第一部 ディスカッション

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イ・ソック:長瀬先生の発表内容と先ほど私が報告した内容を含めて、質問またほかの意見、コメントがありましたら自由に発言してください。それに関して議論し答える時間としたいと思います。

立岩真也:立岩です。1点だけ補足させていただきます。それから、今回お答えいただけなくても結構ですが、後で一つ教えていただきたいことを申し上げます。一つ目は、長瀬さんの報告のなかにもありましたけれども、ADAによって障害者の就業率が上がっていないどころかむしろ下がっているということです。このことはきちんと考えておいたほうがよくて。つまりこういうことです。障害者を雇用するためのコストがかかり、そのコストを企業自身が負担しなくてはならない。そうした場合に、同じ仕事を出来る人が目の前に2人並んでいたとして、企業はどちらを採用するか。おそらくコストのかからない人のほうを採用するわけです。それは不当だとBさん(障害者)は企業を訴えるかもしれません。しかし企業側は「そんな理由で雇用しなかったわけではない」と言い張り、それに反証することは非常に難しいわけです。このようなことになると、結局原告である雇用されなかった障害者が敗訴してしまうという、簡単といえば簡単な話であるわけですけれども、そういうことを一つおさえておく必要があります。そうすると、なすべきことはそれほど多くはありません。一つには雇用にかかわる費用負担の問題、先ほどイ・ソックさんが、報告の終わりのほうで政府の役割について述べていましたが、たとえばその部分にかんして政府が幾分か負担するならば、一定の効果があがるでしょう。そしてADA的な雇用政策のなかでは何か古くさいものとして雇用割当や雇用率の設定があるわけですが、そうとばかりは言えないということで、それらの組み合わせをどのように構想し実践していくかといったあたりが、障害学が政策に対して理論的に貢献できるところではないかと思います。
 もう一つは、後で今日の宴席でもどこでもおうかがいしたいのですけれども、以前から韓国が(障害をもつ)女性の条項を盛り込むことに対して積極的に動き、その結果当該条項が盛り込まれたということは聞いていますが、そのあたりの具体的な動向についてご存知の方がいらっしゃれば教えていただければと思います。というのも、私どもの大学院にバングラデシュの女性障害者について研究している院生がおります。彼女が自分の博士論文を書くなかで、韓国はなぜイニシアチブを取り、どのようにして条項が盛り込まれたのかを書けば有意義だということがあります。
 ということで、雇用の問題はADA的なスキームだけでは論理的に上手くいかないようになっているといったほうがいいだろう、と。それにプラスしてどのような政策を加えるのかということがあるだろう、という補足をしました。それから、簡単な質問を一つさせていただきました。以上です。

イ・ソック:立岩先生のご意見について何かお話しされたいことがありましたら、どうぞ。

長瀬修:ありがとうございます。長瀬です。1点目の雇用については立岩先生のおっしゃるとおりで、雇用率ないしアファーマティブ・アクションとして「量」を確保するという点と、差別禁止の合理的配慮をどのように組み合わせるのか、その際にいかにして企業の負担を減らすのか、という点が鍵になると思います。日本の場合は、雇用率政策のなかで納付金と給付金という、いわばアメとムチのかたちで企業からお金を集めて、それを企業に、中身としては合理的配慮の負担にあてるというかたちですでに政策が進められているので、それをどのようにして差別禁止の枠組みのなかに着地させるのかということが、大きな課題であると思います。
 2点目の韓国における障害女性についての取り組みについては、韓国の方のほうがお詳しいとは思いますが、私が特別委員会で見ていた範囲では、韓国の障害者団体と韓国政府の双方が、非常に積極的に障害女性について独自の条文として取り上げるべきだという意見を訴えていたのが印象的でした。政府も熱心で、確かハンさんという方だったと思いますが、国連の高等弁務官事務所に当時いらっしゃった方が政府側では積極的で、韓国のNGO側ではミヒョンさんだったと思いますが、車いすの女性で、その方が非常に熱心であったと記憶しています。ぜひそのことについては韓国側の方からさらに補足していただきたいと思います。以上です。

