第5章 スーダンと日本、障害当事者による支援の可能性

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斉藤龍一郎(特定非営利活動法人アフリカ日本協議会)

はじめに
 2007年3月、スーダンから日本へ留学している視覚障害者たちが、日本の視覚障害者と共に周囲の学生たちに呼びかけて「スーダン障害者教育支援の会(CAPEDS)」を立ち上げた。スーダンの大学に在籍する視覚障害者に音声読み上げソフトを使ったパソコン利用のメリットを伝えパソコン利用を支援する、ハルツーム州の特別支援教育担当教員に点字板を贈呈する、スーダンのサッカー協会も巻き込んでブラインド・サッカーの普及活動を行うことを活動目的に掲げている。2007年には、代表の盲人モハメド・オマル・アブディンさんが、ハルツーム大学障害をもつ卒業生の会、ハルツーム州障害者教育中核校の教師たちを訪問して課題を探り、スーダン・サッカー協会の協力を得てブラインド・サッカーの講習会を実施した。2008年には、会員が在籍する大学の教員等の協力を得て、ハルツーム大学障害をもつ卒業生の会と協力して、ハルツーム大学障害者支援室に音声読み上げソフトを組み込んだパソコンを寄贈している。
 筆者は、2007年6月、CAPEDS立ち上げメンバーからNGOの運営・活動に関して相談を受けた際、アフリカ障害者の10年に関わって(独法)国際協力機構(JICA)が(特活)DPI日本会議とともに「アフリカ障害者の地位向上研修」を開催していること、日本の途上国援助政策の中で障害者支援を重視しようという動きがあることを伝え、援助政策検討の資料となるメンバー自身の経験をまとめた記録作成が重要であること、および援助政策への提言につながる障害者支援について調査・研究を行っている研究者、研究機関との接触を勧めた。
 同年8月、東京大学先端科学技術研究センターでバリアフリーの研究に携わっている盲人の星加良司さん、立命館大学大学院先端総合学術研究科で視覚障害者支援の技術と制度に関する研究を行っている弱視者の青木慎太朗さんの協力を得、筆者が司会をして、CAPEDS代表のアブディンさん、事務局長の盲人である福地健太郎さんの4人による座談会を開催し、スーダンと日本で共通の体験、違う環境と経験について語り合う場をもった。また、2008年6月には、やはり筆者の司会で、CAPEDS理事で全盲のヒシャム・エルサーさん、立命館大学グローバルCOE生存学創成拠点在籍の青木さん、盲人の植村要さん、弱視者で韓国から来日して17年になる韓星民さんの4人による公開座談会をもつこともできた。
 2006年12月、国連障害者の権利条約が採択され、2008年5月には20カ国の批准によって発効し、途上国における障害者支援の取り組みもさらに前進するものと期待されている。昨年秋には、1999年から取り組まれてきたアフリカ障害者の10年の延長も決定された。障害当事者による国際協力活動が試みられ、経験が共有されることによって、具体的な取り組みに結びつけていく機会が大きく開かれている。
 本章では、スーダンにおける視覚障害者支援の現状と課題を整理し、障害当事者による国際協力活動の可能性、研究機関がCAPEDSのような研究者でもある障害当事者が中心となる国際協力NGOと協働することで得られる成果の可能性について提起する。

1.スーダンにおける視覚障害者支援の現状
 スーダンは、日本の7倍近い面積をもつアフリカで最も広い国家であり、人口は2008年7月の推計値で4000万人を超えた。2004年に和平協定が結ばれるまで南北内戦が続き、現在は西部のダルフール地方での内戦が続いている。産油国であり、イスラム諸国会議参加国、中国との関係が深いといわれている。南北内戦終結後、日本の国際協力団体が、南部スーダンで復興支援の活動を行っている。
