正規雇用に就いた離別シングルマザーの自立した老後設計は可能か  ──選び取っていく「働けるまで働く」というひとりの老後

PDFダウンロード

本文

谷村ひとみ


はじめに

 本章は,60歳前半の一人の離別シングルマザーの事例から,子どもを抱えて再就職が難しい母子家庭の現況にあって,正規雇用に就け自力で子どもを育て終えた離別シングルマザーが,自立した老後設計が可能か/否か,ということを明らかにすることが目的である.
 ここでの自立した老後設計とは,資源制約のなか受けられるべき社会保障等を受け,自らが能動的な意思決定で老後の暮らしを確保できることを指す.天田城介は,老い衰えてゆくことを,個人史と歴史の接点においてこれまで獲得してきた家族関係や経済的資源によって形作られると述べている(天田 2011).であれば老後の生活には,個々人の就労や住宅,年金等の経済的資源,家族関係という資源が要因となって関与すると考えられる.したがって老後設計とは,それらをどのように構築していくか,ということになる.しかし当然であるが,それらの資源は無限にあるわけではない.少なくとも母子家庭の経済状況が厳しいことは示されている.また母子家庭に限らずとも家族という資源にも制約がある.たとえば家族に24時間毎日そばにいて欲しい,と希望したとしても,どの程度実現できるかは家族との関係性や住居の近接性,家族の就労や経済状況など,さまざまな事情によって異なるだろう.資源が限られているのであれば,そこでは可能な方策を選び取るしかない.制約された資源の中で何を選び取っていくか,というプロセスが個々人の老後を形作るのであり,そこに特徴が表れると言える.すなわち,資源の制約という状況と何を選ぶか,という能動的な意思決定の両輪で老後は形作られるのである.なお資源には,老後の暮らしに欠かせない公的年金など受けられるべき社会保障も含まれている.したがって,本章では自立した老後設計を,資源の制約のなか能動的な意思決定で自らの老後の暮らしを確保できることとする.
 本章における離別シングルマザーとは,離婚によって扶養される立場から扶養する立場へと変わったシングルマザーのことを指す.つまり結婚や出産・子育てによる離職で夫の扶養下にいたが,離婚により子育て役割と稼ぎ手役割を併せ持つことになった母子家庭の母親である.同じ母子家庭でも死別と離別では公的な社会保障が異なり,死別の場合,妻は遺族年金が受け取ることができ1),夫が健在であれば受けたであろう扶養の代替えを公的に保障されている.したがって本章では,死別は扶養される立場から扶養する立場への変化とは扱わないこととする.また未婚シングルマザーは個々人によって事情はさまざまであっても,少なくとも初めから扶養する立場にあり,厳しくも一人の稼ぎで子どもを産み育てていく就労や生活設計をする立場にあると考える.さらに同じ離婚でも同居期間が20年以上のいわゆる熟年離婚2)は,夫の扶養のもと子どもを育て上げてからの離婚と考えられ,扶養する役割は終わっている.また離婚したが子どもを扶養する必要がない女性(離別シングル女性)は,扶養される立場からの離脱ではあるが子どもという扶養する対象がいない.したがって,扶養される立場から扶養する立場へと大きく変わる離別シングルマザーとは,夫の扶養下にいたが離婚により子育て役割と稼ぎ手役割を併せ持つことになった母親である.
 なかでも本章が注目するのは,パート・アルバイトといった不安定な雇用にある離別シングルマザーでも,生活保護受給の離別シングルマザーでもなく,離婚後の再就職に正規雇用に就け就労してきた離別シングルマザーである.
 正規雇用の離別シングルマザーは,不安定な雇用および生活保護受給などより厳しい状況にある母子家庭と比較すると,正規雇用に就けまだ安定した生活ができているとみなされているのではないだろうか.2002年に改正された母子世帯政策は,母子家庭の自立を主眼に置き就労支援中心へと大きく転換した.新たに加わった施策は,母親の職業能力の開発へ支給される自立支援教育訓練給付,資格取得を目的とした高等技能訓練促進費の給付,母子家庭の母親がパートタイム雇用から常用雇用へと雇用転換した場合,その雇用主に支払われる常用雇用転換奨励金などが設けられ(母子寡婦福祉法令研究会編 2004: 40-45),就労支援を中心としたものになっている.なかでも常用雇用転換奨励金が象徴するように,国は母子家庭の就労支援に正規雇用への強化を図っている.このことは言い換えれば,正規雇用の離別シングルマザーとは,国が目指す自立した母子家庭のゴールとも言える.
 正規雇用の離別シングルマザーは「自立した母子家庭のゴール」だろうか.先述した高等技能訓練促進費の給付によって国が支援する資格取得はさまざまであるが,その職種の例として母子寡婦福祉法令研究会編(2004)では,介護福祉士や保育士を挙げている.実際,平成18年度3)および平成23年度4)の全国母子家庭等調査報告によると,母子家庭の母親が現在の仕事に役立っている資格として共通するものは,(准)看護師,介護福祉士,保育士である5).これらは女性職と呼ばれる職種である6).これらの資格が多くの離別シングルマザーに就労機会を開いていることは,先の調査報告からもわかる.しかしそのことは,これら女性職の職種でなければ離別シングルマザーの再就職は難しいとも言えるのではないだろうか.だからこそ国は,これらを中心に資格取得を支援している.しかしその一方で,女性職の低い賃金は指摘されている7).さらに職種に限らずとも,もともと男女にはいまだ埋めきれていない賃金格差がある8).労働市場というカテゴリーにおいては正規雇用であっても,女性には就労に就きやすい職種の偏りや賃金格差が問題とされてきた.1人の子どもを育てる費用は1,300万円以上とも言われている(内閣府編2005: 133).母子家庭というカテゴリーにおいては「自立した母子家庭のゴール」と映る正規雇用の離別シングルマザーは,労働市場というカテゴリーにおいては,まさしく「女性並み」に抑えられたシングルインカムで子どもを育てる社会的弱者とも言えるのではないだろうか.
 少なくとも満20歳未満の未婚の子どもを養育している段階のみを切り取り,正規雇用に就けた離別シングルマザーが「自立した母子家庭のゴール」と見なされるのであれば,早計であろう.なぜならば,正規雇用に就けた離別シングルマザーの人生は子どもを育てあげた後も続くのであるから.「自立した母子家庭」か/否か,は子育て後の母親の暮らしをも含み込んだ段階で判断するのが適切ではないだろうか.その段階とは天田(2011)が言うように,老いが個人史と歴史の接点においてこれまで獲得してきた家族関係や経済的資源によって形作られるのであれば,正規雇用に就けた離別シングルマザーが「自立した老後設計」ができるか/否か,が「自立した母子家庭のゴール」か/否か,に対する一つのモデルを提示すると考える.
 したがって,本章が対象とするのは,正規雇用に就き子育ても終え,定年後の60歳前半の離別シングルマザーとした.

