第一部 障害者の権利条約と障害者差別禁止法制実施の課題 ――韓国の経験から何が学べるのか

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 「障害学国際セミナー2012」では、午前から午後にかけて、韓国と日本の多様な研究報告があり、活発な議論がなされた。午前は、本セミナーのメインセッションでもある「障害者権利条約履行のための国内法研究」をテーマに、長瀬修氏(立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究センター特別招聘教授)、イ・ソック氏(韓国障害者財団事務総長)による報告がおこなわれ、その後フロアを交えたディスカッションがなされた。
 長瀬氏の報告は、講演を文字におこしたものと当日配布された資料をもとに、イ・ソック氏の報告は配布された日本語原稿を掲載した。ディスカッションは当日の音声データを文字におこしたものである。



障害者の権利条約と障害者差別禁止法制実施の課題
 ――韓国の経験から何が学べるのか

長瀬修
(立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究センター特別招聘教授)


0 はじめに

 こんにちは。みなさんはじめまして。長瀬です。韓国語ができませんので、日本語で話をさせていただきます。今年は、普通の年よりも韓国に来る機会が多くなりまして、今回が4回目の韓国訪問になりますが、今回は三つの大きな目標があります。一つ目はトッポギを久しぶりに食べるということで、昨日すでに達成いたしました。二つ目は、去年ぐらいからちょっとハマっている「チムジルバン」に行くという、これも重要な目的だったのですけれども、早速昨夜のうちにしっかりと、ありがたい歓迎会の後で、すでに行かせていただきました。「シルラ」というところです。非常によいところですので、皆様にもおすすめしたいと思います。そしてもちろん三つ目の、一番肝心なのがこの報告です。この報告を忘れていたわけではありません。しっかりと、これが一番大事な今回の役割だと思っております。
 昨年の3月11日に、日本は大きな震災に襲われました。私自身も被災地の一部である青森県八戸市の出身で、実際におばの家も膝の上くらいまで津波がやって参りました。非常に多くの人命が失われる、私たちにとっては非常に大きな出来事でした。また、この経験のなかで、被災地では障害のある住民の死亡率がその地域の住民の2倍という、非常に悲惨な実態が明らかになってしまいました。そのときに、韓国の皆様から人的にも物的にもさまざまな支援を頂いていることをありがたく思いました。残念ながら両国の間には歴史の問題、また島の問題があります。それを否定できないと思います。しかし、私どもが取り組んでおります、「障害」という分野のなかで協力できることがたくさんある、と私は固く信じております。その意味で、今回の第3回日韓障害学国際セミナーが開催され、こうして韓国の皆様と議論を交わす機会が得られたことを、心から感謝申し上げます。

 それでは本題に移りたいと思います。まず、「差別禁止法制」の位置づけというところから入りたいと思います。今スクリーンでご覧いただいているのは、アメリカの障害者差別禁止法、ADAと呼ばれていますけれども、ADAが1990年7月26日にホワイトハウスにおいて署名されたときの写真です。真ん中にジョージ・ブッシュ(シニア)大統領がいて、その両側に共和党を支持する障害者のリーダーが写っています。ADAだけが国際的な差別禁止法制の流れを作ったわけではありません。しかし、ADAが大きな流れを作ったこともまぎれもない事実であると思います。このADAについて、アメリカ障害学会の会長を務めていたアドリアン・アッシュは次のように述べています。