 1990年の教育改革で、小学校8年、高校3年、大学4年(医学部は6年)のシステムに移行したスーダンに、視覚障害者のための学校は全国に1校しかなく、しかも初等教育課程で修了となっている。現在、日本で大学院に在籍するCAPEDSメンバーのうち2人はこの盲学校の出身であるが、3人の共通項はハルツーム大学法学部である。現代表のアブディンさんは、大学入学直後の学生ストの時期に新しい可能性を求めて日本へ留学してきた。途上国の視覚障害者を日本の盲学校へ留学させ、鍼・灸・あんま習得を通して障害者の就労支援を行うことを目的とするプログラムで来日したので、日本では最初、盲学校に在籍して点字を学び、一般教育を受けながら、鍼・灸・あんまの技術を習得したそうである。
 1960年ごろ、有力な眼科医の働きかけを受け民間団体によって設立されたスーダン唯一の盲学校は、首都ハルツーム市にあり、全校生徒あわせても200人に満たない規模だという。また、親元を離れて寮で暮らしながら盲学校で学ぶ生徒が多い中、女子寮がないなど女子生徒を受け入れる環境が整っているとはいえない。したがって、スーダンの視覚障害者の多くは点字を学び習得する機会自体に恵まれていないし、点字があること自体を知らない人が多いと思われる。
 近年、首都を含むハルツーム州教育省は、障害者を対象とした教育支援の中核校を設置し点字教育のできる教員を配置するという取り組みを行っているが、2007年8月にCAPEDSが行った調査によれば、点字板などの機材も不足しており、また、中核校へ視覚障害の生徒が通うための支援など課題が大きいという。
 スーダンでは、日本とは違い就学前検診などが行われていないため、学齢期の障害児の多くは地域の学校に就学するそうだ。しかし、学校が障害児の通学や学習の支援を行うという仕組みではないので、通学ができない、授業についていけないなどの理由によって学校をやめる障害児も多いとのことである。そうした中でも、高校、大学へ進学する障害者が少なからずおり、2007年8月にCAPEDSメンバーが行った調査によれば、学生数16000人のハルツーム大学に40名を超える障害者が、別の大学には80名近い障害者が在籍している。なかでも視覚障害者の比率は高いという。
 点字を習得していない多くの視覚障害者の学習は、授業と対面朗読もしくは録音テープによる読書に頼ることになる。アブディンさんは、高校時代、クラスメイトに「試験に出そうなところを教えて欲しければ、教科書を読んでくれ」と言っていたそうだ。「僕には、試験前日の一夜漬けというのはありえないのです。だって、みんなが一夜漬けをやっている時、僕のために教科書を読んでくれる人はいません」とも語っていた。大学入試の準備のために、彼の母親は2ヶ月間休職して教科書を読んでくれたとのことであるが、識字率は高いとはいえないスーダンではこのようなケースはあまり多くなく、対面朗読や録音テープによる学習が困難な視覚障害者が多数いると考えられる。

2.IT技術による視覚障害者支援の可能性
 CAPEDSメンバーは、日本に来て点字だけでなくパソコンの音声読み上げソフトを利用できるようになり、学びや交流の場が広がった。こうした技術の恩恵を、母国の仲間たちに味わって欲しい、と語っている。ここでは、日本におけるIT技術による視覚障害者支援の現状と国際協力に関わる課題を紹介する。
 日本では、近年、急速に発達したIT技術を利用したパソコンの音声読み上げソフト、点訳ソフト、パソコンと接続して利用できる点字プリンター、点字ディスプレーなどの視覚障害者支援機器が、広く利用されるようになっている。
 音声読み上げソフトは、ワープロ文書やメールの文字列を読み上げてくれる。年々、漢字表記された固有名詞の読み上げ精度を高めるなどのバージョン・アップが行われてきた。最近では、携帯電話にもメールの読み上げ機能をもつ機種が出てきており、高齢化社会のニーズにも合致してさらに活用が期待されるソフトの一つといえる。一部、音声読み上げソフトによる文字列読みとりに対応していないファイル形式、ソフトなどがあり、読み上げソフト対応を標準化する働きかけもなされている。国際協力活動の中で活用するためには、支援先の国の言語に対応した読み上げソフトが必要となる。スーダンの視覚障害者が利用するためには、アラビア語の音声読み上げソフトが必要であり、現在、2種類のアラビア語音声読み上げソフトが入手可能である。