1 母子家庭の現状と対象の妥当性

1.1 母子家庭の現状
 本章の対象の妥当性を述べる前に,平成23年度の全国母子世帯等調査結果報告から正規雇用および離別の母子家庭を中心にその現状をここで押さえておこう.なお調査結果報告に準じ,以下では母子世帯と表記している.母子世帯になった理由は離婚80.8%で,死別7.5%,未婚7.8%となっており,約8割が離婚である.母親の最終学歴(調査時)は,最も多いのが高校の48.0%で約半数を占める.続いて専修学校・各種学校14.0%,中学校13.3%,短大12.1%,大学・大学院6.9%,高等専門学校4.2%となっている.母子世帯の80.6%が就業しているが,正規の職員・従業員は39.4%と4割である9).母子世帯全体の母親自身の平均収入は181万円で,児童扶養手当や養育費,親からの仕送り,生活保護の給付など,すべての収入を合わせた平均年間収入は223万円である.この額は児童のいる世帯を100とした場合の44.2%にすぎない.正規の職員・従業員の年間就労収入の平均は270万円で,100万円未満5.4%,100〜200万円未満24.9%,200〜300万円未満33.5%,300〜400万円未満19.5%,400万円以上が16.6%である.預貯金額は50万円未満が47.7%,50〜100万円6.9%,100〜200万円9.4%と,極めて少ない.母子世帯の持ち家は平均29.8%で,うち本人名義の持ち家は平均11.2%である.さらに死別と生別で比較すると,死別が61.8%に対し生別は27.2%で,本人名義の持ち家にいたっては死別43.9%に対し生別8.6%と,生別の持家率は極めて低い.これらから正規雇用の母子家庭の特徴をまとめると,多くが離婚であり高卒の学歴が多く,就労している母子世帯の4割が正規雇用で,その収入は100〜300万円未満が中心であり,預貯金はなく,持ち家もない状況となる.

 1.2 対象の妥当性
 これら正規雇用の離別母子家庭の状況を踏まえ,対象者の妥当性を述べる.本章は,資源制限のなか,どのような老後設計を正規雇用の離別シングルマザーが選び取るかを示すことから,経済的資源にかかわる就労や職種,収入,またこれらに関連する学歴,親からの資源移転から妥当性を示す.
 本章の対象者が妥当であることを以下に述べる.○1対象者の学歴は高校であり,先に示した多くの母親たちの学歴と一致する,○2対象者は保育士と介護福祉士の資格を持ち,その職種に正規雇用で従事してきた.保育士と介護福祉士という職種は,国が勧めている高等技能訓練促進費の給付に該当する資格に含まれており,かつ現状の母子家庭が就労の「役に立っている」資格の上位にあたることから,対象の就労状況は母子家庭の現況と合致する,○3その職種による対象者の収入が,先の正規の職員・従業員の年間就労収入と同程度である,④母子家庭の経済状況に多くの差異をもたらすシングルマザーの親の階層および親からの資源移転の影響が,対象の事例はほぼ排除されている,以上のことから対象は,本章の目的および正規雇用の母子家庭の現況に合致した対象者であり,妥当と言える.なお以下からは正規雇用の離別シングルマザーとは,これらの条件の離別シングルマザーを指す.
 先述したように老後の経済的資源に就労や公的年金などが関連することから,就労や資格が現況に合致する対象として,現行の国の政策および母子家庭の母親が「役に立っている」と回答する保育士と介護福祉士の職種に正規雇用で従事してきた離別シングルマザーを対象者とした.これらの職種による対象者の収入は,先の母子世帯の正規の職員・従業員の年間就労収入200〜300万円とほぼ同程度であり,その就労経緯を経て獲得した対象者の老後の経済的資源の現況は,年金制度の改革等や物価など細かな違いがあるとしても大枠では離別シングルマザーが獲得でき得る老後の経済的資源の予期と大きくかけ離れたものではないと考える.またシングルマザーの親の階層および親からの資源移転は,母子家庭の経済状況に多くの差異をもたらす(鳥山 2003: 143).その差異とは,娘(母子家庭の母親)の学歴の違い,就職機会の違いとなって(橘木 2008: 61-62, 100-101),そのまま母子家庭の所得の違いに現れる.また親の階層や資源移転は,学歴ばかりではなく,たとえば親からの住居の提供,金銭的な援助,また子育て支援を受けることによる就労機会の拡大,などが考えられ,これらは差異をもたらす.本章の対象者は,自らも母子家庭で育ち,学歴や資格は自力で獲得した.また離婚後の暮らしに関して,親からの支援はなかった.したがって,対象者の現在の経済的資源は,純粋に対象者一人の就労による蓄積であり親からの影響が少ない.
 本章の事例は1事例にすぎないが,筆者と対象者とは長年に渡るラポールがあり,収入などの経済状況や家族関係などプライバシーに踏み込んだ継続的なヒアリングが可能であった.そのためインタビューは初見の相手とは異なり,信頼関係にもとづくindepth interview(深層面談)というべきもので,通常の調査では得られない細部にわたるものである.そのため他の量的調査では得られない立ち入った分析が可能であり,離別シングルマザーが限られた老後の資源の中でどのように自らの老後設計を選び取っていくか,その詳細な過程を示すことが可能であり,1事例であっても多くの示唆を与える貴重な事例と言える.

