第二部 ディスカッション

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イ・ソック:それでは、今日最後の時間となります。午前と午後に発表された内容について、質問やコメントをお願いします。午後6時までの1時間半の時間が設けられていますが、私の経験からすると一つのテーマだけでも20分から30分はかかると思われますので、質問と回答は核心を突いたもののみお願いします。そのほうがより多くのことを話し合えると思います。それでは只今より、ご自由に討論、そして質問をどうぞ。

桐原尚之:桐原です。精神障害者の運動をしています。障害者権利条約の策定過程では、精神障害者に特化した条文を作らないための運動をしていました。韓国の「障害者差別禁止および権利救済にかんする法律」には精神障害者の条文があります。いろいろな要因があったと思いますが、その要因についてどなたかご存知でしたら教えてください。

ユン・サモ:韓国の障害者差別禁止および権利救済にかんする法律は、基本的に障害種別によって権利を分けてはいません。ただし例外が三つあり、それらについては特別な条文があります。一つ目は障害をもつ女性、二つ目は障害をもつ子ども、三つ目が精神障害者です。しかし特別な何らかの細かい規定があるというよりは、これら三者については特別な権利保護が必要ということで、より多くの関心を向けるべきだという意味であり、実効性のある規定があるわけでもなく、宣言のようなものだと思います。

イ・ソック:他に何か質問はありませんか?

桐原:ユン・サモ先生ありがとうございます。追加質問してもいいですか? 立ったほうがいいのかな?立つと疲れる……(皆笑う)。韓国障害者福祉法も、たしか身体と精神が分かれています。差別禁止法は宣言的なものとして条文に加えたということはわかりました。それと、他の韓国国内の法律との関係でそうなったのか、そもそも最初に障害者団体が作成した差別禁止法の草案の段階でその条文はあったのか、その点について教えていただければと思います。

ユン・サモ:草案の段階でそのような区別があったとは記憶していません。私は草案でみた事がありません。もともと草案においては(障害をもつ女性、障害をもつ子ども、精神障害者の)三者を区分されない形で作られました。しかし立法の過程で障害をもつ女性たちの側から強い要請がありました。障害をもつ女性に対する二重の差別をどうにかしてほしい、そのため別途区分して章を設けてほしい、という強い要請がありました。そのため障害をもつ女性にかんする章を別に設けました。それで、障害をもつ女性だけという別の章をつくりました。立法過程では障害女性を別にしておくのはバランスが合わないと考えたそうです。それで、障害をもつ女性にかんする章のなかで、障害をもつ子どもと精神障害者を入れたのではないかと思われます。これは、立法過程のなかでそうなったのであって、草案の段階からあったわけではありません。

イ・ソック:少し補足しますと、障害者の権利条約が作成されたのと障害者差別禁止および権利救済にかんする法律が作成されたのは同時期で、もともと権利条約のなかには子どもにかんする条文はありましたが、女性にかんする条文はありませんでした。そのため韓国政府内では女性と子どもを同じ条文とするかどうかで見解の相違が最後の8回の協議までありました。その議論過程が障害者差別禁止および権利救済にかんする法律を作る過程にも影響を与えたのではないかと思います。また、権利条約草案の17条には精神障害者に対する強制入院・治療を禁止するという条文があったのですが、最後の会議で、これはすべて削除されました。権利条約をつくる過程で主導的に参加した人たちが障害者差別禁止法をつくる過程にも主導的に関わり、そうしたことが相互に影響を与え、障害者差別禁止法にもその内容が追加できました。