 点訳ソフト、点字プリンター、点字ディスプレーは、点字使用者、とくに聴力を失った点字使用者にとってはきわめて重要なツールといえる。点字での入力・出力が可能で、点字データを持ち歩くことのできるブレイル・メモといった機器の利用も広がっている。一方、弱視者も含めて100万人近いという視覚障害者の中で、点字を習得し使用している人の数はけっして多くない。点字もそれぞれの言語に対応しているため、国際協力活動の中で利用するためには、支援先の言語に対応する点訳ソフトが必要となる。点字プリンターやブレイル・メモのような機器は、市場の小ささもあって高額であることから、社会保障制度の受益者である日本の障害者はアクセスできても、国際協力活動の中で活用するためには、高額な機器を購入する資金をどうやって確保するのかが課題となる。
 そもそも日本に暮らす人にとってはとくに高額ではないパソコン、インターネット・アクセスの費用が、途上国の人々にとっては簡単にアクセスできる額とはいえないことを念頭において考える必要がある。
 そうした中、2008年6月に行った座談会で、ヒシャムさんは、最近のMP3プレーヤー市場の拡大と価格低下はチャンスという趣旨の発言をしていた。機材が安価なMP3プレーヤーを利用した録音図書のライブラリーを作り、利用できるようになることは大きな前進だというのだ。音声読み上げソフトと同様、こうした機材は高齢者支援にも活用できるだろう。

3.ハルツーム大学における障害当事者の活動
 先述したように、約16000人の学生が在籍するハルツーム大学に、現在40人ほどの障害学生が在籍し、大学に教員として採用された障害者を中心とした障害をもつ卒業生の会も存在する。障害当事者による取り組みが障害学生の勉学、活動場面に大きな影響を及ぼしていることがうかがわれる。
 座談会での聞き取りや、CAPEDSが作成した報告書によると、CAPEDSメンバーが入学した1990年代後半には、すでにハルツーム大学に60人を超える障害者が在籍していたという。昨年8月現在では、同大学に40人を超える障害者が在籍し、別の大学には80人近い在籍者がいるとの紹介もあった。日本では、障害者受け入れを目的に設立された筑波技術大学を別にすれば、数十人の障害者が同時期に在籍する大学はない。
 ところが、アブディンさんが、大学入試に合格して、いざ入学手続きをしようとしたら、思いもかけぬ壁があったという。

入学するときは、すごい拒まれて。「明日来て下さい」「明後日来て下さい」と手続きをしてくれませんでした。授業始まって1ヶ月くらい経って、やっと入学の手続きができたのです。何でそんなに拒んでるんだろうと思ったら、「いや、うちは教材保障とか、そういった特別な配慮は全くできないから」と。「いや、そもそも頼んでないから」っていうことで。「じゃあ、それを誓約書に書ける?」と言われて、それを書かされたのですね。「何も頼まない」っていう。それをもとに、大学に入学の許可をしてもらいました。(座談会「視覚障害者が高等教育機関で学ぶ スーダンと日本の経験を語る」
 在籍者が多いことは、障害者受け入れの取り組みがなされている、障害者の就学支援、授業支援がなされていることを意味しているわけではないことがわかる。スーダンでは、高校卒業資格検定試験が大学入試でもあるため、大学は入学手続きの際に、どのような学生が入学しようとしているのかを初めて知るのだそうだ。
 試験を受けるために、視覚障害者は問題読み上げの協力者を捜し、試験の際には試験問題を読み上げてもらって口頭で解答を伝えて記述してもらっていた、というスーダンの状況は、視覚障害者が大学進学に期待するものの大きさを物語っているともいえる。アブディンさんは、「高等教育を必要としない、例えば重労働といった就職先もあるのですけれども、そういった面では障害者は競争できないので、どちらかといえばやっぱり高い教育を受けて、そこで差別化を図る必要性があるんじゃないかな」と語っている。
 期待感の大きさが原動力になるのだろうか、2000年ごろ、ハルツーム大学在学の障害者たちは、障害学生による団体を結成し、大学に障害学生支援を訴え始めた。