イ・ソック :障害女性条項についてはこの時間以外で、後でまた機会がありましたらお話ししたいと思います。別のご質問やご意見がありましたらどうぞ。

ユン・サモ:ユン・サモと申します。先ほど長瀬先生がご報告の最後で、2007年3月の「障害者差別禁止および権利救済にかんする法律」成立後に、韓国でどのような変化が起きたのかと質問されていました。私は全国の変化をまとめてお話しできる立場にはありません。しかし、私が現場で感じ見聞きしてきたことのいくつかをお話ししたいと思います。障害者差別禁止法は韓国にもアメリカにも存在します。法律による変化を理解するためには、単に条文を読むだけでは限界があると思います。国ごとにその法律が作られた歴史的な背景も違いますし、社会・文化も違います。また法律の技術的なことも違います。その他にもいろいろな違いがあります。
 たとえばアメリカのADAの場合、長瀬先生がおっしゃったようにアメリカ的な価値観に彩られています。自由主義的な価値がたくさん盛り込まれています。1964年のアメリカ公民権法制定時においても障害者の権利が主張されていたのですが、そのときは除外されてしまいました。人権国家を目指すアメリカでは、それは耐え難いことではないかと思います。障害者に対してかなりの圧力が加えられたそうです。ADAを主導した人たちは、事実、エリート障害者たちであり、レーガン主義者であって、 米国の障害当事者運動はむしろ70年代後半から積極的に展開されていて、ADAの制定過程では障害運動がすでにピークを過ぎて一旦衰退する過程にありました。よってADA成立の過程で(一握りのエリート以外の)障害当事者や米国障害運動の意見が反映されたとは言えません。むしろエリート層の障害者の意見が多く反映されました。また、アメリカでは訴訟を通じて権利を主張する側面があると思います。しかし韓国の場合はアメリカと状況が異なります。韓国では人権法の歴史自体が浅く、2007年に障害者差別禁止および権利救済にかんする法律が作られましたけれども、実は2001年からすでにエリート障害者たちを中心としない障害者大衆組織からそういった要求が出されるようになっていました。当時は、国会議員たちが関心を向けなかった時代です。7年もの間、多くの障害者団体による激しい運動・闘争があり、このような過程の結果として障害者差別禁止法が作られました。その草案作成の段階では、障害当事者や団体、運動家たちが直接作成し、もちろんその立法過程では草案は多く調整されましたけれども、そのイシューは障害者当事者たちと団体で草案を作るなかで浸透し、セミナーや議論会の開催、現場での大衆闘争という過程を経ていった側面があります。
 したがって韓国の障害者差別禁止法を理解するためには、その条文の内容の理解ももちろん必要ですが、実は作成過程において韓国の障害者運動と障害者当事者たちの政治的力量がどのくらい強化されたのかを理解することも大変重要なことだと思います。
 障害者差別禁止法が施行されて5年経過しましたが、韓国の裁判所で禁止法にもとづいて判決を下した事例はまだ1件もありません。それでも韓国社会では多くの変化が現在起きています。たとえば、障害者差別禁止法以前には障害学生にかんする教育法の問題がありました。「特殊教育法」という法律が存在し、それが適用されるかたちで彼らは教育を受けていました。特殊教育法は障害学生が一般の学校に進学する事と特殊学校に進学することを区分しなかったんですけれども、ほとんどは特殊学校に進学する傾向でした。しかし障害者差別禁止法が成立してからは、一般の学校が障害学生の入学を拒否することは法的に禁止され、その以後障害学生が一般学校に入学できないという事例はなくなりました。
 この意味で、教育の分野では本当に大きな変化があったと思います。情報へのアプローチについても大きな変化があったと思います。韓国にある全ての公共機関244カ所の地方自治体、その下の公共機関を含めれば数千に上りますが、そういった機関のすべてのホームページが変わりました。つまり、視覚障害者が利用できるシステムに変化したのです。今年からは銀行や大企業、民間企業がホームページの改変作業に取りかかっています。こうしたことは障害者差別禁止法があるので可能になったと考えられます。
 このような変化はすべての機関に及んでいます。私は昨日、大邱(テグ)で刑務所の刑務官を対象に、刑務所内で服役している障害者にについて講習(研修)をしてきましたけれども、そういったものは年間数千件も実施されています。すべての学校で教師や学生たちが障害者差別教育を受けていますし、公務員もそうです。昨日のように刑務官も教育を受けています。このような教育は、障害者差別禁止法にもとづいています。しかし、私が大邱に行ったとき、刑務官の人たちの大変困惑していることに、収容されているある重度の障害者が話題に上りました。日本の方もご存知かも知れませんが、チェ・チャンヒョン という人です。彼はかなり重度の脳性マヒ障害者ですけれども、障害運動に関連して収監されています。この方をケアできるシステムを刑務所では備えていないため、もちろん差別禁止法にもとづいて特別な配慮が出来る部屋は設けられましたけれども、活動補助サービスなどさまざまな医療的サービスが整っていないため、刑務官たちもどうすればいいのか分からず困惑していました。そういったことについて話し合いながら刑務所と障害者団体、そして大邱国家人権委員会が協力して、この問題をどのようにアプローチすべきなのか、またケアの方法および対処法、そして今後もっと協議すべきことについても話し合いをおこないました。
 また、韓国では(アメリカのように)訴訟をつうじて障害者の権利が保障されるというよりも、障害者運動が非常に強力ですので、障害者を差別する形態が現れたら、特定の公共機関や障害者施設、民間企業に対して、障害者たちは訴訟を起こすというよりも、直接に差別禁止法にもとづき圧力をかけるようなかたちで対処する方法を取っています。そのような側面からみると韓国の障害者差別禁止法というのは、(差別に対して)一定のアクセシビリティのようなもとを改善させる効果もありますが、むしろそれより障害者当事者の政治的エンパワメントを強化させる役割を果たしていると私は考えています。以上です。

