対人援助場面のコミュニティ通訳現場―母子保健場面のコミュニケーション支援の調査報告書完成―

掲載日: 2017年09月01日English

私は、コミュニティ通訳独自の介入行為を通訳の専門的技術として確立していくための研究を行っています。コミュニティ通訳とは、在住外国人やコミュニケーション障害者の生活に密着した場面における通訳を指します。医療、教育、福祉などの対人援助コミュニケーションは、専門家とクライエント間の力のバランスが異なります。援助を授ける専門家は圧倒的な情報量や裁量権を持つのに対し、援助を受けるクライエントは自らの問題解決に向けて専門家の助力を得なければならないだけでなく、情報にアクセスすることも困難な場合が多いからです。このような両者のバランスの差から生じるコミュニケーション上の問題に対応するため、通訳者はコミュニケーションの調整やケア的役割を担うなど様々な介入を行っています。しかし、専門家とクライエントをつなぐこのような介入は、一部の「ベテラン」と呼ばれる人のカンや経験知に依拠している部分が多いため、コミュニティ通訳独自の専門技術だと認識されない現状があります。

私自身、コミュニティ通訳者として長年現場に携わるだけでなく、通訳コーディネーターとしても、通訳相談システムの構築や、通訳相談のアドバイスを行ってきました。私が所属している京都市国際交流協会(注1)では、行政通訳相談事業という外国籍市民等に対して電話で通訳と相談を行うサービスを提供しています。また、保健センターで行われる乳幼児健診や新生児訪問などの母子保健事業の通訳派遣も行っています。

enlearge image (to back to press x)8月19日に開催された行政通訳・相談事業10周年記念シンポジウム「多文化子育て支援を考える」でファシリテータをする筆者(右端)

この母子保健事業の通訳派遣は2009年度から行っているのですが、2016年度には派遣件数が6倍(38→214件)に増加しました。増加の理由として、外国籍市民等、とりわけ留学生の増加が挙げられます。京都市は現在、留学生を積極的に誘致しています。留学生の中には、院生や研究員として来日する国費留学生も多くいます。子育て世帯にあたるこれらの留学生たちは家族を帯同して来日し、日本で出産育児をするケースが増えているのです。また、中国帰国者や日本人と結婚して来日する定住者もいます。これらの人々は、来日(京都)して出産・育児することを人生設計の一つとしており、今後もこの傾向は続くと考えられます。しかし、日本(京都)での出産・育児にあたっては、言葉や文化が異なることから、外国人等親が孤立したり、必要な情報が行き届かなかったり、どこに相談したらいいかわからないなどの問題があります。

enlearge image (to back to press x)行政通訳・相談事業10周年活動報告書「コトバとココロを結んでつなぐ―母子保健に関することばのサポートを中心に」

外国人等親がコミュニケーション上にどのような問題を抱えているか、またどのような支援がされているかという状況を正確に把握していこうと、行政通訳・相談事業10周年を記念して、2016年度に、外国人等利用者、保健師、通訳者の3者に対してアンケート調査を行い、母子保健場面におけるコミュニケーションと外国人等の子育て支援に関する調査を行いました。そして、その調査報告書(注2)が2017年8月19日に完成いたしました。

調査結果の一部を紹介しますと、保健師の約7割が外国人等利用者に対する母子保健支援について満足な支援ができていないという結果がでています。保健師は多様な文化や背景を持っている、または、DVや経済的問題を抱えているなど様々な人を対象に支援を行っていかなければなりません。それには対象者と深くコミュニケーションをとっていかなければならないのですが、訓練を受けた通訳の利用が制限されているため、保健師が思うような支援ができていない現状がわかりました。報告書にはさらに通訳相談員がどのようにして保健師と連携して支援に当たっているかなどについても記載しております。

これまで対人援助の現場でどのようにコミュニケーション支援がなされているかについての実態調査は十分に行われてきませんでした。今後は、このような調査を積み上げていくことでより正確な実態を把握するとともに、対人援助場面における通訳者の介入行為を専門技術として構築することを目指したいと考えています。

(注1)公益財団法人京都市国際交流協会 http://www.kcif.or.jp/

(注2)公益財団法人京都市国際交流協会,2017,「行政通訳・相談事業10周年活動報告書『コトバとココロを結んでつなぐ―母子保健に関することばのサポートを中心に』」この報告書は京都市国際交流協会にて無料配布しています(数量限定)。お問い合わせは、京都市国際交流協会事業課(TEL:075-752-3511)まで。

飯田奈美子(立命館大学衣笠総合研究機構 生存学研究センター客員研究員) arsvi.comの「飯田奈美子(立命館大学衣笠総合研究機構 生存学研究センター客員研究員)」へ

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