試験などを受ける時など、さまざまな問題がありました。例えば、試験を受ける時に違う学部の学生を捜して、問題を読み上げてもらわなければならなかったのです。他学部の学生も自分のテストがあるので、なかなか協力してくれる人が見つからなかったのです。また、他の学部に友達がいない人も多いんです。一人で行くことができないから、なかなか友達も作れないのです。だから、試験の日に、テストが始まっても人が見つからないために受けられなくて泣いていた人もたくさんいたのです。本来、そういう手配も大学側が支援すべきですよね。(座談会「大学における視覚障害者支援の現状と課題 スーダンで今求められていること」
 障害学生団体の働きかけにより、試験の際の問題読み上げ協力者募集については大学が取り組むようになっている。だが、障害学生団体の取り組みが始まって5〜6年になるが、教材の点字化やテキストデータ化など教材の提供や学習環境の整備はまだまだこれからの課題であり、何よりも、障害者の就労支援がなされていないことが問題だという。
 CAPEDSが主要な支援の対象としているのは、こうした状況を変えるための努力を続けている障害をもつ卒業生の会、障害学生の団体、すなわち障害当事者の団体である。多少改善があったとはいうものの、希望に燃えて進学した大学で現在も障害者の学習環境改善という課題に向かって取り組みを続けている仲間たちを支援する取り組みといえる。
 昨年8月、卒業生の会がパソコン本体を、CAPEDSがアラビア語の音声読み上げソフトを用意し、共同で、音声読み上げソフトが組み込まれたパソコン5台を、ハルツーム大学障害者支援室に寄贈した。支援室そのものは数年前に開設されていたが、設置されたパソコンは音声読み上げソフトが起動せず、またパソコン利用の指導者が配置されていなかったために、学習支援にはつながっていなかったという。CAPEDSと卒業生の会から寄贈を受けて新たに支援室のオープニングセレモニーが開催され、日本大使館の文化担当、JICAの調整員、元ハルツーム学長、UNESCO職員、British Council職員など100人収容の会場に入りきれないほどの人々が集まったことが報告されている(http://capeds.org)。
 現在、支援室では2人の視覚障害者と1人の晴眼者が指導員となってパソコン講座が開催されており、2008年12月初め時点で、30人が講座を修了し40人が受講を待っているとの報告がある。当初、ハルツーム大学の在校生と卒業生を受講者に予定していた講座だが、多数の希望があることを受けて、ハルツーム大学関係者に限らず受け入れているそうだ。
 ハルツーム大学法学部を出て弁護士になっているアブディンさんの盲人の兄は、パソコンを使用するようになって、自力での書類作成が可能になり、英語が堪能なこともあってスーダンに進出してきた外国企業からの仕事の機会が増えているという。そうしたケースが知られていくに連れて、障害者向けのパソコン講座受講希望者はさらに増えていくだろう。

4.アフリカ障害者の10年と障害当事者による支援
 冒頭紹介したようにCAPEDSは、大学での学習支援、地域の学校での障害者教育支援、ブラインド・サッカー普及活動の三つを活動目標に掲げている。この論考では、地域の学校での障害者教育支援、ブラインド・サッカー普及活動については触れきれないので、これらについては、CAPEDSの報告書等を参照して欲しい。サッカー人気が高いスーダンで、ブラインド・サッカー講習会を開催した際、普段走ったこともない視覚障害者たちが3時間近く息を切らしながらブラインド・サッカーに挑戦したエピソードなど興味深い報告が掲載されている。CAPEDSが取り組んでいる大学での学習支援活動は、障害者のエンパワーメントにつながるロール・モデルづくり、日本の障害者教育関係者を国際協力活動に関与させる仕組みづくり、そして国際協力活動における障害者支援のモデルづくりにつながるものとして注目に値すると考える。
