まえがき

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 2011年9月18日に開催されたシンポジウム「震災と停電をどう生き抜いたか」に受付で参加させて頂いた。受付業務が落ち着いた後は、シンポジウムの報告を聞ける予定だったが、受付には参加者の列がとぎれず、更に資料も足りない状態となりその場でコピーをして作成し続けても追いつかない状態だった。そこで目にしたのは、シンポジウム会場外の入り口付近にも耳を傾け聞いていた方がたくさんいたことである。実にこれだけの人々に関心があることに正直驚いた。震災と停電をどう生き抜くのかということについて、「電源の備え」、「独居」、「原発問題」、「安否確認」「介助者不足」など様々な課題を共有する場を皆が求めていたのだと思う。
 私はこのシンポジウム開催の翌月から登録ヘルパーとして働くことになり、そこで偶然にもALSの方の介助に携わらせて頂くことになった。介助に慣れるまでは、相手に沿った介助をスムーズに行えるかということに神経をとがらせていた。研修中は、はじめて出会ったALSの方の介助が本当にできるのかという不安だけだったが、ある程度スムーズに介助ができるようになると、停電した際に落ち着いて対応ができるかという不安にかられた。痰が溜まってくると、呼吸器の音が微妙に違ってくる。しかし、アンビューバッグでその感覚が自分には分かるのか。それにも増して、アンビューバッグをしながら何処に連絡し何に注意しどの手順で介助を行うのか、一通り研修で話は聞いたものの他にどんな問題が起こりうるのか実感が湧かない。けれど、いつ停電が起きても冷静に対処できなければならない。命の綱は私が握っているのだ。そのような不安を抱えている時に、この編集作業のお話を頂いた。編集する立場と同時に、一介助者の目線として編集会議に参加させて頂いた。原稿を読むと、震災でどれだけ厳しい状況におかれたのかが伝わる。そして、介助者である自分がそのような状況下におかれたらと思うと身震いさえするほどだった。図解「おうち暮らし」――医療機器を使って暮らすための停電時の備えとして、川口有美子さんに監修をして頂き、やさしいタッチのイラストで加藤福さんが描いて下さった。私は、このイラストで説明して頂けることにとてもありがたく感じている。自分自身が冷静に対処できず、文章ではなかなか分かりづらいことについて、まず手にして開いたページに今からの自分のあるべき姿が描かれていることは、何よりも心強いものであると思う。
 シンポジウムで話されていることは、停電を経験することに対して「平時に備える」ための示唆を頂く何よりの機会となった。そして、小泉浩子さんが話されている今回のシンポジウムがネットワークの必要性、つながりづくりのきっかけとなってほしいという思いに同感である。私自身も短期間ではあるが介助で福島へ出向いた。震災直後は、行政をあてにして待つより、地域のネットワークがよりよく機能したという話を度々耳にした。いかに身近な人々と顔が見える関係性を築けるか。それには、介助を必要とする人だけでなく、介助者自身もコミュニティの中でネットワークを広げる必要がある。自分が介助の場所へ行けなくても自分の代わりに行ってくれる誰かがいる。介助に行ける環境をつくる。自分の子どもを預かってくれる人がいる⋯⋯だから、自分にとって身近な人は多ければ多いほどいい。相手を思いやる気持ちをみんなで共有し役割を少しずつ分ける。輪を広げ皆で支え皆で乗り越える。きっと、できると思う。京都でそのスタートが切られた。それがこのシンポジウムであったと思う。
権藤眞由美



 私は、17年前の阪神淡路大震災において、震度7の激震地区であった神戸市東灘区で被災した。そしてその後、障害当事者発の復活・救援活動に参加した。ここで得た教訓というものは、障害者が震災において障害ゆえの過剰な不安を感じないためには、日常において障害者が差別されずに生活が営めることであるという、とてもシンプルなものだ。
 2011年3月11日、私は自宅でパソコンに向かっていた。ふと、緊急ニュースが流れてきた。「東北の近辺で激烈な地震」。私は、阪神淡路の経験から、「これはものすごいことになってしまう」と直感した。
 この地震をより一層深刻なものにさせたのが、津波であり、そして、東京電力福島第一原子力発電所における爆発事故である。この「三重の災禍」が、東北地方の障害者をも容赦なく襲った。そして事態は、私が想像した「ものすごいこと」をはるかに超える様態へと変容してしまった。
 まずは、被災した地域が「東北」であったこと、単に被害が広域にわたった、というだけでは済まされない。東北という地域は、明治以降の日本の西洋化=近代化において、犠牲を強いられてきた(山内[2011])。よく「東北の人たちは辛抱強い気質である」と言われる。一面ではそうかもしれない。ただ、辛抱や我慢や犠牲を、東北に強いてきたのはほかならぬ日本の「中央」であったことを忘れてはならない。
 そして、原発事故が彼の地の復興を大きく遅らせていることは否めない。全原発の即時廃炉、クリーンなエネルギーへの転換は、早急に求められるし、また正しい道でもある。そのうえで、本報告書で扱われる、電気が多く必要な人たちのことは、そうした主張にどれだけ配慮されているだろうか。電気が使えない「不便」な生活を楽しめるのは、実は電気を多く必要としなくとも生きられる人の特権であることが、なかなか気づかれない。節電は自然に対する配慮である、という一面を押し出しすぎたとき、電気がなければ生存することがままならぬ人たちにとっては警戒すべき言説になる可能性がある。この報告書で主に登場するALS患者以外にも、弱視者や人工透析患者など、電気を多く使わなければ生活が営めない人たちがいる。そのような人たちとともに生きる、クリーンなエネルギー社会を、私たちは目指すべきではないのか。
 この報告書で、まずはとにかく知ってほしい。被災地の、原発事故下の、そして計画停電を経験し生き延びる障害者や患者の「生存の技法」を。障害者や患者たちが日常生活を営むことが可能な社会こそが、震災に強い街であるという、阪神淡路大震災と同じ教訓を、もう一度掲げて筆をおく。

参考文献:山内 明美 2011 『こども東北学』,イースト・プレス
野崎泰伸

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 この報告書を編集するにあたり、たくさんの方にお世話になった。シンポジウム当日にパネリストとして登壇された方々、裏方として動かれた方々、参加された方々、シンポジウム会場に来ながら満員のため入れなかった方々、そのすべてに感謝申し上げたい。シンポジウムおよびアンケートの開催・実施については、JCILの方々、とりわけ小泉浩子さん、段原克彦さん、高橋慎一さん、渡邉琢さんには多大な尽力をいただいたことを明記し、ここに感謝の意を表するところである。
 執筆者全員も熱い気持ちで原稿をしたためた。とりわけ、岡本晃明さんと加藤福さんには感謝申し上げたい。おふたりがいなければこのような立派な報告書にはならなかったであろう。その他、データを集計し、論文をまとめたみなさんの労に感謝したい。
 最後に、生活書院の髙橋淳さんにはいつもながらの編集作業にお礼と感謝の気持ちを申し上げたい。福島に強い縁のある髙橋さんだけに、今回の震災、原発事故に関しては到底ことばにはしがたい引き裂かれた思いに苛まれているに違いない。そのようななか、報告書の編集作業を引き受けていただき、いつもの編集作業にも増して感謝の意を申し述べたい。ありがとうございました。

権藤眞由美/野崎泰伸

生存学研究センター報告

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