スラムの観光化に対する住民のふるまい

掲載日: 2017-11-01 English: for English

ガイドのライオネル。この日は友人のツアーの仕事に同行。あらゆる場所が観光化される時代、スラムも例外ではありません。1990年代以降、スラムツーリズム(Slum Tourism)と総称される観光が世界各地で成長しています。スラムツーリズムとは、現地を知るガイドの案内のもとで、スラム地域内の各所――民家や学校、土産物屋や酒場、NGO 団体の活動場所などへの訪問を通じて、スラムの社会や文化を体験的に理解することを目的とした観光です。拡大の背景には、観光の活用によって貧困削減や経済の活性化を目指す実践の広がりがあるとされています。ただ一方では、スラム住民の貧困な生活が見世物にされ、商品化されることをめぐり、メディアを中心に倫理的な観点からしばしば批判がなされてきました。

私はケニアの首都ナイロビに位置し同国最大のスラムとされるキベラ(Kibera)地域のスラムツーリズムを事例に、観光化が地域にもたらす影響やスラム住民による観光化への対処のありかたについて社会学・人類学的に研究をしています。このエッセイでは、キベラで生まれ育ち、ガイド業もしているライオネル(30歳男性)の観光に対する態度やふるまいに焦点をあて、そこからわきあがってきた疑問と研究課題を紹介したいと思います。

スラム住民2名が一時的に経営していたとされる観光会社のWebページ。私も一度ツアーに参加をしたが、後日再度確認するとページが消されていた。私が日本から持参した1冊の学術書をライオネルに紹介したときのことです。彼は「博愛主義的な観光か、それとも組織化された貧困の搾取か」という副題をつけられた本(Kennedy Magio Obombo, Slum Tourism in Kibera, Nairobi, Kenya: Philanthropic Travel or Organised Exploitation of Poverty?, LAP LAMBERT Academic Publishing, 2012)のタイトルとその中身をまじまじと見つめた後、一言「……ショックだ」と漏らしました。話を聞くと、どうやら彼は、スラムツーリズムに対する批判的な見解をこのときはじめて知った様子でした。

そんなライオネルと最初に出会ったのは、私がはじめてアフリカを訪問し、観光客としてスラムツアーに参加したときのことでした。私はナイロビの中心街にオフィスを構える観光会社のスラムツアーに申し込みをしましたが、そのとき実際に現地を案内してくれたのが、下請け(ガイド)として働く彼だったのです。彼はまるで、自分の地元を友達に案内するかのように行程をアレンジしながら、彼の自宅を含め様々な場所を案内してくれました。印象的だったのが、歩く途中にふと彼が「サッカーゲームしたい?」と言って立ち寄った民家でのことです。入るとそこでは6人の子供たちがテレビを囲んで、「PlayStation3」のウイニングイレブンという日本でも人気のサッカーゲームをしていました。「PlayStation3」があることに加え、比較的高価だと思われるものを紹介されたことに私は驚きました。なぜなら観光の商品として貧困を見世物にするのがスラムツーリズムだと考えると、彼の案内は本筋から逸れた奇妙な行為に映ったからです。

彼がスラムツーリズムに向けられた批判の存在を知らなかったと言ったこと、そして貧困ツーリズムを逸脱するような案内をしたことは、どのように理解したらいいのでしょうか。これらを戦略的にとった行動であると説明することはできるでしょう。しかし私はどちらも意図的なふるまいではなく、彼はただ「スラムツーリズム」を知らなかったのだと、今のところ理解しています。

その理由のひとつは、彼も含めて多くの若者たちが自らの職業を「なんでも屋(ハスラー)」と表現していることにあります。これは現地調査に入ってから知ったのですが、彼は普段はネットカフェの店員や機械修理のエンジニアとして働いており、ガイドの仕事は連絡があった場合のみ従事するため、その頻度は月1回程度のようでした。つまり彼は複数の仕事を掛け持ちするインフォーマルセクターであるため、彼にとってガイドという職は複数あるうちのひとつにすぎないのです。おそらくそんな彼には、ときどき請け負うガイドという仕事の情報収集より、その他の様々な生計手段を模索することに時間を費やす方が重要なのかもしれません。

スラムツーリズムの現場を訪れてみると、住民たちは観光に対して多様な立場で生きていることがわかります。そうした人々の姿にていねいに目を向けながら、現地で実際に生じている問題や彼らにとっての倫理性を解明し、キベラにおけるスラムツーリズムなるものがいかなる現象であるのかを総合的に考えていきたいです。

八木達祐

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