 ADAは、米国の思想を多くの点で象徴しています。一つは、徹底した個人主義。カウボーイ的発想。つまり、自分のことは自分で出来る、という思想です。これを言い換えれば、米国の共和党的な発想と呼ぶことが出来るかもしれません。もう一つは、政府が個人の生活を変えることが出来る、という思想です。後段の部分は、現在再選されたオバマ大統領を含む、米国の民主党の思想ということが出来ると思います。
 90年のADAに対する米国の障害学者の意見は、ご存知のとおり多様です。ただし、少なくとも、共和党的な、米国の文脈のなかでの保守的な思想が差別禁止法を支持したということは、見逃すことの出来ない点であると思います。もちろん、政府が個人の生活を変えることが出来るという考え方に則ったアメリカの民主党の支持者たちは、ADAのような差別禁止法を強く支持していました。しかし同時に、保守的な共和党もこの差別禁止法を支持したことが、私は興味深い点であると思いました。
 日本ではまもなく総選挙が行われます。そのことは、今日のテーマである障害に基づく差別を禁止する法律が日本で出来るかどうかに、非常に大きな影響を与えます。現在の日本の民主党政権は、障害に基づく差別を禁止する法律を作るという方針を掲げています。2年前にそうした内容の閣議決定を行っています。しかし、来月の選挙で民主党は政権の座から降りることになると思います。そして次の政権は、自由民主党を中心とする保守的な政権に代わることが予想されています。その保守的な政権、自由民主党は、障害に基づく差別を禁止する法律には反対の立場を取っています。そういう方々の話をうかがうと、「日本の文化・伝統のなかで、障害者の問題を権利や差別禁止の文脈に置くことはふさわしくない」したがって「障害者に対する差別を禁止する法律にも反対である」という意見が、残念ながら自由民主党の中では主流のように聞いております。この日本の保守党である自由民主党と、米国の保守党である共和党の差別禁止に対するアプローチの違いがどこから生まれて来ているのかは、私もまだ十分に把握できていませんが、同じ保守思想として括られる考え方のなかにもさまざまな違いがあって、それが具体的な差別禁止法に対する態度の違いとなって現れているのだろう、とだけは申し上げられると思います。 
 もう一点、そのアメリカのADAに対する評価、とくにアメリカの障害学者のあいだでADAに対する評価が分かれている点と、この保守思想とも関連があるかもしれません。たとえばMarta Russell、あとは亡くなりましたけれどもHue Gregory Gallagherのように、ADAのような法律というのは、アッシュが述べた前半部分の徹底した個人主義、自分のことは自分で出来る、そのための環境整備を差別禁止法は行うが、環境整備が出来た段階で、その後で「障害者予算を増やしてくれとは口が裂けても言うなよ」という取り引きが、障害者のリーダーと共和党の間であったのではないのかという、非常にシニカルな見方をする論者もいます。他方でそれに共鳴するような評価も、90年代以降の日本の障害学に関する文脈のなかであったのも確かです。ただ、たとえば杉野昭博等は、過大に差別禁止を位置づけることも危険ではないかということを述べていて、私もどちらかというと杉野さんのような意見に近いわけです。
 と申しますのは、今の日本の障害者制度改革のなかで、最後の大きな柱として障害者差別禁止法が位置づけられているからです。先ほど申し上げましたように、日本の政治状況が動いているなかで、来年に障害に基づく差別を禁止する法律が成立するかどうかは非常に危うい状態です。
 しかしその前の段階から「差別禁止の法律を作ることでどういう効果が生まれますか?」という質問を非常に多く受けました。これは今日私が一番みなさんに、とくに韓国のみなさんにお伺いしたい点ですけれども、韓国において障害者差別禁止、そして救済の法律が出来たことでどのような変化があったのか。さまざまな変化があっただろうと思います。それをお伺いしたいと思います。ただ、日本の文脈で考えたときに、「障害に基づく差別を禁止する法律が出来たときに、どういう風に変わりますか?」と日本の方から質問を受けたときに、私はいつも冷たい答えしか返せませんでした。「良かれ悪しかれ、そんなに違いはありませんよ」「障害者差別を禁止する法律が日本のなかで出来ても、大した違いはありませんよ」と。企業関係者の方に申し上げるときには「みなさん心配する必要はありませんよ。どうせ出来てもそれほど強い法になりませんから」という感じです。「皆さん心配しないでください。だから反対しないでください」という文脈になりますし、障害者の方でしたら「まあ、みなさんはもともとそんなに期待されていないだろうと思いますけれども、念のために申し上げますと、この法律が出来たからといって、一朝一夕に、非常に革命的なことが起こるというような期待はゆめゆめなさらないでくださいよ」となります。世界のなかで、障害者差別を禁止する法律を作った国は、ADAの米国をはじめそれなりにあるわけですけれども、その国の仲間から話を聞いても、非常に効果的で、それによって生活のいろいろな場面がすぐに変わったという国はどうもなさそうです。ただ「障害者の権利条約」のバックボーンである「社会モデル」を社会政策のなかに反映させるためには不可欠な仕組みのひとつであることは間違いありません。日本はすでに障害差別禁止法の制定を求める国連からの勧告を受けている立場です。そして権利条約を実施するうえで、たとえば第5条の「差別をなくす」というところから考えれば必要であるのは間違いありません、と答えます。しかし、それによってみなさんの生活がどれだけ変わるかは、非常に疑問があります。そんなに期待なさらないでください、という話をいつもせざるをえません。