イ・ヨンウ:大野先生、先ほどの報告のなかで韓国の複合性局所疼痛症候群(CRPS)にかんする状況等を御教示いただきたいとおっしゃっていましたので、韓国の状況を少しお話します。韓国ではまず、CRPSなどを障害と定義するかどうかで議論があります。患者の立場から政府に対して強く要求していることとして、専門家による研究をつうじてその障害ガイドラインを作成してほしい、ということがあります。ここでいう専門家とは大韓疼痛学会のことで、その内部では慢性疼痛にかんする草案がすでに作成されていると聞いています。私たちは、政府が障害に対する思考を転換するべきだと考えています。目に見えない内部障害というものもあるのですから。疼痛が障害となり公式のガイドラインが作成されるためにも、政府の発想が変わる必要があると思います。現在、障害者総連合会がこれに尽力しているので、早晩変化があると期待しています。以上です。

イ・ソック:他に何か質問などはありませんか?では長瀬さんどうぞ。

長瀬修:私にとってすべてが刺激的な報告でしたけれども、とりわけユン・サモさんのご報告が非常に興味をそそられました。それはとりわけ私自身が1987年から1992年までDPIのアジア太平洋の地域オフィサーとして務めていたこともありまして、たとえばお話のなかに出てくるソン・ヨンウさんと、当時DPIということでお付き合いした個人的な感慨もあります。そして今回も仁川の会議で、ソン先生が国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)のチャンピオン賞を受賞されて、心からうれしく思いました。これまで韓国のことは正直わかりずらい、いろいろな対立の構図があってわかりづらかったんですけれども、今日のお話をうかがって構造がだいぶわかった気になりました。そして韓国の運動の内部の対立構造というものが、いま申し上げた、まさに次の10年の仁川戦略を実施する枠組みに大きな影響を与えることとなりました。それは、仁川戦略を実施するための枠組みのなかに、市民・社会団体や障害者団体が加わることになって、そのまとめ役を、韓国を中心とする二つの団体に務めていただくことになったからです。そういう意味で、韓国の運動内部の対立が、たんに韓国内部の問題というだけではなくて、悪くするとアジア太平洋全体の運動に悪影響を与えるという状況が、いま生まれようとしています。ご報告のなかで、この事態を仲介できる有力な勢力を探しがたい状況にあるとおっしゃっていますけれども、この二つの勢力が直接対話することはやはり難しいのでしょうか。今回の仁川の会議の直前に、非常に不幸な、韓国の障害女性の焼死事件がありました。たとえばそういったことをきっかけに、二つのグループが協力するということは、やはり難しいのでしょうか。非常に難しい質問をさせていただきますけれども、何かお答えをいただければ幸いです。

ユン・サモ:私の報告には結論がなく、質問で結論として終わっております。自分でも答えることが出来ないので、結論を出さずに終えたわけです。現在は敵対的な競争状態にありますが、それを少しでも協力的な競争状態にもっていくことが大事ではないかと思います。今は霧のなかにいるようで何も見えません。しかし、私なりには二つの方向が見出せると思います。一つ目は、障害者民衆主義と障害当事者主義の双方が変化を求められている時代ではないか、と思います。特に障害差別禁止法が制定され韓国の障害者のイシューそのものが、障害者の人権から、人生の生活の質にかんするイシューに変化しつつある時代です。このような時代の転換期において、両勢力が何かこの時代に合致するコンテンツを持ち出せるのか、そのコンテンツをもって両者が歩み寄ることは出来ないのか、と思います。二つ目は形式的な組織上の問題ですが、韓国の障害者運動が他国の運動と違う点があります。それは、1980年代の民衆運動を基盤としていることです。民衆主義であれ当事者主義であれ、今は既存の政治勢力と密接に連携して活動している状態です。また、韓国は現在大統領選挙を控えています。選挙の度に立場が変わり、また選挙が終わると、活動において障害のイシューだけでなく政治的なイシューによって互いに立場を異にするという状況があります。運動内部では制御困難な外的な強力な力が障害者運動に働いているので、これが両勢力の妥協ないし連帯を難しくしていると思います。韓国の障害者運動団体の幹部は、ほとんどがどこかの政党と直接/間接的に連携しています。そのため、団体内部だけで将来ビジョンを話し合ったり、障害そのものを話し合ったりすることが困難となっています。