2 対象者の属性と方法

2.1 対象者の選定と属性
 対象者は,離別シングルマザー1名で面接時の年齢は63歳であった.対象者の選定は筆者の知人を通じて行った.対象者および対象者の家族の基本属性は表1に示した.基本属性の内容は,プライバシーに配慮して本章に必要と考える最低限度の項目とした.
2.2 研究方法
 研究方法は,対象者への半構造化面接を計4回行った.面接の内容は,対象者が考えている老後の暮らし,現在の対象者の生活および経済状況,成人子の状況と関係性を中心に,生活歴,就労履歴とその収入,結婚および離婚の経緯,離婚後の経緯,夫からの養育費の有無,健康状態,であった.面接期間は,2011年4月から2012年7月で,面接時間は1時間半〜3時間/回であった.面接場所は対象者の希望に従い対象者の自宅および指定の喫茶店で行った.また面接内容は,対象者への充分な説明を行い,了解を得て録音した.
 分析は,4回分のインタビューデータを逐語録に起こし,本章の目的に関連しないデータ(友人との旅行など)は含めず,主にこれまでの家族の経緯,現在の対象者と成人子の状況,これからの老後の設計を中心に時系列に並べ分析を行った.なお,対象者はAさんと表し,語り部分は「 」で,補足説明は( )で示した.

2.3 倫理的配慮
 対象者には,本研究への参加および協力に際し,以下に示す内容について口頭および書面による充分な説明を行い承諾と署名を得た.内容は,○1研究の主旨と目的,研究への参加は自由意思であること,○2参加・協力への拒否・撤回は対象者が何ら不利を被ることなく随時可能であること,○3得られたデータは,筆者が責任を持って管理し本研究の目的以外には使用しないこと,④プライバシー保護遵守のためデータは研究に支障のない範囲で修正や加筆を行い,個人を特定しうる情報は用いないこと,○5研究やインタビュー内容等への疑問や質問などは随時応じること,である.

3 対象者の背景

3.1 対象者の現況と生活歴
 以下から対象者をAさんと示す.インタビュー時63歳のAさんは,市営住宅でひとり暮らしをしながら,定年後も契約職員として介護職に従事している.契約期限は最長でも65歳までで,働けるのもあとわずかと迫っており,現在,次の就労先をさがしている.
 Aさんの健康面は,日常生活や就労には問題はないが,頭痛や不眠,高脂血症などの持病を抱え,通院や内服でコントロールしている.また日々身体的な衰えも感じており,介護の仕事も辛くなっている.

3.2 結婚および離婚までの経緯と夫からの扶養状況
 Aさんは,23歳の時に自営業の夫(大学卒)と恋愛結婚をしたが,30歳から17年間の別居生活を経て,47歳の時にAさんだけが籍を抜くかたちで協議離婚した.離婚当時,子どもたちはすでに成人(当時,娘23歳,息子21歳)しており,養育費はない.離別した夫は10年ほど前に他界した.
 別居前は共働きで,生活費は折半(各月10万円)であった.Aさんが夫からの扶養を受けた期間は,17年の別居期間のうち子どもが小さくAさんが専業主婦であった8年間(生活費として月25万円)だった.そして38歳でAさんが再就職すると同時に,夫からの生活費は半額となり間もなく無くなった.

3.3 対象者の職歴と取得資格
 Aさんの学歴は,高校卒業で,資格は保育士,介護福祉士,そして60歳のときに取ったケアマネージャー(以下,ケアマネ)である.
 Aさんの就労はトータルで約35年になる.現在は契約職員であるが,それ以外は正規雇用であった.中学卒業後,定時制高校に入学と同時にOLとして就職した.OLの就労は,保育士として働くまでの6年間である.21歳の時に保育士資格を取得し,その後,保育士として働き,結婚・出産後も就労し続け25歳の時には地方公務員となった.しかし,育児と仕事の両立で体調を崩し28歳の時に6年間勤めた保育士を離職した(うち地方公務員3年).退職後10年間は専業主婦であったが,38歳で正規雇用への再就職を試みた.しかし,2年ほどはパートなどの就職先しかなく,非正規雇用でつなぎながら求職を続けた.40歳で保育士として正規雇用に就くことができ52歳まで勤めた.53歳で介護職に就き定年を迎え,現在も従事している.
 Aさんのこれまでの就労の経緯は,資格や職種を考え就労機会につなげてきたことがわかる.高校卒の学歴を獲得し働きながら取得した保育士資格は,出産・子育て後の正規雇用の再就職につながった.そして再就職できた保育士を52歳で退職したのは,保育士の定年が60歳だったためである.定年後も長く勤められる仕事として収入は減るが介護職に転職した.さらに年齢による体力の衰えも考えケアマネの資格を取得し,これからの就労機会につなげようとしている.