1 障害者差別禁止法制と障害者の権利条約(2006年12月採択)
  批准に関する日韓の歩み

 ここで権利条約と差別禁止のほうに話を移したいと思いますけれども、その前に、今スクリーンでご覧いただいているのは、「障害者の権利条約」交渉が2002年から2006年まで国連本部で行われたときの、韓国の政府代表の方の写真です。イ・イクソップ先生は障害者団体の代表という立場でいらっしゃいましたけれども、韓国の政府代表として国連の場でも大変積極的に発言していただきました。先生がすでにいらっしゃらないというのは大変残念です。先生には条約を作るという過程だけではなく、条約の実施においても引き続き、活躍していただきたいと願っていました。韓国の存在感はこの条約交渉においても大変大きいものがありました。それはたとえば第6条の障害女性に関する条文、またアクセシビリティや移動に関する条文についても、とりわけ韓国の貢献は非常に大きかったと思います。そしていま現在も、障害者の権利条約の国際的モニタリングの主要な役割を担っている「障害者の権利委員会」に、韓国からキム・ヒョンシク先生が選出されて活躍されていらっしゃるのは大変ありがたく思います。
 最初に障害者差別禁止法制と権利条約批准にかんする日韓のあゆみを簡単にまとめてみました。90年のADA成立があって、差別禁止法制の国際的な流れが出来ました。そして2006年に権利条約の採択がありました。韓国はその後非常に早いタイミングで、2007年の3月に「障害者差別禁止および権利救済に関する法律」を成立させています。日本ではとくに、DPIのチェ・ヨンボン(崔栄繁)さんが積極的にこうした韓国の動向をまとめて紹介してくださって、非常にありがたく思います。権利条約の動向に戻りますけれども、2007年の3月、この日に署名開放が行われたわけですけれども、韓国はジャマイカなどの国と一緒に一番最初に署名しました。日本は同年9月に署名まではこぎつけています。そして翌年2008年に韓国の差別禁止法の施行が行われていて、韓国は同年に条約に批准しています。
 2009年の3月に、日本では大きな動きがありました。2009年の3月、前回の総選挙があった年の春ですけれども、自民党と公明党を中心とする政権は、日本として条約の批准が出来るということで、2009年の通常国会に批准案件を提出するという動きを見せました。これに対して日本の障害者団体は批准に反対する動きをいたしまして、幸いなことに批准阻止に成功しました。海外の友人たちからはよく「なぜ日本の障害者団体は批准に反対したのか」と聞かれましたけれども、日本の場合は条約の批准前に大きな制度改革を行うという、どちらかといえば少数派の国々に属するため、障害者団体は形式的な批准に反対したという経緯があります。実質的な制度改革、 政策変更を伴わない形での条約批准には反対、とりわけ障害差別禁止法が成立しない段階での批准に障害者団体が反対しました。幸いなことに当時の与党の公明党と野党の民主党がその主張に耳を傾け、とくに与党の公明党が理解を示したために与党全体の合意が成立せず、2009年3月の批准は阻止されました。その後の日本側の動きを見ますと、新政権が2009年9月に成立しました。ちょうど丸3年になりますけれども、ここでマニフェストに障害者の権利条約実施のための国内的政策変更を掲げた政権が成立して、そこから本格的な障害者制度改革が開始されました。そして2010年6月に、先ほど申し上げました障害者制度改革の推進のための閣議決定がなされ、障害を理由とする差別の禁止に関する法律を作ります、ということが政府の方針として掲げられたという経緯があります。
 時間軸を追ってご説明申し上げますと、昨年6月には、韓国ではすでに第1回の「障害者の権利条約の実施に関する報告」というものを出しています。今日みなさんにお配りした資料のなかでは、とくに差別禁止法に関する英文ですけれども、資料として付けさせていただきました。
 日本側の動きに戻りますと、2011年に「障害者基本法」の改正が行われました。これが制度改革の大きな柱の1つで、このなかで合理的配慮がないことが差別であるということが初めて日本の法律のなかで規定されました。これは障害者の権利条約にのっとったものです。そして来年(2013年)、閣議決定どおりであれば、障害者差別禁止法が国会に提出されるという流れですけれども、それに向けて障害者政策委員会の差別禁止部会が「『障害を理由とする差別の禁止に関する法制』についての差別禁止部会の意見」を2012年9月14日に出して、内閣府が法案づくりに取り組んでいるという状況です。

2 韓国障害者差別禁止法の構造

 日本の障害者差別禁止法を作るにあたって、先進例である韓国の事例を参考にして議論が進められました。実際にチェ・ヨンボンさん等が韓国の差別禁止法について、障害者制度改革推進会議やその後継組織である障害者政策委員会で報告するということがございました。これについてはみなさんのほうがお詳しいと思いますので、省略させていただきたいと思います。