キム・ゾンハン:私は、障害者自立生活センターに勤めているキム・ゾンハンと申します。ユン先生に質問があります。いま、先生のお答えなどを聞いて、頭のなかで整理しておいたことがこんがらかってしまったところもあります。一つ目の質問は、韓国の運動勢力を「障害者民衆主義」と「障害当事者主義」に分けていらっしゃいますが、これらの用語そのものが妥当なのか、という質問です。たとえば、障害者民衆主義運動は韓国の民衆運動をそのまま踏襲しているとおっしゃいましたが、韓国の民衆運動そのものが1990年代以降変化したり崩壊したりして新しい動きを見せています。このような状況のもとで、その図式をそのまま持ち込んだ障害者民衆主義と障害当事者主義という用語そのものを使い続けていいのか、というのが一つ目の質問です。

イム・ドクヨン:用語の問題については、同じ質問だと思います。私はいま述べた韓国の民衆運動に10年間携わって来た者です。私の考えでは、民衆主義というのは、ユン先生の造語ではないかと思います。しかし、民衆主義という言葉そのものは、私たちの生活のなかで頻繁に使用されています。代表的なところでは、英語のポピュリズムの訳語として使われています。もう一つの例としては、19世紀ロシアのナロードニキ運動の訳語です。その運動を人民主義ないしは民衆主義と翻訳して運動圏では用いて来ました。この民衆主義という用語を用いることで、ユン先生は運動に対して何かラベルを付与しているのではと思います。

ユン・サモ:私は報告のなかでは、暫定的な概念としてカッコを付けて特別な用語として用いています。私も今のキムさんの概念と関連するところに全般的に同意します。これは科学的な概念ではなく現象的な概念でしかありません。その運動に携わっている側では、「障害民衆」という言い方をします。一般的な用語は「障害大衆」という表現を使い、民衆という言葉を大変重んじているので、運動関係者は「障害民衆」という言葉を使います。科学的に検証された用語ではありませんので、民衆主義の団体の代表格であるパク・ギョンソク先生に「ある学会報告でこういう単語を使いたいのですが、どうでしょうか」と問い合わせたところ「よい」とのお答えでしたのでそうしました。私がそういう用語を用いたのは、その運動団体を特定の色でラベリングするという意図ではありません。相手方に「このような単語を、暫定的に議論を展開するために使ってもいいですか?」と問い合わせたところ「使ってもいいです」との回答でしたので暫定的に用いただけです。

キム・ゾンハン:私のように、重度の障害をもっていて、なおかつ遅く自立運動に携わることになった者にとって、ユン先生の報告はいま自分がどこに立っているのかという現実を知るにあたって有益でしたので、それにかんしては感謝申し上げます。そして、これは長瀬先生に対するコメントですが、協議会/民衆主義と分けていますけれども、少なくとも私の団体では、ピアカウンセリングでは協力できる部分が両陣営にあると思います。

ユン・サモ:先ほど連帯できる可能性をコンテンツから見出そうと言いましたが、今のピアカウンセリングなどがそのコンテンツの一つではないかと思います。

イ・ソック:障害運動と言えば、言いたい事が山ほどありますが、どなたか質問などはありませんか?

