「住まい」による生活困窮者のエンパワメント――アメリカ・ワシントンDCの「Pathways to Housing DC」にて

掲載日: 2016-12-01 English: for English

私の研究テーマは、日本の生活保護制度、特に法律や通達類に書かれていない生活保護制度の実像が「どこから立ち現れるのか」です。「日本の生活保護」の姿をより明確にするために、海外の生活困窮者支援も調査しています。海外の生活困窮者支援を調査する一環として、私はワシントンDCの生活困窮者支援団体「Pathways to Housing DC(以下 Pathways DC)」を訪問しました。

「Pathways DC」では、自助グループ・共通の趣味など、数多くのコミュニティ活動が行われている。一角にはキッチンもあり、落ち着いた雰囲気の中で飲食も楽しめる。

「Pathways DC」の特徴は、「ハウジング・ファースト」というアプローチにあります。支援の入り口は、困難を抱えた人々に「恒久的な住まいを、すぐに提供する」ことです。対象となる人々の抱えている困難は、ホームレス状態にあること・社会的に孤立していること・なんらかの障害や疾患を抱えていること・精神科病院に長期に入院していること、さらに(または)累犯受刑者であることなど、多岐にわたっています。精神疾患に加えて薬物依存症であるなど、一人に複数の困難が重なっていることも珍しくありません。「ハウジング・ファースト」は、このような困難を抱えた人々に対し、施設でも病院でもなく、一般の住居(多くの場合は民間賃貸アパート)を提供するアプローチです。治療にも社会復帰にも有効、なおかつ必要なコストが少ないこと(精神科病院の8%、シェルターの74%)が認められ、ニューヨーク市・ロサンゼルス市・フィラデルフィア市・アトランタ市を含む全米の大都市ほぼ全部で公的プログラムに導入されています。また、フランス・マルセイユ市など西ヨーロッパにも拡大されつつあります。日本にも、導入を試みる民間の動きがあり、資金調達・厚生労働省への情報提供などの活動を行っています。

「Pathways DC」の運営責任者(当時)、A. Harris氏。親しみやすい人柄と、精神科医としての専門性のもと、社会的活動を推進している。

今回、「Pathways DC」を訪問した私は、利用者である精神障害者(女性)・元累犯受刑者であるピアワーカー(男性)・看護師(女性)・ソーシャルワーカー(女性)・そして運営責任者でありソーシャルワーカーでもあったA. Harris氏(女性)から、これまで・現在・これからについてお話を聴かせていただく機会を得ました。どの方のお話も印象深かったのですが、特に印象深かったのは、「Pathways DC」でピアワーカーを務める男性のお話でした。

家族からも生まれ育った地域からも縁を切られた彼は、孤立を背景として、犯罪と受刑を繰り返していましたが、「数少ない友人の一人がPathwaysを知っていた」という幸運に恵まれました。彼は最後の出獄時から「Pathways DC」の支援を受け始めることになりました。彼は、かつての自分のような人々を支援することを職業にしたいと望み、公的給付によって生活しつつ、カレッジで心理学や援助技法を学びました。40歳になった現在、ピアワーカーとして「Pathways DC」の同僚たちとともに働いている彼は、「経験に、アカデミックな教育が加わることによって、次のステップに進めた」と語り、「日本では?」と私に質問しました。私は、日本の「最後のセーフティネット」である生活保護制度の現状を語るしかありませんでした。生活保護受給者の精神的健康状態は、決して良好ではなく、自殺率は一般の2倍です。その話を聞いた彼は「その状況は社会運動によって変えるべきですよ。全ての人を勇気づけ、包摂する社会の中では、誰もが生産的な市民になれるんですから」と語りました。

現在の日本では、格差の拡大と固定化が進行する中で、つまづいた人・弱さを抱えた人の再起は困難になる一方です。ほぼ唯一の救済制度といってよい生活保護制度は、2013年以後、縮小が急激に進んでいます。「国の財政赤字」を理由とした社会保障の削減は、日本社会の将来にとって、本当に有益なのでしょうか? 

私の現在の研究活動の中心は、国レベルの財政・経済というマクロな視点から、社会保障政策がどのように形になるのかを検討することです。他方、効果や意義を評価するには、「その政策で生活はどう変わったのか?」という視点が欠かせません。そこで、「Pathways DC」のような現在進行形の実践事例のミクロな調査も続けています。生活レベルからの研究も進め、政策レベルの研究と統合し、研究をさらに発展させることが、今後数年間での私の目標です。

三輪佳子(みわ よしこ) (立命館大学大学院 先端総合学術研究科院生)

関連リンク

この成果は、生存学研究センター2015年度若手研究者研究力強化型「国際的研究活動」研究費の助成を受けたものです。

研究の現場一覧へ

サイトポリシー | 個人情報保護方針 | サイトマップ | お問い合わせ
アクセシビリティ方針