3 障害者政策委員会差別禁止部会『「障害を理由とする差別の禁  止に関する法制」についての差別禁止部会の意見』の構造

 日本が韓国のことも参考にして現在作成中の差別禁止法の構造について簡単にご紹介申し上げたいと思います。第1章が総則、その第1節が理念・目的、第2節が国等の責務、第3節が障害に基づく差別、第2章が各則と呼ばれるそれぞれの分野に関する規定で、第1節が公共的施設・交通機関、第2節が情報・コミュニケーション、第3節が商品・役務・不動産、第4節が医療、第5節が教育、第6節が雇用、第7節が国家資格等、第8節が家族形成、第9節が政治参加(選挙等)、第10節が司法手続き、そして第3章として紛争解決の仕組み、ということが取り決められています。全体については詳しく申し上げることが出来ませんけれども、障害そして障害者の概念・定義と差別について、次に移りたいと思います。

4  障害、障害者の定義と差別

 今回の韓国もそうですし日本もそうですけれども、障害者の権利条約の実施が至上命題とされています。ご存知のように、権利条約の第1条で社会モデル的な定義、定義というのは言い過ぎで、概念提示がここではありました。条約交渉の過程のなかで、障害や障害者の定義ということではコンセンサスが得られず、第1条で概念を示すという形になったのが以下の文章です。

障害(disability)のある人には、長期の身体的・精神的・知的または感覚的な機能障害(impairment)のある人を含む。これらの機能障害は種々の障壁と相互に作用することにより、機能障害のある人が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げることがある。

 こうした定義といいますか、概念になりました。この中に「種々の障壁」ということが含まれているので、広い意味での社会モデルということが出来るのではないかと思います。
 韓国の障害者差別禁止法の定義を見ますと、第2条で「この法で禁止する差別行為の事由となる障害とは、身体的・精神的損傷、または機能喪失が長期にわたって個人の日常または社会生活に相当な制約を招く状態をいう」。そして「障害者とは、第1項による障害がある人をいう」となっています。この意味で、障害と障害者の定義は医学モデルによる定義だと申し上げられるかと思います。ただし、第4条の「差別行為」、そしてとくに第6条の「差別禁止」のところで、「何人も障害または過去の障害経歴、または障害があると推測されることを理由に差別をしてはならない」という、いわゆる見なし規定が含まれていることによって、社会モデル的な考え方が韓国の障害者差別禁止法のなかには反映されていると申し上げられると思います。
 ひるがえって日本のほうを見ますと、昨年改正された障害者基本法のなかに、障害者の定義がございます。

身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)、その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する)があるものであって、障害および社会的障壁により、継続的に日常生活または社会生活に相当な制限を受ける状態にある者をいう。

 このように、障害者の定義のなかに社会的障壁を盛り込むことが実現出来ました。社会的障壁の定義が「障害のある者にとって、日常生活または社会生活を営む上で障壁となるような、社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう」という定義になっていますので、条約に従った社会モデル的な定義に移行したと言えると思います。
 それを実際に差別禁止の文脈に置き換えようとするのが差別禁止法ですが、そちらについては障害者政策委員会が9月にまとめました差別禁止部会の意見のなかで、以下のように述べています。

本法の基本的概念である障害の意味については、誰しもが理解しうる一定の明確性が確保される必要がある。その観点に立つと、障害のなかに社会的障壁を盛り込む障害者権利条約上の障害の考え方を考慮しつつ、機能障害(impairment)に重きを置いた障害者基本法の障害の考え方のほうが、障害の内容を分かりやすくより明確なものとして提示できると思われる。そうした点を鑑みると、本法においては心身の機能を中心とした障害概念を採用することが妥当である。

 こうした結論を差別禁止部会は出しています。ですから、そう見たときには、韓国の障害者差別禁止法と同じように、impairmentを中心に定義をするという形で、日本の差別禁止法も方向性が示されております。