 これまで紹介してきたように、CAPEDSの創設メンバーは、スーダンから留学している3人の盲人学生、設立時には学生であった日本人の盲人、そして彼らのサークル仲間の学生たちであった。留学生の一人、ヒシャムさんは、日本へ留学するに至った契機として、「同じ年に入ったアブディン君が先に日本に行ったんですよ。それで、アブディン君が帰ってきてその話を聞いてから決めようかなと思って。で、聞いてみたら「いいよ」って。その時僕はちょっと躊躇したんですけど、バシールは絶対行くとか言っていました」と語っている。先述のアブディンさんの盲人の兄が、英語ができてパソコンができるので弁護士として成功しつつあるという話も、多くの障害学生にとっては励みであるだけでなく具体的に何をすればよいのかを明快に示すものだろう。まさにそういったロール・モデルが見えてきた障害学生に、パソコン講座のチャンスを提供するというエンパワーメントの取り組みは、具体的な成果につながりやすいと思われる。
 昨年、ハルツーム大学障害者支援室に贈ったアラビア語の音声読み上げソフトの調達費用を、CAPEDSは、主として会員拡大と在籍する大学教員からの寄付でまかなったと聞く。日本の障害者教育の関わっている教員ほど、CAPEDSの取り組みの意義をよく理解できるだろうと思う。CAPEDSメンバーが日本に留学するきっかけと最初の留学先・費用を用意した国際視覚障害者援護協会は、多数の盲人、盲学校の教師の支援によって活動を続けているようだ。これまでに開催した座談会で紹介された、日本、スーダン、韓国の視覚障害者が直面する課題には共通するものも少なくない。そこから出てくる国際協力活動への問いかけ、提起を活かす仕組みづくりは、むしろこれからの課題のように感じられる。
 2002年から、日本で「アフリカ障害者の地位向上」研修が始まっている。2002年〜2006年の5年間は、南部アフリカ10カ国の南部アフリカ障害者連合に所属する障害者団体から選出されたリーダーたちが、2007年からは全てのアフリカ諸国の障害者団体から選出されたリーダーたちが、日本とタイで団体運営、政策提言につながる能力向上のための研修を受けている。研修を実際に企画・運営しているのは障害当事者団体のDPI日本会議であり、障害当事者相互の経験交流をベースにした画期的な取り組みといえる。この研修の背景には、アフリカ連合(AU)が1999年〜2009年を「アフリカ障害者の10年」としたこと、日本の援助政策の基本概念とされる「人間の安全保障」が最も支援を必要としている人々に直接届く援助を重視することから、障害者支援を重点分野にあげたことがある。また、1993年から取り組まれてきたアジア・太平洋障害者の10年に関わる障害者支援の取り組みの積み重ねが、現在の研修の形態などにつながっているものと考えられる。2008年8月にこの研修の一環として行われた公開セミナー「差別と闘うアフリカの障害者」の際、JICAの担当者は、「JICAの研修の多くは希望する障害当事者の参加を受け入れている」と発言していた。
 こうしたJICAの取り組みに比して、NGOが障害者支援を国際協力活動の対象分野に取り上げるケースは多いとはいえず、また、具体的な事業でいえばリハビリテーション支援、義肢・装具に関わる支援、障害者施設支援などにとどまっており、障害当事者自身による活動支援のケースはまだまだ限られているようだ。これは、援助対象国の政府の姿勢やメディア、研究機関の取り組みとも関わっているものと考えられる。曽田夏紀「紛争後のルワンダにおける障害者の周辺化」(http://www.arsvi.com/2000/080301sn.htm)によれば、ルワンダ共和国の障害者政策の重点は、現政権樹立のための戦争(cf.映画「ホテル・ルワンダ」)の中で負傷し後遺症から障害者となった人々への所得保障、医療や就労機会の保障に置かれており、民間の地雷被害者や先天的障害者への施策が遅れるという、障害者政策の二重化という状況がある。また、中部アフリカのカメルーン共和国熱帯雨林地域(森の人=ビグミーの生活域)で障害者調査を行っている研究者は、カメルーン社会問題省で当該地域の障害者数を聞くと700人弱とのことであったが、当該地域でリハビリテーション・センターを運営しつつ地域の障害者への働きかけを行っているNGOの担当者によれば770人余りとの回答であったことを紹介しつつ、基礎的な数字が不明確であり実態調査なども行われていない状況を伝えていた。