立岩真也:もし時間をいただけるのであれば、かなり違う二つの質問をさせていただきたいと思います。一つは、いまの話の続きのようなものです。実はこの3〜4年、いろいろな方のお誘いを受けて、ユンさんの報告にあった二つの団体の双方で講演や講義をして参りました。そして私たちの大学院で博士論文を書いた鄭喜慶(ジョン・ヒギョン)さんが、今日お話しなさったことをより詳しく歴史記述されていますので、それが皆様の歴史認識に役に立てば幸いです。ちなみに彼女の場合は、前者の民衆主義については「部分運動」という用語を使っています。すなわち社会運動の全体のなかの一部に位置づけられるものとして存在している運動という意味で、部分運動としています。
 お話ししたい本題はこれからの話で、Aという価値観に対して論理的に非Aという価値観であれば、これは妥協の可能性は論理的にないわけです。しかし、私はそのような意味での対立というものは、このようにまとめられたなかには存在していないのではないかと思います。すなわち、一方で社会というものが大きく変わらなければ障害者の生存・生活が可能とはならない、容易にはならないという主張があります。そして、それと同時に障害(者)にかかわることについては自分たちがよく知っているから、まず自分たちが主張する、ものを言うんだということも、また正当だと思います。障害学もいろいろありますけれども、たとえばイギリスの障害学であれば、前者の命題を全面的に肯定すると思います。体制、大きな意味での社会経済システムが変わらなければ障害者のリベレーションはないという立場を、少なくともイギリス障害学のメインストリームは共有していると思います。もちろん私も、日本でも最後にはどういう理由で対立しているのか分からないような争いを見聞きしたり、ときには巻き込まれたりしてきました。ですから、戦線の統一というものが、けっして理論や理屈だけでうまく行くとは思っていません。もっといろんなアクシデントのようなものも含めた、過去のさまざまなことがあって今があるのだということは十分に承知しているつもりです。しかしその上でなお、それこそ障害学的にさまざまな傾向の団体が主張していることを見ていくと、それらは十分に全体として整合性が存在しうる、そういうものだと考えられますし、障害学はそのことを提起していくべきだと私は考えています。
 実際に私は喜慶さんの研究のおかげで予備知識がある程度あった上で両方の団体でお話をさせていただいたのですけれども、双方について、私の話に対する反応を含めて、非常に共通性が多いというか、私が外国人だということもあるのでしょうけれども、両方について違和感を感じたことはありません。このようなことを言っても、一朝一夕にすぐ物事がよくなるとは決して思っていないということは承知の上で、あえて一つ目の話をさせていただきました。
 二つ目の話はかなり違う話で、大野さんの報告にかんしてです。日本でもそうですが、どこの国でも障害の認定・判定にかんしては、多くの障害者たちが反感と疑問を感じ、かつ不利益を被っているのは確かです。そして大野さんが報告の後半で例示された基準(criteria)ですが、相対的にはいまの日本のものと比べれば使えそうだ、ましだという感じは確かにしました。ただし、障害学というのは現実に寄り添いつつも一旦距離を置いて、理論的な可能性を探るという、学問にはそうした機能と役割があるとも思います。これからお話しすることは、実は昨日の午後3時から同じ建物でお話ししたことと同じなので、たくさんの方には同じ話を二度聞かせてしまうこととなってしまい大変申し訳ありませんけれども、そうでない方もいらっしゃるので。一つの極論とあえて言ってもいいと思いますけれども、使った分だけについて支払う、欲しいだけ出す、という可能性について論理的に検討してみる価値はある、ということです。それは私が今年『差異と平等』という本で書いたことです。それは日本語しかないので韓国の方には読んでいただけないかもしれません。つまり、こういうことです。いろいろな場合、たとえばニセ患者の例や、それから多く得ようとする人たちがいるという話がありまして、それらがどういう場合に起こるかは分けて考えたほうがいい、という話です。お昼に韓国のCRPSの患者会の方と少しお話しさせていただいて、これは難しいなと思ったのは、徴兵逃れの問題でした。これは確かになかなか、どう考えればいいのか、と思いました。私も考えたことがなかったので。ただ、その、いわゆる社会サービスを、医療サービスと福祉サービスを含めてですが、われわれはそういったサービスをたくさん得られるならば得られるほどより幸福になると考えているかといえば、そうではないわけです。たとえば好きこのんで病院に行く人は、まあ普通はいないわけですよね。仕方がないから必要な分だけそのサービスを受けるという性格が、医療にはあります。実際に日本の医療保険では、自己負担分はありますが、基本的には「この病気についてはいくらしか出さない」とはなっていません。出来高払いのシステムで50年以上運営されています。それから類比的に考えてみると、社会福祉サービスもあればあるほどうれしいというようなものではないと思います。だとすれば、自己申告あるいは利用後に請求するという、普通に考えれば荒唐無稽に思われるかも知れない案も、論理的にはありうるということになります。もちろんそういったことをいま政府に要求しても聞いてくれないでしょう。そのおかげで私は政府の審議会などに入るチャンスがなくて、とても幸福なんですけれども(会場で苦笑)。ただ、少なくとも論理的にも現実的にもあり得る選択であるということを一方の極に置いて考え、そして今の不合理な現実を別の極に置いて考え、とりあえずその間のどのあたりに落としどころを作っていくのかという意味で、学問、disability studiesというものがおこなうことは、「この可能性もありじゃないか」と一つの限界を設定し、示すことです。もちろん現実にはそのとおりにはいかないにせよ、それを示すこと自体に意味があります。そこに、運動や政策とは別に、障害学というものが存在する意義があるのだと思います。長々と申し訳ありません。