5 差別禁止法制の実効性:おわりに

 最後になりますけれども、まとめに移りたいと思います。差別禁止法の実効性、いちばん最初に「差別禁止法が出来たらどういう風に変わるのか」という質問に対して、少しでも答えを伝えたいと思って考えてみました。米国のADAについては非常に意見が分かれているという点は申し上げました。米国のADAに関する論点の一つは、ADA以前も以降も、米国の障害者の就業率はずっと低下していることです。論点は何かというと、低くなったのは、合理的配慮を義務づけたことによって企業は障害者を雇う意欲を失った、だからADAは障害者の就労を妨げるという意味でマイナスの効果があったという議論と、それに対してADAには力がない、ADAがあろうがなかろうが障害者の就労率はいずれにせよ下がっていただろう、というものです。だからADAに力があったという風に見るならば、そのせいで障害者の就労率はさらに下がった、もしくはADAに力がなかったからいずれにせよ障害者の就労率は下がり続けた、という議論が戦わされていて、その結果どちらに軍配が上がったかは私には分からないですが、そういう議論自体が行われているということを最初に読んだときには大変大きなショックを受けました。
 しかし、たとえば1999年のオルムステッド判決のような、障害者を不必要に施設収容することはADAに違反するというような形で、地域生活、すなわち後の権利条約の19条をADAが支援するという形で、おそらく当初はそれほど意識されていなかった側面において、差別禁止という法律が、地域生活・脱施設化にプラスの役割を果たしたというような点は、明らかにプラスではないかと思います。ただ、全般的にはADAにもとづいてさまざまな訴訟を起こしても、圧倒的に障害者側が負けているという数字があります。実際に訴訟文化の米国のなかでの話かもしれませんけれども、法的に裁判の基盤となって、裁判に訴えることが出来る理由としてADAを活用するということは、少なくとも障害者側が期待したほどには上手くいかなかったということです。それを是正するために、後にADAの改正法が作られたわけです。ADAの一番の成果として挙げられているのは、社会全般において障害者に対する差別はいけないという意識が定着したことだと米国の論者たちは述べています。それが一番の成果ではないかと。もしかすると、たとえば地域生活とそうした意識向上の面での効果があったのではないか、と言われています。
 韓国の場合、みなさま方からお伺いしたい点は、いま日本は、まさに障害者差別禁止法を、非常に厳しい政治的環境のなかではありますけれども作ろうとしていて、そのときに、実際に韓国の障害者差別禁止及び権利救済法を実施した経験のなかで、どのような点が実際に障害者の生活に変化をもたらして来たのか、そういった点を今回のセミナーとその後の交流を通じてうかがわせていただいて、これからの日本の取り組みに活かしていくことが出来ればと思っております。韓国については、先ほど申し上げた障害者の権利委員会に関する政府の報告がありますけれども、それらを見ると、障害者に関する苦情申し立ての数が圧倒的に増えている、約10倍に増えているということです。これは障害に基づく差別ということについて、韓国のなかで意識が非常に向上したことによって苦情申し立てが起きているのではないかと考えられます。これはもしかすると、ADAの成果の意識向上とも重なるかもしれません。
 また日本の場合には国単位での実効性のある障害者差別禁止法制はありませんが、千葉県という一地方自治体が先行して障害に関する差別を禁止する内容を──弱いものですけれども──含む条例を施行しています。そこで千葉では何が変わったのかを見てみますと、やはり障害に関する相談の件数が非常に伸びているということが報告されています。条例がないときには、障害について、学校のことでも職場でも、困ったときになかなか相談しようという気にならなかった。また相談しようと思ったときにも、どこに相談すればいいのかが分からなかった。しかし千葉県で条例が出来た後は、どこに相談すればいいのかが分かるようになって、その点では相談件数が伸びたという報告が出ております。韓国の皆様から、韓国での実施状況についてこれからおうかがい出来ればと思います。
 ご清聴ありがとうございました。
[当日配布資料]

 「ADAは米国の思想を多くの点で象徴しています。一つは徹底した個人主義、カウボーイ的発想つまり、自分のことは自分でできるという思想です。もう一つは、政府が個人の生活を変えることができるという思想です」
アドリアン・アッシュ米国障害学会元会長
(アドリアン・アッシュ、2000、「米国の障害学」、倉本智明・長瀬修編著『障害学を語る』エンパワメント研究所、50-51頁)

 1. 障害者差別禁止法制と障害者の権利条約(2006年12月採択)批准  に関する日韓の歩み
(ア) 1990年7月26日 米国障害者法(ADA)成立
(イ) 2006年12月16日 障害者の権利条約(CRPD)採択
(ウ) 2007年3月6日 「障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律」成立(韓国)
(エ) 2007年3月30日 韓国政府、条約の署名(署名開放日)
(オ) 2007年9月28日 日本政府、条約の署名 
(カ) 2008年4月11日 「障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律」施行(韓国)
(キ) 2008年12月11日 韓国政府、条約批准
(ク) 2009年3月上旬 日本政府批准の動きと障害者運動による批准阻止
(ケ) 2010年1月12日 障がい者制度改革推進会議第1回会合
(コ) 2010年6月29日 「障害者制度改革の推進のための基本的な方向 について」(閣議決定)において、「障害を理由 とする差別の禁止に関する法律の制定」
(サ) 2011年6月22日 韓国政府障害者の権利条約第1回報告提出 (CRPD/C/KOR/1)
(シ) 2011年7月29日 障害者基本法改正成立
(ス) 2012年9月14日 障害者政策委員会差別禁止部会『「障害を理由と する差別の禁止に関する法制」についての差別 禁止部会の意見』