 2008年8月、ハルツーム大学障害をもつ卒業生の会は、独自の協力要請活動を行ってパソコン5台を用意した。この5台に、CAPEDSが用意したアラビア語の音声読み上げソフト5セットが組み込まれて大学の障害者支援室に寄贈され、現在、大学関係者以外の障害者も受け入れるパソコン講座で活用されている。そしてパソコン講座で教えている盲人たちは卒業生の会と関わりがある。ハルツームで、視覚障害者を対象に声読み上げソフト組み込みパソコンの講座開催を企画するのであれば、最も適切な相談相手は、ハルツーム大学障害をもつ卒業生の会であろう。また、卒業生の会には、アラビア語圏諸国の障害者政策や障害者支援の先進事例紹介などの取り組みにおいても相当程度の寄与を期待できるだろう。障害者対象のパソコン講座の企画・運営業務、障害者政策・施策に関する調査業務に適切な報酬が支払われれば障害者の就労支援にもつながる。障害者支援を目的とする国際協力活動の一環としてこのような業務委託が行われることは、新しいモデルを作ることになるだろう。
 昨年秋、2009年までとなっていたアフリカ障害者の10年が2019年まで延長された。障害当事者団体のイニシアティブを受けて、AUの前身であるアフリカ統一機構(OAU)が1999年に開始したアフリカ障害者の10年だが、2003年にケープタウンに独自の事務局が開設され、2004年以降スウェーデンやデンマークの支援によって事務局の活動が拡大してから取り組みが本格化したといえる。AU加盟諸国政府全てがアフリカ障害者の10年の意義を十分理解しているとはいえず、また、国連障害者の権利条約への署名・批准とそれに伴う国内法整備がどの国にとっても課題であることから、アフリカ障害者の10年が延長されたのだと考えられる。アフリカ諸国の障害当事者の取り組みを紹介することは、アフリカ障害者の10年に関する国際的な関心を高め、日本からの支援を強化していくことにもつながると考える。

5.研究機関と卒業生の会、CAPEDSによる共同研究の可能性
 日本におけるスーダン研究、アフリカ諸国の障害者研究、いずれも携わっている人も多くなく、また発表され参照できる研究も多いとはいえない。現在、日本に留学して日本語、英語、アラビア語での調査・研究・発表が可能な留学生がいるだけでなく、彼らを通してスーダンの大学に研究者として在籍するメンバーも含むハルツーム大学障害をもつ卒業生の会と連携することが可能な状況があることは、スーダンの障害者に関する研究を視野に入れている研究機関にとっては大きなチャンスだろう。また、調査・研究の成果が、国際協力活動のみならずスーダンの障害者政策に反映する可能性も少なからずあり、障害当事者の経験、声を出発点とする障害学的アプローチの有効性を問いかける機会ともなりうる。
 まず重視すべきは、障害当事者の経験を聴き取り、あるいは自ら提示していくことを促す取り組みである。その際、経験に共通点のある日本の障害当事者への聴き取りや手記などが参考となるし、障害当事者同士の対談や座談の機会が「声を聴く」きっかけとなりうる。アブディンさんは、2007年8月の座談会で体験を語ったことをきっかけに、アラビア語での文章作成を試みるようになったと話していた。12歳ぐらいで自分の書いた文字が見えなくなった頃からアラビア語で書くことがなくなったが、パソコンであれば入力できるし、英語でのやり取りのできない人ともメールなどで交流が可能になると思ったからだと語った。最初は、送ったメールを読んだスーダンの友人が、中学生の書く文章だと言っていたそうだ。2008年6月に行った座談会では、20〜30年前の韓国では家の外へ出たことのない障害者も少なくなかったという発言を受けて、スーダンでも同様のケースがあることが語られた。また、著作権が障害者の情報アクセスにとって大きな壁になっているという日本の状況をめぐるやり取りの中で、スーダンの識字やパソコン普及の状況が紹介された。個々人がパソコンを利用できる状況にないスーダンでは、大学や研究機関でのテキストデータ利用を著作権保護の例外に規定する、あるいは著者と大学や研究機関が協定を結ぶことで、テキストデータ利用が可能になるだろうという話であった。こうしたやり取りを可能にするような交流の機会を日本の研究機関とCAPEDS、ハルツーム大学卒業生の会とで開催することはさして困難なことではないだろう。ハルツーム大学在学あるいは卒業した障害当事者がそれぞれの経験を語ったり文章化したりする手がかりとして、日本の障害当事者の聴き取り記録、手記などをアラビア語あるいは英語で紹介することも重要な取り組みとなる。
