生活保護の「適正化」とはいかなるものであったのか

掲載日: 2017年10月01日English

enlearge image (to back to press x)反貧困ネットワーク京都の集まりの様子

私は日本の生活保護制度を社会学の視点から研究しています。とりわけ関心を抱いてきたのは、生活保護における「適正化」政策です。生活保護の適正化とは、字義どおりに解釈すれば、濫給(必要のない人に給付していること)と漏給(必要な人に給付していないこと)の両方を適正にすることを意味しますが、ここでいう括弧つきの「適正化」とは、濫給の防止対策を主眼とした政策の総称です。具体的には、就労指導の強化や扶養義務の強調、不正受給対策などの事柄を指します。「適正化」政策は、保護申請の萎縮や保護率の低下を引き起こしてきたという問題があり、生活保護の研究にとって重要な論点の一つとされてきました。

こうした生活保護「適正化」政策について考える場合に、私が注目してきたのは、生活保護法の運用と、そうした運用に影響を与えるメディア報道です。生活保護制度は、生活保護法によって規定されています。そして、法律の実際の運用を定めているのは厚生労働省の通知です。この通知は生活保護の運用について知るためのもっとも基礎的な資料となります。また、厚生労働省通知と同様に、地方自治体や福祉事務所における運用も重要です。なぜなら、厚生労働省通知に規定された内容は、地方自治体によって具体的な施策として実施されており、そこではモデルケースとなるような自治体独自の施策が行なわれることもありますし、場合によっては法や通知から逸脱するような施策もまた行なわれてきたからです。さらに個々の福祉事務所における現場運用のあり方もまた、通知には現れないような形で行なわれていることがあり、重要な調査対象となってきます。

enlearge image (to back to press x)第34回全国地域・寄せ場交流会2017京都での報告

このような生活保護の運用研究のために、どのような調査が可能でしょうか。一つ目の厚生労働省通知については、『生活保護手帳』という書籍が毎年度編纂されているため、運用規定の変遷を通史的に調査することが可能です。二つ目の地方自治体や福祉事務所における運用については、たとえば、自治体や福祉事務所へのアンケート調査、利用者やケースワーカーへの聞き取り調査などを行うことができますが、私が採用したのは情報公開制度を利用した調査でした。調査を始めた当初は、どのような資料が地方自治体に存在するのかさえ分からなかったため、「平成20年度から27年度の生活保護の適正化に関わる資料の全て」といった曖昧な表現で公文書開示請求を行ないました。曖昧な表現であっても、請求後には、担当する課より連絡があります。そして、具体的な資料について教えてもらいつつ、開示する公文書を決定することになります。こうした調査手法については、運動団体が日々行なってきた活動から学んできました。

以上、生活保護の運用を調査するために、どのように行政文書を手に入れるのかについて述べてきました。こうした生活保護制度の運用の調査と同時に、重要だと考えていることは、生活保護制度に影響を与えうるメディア報道に対する調査です。

とりわけ不正受給についての報道は、生活保護制度に何らかの変容をもたらしてきました。報道の中には偏見に基づき、間違った情報を提供する「生活保護バッシング」と呼ばれる報道もあります。記憶に新しいのは2012年に起きたお笑いタレントに対する報道でしょう。この件に関していえば、タレントの母親の受給は、生活保護法上まったく問題ありませんでした。にもかかわらず、2012年4月の週刊誌を皮切りに、生活保護バッシングと呼ぶべき事態が生じ、2013年には生活保護法の改正が行なわれました。ある目立った事例を取り上げ、それを非難するバッシング報道は、利用者や制度を過度に否定的に捉える言説となり、その言説が一つの資源となって生活保護制度のあり方を方向付けていきます。ここで重要なのは、バッシング報道の後に、制度の変容(「適正化」)が続くということが、生活保護の歴史では少なからず繰り返されてきたということです(1980年代には「暴力団員」がそうした非難の対象となり、通称「123号」通知が出されました)。こうした制度変容の過程を明らかにするためには、「適正化」政策とメディア報道の連関に着目した研究が必要なのではないかと考えています。

中村亮太(立命館大学大学院 先端総合学術研究科 院生) arsvi.comの「中村亮太(立命館大学大学院 先端総合学術研究科 院生)」へ

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