 2.韓国障害者差別禁止法の構造
第1章 総則
第1条 目的
第2条 障害と障害者
第3条 定義
第4条 差別行為
第5条 差別判断
第6条 差別禁止
第7条 自己決定権及び選択権
第8条 国家及び地方自治団体の義務
第9条 他の法律との関係
第2章 差別禁止
第1節 雇用
第2節 教育
第3節 財と用務の提供及び利用
第4節 司法・行政手続及びサービスと参政権
第5節 母・父性権・性等
第6節 家族・家庭・福祉施設・健康権等
第3章 障害女性及び障害児童
第4章 障害者差別是正機構及び権利救済等
第5章 損害賠償、立証責任等 
第6章 罰則

 3.障害者政策委員会差別禁止部会『「障害を理由とする差別の禁止に関す  る法制」についての差別禁止部会の意見』の構造
第1章 総則
第1節 理念・目的
第2節 国等の責務
第3節 障害に基づく差別
第2章 各則
第1節 公共的施設・交通機関
第2節 情報・コミュニケーション
第3節 商品・役務・不動産
第4節 医療
第5節 教育
第6節 雇用
第7節 国家資格等
第8節 家族形成
第9節 政治参加(選挙等)
第10節 司法手続き
  第3章 紛争解決の仕組み

 4.障害、障害者の定義と差別
(ア) 障害者の権利条約(第1条)──社会モデル的な定義
障害〔ディスアビリティ〕のある人には、長期の身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害〔インペアメント〕のある人を含む。これらの機能障害は、種々の障壁と相互に作用することにより、機能障害のある人が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げることがある。
(イ) 韓国の障害者差別禁止法──医学モデルの定義と社会モデルのみなし規定
○1第2条(障害と障害者)
1) この法で禁止する差別行為の事由となる障害とは、身体的・精神的損傷又は機能喪失が長期間にわたって個人の日常又は社会生活に相当な制約を招く状態をいう。
2) 障害者とは、第1項による障害がある人をいう。
○2第4条(差別行為)
*直接差別
*間接差別
*正当な便宜供与の拒否
*過度な負担や著しく困難な事情がある場合は差別ではない。
*差別行為が特定の職務や事業遂行の性質上、不可避な場合。
○2第6条(差別禁止)
何人も、障害又は過去の障害経歴又は障害があると推測されることを理由に差別をしてはならない。
(ウ) 日本の改正障害者基本法(第2条)
一 障害者 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
二 社会的障壁 障害がある者にとつて日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。
(エ) 『「障害を理由とする差別の禁⽌に関する法制」についての差別禁止部会の意⾒』
*「障害」とは
……本法の基本的概念である「障害」の意味については、誰しもが理解し得る一定の明確性が確保される必要がある。
そういった観点に立つと「障害」の中に社会的障壁を盛り込む障害者権利条約上の「障害」の考え方を考慮しつつ、機能障害(インペアメント)に重きを置いた障害者基本法上の「障害」の考え方の方が「障害」の内容を分かりやすくより明確なものとして提示できると思われる。
また、憲法や諸外国の立法例を見ても、差別が禁止される事由は、性や人種等に見られるように、個人に関係した属性であり、それらの事由により差別されないとされている。したがって、本法においても、個人の属性といった観点から「障害」が定義されることが求められる。
このことは、個人の属性に社会的不利の原因を求めるものではなく、差別という社会的障壁の発生の契機となる事由を特定するに過ぎないものであるがゆえに、社会モデルの考え方と相反するものではない。
そうした点に鑑みると、本法においては、障害者基本法を前提とした上で、心身の機能の障害(インペアメント)を中心とした「障害」概念を採用することが妥当である。
    *「障害に基づく差別」とは不均等待遇(直接差別、間接差別、関連差別)と合理的配慮の不提供(ただし、過度な負担が生じる場合は例外)
     
 5.差別禁止法制の実効性
 (ア)ADA
*米国の障害者の就業率の低下
*地域生活(1999年、オルムステッド判決)
*意識向上の成果
 (イ)韓国の障害者差別禁止法の実施から得られる教訓とは何か
*障害に関する苦情申し立ての圧倒的増加、約10倍増


(注記)本稿での障害者の権利条約訳は川島聡・長瀬修仮訳(2008年5月)、韓国の障害者差別禁止法訳は崔栄繁訳(2011年3月)を使用している。

[資料]韓国政府障害者の権利条約第1回報告提出(CRPD/C/KOR/1)より抜粋

Article 5 – Equality and Non-discrimination

▪ The number of disability discrimination complaints received by the NHRC from April 2008 to September 2010 after the enforcement of the ARPDA stood at 2,938, a figure that is about 4.6 times that of the 630 cases received for about six years before the act was enforced. In addition, as shown in the below Table 4, the average number of complaint cases per month from April 11, 2008 to September 2010 was 87.5, indicating that the monthly average increased approximately tenfold.