4 「暮らせる/暮らせない」ギリギリの経済的資源

4.1 ストックとフロー
 Aさんの現在の経済状況は,「自慢じゃないけど,借金もないが貯金もない」状況である.現在の収入は,月6万円の年金と契約職員の月給17万円を合わせた23万円である.子どもたちの学資や娘の結婚資金など,すべて一人で賄ったAさんに貯蓄する余裕はなかった.
 Aさんには持ち家はなく,経済的にも安定して住める住居として市営住宅の申し込みを40歳後半から始めた.入居までには10年余りを要し,57歳の時に実現した.市営住宅の家賃は共営費等も含めて約月3万円である.
4.2 年金
 Aさんが,65歳から受け取れる年金は11〜12万円ほどの見込みである.このAさんの年金額は,明らかに暮らせない額でもないし,確かに暮らせる額でもない,という微妙な額である.貯蓄なし,持ち家なし,のAさんがこの年金だけで老後を暮らすとなれば,やはり不安は拭い切れない.

「(老後の暮らしについて)何とかやね.自分の体が動くうちと,家さえあれば.うん,なんとかなる.(中略)私,人の(年金)を知らないから,なんとも言えないけど.ただ……65(歳)になったら(12万円に)変わるらしくって,それが一生,終わりまでっていわれたら,それでいけるかどうかも,まだ見通し立たなくって.(年金)12万入って,家賃と光熱費とで……家賃が3万いくらだから.だいたい……光熱費が,冬の暖房も夏の冷房も全部ひっくるめて……とにかく家賃の倍,って思っとかなきゃなんない.電話はその月によって違うけどね.だから,もう7万っていうお金は何もしなくても,もう絶対消える.(これで)充分でとか,不十分とかっていうのも,生活の仕方っていうのがあると思うけど.最低限(支払うお金)っていうのが,どうしてもね(必要である).ジィーッとしていても(何もしなくても)払わなきゃならないお金って.(年金12万円に対して)やっぱり大きいなと思う.大変だよ.収入を絶たれるっていうところへの不安感っていうのは.だけど,まあたとえわずかでも年金という形で,ある程度,最低が,こう……あるっていうのは気持ち的に楽かな.それが,90(歳)になった時に,その金額でやっていけるかどうかは,わかんないけどね」

 Aさんの「見通しが立たなくって」には,二つの意味が混在している.Aさんの年金額は,明らかに暮らせない額ではない.しかし,確かに暮らせる額でもない,という微妙な額である.Aさんが「(何もしなくても)払わなきゃならないお金って大きい」や「見通しが立たなくって」と言う状況が,内閣府の『平成23年版高齢社会白書』(2011)から読み取ることができる.65歳以上世帯主の一人当たりの1年間の平均支出は,1人当たり131万円で月に換算すれば約11万円である(内閣府編2011: 23).Aさんの年金を仮に月12万円とすると,さほど変わらない.しかし,現在の60歳以上の持家率は約9割以上と高く,65歳以上の貯蓄額も高い(内閣府編2011: 23).そのことを加味すれば支出11万円という生活であっても何かの備えは,持家あり,貯蓄ありで確保されている.この確保されている支出11万円の老後の暮らしで必ず支出するものとして,食料は年間32.8万円,保健医療は7.8万円で,月にすると約2.7万円と0.7万円の3.4万円となっている(内閣府編 2011).この3.4万円をAさんの年金12万円から家賃と光熱費を合わせた7万円を差し引いた金額5万円から支出したならば,手元には1.6万円しか残らない.当然,暮らしには被服や交通費などの他の支出,そして老いが進むことで保健医療の支出の増加も考えられるが,残り1.6万円では「見通しが立たなくって」と言わざるを得ない状況であることがわかる.しかしその反面,家賃や水道・光熱費を払い食べるだけの暮らしができる年金額とも言える.このようにAさんの12万円という年金は「何とかやね.自分の体が動くうちと,家さえあれば」とも言わせてしまう微妙さがある.Aさんの年金は、何かの出費や支出の増加があれば暮らしを維持できるかどうかわからない.しかし,そうでなければなんとか食べていける,というまさにギリギリのライン上に老後の暮らしをおく額なのである.
 パートやアルバイトといった不正規な雇用で就労してきた離別シングルマザーは,より厳しい経済状況や公的年金の未加入や国民年金加入などによりAさんほどの公的年金が確保できるとは考えにくい.明らかに暮らしてはいけない状況であろう.そのことは,むしろ容易に想像すらできてしまう.しかしAさんの事例が示すように,まだ安定した生活をしているだろう正規雇用の離別シングルマザーの老後が,暮らせる/暮らせない,のギリギリのライン上に位置していることの方が,想像できなかったのではないだろうか.Aさんの事例は,その想像できなかった正規雇用の離別シングルマザーの老後の実情を映し出している.
 ギリギリのライン上だからこそ,家族という資源,つまり成人子の存在が大きな意味を持ってくる.ギリギリのラインという,つまり予備力ゼロのAさんにとって,成人子がゼロの存在か,プラスの存在か,またはマイナスの存在か,その違いで老後の暮らしが異なるからである.成人子がプラスまたはゼロの存在であればいい.しかし,マイナスの存在であった場合,予備力ゼロのAさんは持ち堪えられない.