イ・ソック:私は進行係ですので、自分の言いたいことを言うわけにはいきません。次からは進行係にはならないようにします(笑)。

イ・ヨンウ:少し補足しますと、ニセ患者の問題は、制度・システムで補うことが出来ると思います。疼痛患者の場合を例にすると、どのくらいの治療期間を受けたのかで、たとえば2年後に再判定して障害認定するといった案もあると思いますので、そのようなシステムでニセ患者は防止できると思います。

イ・ソック:他に誰か質問等はありませんか? ではそちらの方どうぞ。

森下直紀:森下と申します。ありがとうございます。先ほどの続きという感じになりますが、ニセ患者というのは、自分がそういう病気ないし障害をもっていると主張した場合に指摘されるものだと、思います。ですので、その背景には、自分の疾患ないし障害を主張できないたくさんの方々の存在があるのではないか、と思います。今日お話を伺ってみて、運動というものが一部のADA闘争に携わった方々から、より広く社会的地位の低い人たちも対象として拡大してきているというお話もありましたけれども、潜在的な障害者・患者も含めた方向性を目指されているのか、ということをお聞きしたいと思います。

通訳者:どなたにですか?

森下:ユン先生、そして大野さんに。

大野真由子:韓国と日本では若干状況が異なると思います。韓国では徴兵免除、補償を得られるといったように、CRPS患者は何らかのメリットを受けられます。しかし、日本にはそういったことはありませんので、(ニセ患者/潜在患者問題については)また少し話が違ってくるように思います。日本の場合、そもそも自分がCRPS患者であるということを知らない人──隠しているのではなく──がたくさんいます。ですので、日本に限っていえば、まず必要なのは社会的認知の向上だと思います。社会的認知の向上のためには様々な方法、たとえばメディアをつうじてという方法がありますが、とくに政策に乗れば社会の人々の認識が高まるという側面があります。もし日本でCRPS患者が障害と認定されて何らかの補償を受けられるようになったとしても、その人がCRPS患者かそうでないかということで、どこかしらで認定・線引き問題が起こってくるのではないかと思います。どんなに制度を整えてもそこからこぼれ落ちてしまう人は必ず出てくるので、そういった方たちに対する社会的な承認のあり方を政策・制度とは別に考えていかなければならないと思います。それについて韓国では社会的認知度が数年前と比較してずいぶん高まっていますし、アメリカでも同様の状況ですので、それらの国の患者会や支援者の方々がどのようにしてCRPSが社会的認知・承認を得られるような活動を進めてきたのかということについても私は研究しています。