▪Number of disability discrimination complaints regarding the disability discrimination received and processed by the NHRC


Table 4. Yearly and Monthly Average of Disability Discrimination Complaints
(Nov. 2001-Sep. 2010)
(Unit: number of cases)
Category Year Total 2001 (Nov.-Dec.) 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 (Jan. 1 - Apr. 10) Total After the enforcement of The ARPDA
After the enforcement (Apr.11 -
Dec.) 2009 Sep. 2010
Number of complaints Yearly 630 13 20 20 54 121 113 239 50 2,938 645 745 1,548
Monthly 8.9 6.5 1.7 1.7 4.5 10.1 9.4 19.9 17.7 87.5 71.6 62.1 172

* Source: NHRC(2010)


Table 5. Complaints Received by Area of Discrimination
(Apr. 2008–Sep. 2010)
(Units: number of cases, %)
Category Total Employment Education Provision and use of goods and services Judicial/Administrative suffrage Harassment, etc. Others
Goods & services Insurance/ Finance facilities transportation Access to
information/ communication Culture/
Art/
Physical activities others
2008 (Apr.-Dec.) Number
of cases 645 46 58 55 58 95 125 63 14 - 50 81 -
Proportion 100 7.1 9.0 8.5 9.0 14.7 19.4 9.8 2.2 0 7.8 12.6 0
2009 Number
of cases 745 65 49 154 91 94 51 12 13 2 43 114 56
Proportion 100 8.7 6.5 20.6 12.0 12.6 6.8 1.6 1.7 0.2 5.7 19.2 7.5
2010 (Jan.-Sep.) Number
of cases 1,548 67 47 269 48 251 87 505 36 6 34 135 63
proportion 100 4.3 3.0 17.3 3.1 16.2 5.6 32.6 2.3 0.3 2.1 8.7 4.0
Total Total 2,938 178 154 478 197 440 263 580 63 8 127 330 119
proportion 100 6.0 5.2 16.2 6.7 15.0 5.5 19.7 2.1 0.3 4.3 11.2 4.0

* Source: NHRC (2010)
Table 6. Complaints Received by Type of Disability (Apr. 2008-Sep. 2010)
(Units: number of cases, %)
Category Total Physical Visual Brain
lesion Hearing Intellectual/
Autistic Mental Others
2008
(Apr.-Dec.) Number
of cases 645 314 110 75 59 53 24 10
Proportion 100 48.7 17.1 11.6 9.1 8.2 3.7 1.6
2009 Number
of cases 745 304 92 69 46 72 46 116
Proportion 100 40.8 12.3 9.3 6.2 9.7 6.2 15.5
2010
(Jan.-Sep.) Number
of cases 1,548 461 411 118 260 163 46 81
Proportion 100 29.7 26.5 7.5 16.7 10.5 3.0 5.2
Total Total 2,938 1,079 613 262 365 288 124 207
proportion 100 36.7 20.8 8.9 12.4 9.1 4.2 7.0

* Source: NHRC (2010)
  

Table 7. Number of Complaints Processed (Apr. 2008-Sep. 2010)
(Unit: number of cases)
Year Total Accepted Dismissed
(solvedduring investigation) Rejected
(solved during investigation) Investigation suspended Transferred
Recommendations etc. (number of accepted
cases) Settlement by compromise
Apr. 11,
2008- 502 21 (19) 12 183 (78) 283 (65) 3 -
2009 711 11 (6) 48 300 (108) 343 (59) 4 5
Jan. 1, 2010-
Sep. 30, 2010 822 21 (2) 42 188 552 (375) 5 14
Total 2,035 53 (27) 102 671 (186) 1,178 (499) 12 19

* Settlement by compromise: case being closed as persons concerned draw up a mutual agreement during the investigation of the case
** Solved during investigation: when the person who filed a complaint withdraws it, and so the case is rejected because the cause of complaint is satisfactorily resolved during the investigation process, and when the case is dismissed as the remedy of right is completed and thus further action is not necessary.
*** Source: NHRC(2010)


[注]