5 家族共倒れ回避と手放した家族資源

5.1 家族成員とそれぞれの現況
 Aさんの家族は,39歳の娘と37歳の息子である.Aさんは子どもたちとは別々に暮らし,同居はしていない.
 娘は高校卒業後,離家して専門学校に通い専門職の資格を取得し,結婚まではその職に従事していた.結婚後3人の子を儲けたが3年前に離婚した.離婚後しばらくはAさんと同居していたが,現在は無職で生活保護と夫からの養育費を受け同市内に子ども(小学生1人)と2人で暮らしている.娘は離婚に伴う心労からうつとアルコール依存を発症し,現在も再就職が難しい状態である.
 息子は非婚で,派遣やアルバイトで生計を立て隣県でひとり暮らしをしている.Aさんとは月に1度のペースで会っている.息子も3年ほど前に父親との過去の軋轢を消化しきれず,うつを再発した.現在は治療も進みほぼ回復している.息子は大学在学中にやりたい仕事と出会い中退をしてその職に就いたが,会社の倒産とその後の正規雇用の機会に恵まれず現在に至っている.

5.2 「扶養しない/扶養されない」という家族の安全確保
 Aさんには家族という資源はない,と言っていい.Aさんは家族共倒れの回避のため,「扶養はしない」と成人子とある種の決別をした.その経緯を簡単に述べておこう.
 Aさん家族は先述したように,ちょうどAさんが定年を迎える同時期に,娘の離婚,息子のうつ,という,それぞれの問題が折り重なるハイリスクの状況になった.Aさんが定年後もそのまま契約職員として勤めたのも,娘が子どもたちを連れてもどってきたからである.
 息子のうつは若い頃の父親との確執が尾を引くかたちで出現し,父親が他界した今となってはAさんには話を聞く以外,どうすることもできなかった.また娘も離婚にともなう心労から精神的に不安定で,就労や子育てができない状況が続いていた.Aさんは子育ての協力や支援を可能な限りしていたが,娘は支援や協力よりもAさんが仕事を辞め,子どものことをすべて丸抱えするよう,つまり子どもの養育を全部引き受けるよう要求した.
 Aさんが仕事を手放すことはできない.くり返し説明するが娘には届かず,やがて娘の要求は,仕事ばかりだったAさんの母親としての不満へと変わっていった.Aさんは,父親のことで苦しむ息子,働き続けたために不満を抱かせてしまった娘,という,これまで思いもよらなかった母親としての現実に自問自答し苦しんだ.
 Aさん家族は,娘の不就労,息子の不安定な就労状況,そして65歳で終わるAさんの契約や限られた年金などの経済面と,Aさんの老い,娘と息子のうつなどの健康面が合わさり,ハイリスクの状況にあった.Aさん自身の老後生活の確保も成人子たちの現況や要求から考えて切実な問題となり,Aさんは仕事を辞めることも,また要求通りに成人子を支えることもできない,と判断した.
 Aさんに残された方法は,ハイリスクによる家族共倒れの回避である.そのためAさんは成人子たちに「扶養はしない」と,はっきりとある種の決別をし,お互いにリスクが波及し合わない世帯分離を確保した.Aさんの「扶養できない」という宣言は,同時に「扶養されない」も意味している.つまり,共倒れ回避とともに,Aさんは家族という資源を手放したのである.

6 老後設計と実現可能性

6.1 選び取った「働けるまで働く」ひとりの老後設計
 Aさんは見てきたように家族資源はなく,年金を下支えに,一人で「働けるまで働く」老後設計をしている.

「老後は,もうひとりでいこう,と決めている.戸籍上もひとりなので.私だけが夫の戸籍から抜けた形なので.(中略)生活の保障も11〜12万の年金では,社会の状況では自分の収入につながっていくことを選び取っていくしかない.もう(今勤めている)仕事(職場)辞めようかなと,昨日,今日と考えている.これからの10年を考えたら,(辞めるの)早い方が,次の就職を考えるといいのかなと思って.中途半端にしちゃうと,65歳(になってから)だと,次の就職がむずかしくなる.今月で,今の職場で10年になる.(中略)ちょっと一休みしたい.10年しんどかった.(中略)ちょっと息継ぎしたいし.死ぬまで働かないとアカンから」

 Aさんが言う,これから先の10年後が「死ぬまで」になるかどうかは,わからない.しかし,少なくともこれからの10年を一つの区切りとAさんは考えている.そして「死ぬまで働かないとアカンから」という言葉通り,Aさんが能動的に選択できる老後設計は,経済的資源,家族資源を考えても「働けるまで働く」になる.
Aさんの事例は,正規雇用に就けた離別シングルマザーであっても定年を過ぎ65歳を目前にしてもなお,収入を得るための就労から離れることができないことを示している.Aさんの「働けるまで働く」は,定年後の生きがいや生涯現役などのために(山口 2006: 51-57),働くのとは明らかに異なる.そのように働けるのは,定年後の生活を支えることができる経済的な裏付けがあり,安定した生活が維持できるからである(山口 2006: 44).このことを言い換えたならば,定年とは,老後の生活が支えられる経済的資源が獲得できている,または獲得し終わっている時点であると言える.Aさんは現時点においても,それらを獲得できていない.先述したようにAさんは,一人の稼ぎで,養育費,学資,結婚資金などを賄ってきた.いわば「自立した母子家庭」だからこそ,結果,獲得できなかったのである.それゆえに「働けるまで働く」ことで老後の経済的資源を得ようとしているのだ.「働けるまで働く」ことでいくらかの経済的資源を得たならば,「働けなくなったとき」にどうできるか,の選択も生まれてくるのではないだろうか.Aさんの「働けなくなったとき」は,これからの「働けるまで働く」にかかっているとも言える.つまり「働けるまで働く」は,「働けなくなったときどうするのか」も内包したAさんが現時点で選び取れる老後設計なのである.