立岩:いまのお答えの一部には論理的な矛盾があると思いますが、私はもうたくさん話したのでもう話しません。(と言いつつ)これは、シンプルに言えば、障害の社会モデルをきちんと徹底すればいいというのが一つの答えです。すなわち、原因が何であろうと実際に生活をいとなむ上で痛い、不便だ、苦しいということがあったときに、それを補う義務が社会にはある、とシンプルに言えばそれだけのことで、原因が何であるかということは本来、問題にならないはずです。だけれども、イギリス障害学のimpairmentとdisabilityという言葉の概念規定そのものの弱点でもありますが、あたかもimpairmentが特定されないとdisabilityという話にならないという仕組みになっているわけです。それは学の理解のなかにある問題でもあるわけですが、そういったややこしい話を脇に置けば、とにかく原因は何か分からないけれども身体が動かない、痛い、だからあそこまで行くにも自分では行けない、ということをわざと言いたい人がいるかと考えれば、そんなにはいないと思います。そうやって考えてみれば、実はCRPSかどうかの線引き問題は本質的なものではありません。いろいろと政策を進めていくなかではさまざまな問題が出て来ます。しかし障害学の基本的発想に戻って考えれば、そうした線引き問題は存在しないと言うことは出来るはずです。

イ・ソック:私は立岩先生のご意見に全面的に同意します。しかし時間の問題もありますので、質問は2分、回答は3分でお願いします。フロアの方もこちらにいらっしゃる報告者の方も、互いに質問・コメントなど可能なのでどうぞ。では長瀬さん。

長瀬:二度目の質問をお認めいただきありがとうございます。キム・ギョンミ先生による障害の社会的排除にかんする研究について、二つ質問させていただきたいと思います。一つ目は簡単な用語の確認で、「脳病変障害者」という用語を使っていますが、日本語ではあまりこの言葉は使われていないので、これをどのような意味で使っているのか、というのが一つ目の質問です。二つ目の質問は、一番最後の結論部分で、「本研究の実践的な課題として残されている点としては次の二つが挙げられる。第1に、始まったばかりの重度障害者による社会参加をいっそう強化するための戦略は何か。第2に、社会的支援と政策的恩恵から排除されたまま一時代を生きてきた障害者世代、すなわち1950年代以前に生まれた軽度障害者世代と1970年代以前に生まれた重度障害者世代の社会統合を実現する政策代替案は何か」ということを、これからの課題として挙げられていますが、何かヒントがあればお伺いしたいと思います。たんに障害者というのではなく、さらに具体的に世代等を丁寧に分析されてらっしゃるのは大変参考になりますので、もし可能であればこの二つの点について何かヒントをいただければ幸いです。

キム・ギョンミ:ご質問ありがとうございます。一つ目の「脳病変」というのは韓国の障害者福祉法で用いられている行政用語で、脳性マヒ、脳卒中、脳損傷を全て含んだ概念になります。二つ目の質問ですが、現在少々悩み・考えている最中ですが、近年社会的排除にかんする研究を進めていまして、今年は社会的包摂、Inclusionの研究に取り組んでいます。その社会的包摂のための戦略として考えていることの一つが、「個人別予算制度」です。現物・サービスを支給するのではなく、金銭を支給し各人が必要なサービスを購入するかたちの個人別予算制度を検討しています。そういった個人別予算制度を具体的な方策の1つとして考えていますし、障害者文化の変化・認識の改善が必要だとも考えています。
 いま私が研究をしながら韓国で起こっていることを観察してみると、たとえば「障害者福祉センター」が(韓国)全国に140ヶ所ありますが、その利用率が近年急激に低下しています。福祉センター利用者は、ほとんど知的障害者に限られるようになってきています。なぜかといえば、社会サービスが多様になって来たからです。外で自分が必要なサービスを買うことが出来るようになったのです。一例として理学療法・リハビリなどを見れば、かつては福祉センターでしかサービスを受けられなかったのですが、現在では病院など別の所に行っても必要なサービスを同じように受けられます。そのため福祉センター利用者が減少しています。
 このように変化している社会にあわせて、政策も認識も変化すべきであると私は思います。活動補助サービスとバウチャーサービスが障害者の生活を一変させてしまいました。全ての世代においてもっとも大きな影響をおよぼしたのは、活動補助サービスと移動権の問題だと思います。このような(新しい)政策のさらなる立案・実施が必要だと思います。
 これらの政策・サービスももちろん重要ですが、もっとも重要なのは認識の変化だと思います。社会全体で「社会は一つの共同体」という認識をもち、自分の生活・人生は一人だけで成立しているのではなく他人と密接に関連しており、自分一人で存在しているのではなく他人の助けがあってはじめて生かされている、という共同体としての認識をもつべきだと思います。韓国でも日本でも資本主義市場経済の論理が極端に強調され、人間性(ヒューマニズム)が破壊されています。その再建こそが回答になるかと思います。