1) 1978年の厚生行政調査報告によると,全国の特別養護老人ホームは,8,000施設,入居者が寝たきり老人の約16%の6万4000人,入院者は約14%で,残りの約70%は在宅となっている(厚生省大臣官房統計情報局編 1979).
2) 1949年に発足した「上京生活を守る会」が中心となり,零細の賃織労働者や西陣機業の関連業者,商店主などの住民約800人が出資.設立金約3万円で,京都市上京区の白峯神社の近くに設立された.理事長に西陣学区の神戸善一(織元).所長に早川一光(医師).
3) 白峯診療所は,当時共産党を中心とした医療運動の一環として設立された.1953年に他医療機関とともに,関西民主的病院診療所連合会京都支部を設立したが,1961年に脱退.
4) 助成会は,学区ごとに8つの支部に分かれ,各支部代表の8人が助成会の理事となり,堀川病院の院内理事とともに理事会を構成していた.各支部には福祉厚生部・保健部・長寿会連合会などがつくられ,学区の横の繋がりを果たしていた.任意団体であった助成会は,1960年から京都労働金庫と提携し,一口100円の助成積立金制度を始めた.1967年から,出資金3000円以上の出資者を病院法人の社員とする制度をひき,年に1回の社員総会が開かれた.1981年,医療法人西陣健康会堀川病院の社員組織と助成会を統一し,助成会を西陣健康会と改称.300人から始まった会員数は1980年には4,500人となったが,それをピークに減少していった.
5) 当時は家庭訪問とよばれていた.
6) これらの疾患は西陣病と名付けられていた.
7) 京都府下の市町村に対し,80歳以上および65歳以上の福祉年金所得以下の寝たきり老人に限って,医療費の二分の一(京都市は三分の一)の補助金を出すことから始まった.
8) 無料化制度は,年間38万以上の収入のある場合と扶養家族5人で年間250万円以上ある場合は対象にならなかった.
9) 1970年の京都市の老人人口比は,京都市が7.5%,上京区は9.6%となっている(京都市役所総務局統計課,1970).経済成長の最中であり,ドーナツ化現象と若年労働者が西陣機業に就かなくなったことが,老齢化の速度を早めた大きな要因である.
10) たとえば,あるケースワーカが取り扱った1971年の堀川病院における長期在院(6ヶ月間)患者の処遇内容では,実数41名のうち,他医療機関・特養への転院は3名となっている.
11) 西池季一氏は,1958年〜1990年まで,出町診療所医療事務,堀川病院健康管理部に従事していた.本章での西池氏への聞き取りは2011年9月16日におこなった.
12) 1965年前後の社会保険の引き締めと経済不況によって,地域資金の他は3千万の銀行借入れに依存していた.外来医療と病棟の最大限利用によって1970年に赤字は解消したが,病棟部門は赤字であった.その後,社会的入院や医療者不足によって再び1971年に赤字経営となっていた.
13) 桐島世津子氏は,1975年から1995年まで居宅療養部に所属した保健師.本章での聞き取りは全て2011年9月16日.
14) 定期社員総会は,堀川病院の最終的な意思決定機関である.出資社員(1974年時 点で約700人)の過半数以上の出席で開催される.
15) 1972年の平均69歳を対象にした正親長寿会の実態調査では,生活費は自分で稼ぎたいという高齢者が87人中40名近く存在している(『医療生協助成会だより』第83号 1972年4月1日).
16) S氏は,1962年〜2000年まで堀川病院助成会事務局担当.筆者による聞き取りは2011年9月19日.
17) 厚生省による寝たきり老人の短期保護事業がはじまったのが1978年である.1979年には,在宅の要介護高齢者等に対して入浴や食事,日常動作訓練等を行うディサービス事業が創設され,1982年から在宅の寝たきり老人等に対して,居宅まで訪問して入浴・給食等のサービスを提供する訪問サービス事業が開始された.

[文献]

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筆谷稔,1982,「西陣における組織の問題」『社会学研究所紀要』3:1-14.
堀川病院助成会貯蔵『助成会のしおり』1959年.
────『支部別会員数』1986年.
────『地域資金の推移』1987年.
堀川助成会『ほりかわ』第90号,1973年9月25日
────『医療生協助成会だより』第76〜77号,1970年8月〜1970年10月.
────『助成会だよりほりかわ』第91〜154号,1974〜1979年.
────『助成会だより世話人版』第3,1959年10月.
医療法人西陣健康会総合病院堀川病院『広報ほりかわ』第3〜10号,1972〜1973年.
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────,1978b,「農村における地域医療の課題(三)」『密教文化』(123): 26-42.
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谷口政春・石井松代編,1988,『在宅ケアへのアプローチ』医学書院.
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────,1971,『村で病気とたたかう』岩波新書.
────,1977,「地域医療と農協病院の役割」『農業協同組合』23(7): 6-11.
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生存学研究センター報告

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