6.2 老いの不安と闘う「賭け」という納得
 「働けるまで働く」は,老いが進み「働けなくなったときどうするのか」,という限界を抱えている.Aさんは老いに不安がないわけではない.そしてこれからの「働く」はこれまでのようにはいかないことも理解している.1年前のAさんは,老いに伴う不安,医療費の心配を語っている.

「あのね,寝込んで費用が掛かったらどうしようって.そこが一番……・ありますね.(働かないことで)保険証がなくなってきたら,全部(の費用負担)が自分になってきたら.そしたら……貯金なしで医療も受けられないのかなと思ったりね.早く65か70(歳)になりたいと思う.それぐらい,やっぱり病気っていうか,そこが一番不安.今の調子で,全てが体調はいかないだろうから.一番の不安はそこです」

 ではAさんは,これらの老いの不安や「働けなくなったときどうするか」に対し,どのような決着をつけたのであろうか.以下は1年後のAさんの発言である.

「先? そんな先のことわかんないし,って思って.老後なんて考えられない.(中略)それより自分が働くっていう方がまだ勝っている.寝込んだらどうしようとまでは,まだ考えられない.(中略)若い頃は,結婚するか,子ども産むかって決心する.今の63や65(歳)の自分も同じレベル.65(歳)で,年金でなんとかやっていけるし,もう1段階,決心のしどころっていうか.仕事も年齢も,思案のしどころ.同じ仕事をするのでも,やっぱり役に立ちたい.老いも(結婚や離婚と同じ)不可抗力.だから(どっちも)賭け.なんで,女だけが2回も賭けしないとアカンのよ!って思うけどね.自分でできる限界は,(年金による生活の保障)確保しつつも,ここまで(自力で)来ている.可能性というか,なんとか自分の力で立っていられるようにする.そうしないと,しょうがない.現実的に」

 「老後どうするかは賭けである」とAさんは言い切った.この「賭け」という言葉に,Aさんが老いへの不安に決着をつけ,そして「働けるまで働く」老後への納得,覚悟が集約されている.
 「先? そんな先のことわかんないし,って思って.老後なんて考えられない」,これらの発言は目先のことしか見ていないように受け取れる.そう確かにAさんは目先のことしか見ていないのだ.むしろ合理的に今できる目先の課題に自分を集中させている,と言い換えた方が適切であろう.介護職に従事しケアマネの資格をもつAさんが,老後や寝込むまでの老いを想像できないはずはない.あえて考えない,見ないように,自分をコントロールしている.Aさんの「働けなくなったとき」につなげるためにも,いま選び取れる最善の方法は「働けるまで働く」老後設計である.Aさんは老いを,自分のコントロールなど及ばない「不可抗力」と言い表している.つまり老いは,先の「わからない」ものである.「働けるまで働く」老後を自分の中で確かなものとするためには,老いが進み「働けなくなったらどうなるのか」といった,「不可抗力」や「わからない」ことを思案し不安がることに何か意味があるだろうか.それらは「働けるまで働く」Aさんの背中を押してはくれない.だからこそAさんは,以前ならば「寝込んだらどうしよう.(中略)一番の不安はそこです」と述べていたものを,「寝込んだらどうしようとまでは,まだ考えられない」「これから先どうするっていう概念がない」と,その発言を変えた.立ち起こる不安を潜在化させたと言った方が正しいだろう.先を「わからない」としたままに,目の前の「働けるまで働く」ことに集中する戦略を取ったのだ.
これらの作業を経て「働けるまで働く」老後を選択したことを「賭け」と言い表したのは,確かにAさんの老後への覚悟であり,その裏側には老いという不安の存在を示している.

6.3 「働けるまで働く」場として機能する女性の周縁労働
 60歳を越えた女性の就労機会は,さらにも増して厳しいと推測される.Aさんのように「働けるまで働く」老後設計をしても,働く場が無くては成り立たない.しかし,女性の周縁労働は「働けるまで働く」場を与える.ここでの女性周縁労働とは,先に示した女性職,低い賃金,そして非正規雇用を併せ持つ労働とする10).中高年女性の周縁労働には,在宅労働者(以下,ヘルパー)11)や清掃員12)などが挙げられる. ごく限られた労働市場にあって,Aさんのように60歳を越えた年齢で心細い年金の上乗せに収入を得,自分の力で安定と安心を獲得しようとするならば,決して良い労働条件とは言えないこれらの女性の周縁労働は「働けるまで働く」場として機能すると考えられる.
 Aさんが介護職に転職したのは,長く働ける,と思ったためであり,長く働ける場が介護職にはある,と考えられたことによる.その介護職に注目してみよう.介護職という労働市場は「働けるまで働く」老後設計を可能にしてしまう.なかでもヘルパーは,Aさんのように60歳を越えた高齢女性であってもまだ就労機会は残されている.介護職は,施設労働者(以下,施設職員)と在宅労働者(ヘルパー)に分けられる(斎藤 2011: 188-189).施設職員は,女性の多い介護職にあって比較的若い男性も多く,正規雇用も多い.また低い賃金ではあるが比較的まだ高く,就労条件は安定している.その一方でヘルパーは,主に中高年の女性が担い,就労形態は非正規雇用・短時間労働で,さらに低賃金で不安定である(斎藤 2011: 189-190).このように介護職は女性職であるが,そのなかでもヘルパーはさらに女性周縁労働と言えるだろう.Aさんが実際にヘルパーに就くかどうかはわからない.しかし,施設職員の次の就労の場としてヘルパーという女性の周縁労働は,就労の可能性を残していると言えるだろう.清掃員も同様である.清掃は「高齢者の仕事」,「女性の役割」として低賃金に抑えられており(北 2001: 149),高齢女性の周縁労働と言える.そして逆に「高齢者の仕事」,「女性の役割」とされている清掃員だからこそ,高齢女性の「働けるまで働く」場として機能する.

