報告書刊行によせて

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本文

立岩真也
(立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)



 (日本に日頃いる)私たちと韓国の(地で活動・研究している)人たちとの交流は、2008年10月23日の「日韓障害者運動史懇談会」から始まっている。そのときはキム・デション(金大成、韓国DPI事務局長、以下いずれも当時)、イ・サンホ(李相鎬、陽川自立生活センター所長)、ジョ・ハンジン(曺漢鎭、大邱大学社会福祉学部教授)の3氏をお招きし、三澤了(DPI日本会議)氏にも来ていただき、本学大学院先端総合学術研究科に2008年度に入学し2012年度に博士号を取得したジョン・ヒギョン(鄭喜慶)がだんどりしてくれ通訳してくれた。詳しい話を長い時間うかがうことができた。とても貴重な話を聞くことができた。いまもつくづく残念に思うのは、そのときの録音記録がないことだ。
 その後のことは吉田幸恵が「まえがき」で書いてくれているから略す。そしてこの報告の報告書の中身についての解説も略す。私も手短にと言いながら長々と(しかし中身的にあれ以上は「どうしても」短くしゃべれない、御勘弁)、質問というかコメントというかしている。繰り返すのも敷衍するのも(論文か本になってしまう)よしておく。あのセミナーの後、いつも連れていっていただく会場近くのサムギョプサルの焼き肉屋で、報告されたユン・サモさんと、「反体制」という線と「当事者主義」という線の関係について、また長々と話した。イ・ウク(李旭、2010年度上記の研究科入学)さんが通訳を長い時間、ずっとしてくれた。会食中だというのにかなりややこしい話をたいへんに延々と通訳させられて、拷問のようだったと思う。すみません。
 今後どんなふうにしていったらよいのか。何を伝え、何を議論していったらよいだろう。双方の、例えば制度・実態の、具体的なところはいつも話題になる。それをじかに話す手前で、知らせることはもっとできるし、しなければならないと思う。それはそれとして、何をするとよいのか。考えていくとなかなか悩ましいように、一方では思われる。ただ、他方、ここでもどこでも各所に様々に穴が空いていたり詰まっていたりしていて、それがときに別のところから突つく・突つかれることで、たとえば「内」ではかえって会う機会がない人に会うことがあったりして、例えば病人だと思っている人と障害者だと思っている人が会ったりして、なにかが始まったり流れ出したりすることがある。書くことが決まって人はただ書けばよいのだし、話し合うことが決まっている人たちはただスカイプかなにかで手短に話し合えばよいのだろう。ただ各々別の出自の人の現物たちが会って、話して、呑んだりするときには別のことが起こることが(起こることも)ある。大学院という怪しげなものにも、「国際交流」という大義名分以外になにがあるわからないことにも、何か起こることがある。それは期待しない時にしばしば起こることだから、あまり期待せず、しかし同時に、準備や記録はそれとして大切だから、それとしていこう(していただこう)。
 これまでの韓日のセミナー・研究交流の記録が「生存学研究センター報告」として紙の本になるのは初めてだ(ウェブ上の情報については「まえがき」を参照のこと)。その場しのぎで言って(言われて)しまったりすることにも、そこから考えたり調べたりする芽・きっかけがあったりするものだ。この報告書が皆様に有効に活用されますように。

生存学研究センター報告

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