操作可能な身体部位も異なるため、既存の機器をそのまま活用することが難しい。変化する身体の状態や環境に合わせて、その都度入力装置も適切なものに取り替えていく必要がある。
 スイッチ研がおこなうコミュニケーション支援では、本人の要望のもと身体状態と日常生活上の動作や環境に適合したスイッチの製作と提供が重要となる。ALSの人たちや四肢が不自由な人たちは、指や頬など身体の一部分をわずかにでも随意で動かすことができれば、スイッチ(入力装置)を工夫することによってパソコンの文字入力や操作ができる可能性が拡がる。そこでスイッチ研では、ジャンクマウスやゲーム用コントローラーなどを使用して、それを解体し改造してスイッチを製作し提供している。実際に対象者の自宅を訪問して、身体状態や日常生活の様子を窺いながら、本人の要望と状態に合わせて方法を検討し製作している。上述のジャンクマウスやゲーム用コントロールに加えて、100円ショップやホームセンターなどで販売されている日用品など、比較的安価で身近に手に入れられる素材を使う。技術専門職ではない素人が工夫して製作し提供するスイッチは、簡単な仕組みで作られるため、家族や介助者でも容易に理解でき改良が可能な構造になっている。したがって不具合が生じたとしても、周囲の人たちで一時的にそれを解消し間に合わせることができる。
 とはいえ、コミュニケーションは生命に直結する場面にもかかわるために、不具合が生じることを前提としたものであってはならない。製品化された意思伝達装置および入力装置はその動作の安定性と安全性を兼ね備えており、提供業者が製品の品質を保障し責任を負うことが当然とされている。このことは機器が高価であることの理由のひとつでもある。そうした観点から言えば、スイッチ研が提供するスイッチには動作の安定性や製品に対する保障自体がなく、その支援は常に不安定さが伴う。だがそれでも、現状ではこうした制度の隙間にあるコミュニケーションの支援を担う人がいないため、必要な支援として求められる。コミュニケーション支援は、各地域によって取り組みが異なり、病院や施設の理学療法士や作業療法士、患者会やNPO団体の自主的な取り組みによるところが大きい。さらにこうした支援は経験によってその技術や知恵が蓄積される部分が大きい。また、機器や装置の供給体制を構築するにも、個別性が高い装置を標準化すること自体が困難である。だからといってボランティアの自主的な取り組みに委ねるだけでは、地域格差は解消されず、必要とする人が必要なときに適切な支援を容易に受けることができる環境はいつまでたっても実現されない。
 スイッチ研はこうした制度の隙間を補う存在として本人や家族、保健師や作業療法士などのかかわる周囲の専門職から依頼され活動をおこなってきた。そこでは、難病の人たちの日常生活の相談を担う京都府難病相談・支援センターから依頼を受けることも多く、地域の機関とも連携しながら支援活動に取り組んでいる。様々な立場の人たちが、病気や障害があることで生じるコミュニケーションの不便さの解消の手立てを求めてやってくる。スイッチ研の活動は、障害があることで感じる不便さを、スイッチやIT技術を通して解消する支援だともいえる。

