京都・西陣で起こった地域医療の今・昔—住民の医療運動の歴史を辿って

掲載日: 2012年12月01日English

昨今、地域医療は崩壊してきており、地域の医療資源を共有するために行政や企業とともに地域住民の主体的な医療・福祉への参加が必要とされています。しかし、住民の主体的な参加とは具体的に何を意味しているのでしょうか。そもそも医療や福祉の主体は私たちではないのか、という問いが地域医療の変遷に取り組むきっかけとなりました。

この問いかけをもとに、現在、住民がどのように医療に関わりながら地域での医療をつくってきたのか、住民の運動によって地域の医療はどのように変遷していったのかを、敗戦後の歴史を辿りながら研究をしています。ここでいう医療運動とは、医療保障獲得のための運動や生活にあった医療体制作りも含めた、住民の医療への取り組みという意味です。

住民が中心となって参加した医療運動は、歴史的に古くから存在します。戦前から、医療とは無縁であった労働者や農民が、自分たちのからだを守るために運動をおこしていました。戦後にも、過疎地の無医村や農村や町で、住民たちが医療にかかわってきました。そのひとつに、研究対象である京都・西陣での医療運動があります。

零細企業の多い京都は、戦前から労働者を中心とした労働運動や医療運動が盛んな町でした。これらの運動の波が、敗戦後の西陣の賃織労働者の運動と連鎖し、健康に焦点をあてた運動へと広がっていきました。1950年前後、医療保険がまだなかった時期の西陣の職人たちは、自分たちの生活と健康を守るために協力して資金を出し合い、自分たちのための医療機関、白峯診療所を設立しました。この背景には、それぞれの専門の工程が協業して、やっと一本の帯や一枚の着物が出来上がるという西陣の機業構造にもとづく住民の地域性があったともいえます。また、織元から織機を借りて家で織り、出来高分だけ収入を得るという西陣織の家内労働は、衣食住一体の生活形態を生み出し、職人をはじめとする西陣に暮らす人々の病気の療養は在宅が基本になっていました。西陣の住民たちは、白峯診療所に出資し、発言権をもちながら、生活に合った地域の医療体制を作るとともに、医療や労働に関する社会保障を行政に働きかける運動も展開してきました。1945年~1950年前後の運動の変遷については、「西陣地域における賃織労働者の住民運動」(天田城介ほか編『差異の繋争点』ハーベスト社)という論文にまとめていますので、ご関心のある方はぜひご一読ください。

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(1950年白峯診療所開設当時の写真。左から理事長の神戸善一、所長の早川一光、事務長の橋本信三)

1960年代には、国民皆保険制度や老人福祉法など、社会保障制度の充実が図られてきましたが、産業構造の変化による核家族化の進展、医療技術の進歩による疾患の変化や高齢者人口の増加など、社会の構造が変化してきました。高齢化社会に突入した1970年代になると、経済不況とともに老人医療への対応策も遅れ、老人問題が浮上してきました。西陣においても、高齢化が進み、機業の不況や若者の就労離れとともに地域住民の生活が変化してくると、住民の医療に対する要求が多様化し、創設時の「自分たちのための病院」が持つ意味も揺らいできました。住民出資による医療機関の経営維持の難しさが表面化し、住民同士あるいは住民と医療者との間に葛藤が起こったのもこの時期です。1980年以降、寝たきりや認知症高齢者のケアの問題も含め、全国的に老人福祉の問題が顕在化し、西陣においても地域での福祉活動に重点をおいた運動が活発になってきました。

私はこれまで、社会構造や西陣の住民の医療運動の変遷をつうじて、葛藤やコンフリクトを繰り返しながら地域に合った中間施設や家族会を創設する運動がおこったことを明らかにしてきました。そのなかで、出資し発言権をもちながらも見えにくい住民の医療への主体性を地域のなかで再発見してきました。このような西陣での医療運動が、昨今いわれている住民の医療への参加とどのように異なるのか、現代の地域医療での住民の位置付けを住民側から考察することが私のこれからの課題です。

時代とともに、地域と住民の関わり方も医療運動の方法も変化していきます。しかし、医療の主人公は私たちであるという本質は変わるべきでないのかもしれません。そこには、人間が生き抜いていくための創意工夫があります。今後はこの生き抜くための創意工夫—生存学の理念—を通じて住民の医療運動を捉えていきたいと思っています。

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(生存学書庫で、PDの中倉さんと川端さんに論文指導を受けた際の写真)

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