福祉・健康・子育ての社会的決定要因についての問い――ケイパビリティと衡平性の研究

掲載日: 2016-03-01 English: for English

論文掲載されている学術雑誌・報告書の一部

人生がうまくいかなくてダメになりそうな時、体や心の不調がその原因とみなされがちです。もちろん、こうした医学的・心理的要因は重要です。しかしながら、私たちの暮らしは、社会保障、労働、税金、人間関係、人々の育ち方などの社会的側面にも影響されて、営まれています。医学的・心理的要因の背後に着目する社会的決定要因(social determinants)の考え方は、学問の世界だけなく、実際の取り組みにおいても大切な役割を持つようになっています。

こうした社会的決定要因に関する様々な議論を参考にしながら、私の研究は主に以下のような二つの互いに関連する規範的な問いを探求しています。第一の問いは、福祉・健康・子育ての社会的決定要因を把握するためにはどのような発想が望ましいのかです。第二の問いは、苦境にある人々を手助けする制度設計と政策立案のための理念とは何であるべきなのかです。

第一の問いについて、私は経済学者アマルティア・セン教授によって提唱されたケイパビリティ(capability)に基づいて研究しています。それは、人々が実現したいと願う生き方の幅を表現した概念です。その狙いは、満足度やお金ではなく、人々の生活の実質的な豊かさに焦点を合せることによって、福祉を測るためのよりましな尺度をつくるところにあります。ケイパビリティは複数の目盛りから成り立つものです。例えば、国連開発計画によって作成された人間開発指数(human development index)は、一人当たりの国民総所得、就学率、平均余命を基本要素として算出されたケイパビリティの考え方です。2014年の日本の人間開発指数は188の国・地域中で20位であり、その値は最高位グループの平均値を下回りますが経済協力開発機構加盟国の平均値を上回っています。ただし、これは国・地域間の比較を目的とするものであり、ケイパビリティを測定するためのひとつの考え方でしかありません。どのようなケイパビリティに関する項目や指数を選ぶのかは、人々が暮らしている社会の状況とケイパビリティの目的を考慮しなければなりません。いま、日本では健康問題やひとり親世帯の生活困難が報じられています。こうした現状を踏まえて、私は日本における健康格差の是正策並びに母子世帯の子育て支援策という特定領域におけるケイパビリティを検討しています。

共著・訳書

第二の問いは、正義、平等、ニーズ、権利などをめぐる議論において研究されています。こうした規範理論の研究成果を参考にしつつ、私は衡平性(equity)に依拠して第二の問いに取り組んでいます。一般的に衡平性とは各人の状態・受け取り分・負担などの釣り合いを考慮した判断に関する性質を意味しますが、これまでに私は日本の生活保護制度において参照されるべき衡平性を検討してきました。また、私は、公衆衛生・医療経済学の分野で議論され、世界保健機構などの実践において活用されている、健康の衡平性を精査しています。

ケイパビリティそれ自体は福祉や健康についての単なる物差しであり、ケイパビリティだけでは制度設計や政策立案として私たちが何をすべきかを私たちに教えてくれません。他方で、衡平性に関する判断の基礎となる根拠を確固としたものにしなければ、衡平性の理念の実現は難しいでしょう。そこで、私の研究は、ケイパビリティと衡平性の問いを同時に追求して、福祉・健康・子育ての社会的決定要因をめぐる規範を論じます。それらの研究成果を生かして、私はまっとうな生活を実現するための制度設計と政策立案の土台づくりを目指しています。

村上慎司

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