おわりに
 本章は「自立した母子家庭」の母親が,「自立した母子家庭のゴール」か/否か,に対する一つのモデルとして,定年後の65歳前という時期に着目して老後設計のプロセスを通し「自立した老後設計」ができるか/否か,を示すことを試みた.Aさんの事例から見る限りその回答は,可能とも,不可能とも言えないものだった.しかし,正規雇用に就けた母子家庭が「自立した母子家庭のゴール」と見なしているならば,それは間違いと言えるだろう.
 ここでもう一度,本章における自立した老後設計とは何かを押さえたうえで,自立した老後設計が可能とは言えない根拠を示す.自立した老後設計とは,資源制約のなか,受けられるべき社会保障等の支援を受け,自らが能動的な意思決定で老後の暮らしを確保できることを指す.
 では,老後の暮らしを確保できたと言えるかどうかを見てみよう.Aさんは「働けるまで働く」老後設計をした.そして「働けるまで働く」場として女性の周縁労働への可能性も述べた.しかし,「働けなくなった」あとの老後の暮らしは,現時点においては「賭け」としか言いようのない限界があった.つまり確保できたとは言えない.当然,公的年金の範囲で介護保険を受け自宅での老後の暮らしは可能である,という見方もあるだろう.しかし本章は,現在の置かれている状況をAさんがどう捉え,選び取るかに焦点をあてている.Aさんは少なくとも働けなくなったらどうするのかについて,介護保険などの言及はしていない.介護についての具体的な方策よりも,収入が得られるこれからの暮らしに集中している.これが,65歳を目前にしたAさんが選び取れる限界なのである.
 では資源制約のなか,受けられるべき社会保障等の支援を受け,自らで能動的な意思決定が行えたのか.Aさんは,親からの経済的な資源移転なし,貯蓄なし,持ち家なし,家族資源なし,という資源制約のなか,公的年金という支援を下支えに自らで能動的な意思決定を行っていた.
 まとめると現時点においてAさんは,資源制約から自らの能動的な意思決定で老後設計をしたが,選び取れる老後の暮らしには限界があり,確保できたとは言えない.つまり,定年後の65歳を目前にした時点でも「自立した老後」を送れるとは言えないのだ.しかし,先述したように「働けるまで働く」老後設計は,「働けなくなった時どうするか」につながっていく.したがって,子どもを育て上げた離別シングルマザーのAさんが「自立した老後設計」ができるか/否かという問いへの回答は,先のことを「わからない」と先延ばししたままに,可能とも,不可能とも言えない状況と言える.この状況こそが正規雇用に就け「自立」して子どもを育て上げた離別シングルマザーであるAさんの65歳を目前におかれている現実なのである.
 この事例が示すのは,正規雇用に就いて「自立してきた」離別シングルマザー,女性職,能動的選択の三位一体がもたらす功罪である.
 まず離別シングルマザーにとっての女性職は,敵でもあり,味方でもある.味方とは,女性職が女性に偏った職種と低い賃金という就労条件だからこそ,離別したシングルマザーの再就労に可能性を開いているとも言える.そして確かにそれら女性職の正規雇用に就けたことでAさんは,暮らしの確保,養育費,学資や結婚資金を生み出せた.つまり,ある時点までは「自立した母子家庭」の暮らしを支えたと言える.そして敵とは,その反面,Aさんが「働けるまで働く」老後設計を能動的に選び取らざるを得ないのは,正規雇用であっても女性職の低賃金だからであり,これまでの「自立した母子家庭」の暮らしが公的年金以外の経済的資源を獲得させなかったと言える.すなわち結果的に,正規雇用に就けた離別シングルマザーの「働けるまで働く」老後設計を作り出しているのである.さらに女性職の周縁労働は「働けるまで働く」老後を可能とする場を提供する.これらのことはAさんのような離別シングルマザーが,子育て中,子育て後,老後を通して,女性職さらにはその周縁労働をも網羅した低賃金の人材となり得ることを示している.そして低賃金であっても人材の確保が可能であるならば,女性職さらにその周縁労働はそのまま温存しつづけ,Aさんのような「自立した」離別シングルマザーおよび「働けるまで働く」老後設計までも再生産する装置として機能する可能性を示唆している.これは,「自立してきた」離別シングルマザー,女性職,能動的選択の三位一体がもたらす功罪と言える.
 「自立してきた」離別シングルマザーが,老後に経済的資源が確保でき,能動的に真に生きがいや生涯現役の老後,また介護までも射程に入れた老後設計を選び取ることができるため,就労条件や社会保障に何が必要かを明らかにすることを今後の課題とする.