イ・ソック:他に何か質問などはありませんか?ではどうぞ。

パク・ハンス:ソウルDPIのパク・ハンスと申します。香港は韓国の10年前に障害者差別禁止法が制定されています。しかし香港において、当事者集団よりも専門家集団の見解が優先される理由は何ですか? 実際に先月のアジア太平洋障害者大会には、香港の障害当事者団体は参加していなかったと思います。香港にはILセンターのような障害当事者の団体は存在していないのでしょうか?

後藤悠里:まず自立生活センターの件ですけれども、私の知る限りでは存在していないと思います。ただし、いわゆる自立生活センターは存在していなくても、実際に自立生活している障害者は存在していると思います。DPIも中国には存在しているが、香港ではなかなか出来ないと聞いたことがあります。私としても香港の事情は把握できない部分もあり、現在のところはないと聞いていますので、それをもって回答とさせていただきます。
 最初の当事者主義と専門家主義についてのご質問についてですが、10数年前の1995年の段階では、私がソーシャルワーカーの方から話を聞いたところでは、障害当事者がまだエンパワメントされていなかったということです。障害者差別禁止法の制定過程において徐々にエンパワメントされるようになり、当時活動の中心を担っていたソーシャルワーカーたちも最近は手を引くようになったという語りが聞かれました。正直なところ、当事者という言葉が日本・韓国・香港ではそれぞれ違っていて、香港ではほとんど用いられていないので、当事者という言葉がなにを意味するかというところから香港の場合は調査を進めなくてはいけない状況ですので、少し調査が遅れているというのが現状です。

イ・ソック:長瀬先生が香港にかんする補足説明をして下さるということです。2分でお願いします。

長瀬:香港の障害者運動は非常に活発です。イ・ソックさんも出席された、9月のジュネーブにおける障害者権利委員会での中国の審査のときに、香港の仲間に20名以上参加していただきました。私には国際障害同盟という立場もありますけれども、私どもは中国の審査において障害者自身の参加が非常に重要であると考えて、中国本土から障害者を呼びたいと考えました。けれども、それは政治的事情により実現しませんでした。私どもは6名の予算を確保して香港から障害者を呼ぼうとしましたが、香港の仲間たちは多額の予算を集め、20名以上の参加が得られました。これは、国連の審査にとって非常に重要な意味をもっていました。とくに知的障害当事者が参加し、かつ事前質問事項(list of issues)を知的障害者自身が作成し、絵で説明するものまで作成して参加されていたことには非常に強い印象を受けました。以上です。

イ・ソック:他に何か質問などはありませんか?ではどうぞ。

由井秀樹:由井と申します。非常に興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございます。キム先生にお伺いしたいのですが、先生の報告の冒頭でイギリスについての研究のお話があったかと思います。そのなかで、イギリスでは世代別に見た障害者の社会参加については医療が大きく関係していたという話だったと思います。この点にかんして韓国では、医療が世代別に見た障害者の社会参加にどれほど影響を及ぼしたのか、それともさほど影響を及ぼしていないのか、もしさほど影響を及ぼしていないのであれば、その点におけるイギリスとの違いは何かについて補足していただければと思います。よろしくお願いします。

