死を想うことと生への跳躍――イレズミという絵のよみかた

掲載日: 2017-01-01 English: for English

こんにち日本においてイレズミは、何を思い起こさせるものなのでしょうか(註1)。この20年ほどで多様なスタイルの「タトゥー」が若者文化へ浸透し、国内の彫師も激増しました。一方では、それらを犯罪とひと括りにして誹謗する報道や、社会から排除しようとする事件、公共の場への参加を禁じる条例の制定が相次いでいます。

ネガティブなイレズミ観は、ひとつは近代日本の植民地主義と文明の進歩史観に端を発します。明治期まで、アイヌや沖縄の女性のイレズミは、成熟の証であるとともに、祖先とつながり死後の旅路を照らす身だしなみだったそうです。私が研究する日本のイレズミ「ほりもの」も、めでたさと侠気を寿ぐ絢爛な肉体の美として江戸時代に大流行しました。しかし、これらは、日本が文明国として近代国家を統一するなかで「野蛮な」「前時代的アウトロー」文化へと押しやられました。

他方、イレズミという現象には、近年多様な論点が見いだされています。1980年代以降、自他の差異の認識や個人の自己同一化を求めるイレズミが欧米で実践され、哲学や精神分析の議論も盛んになります。アジアやオセアニアでは1990年代頃から、部族のイレズミを復興することで、近代化によって失われた民族アイデンティティを取り戻す動きがあります。ここ数十年でイレズミは、精神と肉体や個人と社会、すなわち自他の関係性を、その輪郭たる皮膚へ形象化するものだと理解しなおされたのです。

「なぜ人は皮膚に絵を入れるのか」。私は、単純な、しかし本質的な疑問を抱いています。美学や芸術学は、絵を描く理由、美とは何か、何をもって作品とするのかを論じます。描かずに「彫って」制作され、人の死と共に失われ、彫られた持ち主はしばしば鏡に映してしか絵の全体像を見ることができない、いや必ずしも誰かが鑑賞するとはかぎらない、奇異な絵。加えて、苦痛をともない、感染症の危険にさらされもします。人は、しかしながら、はるか紀元前から生者の皮膚へ高度に意匠化した動植物の文様を彫ってきました(註2)。肉体の表面をカンヴァスに、ひとつとして同じでない消えない絵で何かを表現せんとすること。イレズミはいかなる欲望なのでしょうか。

私は、浮世絵などの絵画や文学作品で再現=表象されたほりものを分析し、人がイレズミの絵のとおりに変身する「イレズミ=変身装置」説を論じてきました。戦国末期には、生きているこの瞬間が決してあたりまえでないことが実感され、いまの自分の存在を確かめ明日の命を惜しまぬ心を華美な装いで表現する、「かぶき者」が現れました。ほりものはこの精神的基盤を継ぎ、化政期に隆盛します。刹那・退廃・享楽の時代における、強制的スティグマとしての入墨から自律的なほりものへの転回。社会に鬱屈した庶民は、英雄や神仏、動植物の象徴的な絵を皮膚へ刻むことで同化と変身をし、浮世の生を自分で方向づけたのです(Fig.1)

では、なぜイレズミの絵が個人を外的な力で規定できるのでしょうか。私はいま、高齢の彫師さんのもとへ赴き、ほりものの絵画的要素や、彫師の仕事と客の関係性を調査しています。彼らの仕事は、明確な人生観や作品観に根差すものです。一筋の線から色の微妙なぼかしにいたるまで絶えず表現を追求し、道具の工夫も怠りません。ある人は、使用する針のメーカーや太さを厳選するだけでなく、顔料の入りを良くし体への負担を軽減するために、一本一本針先を研いで調整していました。絵を彫る前の肌理細やかで地道な作業に、人という特殊なカンヴァスへ向き合う真摯さを想わざるを得ません(Fig.2)。他方で彼らは、図像の歴史的由来や意味、配置などの決まりごとを重んじ、客にイレズミを背負うルールや姿勢を説きもします。したがって、今後の研究の鍵は、個人の生や価値観を尊重することとトーテミズム的な社会秩序をもつ思想の併存にあります。

いつとは知れず死が私たちに訪れ、肉体は朽ち果てます。それを前提に、いまここに生ける体で社会や文化と自分とを位置づけ、確認したいと切実に望むこと。「イレズミという絵」は、これに向き合うものなのです。

(註1)本稿では、ことさら日本で皮膚に絵を彫ること一般を「イレズミ」、海外、特に欧米から輸入されたものを「タトゥー」とします。また、江戸期の刑罰であったそれを「入墨」、自分の意志で入れるそれは「ほりもの」と呼び分けることが習わしです。この呼称の細分化は、イレズミ/タトゥーの多層性や強い信条を示す事例でもあります。

(註2) アルタイ自治共和国ウコク高原にあるパジリク古墳群で発見された、紀元前5-3世紀の「ウコクの女王」や戦士のミイラに確認できます。http://siberiantimes.com/culture/others/features/siberian-princess-reveals-her-2500-year-old-tattoos/

Fig.1
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浮世絵に描かれた水滸伝の英雄をほりものに引き写した例。「ほりものを背負っている人物をほりものとして入れる」二重彫りは客から好まれます。ただし、主題の絵・背景ともに様式やディテールは違い、ほりものと浮世絵の差異や彫師の作家性の表出が看取されます。
左図:彫錦《浪子燕青》(部分) 出典:飯沢匡, 福士勝成監修『原色日本刺青大鑑』芳賀書店, 1973, p.87
右図:歌川国芳「通俗水滸伝豪傑百八人之弌個」《浪子燕青》1828-33(文政末-天保前期)頃, 大判錦絵, 個人蔵 出典:Inge Klompmakers, Of Brigands and Bravery: Kuniyoshi's Heroes of the Suikoden, Amsterdam: Hotei Publishing, 2003, p.159

Fig.2
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左図上下:1940年代後半から50年代前半生まれの彫師二名が使用していた道具。本文で言及したのとは別の方々の針ですが、組む際に巻く紙にもこだわるそうで、多くの彫師にとってまさに「針は彫師の命」といえるでしょう。 出典:『TATTOO BURST』vol.50(2009年7月号), コアマガジン, pp.24-25
右図:一番左が筋彫り用で、他がぼかしやベタといった色を入れる針の古い写真。 出典:飯沢, 福士監修, 前出, p.250
左図と右図を比較すると、針の組み方が洗練されてきたこともわかります。

大貫菜穂(立命館大学 生存学研究センター客員研究員)

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