震災における「生」を考える

掲載日: 2013年03月01日English

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2011年3月11日の東日本大震災から2年がたとうとしています。生存学研究センターでは、震災直後から特設サイト「災害と障害者・病者:東日本大震災」での情報掲載や、「シンポジウム・震災と停電をどう生き延びたか」などを開催してきました。そして、2013年1月14日に、震災をめぐる「生」について考える「災/生――大震災の生存学」を開催しました。

シンポジウムでは、3つの部会がひらかれました。第1部会は「災/外――災厄は移住者たちに何をもたらしたか」と題し、在日コリアン/在日ブラジル人をめぐる震災研究の報告・議論がおこなわれました。第2部会では、生存学研究センター研究顧問である栗原彬氏より特別講演「社会的排除を超えて――生存のための身振り」がおこなわれ、東日本大震災や福島原発事故がもたらした外国人・高齢者・障害者といった人びとへの排除の問題とその乗り超えについて講演をいただきました。最後に、第3部会「震災における障害者の「生」」では、1995年の阪神・淡路大震災から2011年の東日本大震災における障害者とそれをめぐる支援のあり方について報告・議論がおこなわれました。

それぞれの部会において、東日本大震災をめぐる「生」について語られました。生存学が掲げる「生」をめぐる基軸に、「障老病異」があります。それは「外国人のみ」「障害者のみ」といったように限定した研究対象に限定されるわけではなく、「生存」という問題からそれぞれの共通性に着目する意味もあると考えています。たとえば、シンポジウムでは、外国人や障害者といった人びとが災害時のみにおいて「弱者」であるわけではなく、災害前/災害後においても生存をめぐってさまざまな困難とともに生きていることが議論されました。

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震災前に関して言えば、震災は「自然災害」であるだけでなく、社会・政治的な歴史過程のなかでとらえる必要があります。東日本大震災によって、原発をめぐる戦後日本の政治・経済や、東北地域における高齢化のような社会背景が人びとの「生存」に影響を与えていることがあらわになりました。栗原氏による講演で語られた「社会的排除」は、外国人や障害者、そして難病患者、同性愛者、難民、貧困者といった社会的弱者や「受苦者」が私たちの生きる社会において生み出され、生きる過程を明らかにするものでした。震災は、ときに不可視化される差別や排除の社会構造のなかで起きていることがそれぞれの部会において語られていました。

そして、これらの歴史を背景とした人びとの生存のあり方は、震災後にむけて記述し、蓄積されていく必要があります。震災における「生存」の記述は、将来の震災において、「障老病異」にある人びとの生存を支える技法として活用されていきます。「震災における生」は、こういった記述の蓄積とともに営まれていきます。今回の「災/生」のようなシンポジウムや、ウェブサイト「災害と障害者・病者」といった活動は、東日本大震災を忘却しないためだけなく、新たな震災を災厄としないために継続していく必要があります。

もちろん、災厄からまだたったの2年しかたっておらず、東日本大震災はまだ終わっているとはいえず、いまだ震災「中」でもあります。研究活動とともに、継続した支援もまだまだ必要です(最近の取り組みとして、「スタートライン交流会」「交流カフェ」 )。日々の生存と向き合い支え合うこと、その中で営まれている生存を現代史として活写していくこと、この両輪を実践していくことこそが「大震災の生存学」における研究の現場なのだと考えています。

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