 二つ目には、卒業生の会が取り組んでいるパソコン講座の拡大を支援することである。研究機関としては、パソコン利用による障害者の就学支援、就労支援の可能性に関する調査のプロセスとして、パソコン講座受講者のIT経験や学歴などとパソコン習得の関係、就学支援、就労支援に関する課題を浮き彫りにするような調査・研究が可能になるだろう。すでに取り組みが始まっていることなので、同じ会場での規模拡大、他の大学あるいは公的就労支援機関等での障害者対象パソコン講座の開設など取り組み方はいろいろあるだろう。パソコン講座運営は、卒業生の会の財政的基盤づくりにもつながる事業となりうる。
 三つ目には、アラビア語圏諸国の障害者政策、施策に関する情報収集などの委託調査、委託研究が考えられる。アブディンさんによれば、サウジアラビアやエジプトの障害者支援施策には見習うべきものがあるとのことなので、先進事例紹介がスーダンの障害者政策へのインパクトになる可能性もある。
 こうした共同研究を行う際には、音声技術の最先端を行くという韓国の企業や研究機関、アラビア語圏の障害者支援の取り組みを行っているサウジアラビアや湾岸諸国の財団などと協力する可能性も念頭に置く必要があるだろう。
 紛争が続くスーダン共和国への日本の支援は限られた分野、地域にとどまっているが、障害者支援を重点分野と明記した「人間の安全保障」という援助政策にふさわしいプログラム、プロジェクトが提案されれば、スーダンの障害者支援の取り組みもあり得るだろう。

6.可能性を秘めた小さな取り組み
 CAPEDSという小さな団体が実際になし得たことは、ごく小規模な調査、ブラインド・サッカーの講習会、そして卒業生の会と協力してのハルツーム大学障害者支援室支援という、ごく限られたことにすぎない。この小さな取り組みを、孤立した試みに終わらせるのか、それとも障害当事者による取り組みを支援するモデルづくりにつなげていくのかという問いは、CAPEDSというよりも、障害当事者の試みに思いを寄せ共に生きる社会を作っていこうと願っている私たちに問われている。音声読み上げソフトなどIT技術の活用により、視覚障害者、盲ろう者の研究者とも交流しつつ、共に生きる社会を構想することができる日本で暮らす私たちは、「やっぱり当事者も、自分たちはパソコンできると思ってないですね」とアブディンさんが語る現実に挑む、小さな取り組みが秘めた大きな可能性を具現化することができる幸運な場面に遭遇しているのだ。


参考1:ハルツーム大学
 ハルツーム大学はアフリカの中で最も古い大学の中の一つで、ハルツーム市の中心に位置している。
 ハルツーム大学の元になったのは、英国による植民地時代の1902年に設立されたゴルドン記念大学である。この大学の設立前に、スーダンに渡ったイギリス人ゴルドンが革命によって殺された。その15年後、イギリス人のキッチナーによって設立されたのがこの大学である。
 その後、1924年に医学部、1926年に法学部、1938年農学部と獣医学部、1939年に科学部と工学部、1940年に文学部が作られた。医学部を除くこれらの学部は1945年に統合され、ハルツームカレッジとなった。医学部も1951年にこれに加わった。このハルツームカレッジはスーダンが独立した1956年にハルツーム大学と名称を変えた。
 1964年には既存の教員養成施設がハルツーム大学の教育学部となった。また、1991年に保健学部、1994年に看護学部、1996年に医学検査科学部が新たに加わった。
 最近は様々な学院や研究センターも作られている。例えば、平和学院、経済保健センター、経営学院センター、地域研究センター、砂漠化防止センターなどである。
 ハルツーム大学は植民地時代にはロンドン大学に経営されていた。当時はロンドン大学が学生の成績を評価し、カリキュラムや試験の作成も行っていた。しかし、1956年のスーダン独立にあたってハルツーム大学となった時に、新しいカリキュラムや規則が作られた。ハルツーム大学では英語を使っていたが、1971年から少しずつアラビア語も使われはじめ、1990年代には完全にアラビア語となった。
