人工死産を考える――出生前検査と産科医療技術・出産の関係

掲載日: 2015-05-01 English: for English

*山本由美子『死産児になる――フランスから読み解く「死にゆく胎児」と生命倫理』(生活書院、2015年)

私は、性と生殖をめぐって取り上げられる諸問題について、生命倫理・ジェンダー・医療社会学の視点から研究しています。2015年3月に刊行された拙著では、出生前検査と人工妊娠中絶をめぐる医学と民事のコンフリクトを、フランスの「生命倫理法」を参照しつつ読み解くことから、既存の枠組みに収まることのない<生々しい生>の存在について明らかにしました(*1)

近年では、出生前遺伝学的検査の結果に関連した人工妊娠中絶がおこなわれるようになりました。一般に出生前検査の過程では、中絶の決定に先立ち、胎児の「染色体異常」を確定的に診断するための羊水検査が準備されています。羊水検査は、従来の出生前検査であれ、「新型出生前検査」といわれる無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)であれ、妊娠中期を迎える妊娠15〜18週頃に設定されます。羊水検査結果にもとづいて妊娠継続を断念する――羊水検査が陽性であった場合、妊婦の80~90%以上がその選択をしているといわれています――さいには、妊娠の中期あるいは後期の人工妊娠中絶をおこなうことになります。この中絶は、人工的に誘発された陣痛によって胎児を産み出す<出産>であり、中絶胎児は<生きて娩出される>可能性があります。さらには、中絶胎児が娩出後もしばらく<生きて>いることもあります。しかし、こうして中絶された胎児は、母胎外でたとえ生存していたとしても、死産児に包摂されるしかありません。

*パリ14区にある、ポール・ロワイヤル産科婦人科新生児科病院(改築前)

私が研究課題としたフランスの産科医療では、中絶胎児が生きて産まれる状況をもたらす出生前検査を検証するのではなく、一連の医療の過程において中絶胎児が生きて産まれないよう、あらかじめ胎内で死なせておく医療技術の開発が進められてきました。また、フランスでは死産届の対象に、人の手を経ることなく自然に死んで産み出された死産児、人工死産による中絶胎児のほか、妊娠22週未満の流産――妊娠週数の下限はないのです――による流産児も含まれています。かれらには、親による死産届の提出により、「生命のない子どもの証明書(acte d'enfant sans vie)」が発行されます。こうして、かれらはその死だけが公的に記録されるのです。これらのことは、妊娠22週に極めて近い時期に生きて産み出された存在に対し、蘇生や新生児医療を確保する体制よりも、その死の承認に向けた民事的な体制があらかじめ講じられたものとみることができるでしょう。生々しく生きる生の存在を否定する、「合理的」かつ法的な後ろ盾が用意されているのです。私は、このような<人為的に創成される死産児>をめぐる産科医療技術の在り方や生命倫理に関する法律に着目して、生について考えています。

以上のような、創成される死産児から生々しく生きる生を逆説的に掘り起こし記述していく研究に加えて、生々しく生きる生の存在を<女性の身体>という側面から追究していくのが私のあらたな研究課題です。具体的には、出生前検査とそれにもとづく一連の産科医療技術の管理体制において、<女性の身体保護>の概念を導入する理論的な枠組みの構築に取り掛かりたいと考えています。というのも、胎児の「染色体異常」を確定診断したうえでおこなわれることになる中期中絶は、なによりも<女性身体>の侵襲を前提としているのにもかかわらず、その危険性はほとんど取るに足らないものとみなされてきたからです(*2)。こうした問題について、日本とフランスの専門医療機関における「カウンセリング」での位置づけ、医学文献の精査、産科医や助産師および女性・障害者団体のインタビュー調査をもとに研究を進めるところです。出生前検査の問題を、あらたな角度から再考していくつもりです。

山本由美子

*1 山本由美子『死産児になる――フランスから読み解く「死にゆく胎児」と生命倫理』(生活書院、2015年)

*2 山本由美子「いわゆる『新型出生前診断検査』で語られないこと――妊娠中期中絶と『死産』の関係」(『生存学』第7号、2014年)

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