4 Fさんの事例から

 FさんはALSを発症した70代の女性である。ALSは全身性の身体障害を伴う原因不明の進行性難病である。ALSの症状は、多くの場合、手足の筋力低下から始まり、徐々にそれが全身に広がっていく。やがて自力で身体を動かせなくなり、呼吸をすることも難しくなる。症状の進行には個人差があるが、多くの人たちは生活のあらゆる場面で介助を要する状態になるまでに、それほど長い時間を要しない。Fさんはすでにその生活すべてに介助を要する状態で人工呼吸器を装着していた。スイッチ研がFさんの支援にかかわるようになったのは、Fさんを担当するケアマネージャーが京都府難病相談・支援センターに相談したことに始まる。それは、Fさんとヘルパーや訪問看護師がスムーズにコミュニケーションが図れず良好な関係が保てないといった相談だった。そしてその円滑なコミュニケーションを阻む要因のひとつに、スイッチ(入力装置)の位置の調整が難しく時間がかかりうまくいかないことがあった。そこで、誰でも容易に位置の調整が可能な、本人も押しやすいスイッチを作って欲しいと京都府難病相談・支援センターを通じてスイッチ研に依頼が来たのである。
 Fさんはコミュニケーション手段として主に透明文字盤を使用していた。意思伝達装置はあるのだが、それを操作するためのスイッチが適合せずに使用できない状態にあった。またFさん自身が意思伝達装置を使用することに対して消極的だった。Fさんはわずかに動く左手人差し指でスイッチを押して操作していた。その位置調整は非常に敏感であり、少しでも身体がずれるとたちまち押せなくなってしまう。そのためヘルパーや訪問看護師らは、位置調整に追われて他の介助や作業ができずに、時間を延長しなければならない状況が生じていた。さらにそうした状況では、良好な関係を維持することが難しく、結果的にFさんの介助に慣れている介助者に負担が集中してしまっていた。ケアマネージャーやヘルパー、訪問看護師らは、こうした状況はFさんにとっても負担であり、Fさんのニーズに迅速に応えるためにも改善してほしいと相談してきたのだった。
 スイッチを製作するにあたり、Fさんと周囲とで身体状態についての認識のズレがあった。Fさんはこれまで通り左手の人差し指を使ってスイッチを押したいと主張した。それに対して日常的に介助に入っているヘルパーや訪問看護師からは、左手の人差し指では押せないことがしばしばあるので、確実に動かすことができる首や顔を使って押すことが出来るスイッチを考えて欲しいとの要望が聞かれた。最終的には、作業療法士がFさんの左手の人差し指の機能を判断し、確実に動かせる部位を使用したスイッチを検討することになった。Fさん自身も日常的に変化する身体の状態を把握することが難しく、結局は周囲の意見や判断を受け入れざるを得なかった。

5 「障害があることで感じる不便さ」の解消における
  医学モデルと社会モデルの関係性

 Fさんとのコミュニケーションが円滑に図れないことで生じる不便さは、Fさんの視点ではなく、周囲が感じる不便さが課題として提示された。コミュニケーション支援では、本人の要望のもと身体状態と日常生活上の動作や環境に適合したスイッチの製作と提供が重要である。だが実際には、本人の身体状態や主張は介助者や作業療法士によって判断される。そして、周囲が感じる不便さの解消がいつの間にか「本人」にとってよいことになってしまい、本人の主張や問題が曖昧にされ、周囲の都合が優先されてしまう。つまり、障害がない方がよいという周囲の都合が優先されているのである。周囲の「本人のニーズに迅速に応えるために」という主張は、本人の不便さを解消する合理的な理由にみえて、自分たちの不便さの解消を要求しているにすぎない。

他方、周囲にとっては、(負担という点では)障害があることは確実に都合がわるく、ないことはよいことである。(中略)ない方がよいという主張の問題は当人と周囲とを混ぜてしまうことにある。(中略)誰にとってという人称不明のまま、むしろ本人にとってよいことになってしまい、区別がつかない。その中で周囲の都合が優先されることがある。(立岩 2002: 66)
 障害学の「社会モデル」の主張は、障害をなおすことはよくないが、環境によって対応するのはよいということではない(立岩 2002)。障害があることで感じる不便さ、なおせない障害や病気そのものを道具や環境によって解消することに有意な差異はないが、障害があることの不便さが「誰にとっての」ものなのかで大きな違いがある。IT機器を使用したコミュニケーション技術支援は、障害がある本人がそのことで感じる不便さの解消である。周囲の不便さの解消のために本人が努力しなければならないことは、障害がある本人を否定する社会そのものを指し示している。


[文献]
Crow, Liz, 1996, “Including all our lives; renewing the social model of disability” Reprinted in: Morris, Jenny ed., Encounters with Strangers: Feminism and Disability, London: Women’s Press, 206-226.
星加良司,2007,『障害とは何か──ディスアビリティの社会理論に向けて』生活書院.
石川准,1999,「障害、テクノロジー、アイデンティティ」石川准・長瀬修編『障害学への招待──社会、文化、ディスアビリティ』明石書店,41-65.
野崎泰伸,2011,『生を肯定する倫理へ──障害学の視点から』現代書館.
Oliver,Michael, 1983, Social Work with Disabled People, London:Macmillan.
Oliver, Michael, 1990, The Politics of Disablement, London: Macmillan. (=2006,三島亜紀子・山岸倫子・山森亮・横須賀俊司訳,2006,『障害の政治──イギリス障害学の原点』明石書店.)
杉野昭博,2007,『障害学──理論形成と射程』東京大学出版会.
立岩真也,2002,「ないにこしたことはない、か・1」石川准・倉本智明編『障害学の主張』明石書店,47-87.

生存学研究センター報告

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