[注]
1)日本年金機構ホームページ「年金受給(遺族年金)」(日本年金機構 2012).
2)「熟年離婚」のはっきりした定義はないが,湯沢・宮本(2008)では,妻の年齢が50歳代後半の離婚を「熟年離婚」と比喩していることから,本章もそれに準じている.
3)平成18年度の全国母子世帯等調査によると,現在の仕事に「役に立っている」資格は上位から,介護福祉士94.7%,看護師90.2%,保育士76.5%,調理師75.0%となっている(厚生労働省 2007).
○4)平成23年度の全国母子世帯等調査によると,現在の仕事に「役に立っている」資格は上位から,作業療法士100%,准看護士96.4%,介護福祉士95.8%,看護師87.8%,保育士75%となっている(厚生労働省 2012).
5)平成23年度の全国母子世帯等調査では作業療法士との回答がもっとも多いが,この資格は平成23年度からあがったことから,平成18年度と平成23年度の2回の母子世帯等調査で共通して上位に回答され,さらに本章の対象者が持つ資格との整合性も鑑み,(准)看護師,介護福祉士,保育士を挙げた(厚生労働省 2012).
6)竹中(1991)は「限られた種類の職業に,女性ばかりが非常に偏って就労して」いる職種を女性職と呼び,その典型的な女性職として労働市場における「掃除をし,調理し,給仕し,裁縫し,教え,そして物を売る.また子どもや高齢者,病人の世話をし,看護する」と述べていることから,本章ではこれらに該当する(准)看護師,介護福祉士,保育士などを女性職と定義し用いることとした.
7)竹中(1991)は女性職の特徴に,「おおむね低い賃金,劣悪な労働条件,昇進の機会の欠如,また不安定な雇用」を挙げている.
8)厚生労働省「男女間の賃金格差解消にむけて」より(厚生労働省 2010).
9)平成23年度の全国母子世帯等調査では,母子世帯の就業のうち,派遣社員5.1%,パート・アルバイト等47.4%となっている.パート・アルバイト等の年間就労収入の平均は125万円である(厚生労働省 2012).
10)西澤(2011)は,周縁労働を「空間的あるいは社会的なカテゴリー間の『隔たり』が利用されて,階級が分節され周辺労働者は作られる」とし,その「『隔たり』を標識として労働市場の周縁に接合された人々の労働のことを,周縁労働」と定義している.本章では,女性職の正規雇用に就労してきた離別シングルマザーを対象としており,先述したようにその就労には労働市場において,女性職という就労機会の限定,男女の賃金格差,正規雇用/非正規雇用,といった格差があったことから,これらの格差を「隔たり」と再定義し,男性/女性,正規雇用/非正規雇用,賃金の視点から,女性周縁労働を,女性職,低い賃金,非正規雇用を併せ持つ労働とした.
11)斎藤(2011)は,介護職を施設労働者(施設職員)と在宅労働者(ヘルパー)に分け,就労の男女差,年齢層,賃金や雇用形態の違いを示している.それによると施設職員は女性が多数を占める介護職にあって,若い(35歳以下が半数近くにのぼる)男性が比較的多く,正社員の割合も高く,特に男性の正社員の割合は女性よりも高い.介護職の賃金は低いもものの,施設職員の賃金は比較的高い.その一方でヘルパーは,中高年の女性が中心に非正規雇用(周辺労働)・短時間労働に従事し,賃金もさらに安い.ヘルパーの低賃金には,女性,時に主婦の家事や介護などの経験が,ヘルパーの仕事に「向いている」という前提のもと,女性の非熟練労働と見なされていることが指摘されている.本章では介護職のなかでも,施設職員を中心,ヘルパーを周縁と位置付け,ヘルパーを女性の周縁労働とした.
12)北(2001)では,「保安など」「設備管理」「一般清掃」のビルメンテナンス業のうち,「一般清掃」を担っている多くが女性中高年の非正規労働者で,低賃金あること,さらにはその低い賃金にあっても男女差があり,男性は女性より多いことを示している.
[文献]
天田城介,2011,『老い衰えていくことの発見』角川学芸出版.
母子寡婦福祉法令研究会編,2004,『総合的な展開をみせる母子か家庭等政策のすべて』ぎょうせい.
北明美,2001,「第5章 経済のサービス化と労使関係──ビルメンテナンス業の中のジェンダー構造」竹中恵美子編『労働とジェンダー』明石書店,143-6,9.
内閣府編,2005,『平成17年版国民生活白書』国立印刷局.
────,2011,『平成23年版高齢社会白書』印刷出版.
西澤晃彦,2011,「序章 身体・空間・移動」西澤晃彦編『労働再審④周縁労働力の移動と編成』大月書店,17.
斎藤暁子,2011,「ケア労働をどのように意味づけるのか──『女性労働』からの転換」藤原千沙・山田和代編『労働再審○3女性と労働』大月書店,188-90.
竹中恵美子,1991,『新・女子労働論』有斐閣,16.
橘木俊詔,2008,『女女格差』東洋経済新報社.
鳥山まどか,2003,「第4章 家計の管理の階層性」.青木紀編『現代日本の「見えない」貧困——生活保護受給母子世帯の現実』明石書店.
山口宗秋,2006,『「生涯現役」時代への挑戦──定年後のいきがいある人生設計はできていますか』産業能率大学出版部.
湯沢雍彦・宮本みち子,2008,『新版 データで読む家族問題』日本放送出版協会.

[URL]
厚生労働省,2010,「男女間の賃金格差解消にむけて」, 
(2012年12月02日取得,
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku09/index.html)
厚生労働省,2007,「平成18年度の全国母子世帯等調査結果報告」,
(2012年12月01日取得,http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/boshi-setai06/)
厚生労働省,2012,「平成23年度の全国母子世帯等調査結果報告」,
(2012年12月01日取得,
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/)
日本年金機構,2012,「年金受給(遺族年金)」,
(2012年8月28日取得,http://www.nenkin.go.jp/n/www/service/detail.jsp?id =3228)

生存学研究センター報告

サイトポリシー | 個人情報保護方針 | サイトマップ | お問い合わせ
アクセシビリティ方針