 現在は4つのキャンパスに19の学部、そして17の学院と研究センターがある。また、付属組織として、ソウバ病院大学、自然歴史博物館、メディカルセンターがある。メディカルセンターでは、大学のスタッフや学生たちに医学的なサービスを提供している。
 一番大きいキャンパスはハルツーム市の中心にある。そのキャンパス内には、大学の総合事務所、文学部、経済学部、社会経済学部、法学部、科学部、工学部、数学部、経営学部、技術社会開発学部、博士課程の大学院、アフリカ・アジア学院、建築リサーチセンター、環境科学学院、コンピューターセンター、平和学院、経済保健学院、自然歴史博物館などがある。二つ目の医学部キャンパスもハルツーム市にあり、医学部、看護学部、歯学部、薬学部、保健学部、医学検査学部がある。三つ目はシャンバットキャンパスであり、この中には農学部、獣医学部、動物研究学部、森林研究学部などがある。四つ目はオムドゥルマンキャンパスであり、教育学部、大学教員養成センターがある。
 ハルツーム大学はスーダンの教育の中心であり、スーダンの中で最も大きな大学であることから、新しく設立された大学へのスタッフの派遣を行うなど、大きな役割を担っている。ハルツーム大学の2008年現在の学生数は約1万7000人。また、ハルツーム大学は、国際的な活動にも積極的に参加している。国際大学連盟にも加わり、アフリカ大学連合の設立においても中心的な役割を果たした。他大学との連携も数多く行っている。更に、多くの政治家や社会活動に携わる人々を輩出しており、スーダンにおける人材育成へも貢献している。


参考2:ハルツーム大学障害をもつ卒業生の会
 スーダン障害者教育支援の会の大切なパートナーであるハルツーム大学障害をもつ卒業生の会(以下卒業生の会)は、ハルツーム大学に在籍する障害学生によって立ち上げられた団体である。会の目的としては、①障害をもったハルツーム大学の卒業生の就労支援、②障害者問題への理解促進、③加盟メンバーの起業活動の支援、④障害をもつハルツーム大学在学生の教育環境改善、⑤卒業生に対するコンピュータトレーニングを通じてのキャパシティービルディングの支援、⑥大学内での学生同士の交流促進を掲げている。
 現在までに、大学内で3回にわたり、障害者理解のワークショップを実施しており、2006年12月のセミナーはマスコミに取り上げられた。
 また、就労支援としては、優秀な成績で大学を卒業すると、大学で働くチャンスが与えられるハルツーム大学において、視覚障害をもつが故に成績がいくらよくても大学での雇用が認められない卒業生とともに、大学当局との交渉を行っている。
 ハルツーム大学の卒業生全体に対してのサービスを提供する、「Graduates Affairs Administration」に正式に登録されており、現在は40名ほどの会員を抱える。
 スーダン障害者教育支援の会は、この卒業生の会とともに、ハルツーム大学の視覚障害をもつ学生が、自ら情報を収集、発信するための音声ソフトを搭載したパソコンと専用の部屋を設置し、「ハルツーム大学障害学生支援室」をこの卒業生の会と協力して立ち上げる予定である。CAPEDSのホームページ(http://capeds.org/)に掲載されている報告書は、2007年7月に卒業生の会と行った対話の記録であり、これに基づいて「ハルツーム大学障害学生支援室設置プロジェクト」が動き出したのである。
 2008年8月には、その第一段階として、5台の音声読み上げソフト搭載パソコンを設置した支援室を始動させることに成功した。今後卒業生の会は、この支援室運営の中心的な役割を果たすとともに、スーダン障害者教育支援の会のパートナーとして、ハルツーム大学においての持続的な学習環境の改善、他大学への学習環境改善の取り組みの波及など、一層大きな役割が期待されているのである。
 なお、2008年8月に実施した支援室設置プロジェクトの詳細は、スーダン障害者教育支援の会の報告書を参照していただければ幸いである。

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