スティーブンス・ジョンソン症候群を通じて「治療」を考える

掲載日: 2013年07月01日English

enlearge image (to back to press x)SJS患者を励ます会発行『SJSだより』(励ます会の許諾を得て掲載する)

2013年6月8日、千駄ヶ谷の津田ホールでは、スティーブンス・ジョンソン症候群(以下、SJS)患者会の総会が開催されていた。受付前や会場の各所で数ヵ月ぶり、数年ぶりの再会を喜びあう声が上がる。予想だにしなかった病気に見舞われ、生死の境をさまよい、失明した人にとって、再会はそれだけで奇跡のようでさえある。互いの体調を気遣って近況を報告しあう人もいれば、総会もそこそこに飲みにいく予定を立て始める人もいる。総会には会員が全国各地から集まる。だが、体調が不安定だったり、移動の不便から介助者がいなければ参加できない人も多い。総会は、次に会えるのがいつになるかわからない貴重な再会の機会である。

SJSは、特定疾患治療研究事業の対象である重症多形滲出性紅斑の一類型である。難病情報センターのHPによると、発症は年間に人口100万人当たり1-10人程度と推定され、年齢層は小児から高齢者まで幅広い。未だ原因・機序は明確ではないが、薬剤や感染症などが契機となって免疫学的な変化が生じると推定されている。しかし、医薬品の投与に先立って発症を予知することは困難である。症状は、高熱、全身に水疱を多発する。予後は、皮膚症状の軽快後も眼や呼吸器などに後遺症を残すことがあり、多臓器障害から死亡することさえもある。死亡率は6.3%。重症型である中毒性表皮壊死症は、20-30%にのぼる。

私がSJS患者会の集まりに初めて参加したのは、2001年12月2日、大阪の千里中央で関西地域の第1回目の集まりが開催されたときのことだ。参加者は数名だった。そのほとんどが、SJSという病気についての知識も乏しく、自分を含めて周囲にはその病名を知る人さえいない孤立した日々を生きていた。発症当初の激しい症状や、その後の生活ぶりなど、話せば話すほど共通点が多く、それだけで互いの全てをわかりあった仲だという気持ちになれた。

当初、私は、SJSを発症した一人としてこの会に参加し始めた。現在ではこの会は、大学院生としての私の研究対象にもなっている。これまでは、主にインタビュー調査によって、改良型歯根部利用人工角膜移植を受けた人の経験について調べてきた。これは、歯を目に移植して視力を回復するという驚きの手術である。この手術を日本で初めて受けたのが、SJSによって失明した人だった。中途失明した人が視力を回復したのだから、誰しもが歓迎するような良い話のはずだ。たしかに数字上の視力は、回復といえるほどになった。しかし、見え方の特徴や日々の手入れ、その他外見の変化など、様々な日常的な不便が発生していた。このことは、私に「治療」とは何かと問わずにはいられなくした。このような治療後の不便とそれへの対応は、「治療」に対する考え方をゆさぶるものだった。

何らかの病気の治療として飲んだ薬によって、まったく別の病気を発症し、急性期の症状が治まってからも後遺症の治療を継続しなければならない。SJSは、医療が「治療」として行なっていることが何をもたらしているのかを問いかけてくる。SJSを通じて「治療」について考えなければならない課題は、まだ多くある。

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生存学研究センターでは、グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点に採択されてから様々な研究会が運営されている(グローバルCOEプログラムは2011年度で終了)。私も障害学研究会難病の生存学研究会などに参加して、研究を進めてきた。研究会メンバーとともに考察を深めるというだけでない。冒頭に記した今回の総会への出席をふくめ、調査費などの研究支援も受けてきた。このように充実した環境が、私の研究活動を支えてくれている。

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