あとがきに代えて

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天田 城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科 准教授)

 本報告書は、2007 年9 月6 日に立命館大学衣笠キャンパスで開催された「歴史のなかにおける問い─栗原彬先生に聞く」および2007 年7 月29 日に立命館大学衣笠キャンパスにて開催された「アフリカ/世界に向かう─稲場雅紀さんから」の全記録である。そして、この2 つの企画の全記録をまとめ合わせ、生存学研究センター報告「時空から/へ─水俣・アフリカ…を語る栗原彬・稲場雅紀」という名を付し、刊行するものである。
 上記の企画の趣旨や経緯、お二人の経歴やこれまでなされてきた仕事についてはすでにまえがきならびに本文中で詳細に述べられているので、ここでは割愛させていただくが、改めて読み返すと、この2 つの企画が1 つの冊子としてまとまったことはきわめて大きな意義があると実感することができる。2つを続けて読むことで、私たちは、お二人が語る歴史的事実について、その時空における身体をめぐって起こった/現に起こっている出来事について、それらをめぐって語られてきた/現に語られている言説について、私たちのいまこの世界に内属しつつ、これまで問われてきた問いの仕方とは異なる形で思考することが可能であることを実感することができる報告書になっている。一読者として嬉しい限りである。
 お二人によって語られたことの何をいかに受け取るかは基本的には読者一人ひとりに委ねられているのであろうが、そのいくつかだけを彼是と考えあぐねても容易には解析することが困難な問いであることに気づく。いや彼是と考えるのは比較的容易だが、それを解析せんとすれば幾重にも入り組んだ話になり、またその解決への道筋を示すことが相当に厄介にならざるを得ない問いであるのだ。むろん、であるからこそ大切な問いでもある。
 第一には、何がいかにして起こってきたのか/現に起こっているのか、それらをめぐって何がいかに語られてきたのか/現に語られているのかという事実を知った上でも─その作業自体が行われることがまずは大切かつ必要な作業であるのだが─、多くの場合、ある学問領域において完結して閉じてしまうような事実をめぐる言説とはならず、またそうであるがゆえに、それらの言説は別の諸言説と接合/分離していくという現実がある。そうした現実を踏まえた上で、もう一度、その時空に立ち戻って思考・考究すること、それ自体はなかなか難儀な仕事であるように思うのだ。更には、私たちがこの世界に内属して思考せざるを得ない限り、ある歴史-時代のなかで問われた問いを引き継ぎつつ論考する作業は論理的に相当な困難を随伴せざるを得ないように思うのである。だが、それでも、そうであるからこそ、私たちはそれを考えていくことが求められているとも言えるのだ。
 第二に、上記のような私たちがこの世界に内属するゆえのこの世界を捉えることの困難と厄介さがあると同時に、現在起こっている現実それ自体を捉えなおし、組み替えていく作業もまた困難であり、しんどい仕事である。栗原氏ならびに稲場氏の報告にあったように、水俣であれアフリカであれ、私たちは既に作動してきた/作動している構造の只中にいるからこそ、それを捉えなおし、組み替えることは難しいところがある。具体的に言えば、水俣という場所において水俣病患者や企業や市民などが相互に別様な形で経済的にも政治的にも組み入れられてきた歴史とその構造ゆえに、その現実は当然ながら様々な利害と力学が錯綜する困難な現実となり、またそれを組み替えようとすれば当然ながら更なる亀裂・軋轢・対立を召還してしまうことになる。また、グローバリゼーションにおけるアフリカ諸国においても歴史-時間的にある現実を背負わされ、その現実を引き受けることを今日においても余儀なくされてきたゆえに、現在の諸々の現実の困難があるのだ(使用されている言語然り、南アフリカ共和国の分配の困難然り)。だからこそ、私たちは現在起こっている現実の困難を知ったうえで、それを捉えなおし、組み替えていくことは相当に大仕事にならざるを得ないのだが、それでも栗原氏・稲場氏の報告から、すでにその道筋は指し示されていると思うのである。だから、私たちは考え抜いていけばよいのである。
 最後に、その困難から抜け出る方策とそのための戦略・戦術をめぐる困難がある。複数的で多層的な戦略・戦術があり得るとして、あるいはある一つの戦略・戦術それ自体は肯定されるものだとしても、この困難かつ厄介な現実を組み替えていくことをめぐって更なる亀裂・軋轢・対立が作り出され、そうであるがゆえに、遂行せんとする戦略・戦術が頓挫してしまうことがある。このような戦略・戦術上の困難もまたあるのだ。だが、栗原氏・稲場氏の報告ではそうした一定の厳しさがありながらも、すでに解決のための方策があること、そのための道筋の一つを指し示してくれている。
 私たちはここから考えていくことができるし、考えていくべきなのである。
 上記のような幾重にも折り重なる思考の道筋を指し示していただき、また本企画のために多大なるご尽力いただいた栗原彬氏と稲場雅紀氏にこの場を借りて厚くお礼申し上げたい。まことにありがとうございました。

生存学研究センター報告

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