長瀬:ユン・サモ先生のご説明、大変参考になりました。ありがとうございます。とくにいまお話を伺っていて非常に興味深く思いましたのは、韓国の差別禁止法にもとづいて教育や情報面での設備整備がなされたこと、そして昨日大邱で行われたという研修です。
 その点については日本でみなさんに応援していただきたいのですが、差別禁止法が仮に来年成立したときに、その中身がおそらくそれほど強いものにはならないのではないか、と心配しています。ただ、研修の部分についてはおそらくそれほど抵抗がないのではないかと考えています。研修をいかに活用していくか、それによって社会全般の意識をどのようにして変えていくのかといったことについて、主たる柱にはそれほどならないでしょうけれども、研修に私は期待しています。それはたとえば、1995年のイギリスにおいて当時の「障害にもとづく差別をなくす法律」にもとづく「障害平等研修」が公的機関を中心に広まったとうかがっています。そのイギリスの障害平等研修(Disability Equality Training:DET)のなかでは、障害者自身が講師となって研修を実施することが推進されたとうかがっています。
 ですから、日本でも来年、幸い差別禁止法が成立するのであれば、そのなかにきちんと研修にかんする規定を盛り込んで、それを実施する際にはいままでのように障害者ではない人が講師となるかたちではなく、障害者自身が講師となって差別禁止にかんする研修を進めるようになることを願っています。
 もう1点、イ・ソックさんのほうのものについて触れさせていただきたいと思います。日本の場合、制度改革の第1弾が障害者基本法の改正というかたちで実施され、そこから逆に、たとえばユン・サモ先生がおっしゃった教育の部分も変える、というかたちになっています。日本の場合は、主戦場というか、主な対決の場面は基本法改正のなかでありました。たとえば、インクルーシブ教育の推進について基本法のなかでどのように規定するのかについて、制度改革の主役を担った推進会議の場で、具体的に言えば文部科学省と推進会議の大多数の意見が対立しています。そのなかで文部科学省と改革しようとする勢力が、当然ですけれども妥協するかたちで、いままでよりは障害のある子どもさん本人と保護者の意見が尊重されるように、と少しだけ前進して、これを具体的に個別法である学校教育法の施行令にどのように反映させるのかについて、いま綱引きをしている状態です。文部科学省側は、政権交代で保守政権になれば改革の力は弱まるであろうことを見越して時間稼ぎをしているのだろうと思います。
 韓国では差別禁止法を先行して成立させたということがあるので、逆にその後で基本法を制定する意味をどのあたりに置いているのかな、ということを素朴な疑問として感じました。韓国の場合、個別の、たとえば差別禁止法のように非常に先進的な取り組みも間違いなくあるわけですから、戦略としてそのような先進的な部分を政策全般に反映させるために基本法を新たに制定するという位置づけなのでしょうか。私の立場で質問していいのかどうかは分かりませんが、質問です。確かに日本の場合は基本法のなかで不十分ですけれども差別禁止、自立生活、インクルーシブ教育を盛り込んで、そこから個別法である学校教育法の改正に取り組んでいるという状態なので、韓国の場合はイ・ソック先生がおっしゃった「ビジョン」という点において、個別部分の非常に進んでいる部分を全体に広めるために基本法制定を目指しているという位置づけなのか、もしよければお尋ねしたいと思います。

イ・ソック:実は、午後1時までこちらの会場を利用できるのですが、いまから1時までポスター報告の発表をしたいと考えています。そのポスターの説明をする過程で、長瀬先生のご質問も含めて討論をしたいと思います。この報告と討論はこのあたりで終了させていただきたいと思います。また、こちらのほうで簡単な昼食を用意しました。食事しながらポスター発表を進めたいと思います。その過程で、先生方からいただいたコメントや質問などについても話をしたいと思います。それではみなさま、午前中の報告はこれで終わりとさせていただきたいと思います。ありがとうございました(拍手)。

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