キム・ギョンミ:イギリスの場合、1940年代生まれの世代から研究が行われました。彼ら彼女らは1940年代に生まれ、その直後から医療が急速に発展したため、多大な影響を及ぼすことになったと思います。韓国の場合は1950年代生まれの世代から始まったのですが、1950年代半ば以降の生まれの方が多い上に軽度障害者の方が多かったので、直接的な医療の影響は大きくなかったと思います。そしてインタビューするなかでも、医療が何らかの影響を彼ら彼女らに及ぼしたという話を聞くことはなく、逆に医療サービスを経験するなかで差別を感受し、その差別が続いているということが発見できました。医療にかんする差別はずっと続いていて、1950、60、70、80年代から今日に至るまで続いています。意外だったのは、あらゆる項目のなかでも医療における差別が非常に大きく深刻であったということです。医療サービスを受けながら医者と看護師からの差別は継続し、今までも存在してきたということを発見しました。意外に病院という空間は差別が非常に深いいところであると知るようになりました。それは医師−患者関係の特質ゆえに抑圧的な関係となったのかも知れません。そのなかでもとりわけ深刻であったのが、女性障害者が経験する医療上の差別でした。

イ・ソック:誰か質問はありませんか? 6時10分までなので、3分でお願いします。

大野:議論を前に戻してしまい申し訳ありませんが、水俣病でもCRPSでも、自分がその病気であるとわかっているにもかかわらず差別や偏見を恐れて言い出せない人と、そもそも病気であると認識していない人や医師の認識不足により認められない人がいるので、潜在的患者といっても2種類あると思います。日本でのCRPSをめぐる大きな問題は、後者のほうにあります。潜在的患者という言葉につられてしまい、CRPSの問題と障害とは何かという問題を混同してしまいましたことについてお詫び申し上げます。森下さんの潜在的患者を含めたものを考えているのかというご指摘についてお聞きしたいのですが、森下さんの言うところの「主張したいけれどもしない人」というのは、今回の私の報告に限っていえば、そもそも福祉サービスを受けようとしない人なので、認定基準の問題とはならないと思うのですが、具体的にはどのようなことを……。質問の意図をつかみかねているのですが……。

森下:では手短に申し上げます。2種類の潜在的患者が考えられると私も思っています。水俣病を例にお話ししますと、水俣病事件研究において、「潜在患者」とは水俣病による被害、または障害を認識しているけれども差別や偏見を恐れて主張できない人のことを指します。それと区別するために、私は「潜伏患者」という用語を暫定的に設定し、水俣病であるにもかかわらず、その身体的症状を水俣病と認識していない人々、あるいは将来水俣病が発症する可能性がある人々を対象として調査研究を開始したところです。その潜伏患者がなぜ存在しているのかといえば、やはり差別の問題、ニセ患者と呼ばれたくない、あるいは障害者と思われたくないというのが、大きな要因ではないかと現段階では考えています。

イ・ソック:皆様、長い時間お疲れ様でした。本日は非常に活発な質疑応答によって大変有意義な時間となりました。みなさんありがとうございます。こちらは通訳のお2人です。拍手をお願いします(拍手)。ロビーで写真撮影があります。撮影後夕食会会場へ移動となります。ありがとうございました。


[フロアの発言者]
桐原尚之 立命館大学大学院先端総合学術研究科
イ・ヨンウ 韓国CRPS協会
長瀬修 立命館大学生存学研究センター
キム・ゾンハン 障害者自立生活センター
イム・ドクヨン 立命館大学大学院先端総合学術研究科
立岩真也 立命館大学大学院先端総合学術研究科
森下直紀 立命館大学衣笠総合研究機構
パク・ハンス ソウルDPI
由井秀樹 立命館大学大学院先端総合学術研究科

生存学研究センター報告

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